フェンフレイユー・フォーンフェヴォー
フェンフレイユー王国の王家は多数の神格を持つ天の神を信じ、フォーンフェヴォー王国の王家は多数の神格を持つ地の神を信じていた。彼らは魔術師連盟の指導の下実権を失うのだが、それぞれある神殿の祭司としての立場を保ち、それぞれの王国の神官団は政治的権力を持って一般の階層の人々を支配した。フェンフレイユー王国では多数の空塔が建てられ、空帝の補給の要衝となっていた。首都はフレイヤー。人口200万人
フォーンフェヴォー王国においては多数の城壁が築かれ、時代を遡りカンの地域に築かれた都市をある種の模範としていた。いずれの王国も都市圏ではフィーネシア王国の教会の教えが受け入れられ始めていて、三割ほどの人々は教会の徒であったのだが、王家の信仰と融合がなされている状態で、教会の教義の枠組みで天の神、地の神をそれぞれ信じているような状況だった。二つの王国はそれぞれの神はかつて恋人であり結婚して番だったが、現在では離婚しているという認識を持って、基本的に合同の祭祀を行うことはない。しかし七百年に一度天地は番に戻り、交わり、それからまた離婚すると考えられていたため、甲魔暦においては800年頃に一度だけ二つの王国を横断する大きな礼拝が行われた。首都はシャーンヴィ。人口300万人
フェンフレイユー・フォーンフェヴォー誌 第二章 天の王国フェンフレイユー
フェンフレイユーは、天の神を祭る国として知られている。しかし、この国の人々が地上を軽んじ、空だけを神聖なものと考えているわけではない。人は地上に住み、地上で食べ、地上で死ぬ。天は人が住む場所というより、人の上にありながら、常に人の生活へ働きかけてくるものとして意識されている。雨は天から来る。風も来る。光も来る雷もまた天から落ちる。
そのためフェンフレイユーでは、天の神は遠方にいて地上を見下ろす一柱の神としてだけではなく、絶えず異なる仕方で地上へ触れる神として語られてきた。晴天の神格、雨の神格、雷の神格、風の神格、夜空の神格、星々を見る神格、高みの神格など、天の神には多くの神格がある。これらに明確な数が定められているわけではない。古い記録にのみ現れる神格もあれば、現在ではほとんど語られないものもある。
同じ働きを二つの名で呼んでいると思われる場合もあり、反対に一つの名が時代によって異なる神格を指していることもある。王家に伝わる見解では、これらは別々の神々ではない。
一つの天が朝と夜で異なる姿を持つように、一柱の天の神が異なる働きにおいて現れたものとされる。しかし民間では、そこまで厳密に考えられていないことも多い。雨を願う者は雨の神格に言葉を向け、旅人は風に関わる神格を気にし、夜の仕事をする者は星の神格を語る。それらが本当に一柱なのかと問われれば、「天は一つなのだから一つなのだろう」と答える者もいれば、「名が違うなら違うものだ」とする者もいる。この曖昧さは、長く問題とはされてこなかった。
フェンフレイユーの信仰は、一人一人が天の神について同じ説明を持つことより、同じ空の下に暮らしていることによって保たれてきたからである。
首都フレイヤーにも、この信仰の形はよく現れている。都市には空塔と呼ばれる塔が多い。空塔の全てが祭祀施設ではない。見張り、観測、貯蔵、通信、魔法の運用などに用いられるものもあり、現在では天空城にいる空帝や空民へ物資を供給する拠点として重要な塔も存在する。そのため空塔を単純に「神へ近づくための塔」と説明するのは正確ではない。
むしろフェンフレイユーでは、天と地上との間に何らかの往来が生じる場所が塔として形を取ったと考えた方が近い。人が上へ登る。空から何かを見る。信号を送る。物を上げる。空から降りてきた者を迎える。そうした行為が一つの建築の中で重なっている。古い空塔には、頂部が完全には屋根で閉ざされていないものがある。祭祀上の理由から空を開けていると説明されることもあるが、実際には観測や煙、風の利用に都合がよかった可能性もある。現在の人々はその両方を特に区別しないことがある。「空を見るために開いている」という説明だけで十分なのである。
空塔の高さにも大きな違いがある。都市を遠くから見た時に最初に見える巨大な塔もあれば、二、三階建ての建物に少し高い部分を付けただけのものまである。地方では共同体の塔を一つだけ持つ町もあり、そこでは鐘や光によって周囲へ情報を伝えるほか、天候の確認、祭日の告知、遠方から来る者の見張りなどにも用いられる。塔の上へ誰でも自由に登れるとは限らない。
