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セムル王国

 セムル王国はフィーネシア王国とはアラルガル平原で隔てられており、その中央に竜の里と呼ばれる多くの竜が生息した谷があり、人々の侵入を拒んでいた。冒険者たちは竜が食して腹に蓄えた銀を求めて竜の里を目指したが、その途中にある砂漠で息絶える者も少なくなかった。その国の首都はセムリアと言い、小規模ながら十分な高さのある城壁に囲まれていた。特に結界によって守られていたので、空からの竜の侵入は大方防げていた。人口300万人。


セムル王国誌 第一章 国土と王国の概観


 セムル王国は中央八王国の一つであり、フィーネシア王国とは広いアラルガル平原を隔てて接している。中央諸国の中では古い景観を比較的よく残した国として知られ、都市でも農村でも、数百年前に築かれた建物や橋、道路、水路などが現在まで使用されていることは珍しくない。

 ただし、セムルが古いものだけを好み、新しい技術を退けているということではない。必要であれば新しい建物も造られ、新しい魔法や道具も取り入れられる。ただ、まだ使用できるものを時代遅れであるという理由だけで取り壊す習慣が弱いのである。古い建物の内部に新しい設備が入り、何代も使われた道具の一部だけが新しい部品に交換される。その結果として、一つの物の中に異なる時代の仕事が重なって残っている。

 国内の主要な都市には職人の工房が多く、鍛冶、石工、木工、製本、魔法道具の製造や修理などが盛んである。学問もまたこれらの仕事と離れたものではなく、材料の性質、古い製法、建築、魔法の作用、過去の記録などを研究する者が多い。職人が学者の残した書物を参照する一方、学者が工房に入り、職人から古い技術について話を聞くこともある。

 セムルを訪れた者が目にする建物の中には、一見していつ建てられたものなのか判別できないものがある。壁の大部分は古い石でありながら、一部だけが数十年前に交換され、屋根にはさらに新しい材料が使われている。その一方で扉の金具だけは数百年前のものが残されている、といった具合である。修復に際して全体を新しくするよりも、傷んだ部分を見極め、必要なところだけに手を加える方法が好まれる。

 王宮をはじめとする古い公共建築もすでに現在の形を完成させて久しく、その後は増築よりも維持と補修が中心となっている。石材や木材の劣化を遅らせる魔法も用いられているが、それだけに頼ることはなく、職人による定期的な検査と修繕が行われる。魔法によって古びることそのものを止めるのではなく、古びたものを壊れる前に直しながら使うのである。

 こうした性格は道具や建築だけに限られない。古い書物、工房の記録、寸法表、家々に伝わる製法なども、内容が役に立つ限り容易には捨てられない。新しい写本の余白に古い職人の注意書きがそのまま写され、それが何を意味するのか分からなくなった後にも残されていることすらある。

 そのためセムルには、現在の生活の中へ過去が細かく入り込んでいる。人々はそれを特別な遺産として意識しているとは限らない。古い橋を渡り、古い炉を修理し、祖父母より前の世代から受け継がれた道具を使うことが、日々の生活の一部となっているからである。

 そして、それらの中にはセムル王国そのものよりも古いものがある。その一部が、かつてドーブニウ山脈を中心に栄えたデンバクドゥルの文明へ遡ることが明らかになるのは、後世になってからのことであった。


セムル王国誌 第二章 デンバクドゥルの残響


 セムルに残る古い技術の全てが、セムル人自身によって生み出されたものではない。現在では、そのかなりの部分が、かつてドーブニウ山脈とその周辺に栄えたデンバクドゥルの諸王国から伝えられたものであると考えられている。

 古い時代のデンバクドゥルは採鉱や金属加工だけではなく、石材の扱い、炉の管理、道具の製造と補修、長期間の使用を前提とした建築などに多くの技術を持っていた。しかし彼らの王国は一様に存続したわけではなく、戦乱や人口の減少、魔法を巡る社会の変化の中で、多くの集落や工房が失われた。デンバクドゥル自身も各地へ散り、一部は人間の社会へ入り、また別の者は山地へ留まった。

