わかってない男はすぐに迷子になるのね
王子達が辺境伯領から出て行ってすぐに、カイヴァーンもいつの間にか消えた。
その一週間後に魔女が王都で火炙りにされた噂と、国王崩御の知らせ、それから、死んだはずのシェード子爵を騙る者の処刑の知らせだ。
シェード子爵を騙る者?
どういう意味だと辺境伯に尋ねれば、カイヴァーンは公的には戦死している人だと教えてくれた。
カイヴァーンが二年前の遠征時に亡くなっていた人だったなんて知らなかった。
彼は愛した人とその子供を助けるために、自分を死んだことにしたのだろう。
彼らを救い出すために。
死んだことにすれば、独身の彼だ。
自分の名も、財産も、何もかも残らない。
そしてそこまでして国に戻ったのに、彼の愛した女性は殺されていて、愛した人が生んだ親友の子は誰にも顧みられない生き地獄に落とされていた。
だから彼は全ての地獄の原因である父王を殺すと決め、まずアブを王城から盗んで辺境伯に託すことにしたのだろう。順番が逆だと、アブは誰にも助けられないまま王城で餓死するだけだろうから。
彼が簡単にラティム達を解き放った意味が分かった。
彼は解放されたラティム達が浅はかな行動をすると見越しており、彼らが起こす騒乱が自分の暗殺を遂行するのに良い隠れ蓑になると思ったのだろう。
王都の広場での魔女の公開処刑。
ラティム達は王都に戻った後、自分達を惑わし特待生の死の咎を私だけでなく殿下に擦り付けたあの女、ニーラ・ヘイデンを本当の魔女として名指ししたに違いない。浅はかな自分達こそ自分から乗せられたというのに。
それで自分の父を殺したからと、兄の処刑にも、正義の側の顔で立ち会う気かしら。
「グリ、どこにいくの?」
「グリ様、お待ちを」
私は屋敷の裏口で幼子の声に立ち止まった。振り向けば、アブとバイラムは私へと駆けてくる。私は二人を抱きしめた。
アブはカイヴァーンの不在を知っている。だからこそ、カイヴァーンが消えてから私の後追いばかりするようになった。
私はアブをぎゅうと抱きしめて、彼の柔らかな髪の毛を頬を埋める。
汗とほのかにミルクの臭いがする、まだまだ赤ちゃんな小さな子供。
バイラムは普段は大人顔負けの口説きを私にする癖に、私に抱きしめられただけでカチコチに固まってしまうなんて。
賢すぎるこの子は賢いからと同年代の子と遊べず、そして賢すぎるからと甘えたくとも大人に甘えさせてもらえない不器用な子だからかしら。
「グリおいてかないで」
「グリ様。待ってください」
「アブ。バイラム。私はおバカなカイを連れ戻しに行くだけ、すぐ戻るわ。あの人は迷子になっているの。だから誰かが迎えに行かなきゃ、でしょう」
「アブも、いく」
「すぐに戻って来る。だからお願い。待っていて」
「おにいちゃ、も、おなじこといった、でも」
「私には行ってきますを言わなかったわよ。だから、カイは迷子になったのね。いい? 私はカイを見つけて、ビシバシとおしりを叩いてあげるつもりよ」
「アブは、じゃま?」
「カイと行き違いになったら困るわ。アブはカイが一人で戻ってきたら、グリはすぐ戻るって教えてあげて」
「ざんこく、です」
ぼそっとバイラムが呟いた。私を非難するように。
賢いバイラム。
私はバイラムを撫で、それからアブを撫でた。
「あいつは大きくなるんだよ。今なら赤ん坊に戻ってもやり直せる」
思い出すカイヴァーンの言葉。
ここを出ていくなら――もし、もしも戻ってこれなかったら。
でも……私は、魔法のない手でアブの頭を撫でた。
私は今のアブを殺したくないのだ。
でも、呪いがあるから、私もバイラムもオークの顔になっている。
私が帰らなければ、アブの記憶はオークの顔した私という残酷なものしか残らない。まったく、カイヴァーンがアブの呪いを解く前にタルマドを殺すから。
「アブ。一緒にカイを叱るのよ。必ず戻るから待っていて」
私はアブの頭をもう一撫でした。
今度は魔法を指先に灯して。
私の腕に脱力したアブの体重がかかる。
「グリ様」
「眠らせただけよ」
アブをベッドに横たえたあと、私は再び裏口から館を出た。