空帝への補給に関わる塔は厳しく管理され、魔法設備のある塔では許可のない者が入ることを禁じられる。一方、祭礼の際に一定の高さまで開放される空塔もある。子供が初めて塔へ上り、自分の住む町を上から見ることを一つの成長の記憶として語る地方もある。そこで教えられるのは、自分たちの町が小さいということだけではない。地上から見れば大きな家も、塔から見れば一つの屋根に過ぎない。
王宮も市場も道も、さらに高いところから見れば同じ地面の上に並んでいる。この経験を、身分の違いを忘れるための教えとして語る神官もいる。ただし、これもフェンフレイユー全体で統一された教説ではない。王家は天の神に仕える家として、現在でも特別な位置を持っている。政治的な実権の多くを失って久しいが、祭祀における王の役割は残っている。王は天の神そのものではなく、天の神を地上で最初に迎える者とされることがある。雨を王が降らせるわけではない。風を王が動かすわけでもない。しかし大きな祭りでは、王が国民を代表して最初に空を仰ぐ。このためフェンフレイユー王の権威は、命令する力よりも「最初に見る者」であることに結び付けられる場合がある。
王家の祭祀を実際に支えるのは神官団である。彼らは古い祭礼の日程を管理し、王家が用いる祭具を守り、各地の空塔と祭祀上の連絡を取る。また神官団は単なる祭司集団に留まらず、現在でも政治的な影響力を持っている。
王が実権を失った後にも、神官たちは地方の共同体や都市に根を持ち続けたためである。このことから、王家と神官団は必ずしも同じ立場ではない。王は最高の祭司として扱われながら、実際の祭祀制度について神官団の判断を覆すことが難しい場合もある。
魔術師連盟もまた、フェンフレイユーの政治に大きく関与している。そのため現在の国家は、王家、神官団、魔術師連盟、地方の有力者などが重なり合って運営されている。この状態を古い天神信仰から直接導くことはできない。むしろ長い政治史の結果として成立したものに、後から信仰上の説明が加えられてきた部分も大きい。天の神が多くの神格を持つように、国も一つの者だけによって動かされるべきではないと説明する者がいる。しかしそれを古来からの政治原理とするには根拠が乏しい。フェンフレイユーの人々自身も、全てを神話へ結び付けて説明するわけではない。
天の神への信仰は日常生活にも入り込んでいる。朝に空を見てからその日の仕事を始める者は多いが、それは祈りというより天候を知るためでもある。強い風が吹けば戸を閉じ、空塔の仕事が止まり、行商人は旅程を変える。雷が多い日は高い場所での仕事を避ける。星を見ることも、祭祀であると同時に方角や時刻を知る行為であった。
どこまでが信仰で、どこからが生活の知恵なのかは分けにくい。フェンフレイユーでは、それを分ける必要もあまり感じられていない。婚姻の際にも天の神が語られることがある。しかし天の神と地の神が離婚しているという共通神話があるため、婚姻を「永遠に決して離れてはならないもの」と天神の名によって保証することには一定の慎重さがある。夫婦が生涯を共にすることは望ましい。しかし、共にいることだけが正しい関係の形であるとは限らない。この考えが実際の離婚を容易にしているかについては地域差が大きく、一概には言えない。それでも、天の神自身が一度番となり、その後別れたという物語が存在するため、離婚そのものを神への反逆とする理解は育ちにくかった。
死者については、空へ帰るという言い方が知られている。ただし全てのフェンフレイユー人が死後に魂が空へ上ると信じているわけではない。「天へ返った」という表現を、単に死を柔らかく言う言葉として用いる者もいる。墓は当然地上に作られる。この点を不思議に思う者に対して、古い神官の言葉として「身体は地にあり、名は天にある」と説明されることがある。これが本当に古い教説であるかは定かではない。現在では、死者の名を空塔の上から読み上げる地域もある。名を天へ届けると説明されるが、実際には町全体へ死者の名を知らせる意味もある。フェンフレイユーの信仰には、このように神話と実用が何度も重なっている。
空塔は祭祀施設であり、見張り塔でもある。星を見ることは神を思うことであり、旅の方角を知ることでもある。王は天の神に仕える祭司であり、同時に政治的には大きな権限を持たない王でもある。空帝への補給もまた、現在ではこの国の天との関係を象徴するものとなった。天空城は天の神の宮殿ではない。空帝も天の神ではない。彼らは魔術師たちによって置かれた、この世界の危険な知恵や魔骸などを守る者である。それでも空に城があり、そこへ地上から人と物が送られるという現実は、フェンフレイユーの古い感覚と容易に結び付いた。古くから空へ向けて塔を築いてきた人々にとって、空に住む者へ食料や道具を届けることは、全く異質な仕事にはならなかったのである。