 セムル地方へ彼らが移住した時期については明らかではない。大規模な移住が一度起こったというより、数世代にわたって職人やその家族が少しずつ移り住んだとする説が有力である。彼らは王国を建てることも、その地を自らの民族の領土とすることもなかった。石を積み、炉を築き、金属を加工し、そこで暮らしていた人々に仕事を教えた。

 そのためセムルが受け継いだのは、デンバクドゥルの王統や古い国家制度ではなく、仕事の仕方であった。

 石材をどの方向から割るべきか。炉を休ませるのはいつか。刃物を研ぎ直す時にどこまで削ってよいか。古い壁の石を取り替える際、どの石を残さなければ全体が崩れるか。金属の色や音から内部の傷みを見分けるにはどうするか。そのような細かな知識が、工房から工房へ伝えられていった。

 興味深いことに、それらの一部は現在のドーブニウ王国ではすでに失われている。

 ドーブニウは今日でも大陸中央部に大量の金属を供給し、デンバクドゥルもその地に生きている。しかし、古い遺構から発見された器具や建築部材について、その用途をセムルの職人が先に理解した例がいくつか知られている。またドーブニウでは廃れた形の工具が、セムルの地方工房ではほとんど形を変えずに使用されていることもある。

 このことは両国の学者にとって長く興味の対象となってきた。

 セムルの技術をデンバクドゥル文明の「保存された一部」と呼ぶ者もいる。しかし、それは古代文明がそのまま残っているという意味ではない。セムル人は受け取った技術を自らの生活に合わせて変え、時には魔法を加え、別の素材へ置き換えながら使い続けてきた。起源が忘れられたものも少なくなく、かつてデンバクドゥルの技法であったことが、古い遺跡との比較によって初めて判明したものさえ存在する。

 このため、古代デンバクドゥルの文明を知ろうとする者がドーブニウだけを訪れるとは限らない。山脈の古都や鉱山を調査した後、セムルの小さな工房へ向かう学者もいる。そこでは古文書にも残っていない手順を、一人の老職人が理由も知らずに守っていることがあるからである。

 現在のドーブニウに古代デンバクドゥルの血と土地が残るとすれば、セムルにはその手の動きの一部が残ったとも言える。

 かつて彼らの文明が持っていた煌めきは、王冠や巨大な遺跡としてではなく、使い込まれた工具や修復された石壁、何世代にもわたって繰り返される仕事の中に、わずかながら残されている。


セムル王国誌 第三章 学問と職人


 セムルでは学問と職人仕事との境界が、他国ほど明確ではない。

 学院で材料について研究する者が工房へ出入りし、鍛冶師や石工が古い書物を読んで仕事の参考にすることも珍しくない。書物だけを扱う者と手仕事だけを行う者はもちろん存在するが、その双方を理解することが望ましいと考えられている。

 これは古くから残る技術の多くが、文章だけでは完全に伝えられないためでもある。

 例えば石を切る際の角度や、金属を火から引き上げる時機、木材を組む際に加える力の程度などは、数値として記録されていても、それだけでは十分ではない。実際に手を動かし、音や色、重さの変化を覚えなければならない。そのためセムルでは、古い技術書を読みながら、それと同じ仕事を行う職人のもとで学ぶという方法が広く行われてきた。

 職人の教育は多くの場合、工房を単位としている。若い者はまず掃除、運搬、道具の手入れなどを任され、次第に簡単な加工や修理へ進む。一人前と認められるまでの年月は職種によって異なるが、短期間で大量に職人を育てることより、技術を誤って伝えないことが優先される。

 師が弟子に全てを教えるとは限らない。秘密として隠しているというより、本人にも説明できない技術が存在するからである。

 ある職人が「ここでは火を弱くする」と教えても、なぜそうするのかについては「昔からそうしている」としか答えられない場合がある。そうした仕事を学者が観察し、材料や魔力の変化を調べることで、数世代後になって初めて理由が明らかになることもある。