裏庭には鞍をつけた馬が既に用意されていて、馬の鞍には旅の餞別のごとき大きめの鞄が括り付けられていた。中身を見ればそれなりの金額が入った財布に身分証に書付。これならば街道で憲兵に誰何されても、絶対に大丈夫。辺境領主印がしっかり押してある。
私は全てを知った上で万全な状態で送り出してくれる辺境伯様へと、執務室がある方角に向かって頭を下げて感謝を捧げた。
これならば、絶対にカイヴァーンを助けられる。
私は馬の鞍によじ登った。
「カイ。私に乗馬を教えた自分を呪うのね。あと、私とアブとあなた。三人いないとどうにもならないって、何度も教えたはずよ!」
太ももに力を入れれば、馬はそれが合図だと駆け出した。
どうか、愛する人の処刑に間に合って。
「そうよ。私の夫にしてあげるんだから、絶対に死ぬんじゃないわよ!!って、ひゃああああああああああ」
馬が大声に敏感だって忘れてた。
けど私は予定よりも二時間は早く最初の宿場に辿り着けた。
カイヴァーンに連れられて三人で歩いた辺境伯領までの道のりは、実のところ全く覚えていない。恐らくも何もカイヴァーンの土と風魔法の合わせ技があった気がする。強風で追い風の時って歩くのが早くなる。だからそんな感じで、あの日の私達は徒歩だったけれど早く目的地に辿り着けたのだろう。
しかし、二日目にもなれば、馬車と徒歩が同じ日数だった理由が分かった。
馬は二時間走らせたら二時間の休憩が必要なのだ。生き物だものね。
そして三日目には私は馬の気持ちがわかる気がしてきたし、馬もかなり私のことがわかって来た気がした。
なので四日目に王都が見えた時、私はカイヴァーンを絶対に家に連れ帰られる気がした。私もカイヴァーンもアブを理由に辺境伯家に居候させてもらっている身分なんだけど、だけど、私達が三人揃ったらそれで家の気がする。
「では」
王都について最初に私がしたのは、騎士の詰め所に行き、壁に貼られた指名手配犯のチラシを眺めながら噂話を騎士達から聞く、というクエストだ。
辺境伯様が身分証明書と一緒に、泊まるべき宿や情報集めの仕方、それから囚われているならこの場所、という風に詳しく書いたメモを入れてくれたのだ。
惚れた。
カイヴァーンがどうしても私を拒否するなら、ジャバド様の後妻を目指そう。
「シェード子爵って処刑されるほどの悪人なんですか?」
「突然どうした? 姉ちゃん? シェード子爵なんかより、魔女の処刑の方が興味ある話だろ?」
私の質問に答えてくれたのは詰め所の騎士ではなく、騎士に連行されてきたばかりのごろつきだった。騎士は? と見回せば、誰も私と会話したくない様子だ。
自慢の黒髪を隠すために砂を被ってあるし、ついでに泥水を顔に塗ったから、顔は乾燥した老婆の皮膚みたいになっている。
うん、どこから見ても浮浪者のおばあちゃんだ。
私はせっかく話に乗ってくれた親切なごろつきに、カイヴァーンの状況を知るために魔女の処刑について怖がるふりをした。
「あたしみたいな哀れな女だと思うとなかなかねえ」
「あっははは。哀れどころか、ざまあみろって唾を掛けたくなったよ。知っているか? 息子を玉座に座らせるために、第一王子に毒を盛り、平民の聖女様をぶち殺したんだそうだ。おっかねえよな、第三王子のおっかさんは」
「え?」
私は本気で驚いていた。
処刑されたのが、第三王子のお母さん?
ニーラ・ヘイデンではないの?
私の脳裏で、私を魔女と断罪し、ケインに婚約破棄された私のざまをケインの後ろからニヤニヤ見ていたあの女の顔が閃いた。
どうしてあの女が断罪されていないの?
「だけど、第二王子様が王様になるんだあ。ああ、もっと早く王様になっていてくれたら、俺もこんなしょっ引かれることもなかっただろうに」
「あなたは何をしたの?」
ごろつきはニヤッと笑った。
「知りたきゃ、俺を助けてくれよぅ。おっかさん」
笑ったごろつきの瞳がきらりと光る。
ごろつきにしては青すぎる瞳だ。私はもっとこの男から話が聞きたいからと、男の為に安くない保釈金を払った。銀貨二枚。
浮浪者の老婆が出すには安くないね、って程度ですけど。
ケイン達から受けた仕打ちという借り
カイヴァーンに守ってもらっていた借り
それをグリが返しますよって意味の章タイトルでした。