現在では、空帝へ物資を送る仕事そのものに強い宗教的意味を認めない者も多い。しかし補給に携わる家が、自らの仕事を「空を絶やさない」と表現することがある。それが古代から続く言葉なのか、天空城が置かれた後に生まれた言葉なのかは分からない。フェンフレイユーは、空へ昇ろうとする国というより、空との間を絶やさない国である。天の神は地上へ降り切らない。人もまた天へ住み着くことを求められてはいない。両者の間には距離があり、その距離を越えて雨、光、風、言葉、人、物が行き来する。
七百年に一度、天の神が地の神と再び番になる時を除けば、天と地は離れている。フェンフレイユーの空塔は、その長い別離の中で、地上から天を見失わないために立ち続けている。
フェンフレイユー・フォーンフェヴォー誌 第三章 地の王国フォーンフェヴォー
フォーンフェヴォーは、地の神を祭る国として知られている。しかし、ここでいう地は単に土そのものを意味しない。人が立つ場所。家を建てる場所。道を通す場所。城壁を築く場所。死者を葬る場所。そうした「ものを留め、形を与える側」としての地が、フォーンフェヴォーの神話と生活の中で重く見られている。
地の神には、多くの神格がある。岩の神格、土の神格、地下水の神格、畑の神格、家の基礎の神格、門の神格、城壁の神格、墓の神格、道の神格などである。これらはそれぞれ別の神として祭られることもあるが、王家に伝わる理解では、一柱の地の神が異なる働きにおいて現れたものとされる。人が何かを地上に残そうとする時、地の神のいずれかの働きに触れていると説明する神官もいる。種を植えることもそうである。家を建てることもそうである。道標を立てることもそうである。墓を作ることもそうである。地は、ただ人を支えるだけではない。何かを留める。忘れられそうなものを形として残す。
フォーンフェヴォーでは、この働きが地の神の性質として語られてきた。そのため、この国を象徴する建築は塔ではなく城壁である。首都シャーンヴィーをはじめ、フォーンフェヴォーの古い都市には城壁が多い。一つの城壁だけで都市全体を囲うとは限らない。古い市街を囲む壁、その外側に後から築かれた壁、さらに市場や倉庫を守る低い壁などが重なり、一つの都市の中に幾つもの境界が存在する。
後世の者が見れば、どの壁が本来の外壁であったのか分からない場合すらある。これはフォーンフェヴォーの都市が、初めから完全な計画によって作られたのではなく、長い時間をかけて囲い直されてきたためである。一つの町が大きくなれば、外側へ新しい壁を作る。古い壁は壊さず、門を開け、そのまま内部の区画を分けるものとして残す。
さらに町が広がれば、また外へ壁を作る。この繰り返しによって、現在の都市には古い境界が幾重にも残っている。城壁を「地の神の身体」と呼ぶ古い歌がある。しかし実際には、城壁そのものを神として礼拝することは一般的ではない。むしろ、人がどこまでを守るべき場所と決めたのかを、石によって地上へ記したものと理解される。そのため壁には門が必要である。完全に閉じた壁は、都市を守ることはできても都市を生かすことはできない。人が出入りし、荷が入り、水が通り、時には軍隊さえ外へ出なければならない。
フォーンフェヴォーでは、壁を築くことと門を作ることは一つの仕事の二つの側面とされる。古い神官の言葉として、「壁は留め、門は許す」という言葉が伝わっている。実際に古代から存在したものかは定かではないが、現在ではこの国の考え方をよく示す言葉として使われる。フォーンフェヴォーの都市文化には、古いカンの影響も強い。特に、都市そのものが複雑な構造を持ち、道や建物の配置が魔法陣のような働きを担っていた時代のカンの都市が、一つの模範とされた。ただしフォーンフェヴォーがカンの都市をそのまま模倣したわけではない。カンでは迷宮的な都市構造が魔術や自治、都市機能と深く結び付いていた。フォーンフェヴォーでは、それを地上に秩序を刻む技術として受け取った。道を曲げる。広場を置く。門をずらす。壁を二重にする。水路を地表と地下へ分ける。そのような配置によって、都市を一つの形として保つのである。
古いシャーンヴィーでは、主要な道が一直線に王宮へ向かわない。いくつかの門を通り、広場を回り、別の区画を抜けてから中心部へ至る。防御のためとも、古い祭祀上の理由とも説明されている。実際には両方であった可能性が高い。