 逆に、古い書物に記されているものの、実際の方法が失われた技術もある。

 その場合、セムルの学者は記述だけから安易に復元しようとはしない。関連する工房の記録、遺物、周辺地域に残る類似技術などを比較し、安全に試せる範囲で再現を行う。魔法に関係する技術では特に慎重であり、古い記述が残っているというだけで実用へ戻されることは少ない。

 セムルで学者として評価される仕事も、新しい理論を唱えることだけではない。

 傷んだ古書を読み直し、複数の写本を比較して原文に近い形を求める者、意味の分からなくなった職人用語を調べる者、古い建物を測量して図面を残す者、古代の工具が何に使用されたものかを研究する者などもいる。

 特にデンバクドゥルの古い技術との関係が知られるようになってからは、セムル国内に残る工法を記録する仕事が盛んになった。これまで単なる地方の習慣と思われていた手順が、ドーブニウの遺跡から発見された記録と一致することがあるためである。

 もっとも、セムル人が古い方法を無条件に尊ぶわけではない。

 新しい方法の方が安全で、安価で、長く使用できるなら、それを採用することも普通に行われる。古い技術であるという理由だけで、不便なものまで保存する必要はないと考える者も多い。

 それでも、何かを捨てる前には、なぜ以前の人々がそれを使っていたのかを確かめようとする。

 使われなくなった工具が工房の隅に残され、意味の分からない図面が文書庫へ送られ、廃止された製法についても記録だけは保存される。それが後の時代に再び役に立つことがあるからである。

 このためセムルでは、学問とは新しい知識を増やすことだけではなく、既に存在する知識を失わないことでもあり、職人とは物を作る者であると同時に、過去から受け取った技術を次の世代へ渡す者でもある。


セムル王国誌 第四章 魔法と維持


 セムルでは魔法もまた、物を新しく作り出すためだけではなく、すでに存在するものを長く使うために用いられてきた。

 建物では石材の内部に生じた小さな亀裂を見つける魔法、木材に入り込んだ水分や虫害を調べる魔法、金属の腐食を遅らせる魔法などが広く知られている。大きく壊れたものを一度に元の姿へ戻すような魔法も理論上は存在するが、日常的な修繕ではあまり好まれない。元の構造を十分理解しないまま全体へ魔力を作用させれば、一見直ったように見えても別の場所に負荷が移ることがあるためである。

 そのため、職人はまず自分の目と手で傷みを確かめ、その後必要な場所だけに魔法を使う。

 古い家屋では、石壁の一部だけを外して組み直し、梁の一本だけを交換し、残りはそのまま使うことが多い。魔法は作業を容易にするが、どこを残し、どこを取り替えるべきかを判断するのは人間である。セムルでは、魔法だけを知っていても優れた修復師とは見なされない。

 書物の保存にも魔法は用いられる。

 紙や皮紙の乾燥を一定に保つ小さな結界や、虫を近づけにくくする処置は文書庫や学院では一般的である。しかし、破れた頁を読める状態へ戻したり、消えかかった文字を判別したりする仕事は、今でも人の手による部分が大きい。古い写本の文字を魔法によって強引に浮かび上がらせた結果、後世に書き加えられた文字まで同じ時代のものとして読み取ってしまった例もあり、保存魔法の使用には慎重さが求められている。

 魔法道具そのものも修理の対象となる。

 長年使用された杖、魔法灯、保温器具、収納具などは、内部を流れる魔力の偏りによって次第に性能が落ちる。セムルにはこれを分解して調整する職人がおり、交換できる部品だけを新しくしながら使い続ける。中には外装のほとんどが数百年前のままで、内部だけが何度も作り替えられている道具も存在する。

 古いデンバクドゥルの技術と考えられているものの中にも、魔法との組み合わせによってのみ現在まで残ったものがある。金属の表面にわずかな光沢を保つ処置や、石材同士を長期間安定して接合する方法などである。しかし、それらが当時から魔法によって行われていたのか、それとも後世のセムル人が古い技法へ魔法を付け加えたのかは明らかでない。

