わたくしはささやかな望みしかない女ですのよ
第三王子のラティム一行は、辺境伯の捕虜となった。
そして辺境伯は彼らを見るのも嫌だという風に、砦の地下牢に入れてしまえとそっけない命令だ。
見るのも嫌、わかる。
色ボケ王に愛息子ティアムを殺された上に、息子の子供を妊娠してた嫁を奪われ、生まれた赤子がティアムの息子だったからと孫に呪いまでかけられたのだ。
そんなタルマドの血を引くラティムなど視界の隅にも入れたくないのだろう。
なので私とカイヴァーンが、ラティム達の担当責任者となった。
さて、昼間に私によって記憶を抜かれた騎士四人と宮廷魔術師団長の息子のシュトレインだが、彼らは牢の中にはいない。まっさらな記憶喪失で赤子状態の彼らは面倒がみきれないので、馬車に放り込んで宮廷魔術師団長の自宅に送った。
ちゃんと手紙も付けたので、息子を受け取った師団長はちゃんと息子を看護してくれるはずだろう。一人息子のはずだし。
一人息子だから仕返しにやってくるかもしれないけれど。
息子みたいに呪いを飛ばして来たら?
そうよ、どうやってあいつは私を呪ったの?
「魔術師団長が王都から呪いを掛けられるなら危険じゃない?」
私はアブに布団を掛けなおしながら、アブの部屋にて晩酌を始めた男に声をかける。カイヴァーンはツマミのジャーキーを狙うシュクーと攻防戦の最中だった。
辺境伯は今日の顛末で怯えてしまったアブのために、私とアブとカイヴァーンを一つの部屋に纏めてしまった。それを知ったカイヴァーンは死んだ目になったが、私は大喜び。責任を取ってもらいますわよ、ですもの。
辺境伯には感謝いっぱい。
それに私だって安心。夜泣きしたアブに添い寝できるし、ソファセットだってちゃんとあるからアブの寝顔を見守ってあげられる。カイヴァーンはその見守り用ソファの一つに座り、アブの寝顔を肴に飲んだくれようとしているろくでなし。
私とアブと一緒のベッドに寝てもいいのに、ソファで寝るって言い張る天邪鬼でもあるわね。美人で賢く気立てが良いと三拍子揃っている私と結婚できるなんて、願ってもない幸運だと思うのだけど。
「シュクー。幸せは簡単じゃないから儚いんだよ」
「バカなことばっかり言っていないの」
私はカイヴァーンからジャーキーを奪い、ひとかけらをちぎってから返す。
「おい」
「きゃん」
私の振る舞いに間抜け男は情けない声を上げたが、賢い犬はおやつが貰えるとわかって大喜び。可愛い声を上げただけでなく、しっぽをちぎれんばかりに振っている。
「しっ。シュクー、ベッドに」
ジャーキーの破片を持ちながら部屋の隅にしつらえてあるシュクー用ベッドまで歩けば、ジャーキーが欲しいシュクーは素直に従う。ぴょこっとシュクーが犬用ベッドに乗れば、撫でながらご褒美だとシュクーに欠片を上げた。
シュクーはジャーキーよりも私の手が好物らしく、ぽわぽわな手を私の手に絡めてベロンベロン。
まだまだ子犬のこの子だって甘えたい盛りなだけ。
欲しいものをもらって撫でて貰えば、ジャーキーの破片を布団に隠して匂いだけで幸せだっていう風に眠りにつく。よしよし。
眠ってしまったシュクーから離れ、カイヴァーンの向かいに座れば、カイヴァーンは酒のグラスを傾けながら偉そうに余計なことをほざく。
「甘やかしすぎ。悪い子になるぞ」
子供たちが起きないように囁くような声だったけど、いつもの声よりも甘く聞こえるのはなぜなのか。
「子供の眠る部屋で晩酌なんて、貴方こそ悪いことを為さっているくせに。大人は子供の見本にならなきゃですのよ」
「俺は一生子供を作らないから、子供の見本にならなくてもいいんだよ」
「子供は作る作らないじゃありません。神様の御心ですわ」
「君は意外と純粋だな」
「意外とって失礼ですわね」
「いやあ、世間慣れしている美しきご婦人ですから、男と女の秘め事にも通じている気がしたんですよ」
「秘め事なんて言い方。いやらしい。秘めたって神様は見てますわよ。ですから子供はあらゆるところで生まれているのですわ」
「望まれない子がね」
「ふん。親がどうでも神様の御心で生まれた子ですわ。子供は神様からの祝福です。本当に子供が欲しくなければ、身ぎれいでいるべきなのよ」
私が罵ってやると、カイヴァーンは怒るどころか嬉しそうだ。
「君が本当に純粋で嬉しいよ。子供ができないようにする方法も知らないなんて」
「こどもができないようにするほうほう?」
カイヴァーンの揶揄いに顔を歪めて返したが、そこで、あら?と気が付いた。
三人も妻がいるのに一向に子供ができないと噂の第二王子について、だ。
「ノイエン様にお子ができないのは、もしかしてあなたがご存じの子供を作らない方法を実践されているから、ですの?」
「言い方。だが答えは、そうだ。あいつは俺よりも過酷だからな」
「過酷?」
カイヴァーンの話では、カイヴァーンと違って王妃の母親を持つ第二王子は常に死が隣り合わせのギリギリな生活なのだそうだ。