フォーンフェヴォーでは、宗教的な意味と実用的な意味はしばしば同じ建物の中に重なっている。地の神を祭る王家も、この都市の中に位置している。現在の王は政治的な実権を大きく失っている。しかし祭祀上の役割はなお重い。王は地の神そのものではない。地を所有する者でもない。むしろ「地に留まる者」として説明されることがある。フェンフレイユーの王が最初に空を見る者とされるのに対して、フォーンフェヴォーの王は最後までその場を離れない者とされる。大きな祭りの中には、王が一定時間、一つの石の上から動かずに立ち続けるものがある。他の者が行列を作り、神官が移動し、音楽が鳴っている間も、王だけはその場所を動かない。地の神が世界を支えることを表すと説明される。ただし、この儀礼がどれほど古いものかは不明である。政治的権力を失った王家に、後世こうした「留まる者」としての意味が与えられた可能性もある。
王家の祭祀を支える神官団は、フェンフレイユーと同じく現在も社会的な影響力を持っている。特にフォーンフェヴォーでは、土地、墓地、古い建築物、城壁などに関する慣習に神官が関わる場合が多い。どこまでが神官の権限で、どこからが役人や土地所有者の権限なのかが曖昧な地域もある。
古い城壁を壊して新しい道を通す。墓地を移す。崩れた門を別の形で建て直す。こうした問題は単なる建築上の判断ではなく、その場所に残されてきたものをどこまで変えてよいかという問題になる。そのため神官が呼ばれる。しかし神官が常に保存を求めるわけではない。地の神は物を留める神であると同時に、物を受け取る神でもあるとされる。
崩れた家を永遠に残す必要はない。使われなくなった壁を壊すこともある。死者の墓さえ、土地の事情によって移される場合がある。重要なのは、何もなかったかのように消してしまわないことである。壊すなら、何がそこにあったかを記録する。墓を移すなら、誰がそこにいたかを残す。壁を取り払うなら、その石の一部を別の場所へ使う。このような習慣が古くから宗教的な意味を持っていたのか、後世の都市慣行に神話的説明が付けられたのかは明らかでない。それでも現在のフォーンフェヴォーでは、「地は覚えている」という表現がよく用いられる。地そのものに人間と同じ記憶があるという意味ではない。人が残した跡は、完全には消えないという意味である。道路を剥がせばその下に古い道路がある。家を壊せば基礎が残る。新しい城壁の中に古い石が混ざっている。
人が忘れても、形として何かが残る。これが地の神の働きとして語られる。日常生活においても、この感覚はよく現れる。家を建て替える時に、古い家の石を一つだけ新しい家へ使う家庭がある。必ず行わなければならない儀礼ではない。単に石材を再利用しているだけの場合もある。しかし家族はそれを「前の家を連れてくる」と説明する。代々同じ場所で商売する店では、建物が何度変わっても入口の石だけ残していることもある。
畑には境界石が多い。境界を示すだけなら杭でもよいはずだが、石が好まれる。木は腐るが石は残るからである。土地争いの際には、何世代も前の境界石が証拠として持ち出される。そこに刻まれた文字が読めなくても、その石そのものが古い取り決めの存在を示すものと考えられる場合がある。
婚姻の際にも、地の神に関係する習慣が残る。新しい夫婦が住む家の入口に小さな石を置き、二人がそれぞれ片足をその上に乗せる地域がある。「二人で一つになる」というより、「二人が同じ場所に立つ」ことを示すと説明される。この点は天の神と地の神の婚姻神話とも関係付けられる。天と地は番になったが、完全に同じものにはならなかった。夫婦もまた、一つの家に住んでも同じ人間になるわけではない。ただし、こうした解釈が全ての家庭で意識されているわけではない。フォーンフェヴォーでも婚姻は普通の生活制度であり、人々が毎回神話を思い出しながら暮らしているわけではない。
葬送では、地の神との関係がより明確である。「地へ返す」という表現が広く使われる。死者の魂が地の神のもとへ行くという意味とは限らない。むしろ身体を地へ戻すという意味である。魂についてはサンフィネス教その他の信仰から異なる理解を持つ者も多い。それでも身体が地へ戻るということについては、宗教的立場を越えて受け入れられやすい。墓は地の神のものではなく、死者の場所である。だから勝手に踏み荒らすことは避ける。しかし死者の場所が無限に広がり続けて、生者の生活を圧迫することも望ましくない。このため古い墓地では、一定の期間を経た墓をまとめ、石碑だけを残す方法が取られる地域もある。地に留めることは、永遠に同じ形を保つこととは違うのである。