 セムルの古い建物を調べると、こうした時代の重なりを見ることができる。

 基礎は古いデンバクドゥル系の工法で築かれ、その上に人間の職人が壁を建て、数百年後には魔法による補強が加えられ、さらに近年になって一部だけ新しい材料へ交換されている。そのどこまでが「元の建物」であるのかを決めることは難しい。

 しかしセムルでは、それを大きな問題とは考えない。

 物は使われる間に少しずつ変わる。それでも、その役割を失わず、次の人間が使える状態で残っているならば、それは同じものとして扱われることが多い。

 この考えは大きな公共施設だけでなく、人々の生活にも入り込んでいる。家の鍋を修理して使い、親の机を子が受け継ぎ、柄だけを替えた古い刃物をなお台所へ置く。魔法が使われる場合もあるが、多くはごく小さな手仕事で済まされる。

 セムルにおける保存とは、古いものを触れずに残すことではない。

 使いながら直し、直しながら形を変え、それでも捨てずに次へ渡すことである。


セムル王国誌 第五章 人々の生活


 セムルの人々の暮らしは、王国の技術や学問ほど特別なものではない。農村では畑を耕し、都市では商人や職人が働き、家族は食卓を囲み、子どもは遊びながら成長する。古い技術を多く残しているからといって、人々が日常的に過去を意識して暮らしているわけでもない。

 ただ、その生活の中には物を長く使う習慣が深く入り込んでいる。

 一般的な家には、住人より古い家具が一つや二つあることが珍しくない。祖父母から譲られた机、何度も脚を直した椅子、柄を交換した包丁、古い箱などである。家そのものも世代を越えて使われることが多く、家族が増えれば部屋を改め、屋根を葺き直し、壁を補修しながら住み続ける。

 そのためセムルの町では、物を売る店と同じくらい修理を請け負う店が身近にある。靴、衣服、食器、家具、農具など、それぞれを直す職人がおり、高価な品でなくとも修理に出される。完全に壊れた物は部品に分けられ、別の品を直すために使われることも多い。

 市場には新品と中古品が混じって並ぶ。中古品であること自体は大きな欠点とは見なされず、十分に手入れされた道具であれば、新品より古い品を好む者もいる。特に工具や調理器具では、長く使われたことで手になじんでいることや、現在では作られなくなった形を保っていることが評価される場合がある。

 もっとも、古いものを使うことそのものが富や身分を示すわけではない。裕福な者は新しい品を買うことも多く、若者が新しい衣服や道具を欲しがることも他国と変わらない。親が大切にしていた家具を、子があっさり手放すこともある。セムルの保存の習慣は、人々全員が同じ価値観を持つことによって維持されているのではなく、直す場所と直せる者が身近に存在することで続いているとも言える。

 食生活は比較的質素で、穀物、豆、野菜、乳製品、肉などが地域に応じて食べられる。都市では保存食も多く流通し、乾燥させた肉や魚、豆類、硬く焼いたパンなどは長旅や冬季の備えにも用いられる。料理にも古い家庭ごとの作り方が残るが、それを王国固有の伝統として意識する者は少ない。家で昔からそう作っているというだけのものも多い。

 衣服についても、修繕しながら着る習慣がある。袖や裾だけを交換した衣服、別の布を当てた作業着は珍しくない。一方、都市の若者や裕福な商人の間では他国から入ってきた流行を取り入れることもあり、セムルが一様に古風な服装を保っているわけではない。古い衣服と新しい装飾が同時に使われることもある。

 子どもたちは家庭や地域で簡単な修理を覚えることが多い。職人になる者でなくても、刃物を研ぐ、衣服を繕う、木製品の緩みを直すといった仕事は生活の一部として教えられる。専門的な作業になれば職人へ任せるが、何でも壊れた瞬間に買い替えるという感覚は弱い。