妻が三人いるのは、一人に絞れば確実に殺されるか、タルマド王に襲われる可能性があるから、ということだ。子供を作らないのは、子供ができて生まれた子が男子であれば、自分だけでなく母親になった妻も殺されるから。
傀儡にするには赤子の親などいらないってことだ。
それでなぜ第二王子が大人しく王城にこもっているのかといえば、彼は毒を仕込まれたケーキを口にしたことで両目を失明している、かららしい。
毒を持ったのは、もちろん、父であるタルマド王だ。
王位に執着するタルマド王は、正統で大きな後ろ盾を持つ第二王子に、己の王位を簒奪される未来を恐れているのだそうだ。それで第二王子は飼い殺し。
「ひどすぎる。妻を三人も娶ってらっしゃるから、タルマド王に似た政務よりも性ごとがお好きなだけの無能だと思っていたわ」
私はぞっとしつつ呟くと、カイヴァーンが私の顔をまっすぐに見た。
なんだか眉毛が下がっている変な顔で。
「ノイエンは俺の弟なんだけど?」
「あら、ごめんなさい。でもあなたこそ、女慣れしているようなセリフばかりじゃなかったかしら?」
「俺は女性に関して一般論を述べただけで、女狂いじゃないぞ?」
「あら。常に私をこき下ろしてくださるじゃないの。私をこき下ろせるなんて、なんてあなたは経験豊かなんでいらっしゃいましょうと思ってましたのよ」
カイヴァーンは深々と私に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、こんな美しく気立ての良い女性に対してとてもとても失礼でございました。まだ結婚したくない男の悪あがきとお受け取りください」
「もう!!」
私の怒り声にカイヴァーンはワハハと笑いながら顔を上げ、怒った私の顔が楽しいのか私の頬をツンと突く。私はその手を煩いと跳ねのける。
「君は良い女だ。けどね、俺は自由だからこそ妻を娶れないんだよ」
「世の独身男性は、結婚は人生の墓場と申されますものね」
「いいや。俺の親友を墓場に送ったのは結婚じゃない。結婚であいつは最高に幸せになったはずだった。地獄にしたのはタルマドだ」
「カイヴァーン」
カイヴァーンは私をまっすぐに見つめた。
いつもからかって有耶無耶にするときの笑っている目元ではなく、まっすぐに、海よりも青くて引き込まれそうなほどに深い色の瞳で私を見つめる。
「タルマドの血は断つべきだ。殺したとしてもあいつの血が続いているなんて、それはあいつの勝利ではないのか?」
王子であった彼がどうして潜入と暗殺に特化した隊の兵士になったのか。
今の彼の告白で、私は勝手に考えた。
彼が王家の影みたいな仕事をしている特務隊長になったのは、不遇な弟達を見守り助け出したかったからではないだろうか、と。
でなければ、第三王子のラティムが、カイヴァーンを見てすぐに「兄様」なんて呼ぶわけない。
でもそんな意図があったとしたら、彼はとても失望していることだろう。
ラティムがタルマドそっくりな屑に育っていたのだもの。
それに、そんな仕事を選んだというのに、彼の親友は彼が知らないところで無残に殺された。助け出すと誓った親友の妻だって、彼は助け出せなかった。
カイヴァーンの無念はいかほどのものだろうか。
だから?
自分の体にはタルマドの血が流れているから、だから子供を作らない?
だから結婚などしない?
「おバカさんですわね」
「おい」
「だってそうでしょう。タルマドがしたことはタルマドに反省させて後悔させて地獄に落とせばいいの。逆にあなたがタルマドの代わりに不幸になるなんて、それこそタルマドを免罪させるような行為よ。それに忘れてはいけないあと一つ」
「あと一つ?」
「私がタルマドの血に負けると思って?」
「…………はい?」
うふふ、と呆けてるカイヴァーンを私は嗤う。
そして、カイヴァーンが子供が欲しくなるだろうセリフを続けた。
「お父様は私が五歳で親に恩を返し切った親孝行者だと仰ったわ。だって、こんなに可愛い私との毎日は、それはもう幸せばかりなのですって。そんな私が生む娘は、私にそっくりな天使なはず。父親似の方が娘は幸せになる? いいえ。私は私にそっくりな娘を生むつもりですから。あしからず」
「ぷ。生むつもりって」
「ですので安心なさって。カイ。あなたの持つタルマドの血なんて、私がしっかり淘汰して差し上げますわ」
「それで、俺は君そっくりな小憎たらしい娘のために、大豪邸を建ててあげなきゃなのかな?」
「カイヴァーン様は忘れっぽいわ。大豪邸なんかいつ私が望みまして? 私は私とアブに快適な暮らしをさせてくれるなら、山でも海でも構わないって言いましたわよ。大豪邸なんか望まない、楚々とした望みですのよ。そこに私によく似た女の子の一人ぐらい増えたって、ぜんぜん余裕でしょう。あなたは」
「はっ」
小ばかにしたように笑い飛ばそうとしたくせに、カイヴァーンは笑い飛ばせなかったようだ。彼は片手で目元を隠し、余裕じゃねえよ、と呟いた。