フェンフレイユーで天候を見ることが日常生活と信仰の境界にあるように、フォーンフェヴォーでは建てること、直すこと、残すことがその境界にある。壁を補修する。井戸の石を積み直す。崩れた道を埋める。門の蝶番を替える。どれも普通の仕事である。しかし長く使われてきたものを、次に使える形へ直すという行為そのものに、地の神の働きを見る者がいる。大きな祭礼では、土や岩そのものが用いられる。王が地面へ触れ、神官が古い城壁から採った小石を祭具として運ぶこともある。農村では新しい畑を開く時、最初の土を家へ持ち帰る習慣もある。都市と農村では祭りの形がかなり異なるが、どちらも地を単なる所有物としてではなく、人間より長く残るものとして扱う点では共通している。
そしてフォーンフェヴォーの人々も、天の神の存在を否定しない。城壁の上には空がある。畑には雨が降る。墓の上にも日が差す。地の神だけでは世界が成り立たないことは、共通神話そのものが示している。七百年に一度、地の神は天の神と再び番となる。その時フォーンフェヴォーでは、普段地に留められている祭具の一部が持ち出される。神殿から出ることのない石が運ばれ、城壁の門を越え、国の外へ向かう。普段は「留める」側にあるものが、この時だけ移動する。そして祭りが終われば、再び戻ってくる。地の神は動かない神ではない。動いたものを、再びどこかへ留める神なのである。
フォーンフェヴォーは、全てを閉じ込める国ではない。城壁には門があり、道は壁を越え、人は旅に出る。しかし旅立った者にも帰る場所があり、壊されたものにも以前そこにあったという痕跡が残る。天が遠くへ広がっていくものならば、地は何かをここに留める。フォーンフェヴォーの城壁は、その働きを都市の大きさにまで広げたものとして、現在も幾重にも残っている。
フェンフレイユー・フォーンフェヴォー誌 第四章 七百年に一度の婚姻
フェンフレイユーとフォーンフェヴォーの共通信仰において、最も大きな祭祀は七百年に一度しか行われない。天の神と地の神が再び番となる時である。普段、二柱は別々に祭られている。
フェンフレイユーでは天の神が、フォーンフェヴォーでは地の神が、それぞれ王家と神官団の祭祀の中心にある。相手の神が否定されるわけではないが、一つの祭壇に並べられることは少なく、同じ祈りの中で二柱を等しく呼ぶことも一般的ではない。七百年祭の間だけ、その原則が変わる。二柱は一時的に番となり、二国もまた普段より深く互いの祭祀へ入り込む。
甲魔歴に入ってから最もよく記録されているのは、八百年頃に行われた大祭である。正確な開始年については記録によって一年ほどの差がある。祭りそのものが複数年にわたって準備され、地方によって「婚姻が始まった日」と考える日が違ったためとも言われる。当時の記録では、フェンフレイユーの空塔の幾つかで普段使われない旗が掲げられ、フォーンフェヴォーでは複数の古い城門が同じ日に開かれた。それが祭りの最初であったとする伝承がある。
天の側は、開く。地の側も、開く。まず互いが相手を受け入れられる状態になる。それから祭具の移動が始まった。フェンフレイユーからは、天の神に関わる祭具の一部が地上の道を通って運ばれた。普段は空塔や王家の祭祀所から出されないものも含まれていたという。一方フォーンフェヴォーでは、地の神を象徴する石や土を納めた器などが、城壁の内側から運び出された。何が実際に運ばれたのかについては記録が一致しない。後世に作られた絵では巨大な聖石や金属製の天球が描かれることもあるが、それらが当時本当に用いられたかは疑われている。
ただ、両国から何らかの祭具が国境を越えたこと自体は確かと考えられている。行列は一つではなかった。王家の正式な一行のほか、神官、地方の祭司、商人、職人、一般の巡礼者などがそれぞれ異なる道を進んだ。そのため後世には、二国の間のほとんど全ての主要街道が祭りに使われたかのような話まで残っている。実際には道路の整備状況や治安によって通行量には大きな差があったと思われる。それでも通常とは比べものにならないほど多くの人間が国境を越えた。宿が足りず、臨時の野営地が作られた。食料や家畜が大量に運ばれ、商人も祭りに合わせて移動した。
天と地の婚姻は神々の祭りであると同時に、人間にとっては巨大な移動と交易の時期でもあった。フェンフレイユーの者がフォーンフェヴォーの城壁都市を初めて見た。フォーンフェヴォーの者が空塔へ登った。普段なら地方の市場でしか売られない品が遠くの町へ持ち込まれ、料理や歌も伝わった。後世の両国に共通して見られる幾つかの工芸文様は、この大祭を通して広まったものではないかとも考えられている。人の婚姻も増えたと伝えられる。神々が番となる時に二国の男女が結ばれることを吉兆と見る地域があったからである。ただし、これを二国全体の習慣であったとするには証拠が少ない。反対に、神々の婚姻を人間が真似るべきではないとして、その期間の婚姻を避けた地方もあったという。同じ神話から、逆の習慣が生まれることもあった。大祭の中心となった場所についても複数の伝承がある。二国の国境近くに特別な祭場が作られたとするもの。フレイヤーとシャーンヴィーで同時に祭りが進められたとするもの。両王家が途中の都市で合流したとするもの。現在もっとも有力なのは、一つの場所だけで完結する祭りではなく、二国を横断する一連の祭祀として行われたという見方である。
天と地の婚姻は、一地点で二つの像を並べれば成立するものではなかった。天側のものが地へ向かい、地側のものが天へ向かう。その移動そのものが交わりの一部だったのである。王家もこの時だけ、普段とは異なる役割を持った。フェンフレイユー王は天の神に仕える祭司として、フォーンフェヴォー王は地の神に仕える祭司として参加した。二人の王自身が婚姻するわけではない。また、両王家が一つの王家となることもない。王たちはそれぞれの神を相手の前へ連れていく者と考えられた。
古い儀礼書には、二王が互いに礼をする場面が記されている。その礼が相手の王に向けたものなのか、その背後にある神へ向けたものなのかについては、後世にも議論がある。ここでも、人間と神の関係は完全には分けられていない。祭りの最盛期には、二柱の神格が一時的に組み合わされる。雨と畑。雷と岩。星と墓。風と城門。空の高みと家の基礎。普段なら別々に語られる働きが、一つの祭りの中で対として扱われる。
どの神格とどの神格を組み合わせるかについても地域差があった。農村では雨と畑の組み合わせが重く見られ、都市では風と門、光と城壁などが祭られた。神官たちが一定の対応表を作ろうとした時代もあったが、全ての地方習慣を一つにまとめることはできなかった。それでも大祭の間だけは、天の神格と地の神格が互いに相手を必要とするものとして語られた。普段のフェンフレイユーでは、雨は天から来るものとして祭られる。大祭では、雨が地へ届かなければ意味がないと語られる。普段のフォーンフェヴォーでは、種を受け止める土地が祭られる。大祭では、天から水と光が来なければ土地だけでは実らないと語られる。七百年祭は、それぞれの信仰が単独では世界全体を説明できないことを、二国が公に認める時でもあった。
しかし祭りは婚姻で終わらない。一定の祭期を過ぎると、二柱は再び別れる。この別離の祭祀は、婚姻そのものと同じほど重要とされる。フェンフレイユーから運ばれたものはフェンフレイユーへ戻る。フォーンフェヴォーから運ばれたものもフォーンフェヴォーへ戻る。二国の王はそれぞれ別の道を帰る。合同の祭壇が作られた場合には解かれ、天と地の祭具は再び同じ場所には置かれなくなる。この時に何を唱えるかは地方によって異なる。ある古い記録には、「天は上へ、地は下へ」という短い言葉だけが残っている。
別の地域では、互いの神に対して「次の時まで」と告げる。また何も唱えず、ただ祭具を二方向へ運び去るだけのところもあったという。泣くことを禁じたという伝承もある。別れは不幸ではないからである。一方、別れを惜しんで泣くことこそ正しいとする地方もあった。この違いも消されなかった。天と地がなぜ離婚したのかについて一つの物語しかないわけではない以上、その別れをどう受け取るかも一つである必要はなかった。大切なのは、二柱を結び付けたままにしないことである。七百年祭を永久の婚姻へ変えようとすることは、古くから不吉とされた。天と地が一つになり続ければ、世界の形が失われると考えるからである。
このため大祭の終わりを延ばそうとした人物について、いくつかの説話が残っている。ある王は祭りを喜び、二国を一つの国にしようとしたため病に倒れた。ある神官は合同祭壇を壊すことを拒んだため、翌朝には祭壇だけが二つに割れていた。ある恋人たちは「天と地が別れないように」と祈ったが、その後互いに会えなくなった。いずれも史実とは考えにくい。しかし、結び付くことだけを善としない両国の感覚をよく示している。
甲魔歴八百年頃の大祭が終わると、人々はそれぞれの国へ帰った。ただし、全てが祭り以前へ戻ったわけではない。交易路は残った。祭りのために修復された道路や橋も残った。他国で得た道具や習慣を持ち帰った者もいた。祭りの期間に知り合った人々の往来も続いた。二柱の神は再び別れたが、人間同士の関係まで全て断ち切られたわけではない。むしろ七百年祭は、別れた後にも関係が残り得ることを二国の人々に示す出来事となった。現在、前回の祭りを直接知る者はいない。当時の祭具の一部は残されているが、本当に大祭で使用されたものか確かでないものもある。地方には「前回の婚姻の時に建てられた」とされる橋、宿、広場、塔、門が数多く存在する。その全てが甲魔歴八百年頃の建造物であるとは考えられていない。
七百年祭の記憶は、長い時間の中で各地の古いものを自らの物語へ引き寄せてきた。それでも次の大祭は、いつか来る。その日を見るために現在の人々が特別な準備をして暮らしているわけではない。あまりにも遠いからである。しかし神官たちは祭具と記録を継承し、七百年祭に関する古い手順を書き写している。その手順の中には意味の分からなくなったものもある。次の祭りまでに解釈が変わるものもあるだろうと考えられている。それでも記録は残される。一度の人生では確かめられない祭りを、何世代もの人間が引き渡していくのである。
フェンフレイユーとフォーンフェヴォーにとって、七百年に一度の婚姻は失われた夫婦が永遠の結合へ戻る日ではない。天が地を必要とし、地が天を必要としていることを確かめる日である。そして祭りの最後には、その必要が互いを同じものにすることを意味しないことも確かめられる。二柱は出会う。二柱は番となる。そして再び別れる。その全てを終えて、天は天へ、地は地へ戻る。七百年祭は、その別れまでを含めて一つの祭りなのである。
フェンフレイユー・フォーンフェヴォー誌 第五章 現在の二つの国
現在のフェンフレイユーとフォーンフェヴォーは、同じ神話を持ちながら、一つの国になろうとはしていない。七百年に一度の婚姻祭を除けば、天の神と地の神は別々に祭られ、王家も神官団もそれぞれの国に属している。二国の間には交易があり、人の往来もあり、婚姻も珍しくないが、互いを「本来一つであった国が分裂したもの」と考える理解は一般的ではない。天と地が別れているように、二国もまた別れている。その状態が不完全だとは考えられていない。
フェンフレイユーの町では、空塔が生活の目印になっている。首都フレイヤーほど多くはなくても、地方の町に一つ二つ高い塔があれば、遠くからでも町の位置が分かる。塔の上で灯される光や掲げられる旗が天候や道の状態、祭日などを知らせる地域もある。塔の周囲には倉や市場が作られることがあり、空帝への補給に関わる土地では、空へ送る荷を扱う仕事そのものが一つの産業になっている。食料、布、工具、魔法用品、記録物などが集められ、検査され、分けられる。
空へ上がる者は少なくても、空へ何かを送る仕事に関わった経験を持つ者はそれよりずっと多い。そのためフェンフレイユーでは、空は遠い場所でありながら、生活から切り離された場所ではない。日々の食事や衣服は、当然ながら空と直接関係するものばかりではない。平地では穀物や野菜が作られ、家畜も飼われる。都市では他国から入る食料も多く、フレイヤーには各地の料理が集まる。ただし外で仕事をする者は空模様を強く気にする。風が強くなれば荷運びが止まり、雨が続けば道が変わる。高い空塔で働く者には、地上より厚い外套や、風で裾や袖が乱れにくい衣服が好まれる。天の神を信じているから空を見るというより、空を見なければ生活できないので、その行為に古い信仰が残ったとも言える。
フォーンフェヴォーでは、日常の目印となるのは塔より壁や門である。シャーンヴィーのような大きな都市では、住民が「どの壁の内側に住んでいるか」「どの門を使うか」で自分の居場所を説明することがある。古い壁の内側には市場や職人街があり、その外側に新しい住宅地が広がり、さらにその外に別の壁がある。門の近くには宿、馬や荷車を扱う場所、検問所、商店などが集まる。一日の始まりと終わりを、門が開く音や閉じる音によって知る町もある。
地の神への信仰を持たない住民でも、古い門や壁に対して一定の敬意を示すことが多い。壊してはいけないからではない。そこを壊すなら、何を壊しているのかを知るべきだという感覚である。家の建て替えでも似たことが起こる。古い柱や石を再利用することがあり、祖父母の代から使われている入口の石を残す家もある。それを神聖な物として扱うとは限らない。単に「まだ使えるから使う」と言う者もいる。
古い神話と実際の生活習慣がどちらから始まったのか分からなくなっていることは、二国とも少なくない。両国の人々が日常的に天と地の離婚神話について話しているわけでもない。人々は働き、商い、食事をし、結婚し、子供を育てる。フェンフレイユーの者が皆空塔へ登るわけではなく、フォーンフェヴォーの者が皆城壁に関心を持っているわけでもない。それでも、物事を説明する時には古い言葉が現れる。落ち着きのない人間をフェンフレイユーで「風に連れていかれた」と言う。頑固に一つのことを変えない者をフォーンフェヴォーで「壁になった」と言う。それらが天神や地神の神格から生まれた言葉なのか、単なる日常語が後から神話と結び付いたのかは分からない。
現在の二国を古代と大きく異ならせているものの一つに、サンフィネス教会の広がりがある。特に都市圏では、住民のおよそ三割が教会の徒であるとされる。しかし、そのことによって天の神や地の神の信仰が単純に消えたわけではない。教会の徒となった者の中にも、天の神や地の神について語る者がいる。フェンフレイユーでは、天の神を神性の一つの現れとして理解する者がいる。フォーンフェヴォーでは、地の神をこの世界の物質や場所に宿る神性を語った古い名として受け入れる者がいる。七百年に一度の婚姻についても、それを文字通り二柱の神が結婚する出来事とは考えず、天と地に現れる神性が一時的に強く結び付くことを表した神話として読む教会の徒がいる。もちろん、全ての教会の徒がそのように理解するわけではない。古い神々への祭祀を避ける者もいる。王家の祭礼には国家的な儀礼として参加するが、自ら祈ることはしない者もいる。反対に、日曜日にはサンフィネス教会へ行き、別の祭日には天神あるいは地神の祭祀にも参加する者もいる。二つを矛盾と感じない家庭も少なくない。この状態は、教義上完全に整理されたものではない。
サンフィネス教会の側でも、天神・地神信仰をどこまで受け入れられるかについては見解が異なる。それでも二国では、古い信仰が国家の歴史、王家、都市の形、祭日、家族の習慣と深く結び付いているため、それだけを生活から切り離すことは難しかった。天の神を信じなくなった者でも空塔を使う。地の神に祈らない者でも古い城門を通る。七百年祭を神々の実在する婚姻だと思わない者でも、その記録を自分たちの国の歴史として読む。このため古い信仰は、信じるか信じないかだけでは測りにくくなっている。
王家も同様である。フェンフレイユー王家は現在も天の神に仕える祭祀上の家であり、フォーンフェヴォー王家は地の神に仕える家である。しかし王が国政を直接支配する時代ではない。実際の政治では魔術師連盟の影響が大きく、神官団も独自の力を持つ。地方の有力者や都市の組織も加わるため、王の言葉だけで国家が動くことは少ない。それでも王家を廃するべきだという意見が強くならないのは、王が政治家である以上に、祭祀の中の位置を持っているためでもある。天の神を祭る時に王家がいる。地の神を祭る時にも王家がいる。七百年祭では二つの王家が必要になる。王の政治的権限が小さいことと、王が不要であることは同じではない。神官団の力は王家より日常生活に近い。祭礼だけでなく、婚姻、葬送、古い土地や建築物に関する慣習にも関わる。しかし神官が全ての生活を決めるわけでもない。
都市部ではサンフィネス教会の徒が増え、魔術師や役人による世俗的な制度も広がった。古い神官の判断がそのまま法になることは少なくなっている。それでも祭祀の日程や七百年祭に関する記録については、神官団が最も多くの知識を保持している。二国民の互いに対する意識も、強い敵対感より近さと違いの両方から成り立っている。フェンフレイユーからフォーンフェヴォーへ行けば、言葉や料理に大きく困らない地域も多い。同じ神話を知っている。同じ七百年祭について学校や家庭で聞く。
しかし町の姿は違う。フェンフレイユー人はシャーンヴィーの城壁を見て、なぜこれほど古い壁を残すのかと思うことがある。フォーンフェヴォー人はフレイヤーの空塔を見て、なぜこれほど高い場所へ物を上げたがるのかと思うことがある。互いの特色は冗談にもなる。それでも相手をまったく異質な外国人と見ることも難しい。自分たちが祭る神の、かつての番を祭る人々だからである。そのことが政治的な友好を保証するわけではない。
二国の間には利害の対立もあり、過去には境界や交易をめぐる争いもあった。同じ神話を持つことと、同じ国家利益を持つことは別である。むしろ争いの時にこそ、「天と地は別れたのだから、我々も別である」と語られることもあった。反対に関係を改善しようとする者は、七百年に一度とはいえ二柱が再び番となることを引く。同じ物語が、距離を取る理由にも近づく理由にもなる。
現在のフェンフレイユーとフォーンフェヴォーは、古い神話だけによって生きている国ではない。空帝への補給があり、魔術師連盟があり、サンフィネス教会があり、他国との交易がある。人々の生活も古代から同じではない。それでもフェンフレイユーの町では今日も空塔が使われ、フォーンフェヴォーでは古い壁の門を人々が通る。子供は天と地が一度結婚し、離婚したことを聞く。大人になれば、それを本当に起きた出来事と考える者も、昔の人々が世界を説明した物語と考える者もいる。そして遠い未来には、再び七百年祭が来る。その時にも二国が現在と同じ形で存在しているかは分からない。祭祀の形も、神々についての理解も変わっているかもしれない。それでも前回の祭りの記録は次の世代へ渡されている。天と地が再び出会う時のためにである。