 老人もまた、セムル社会では一定の役割を持つ。長年同じ仕事を続けてきた者は、記録に残っていない手順や土地ごとの事情を知っていることがあるためである。工房だけでなく農村でも、昔の水路の位置や、ある土地がどの季節に崩れやすいかといった知識が年長者から伝えられる。

 それでも、セムルの暮らしが過去に閉じているわけではない。

 新しい魔法道具が便利なら使われるし、新しい道路が必要なら造られる。若者は他国へ学びに出て、そこで得た知識を持ち帰る。違いがあるとすれば、新しいものが入ってきた時に、以前のものがすぐ消えるとは限らないことである。

 古い炉の隣に新しい炉が置かれ、古い道具を使う職人の隣で別の者が新しい技法を試す。古い家の一室だけが新しく造り替えられる。そうした小さな重なりの中で、人々は特別な意識を持つことなく、過去と現在の双方を使いながら生活している。


セムル王国誌 第六章 現在のセムルとドーブニウ


 現在のセムル王国とドーブニウ王国の関係は、おおむね穏やかなものである。両国の間には交易があり、とりわけ金属、鉱石、工具、加工品を巡る往来は多い。ドーブニウの鉱山から得られた素材がセムルの工房へ運ばれ、加工された道具が再び山地へ戻っていくこともある。

 しかし両国を結び付けているのは現在の交易だけではない。

 古代デンバクドゥルの技術の一部がセムルに残されていることが知られるようになってから、ドーブニウの学者や職人がセムルを訪れることが増えた。目的は古文書の調査だけではない。地方の工房を訪れ、工具の持ち方や炉の扱い、石の積み方など、一見すればありふれた作業を観察するのである。

 その中から、ドーブニウの古い遺跡に残されながら用途の分からなかった器具が、セムルでは形を変えながら現役で使用されていたと判明することもある。

 逆にセムルからドーブニウへ向かう者もいる。

 セムルに残る技術の起源を調べる者にとって、ドーブニウ山脈に残された古い鉱山、炉跡、石造建築、墓所などは重要な研究対象である。セムルでは作業だけが伝わり、なぜその方法が生まれたのか分からなくなっている場合もある。その答えが、古いデンバクドゥルの遺構から見つかることがある。

 こうして両国は、同じ過去を異なる形で持っている。

 ドーブニウには、その文明を築いた者たちの子孫が現在も暮らしている。山、鉱山、古都、王統の記憶もそこにある。一方セムルには、かつてそこから離れていった者たちが伝えた仕事の一部が、人間の社会へ溶け込んだまま残っている。

 この関係をどのように理解するかについては、両国でも意見が一致しているわけではない。

 あるデンバクドゥルは、セムルに残る技術を自分たちの失われた財産が保存されたものと考える。セムルの古い工房を訪れ、祖先が用いたものとよく似た道具を目にして強い感慨を抱く者もいる。その一方で、それを自分たちの文明の一部として当然のように語る者に対し、セムル側の職人が快く思わないこともある。

 彼らにとって、その技術は数百年にわたって自分たちの祖先が使い、修理し、改良し、次代へ伝えてきたものでもあるからである。

 とはいえ、この問題が両国の大きな対立に発展しているわけではない。誰が所有する技術なのかを論じるより、その技術がどこから来て、どのように変化したのかを調べることに関心を持つ者の方が多い。

 セムルの職人がドーブニウの古い技法を新しく学び、反対にデンバクドゥルの職人がセムルで保存されていた方法を持ち帰ることもある。その結果、長く別々に伝えられてきた二つの技術が再び一つの工房で使われることさえある。

 現在のドーブニウ王国は、なお豊かな鉱物資源とデンバクドゥルの伝統を有している。しかし、かつてその文明が持っていたものの全てが残されているわけではない。

 セムルもまた、古代の文明をそのまま保存しているわけではない。

 それでもドーブニウで失われたものの一部がセムルに残り、セムルで意味を失ったものの由来がドーブニウに残っている。

 二つの王国を行き来することで初めて、その古い文明がどのようなものであったのかが、少しずつ見えるようになっている。しかし二つの王国は大まかにはフィーネシアによって隔てられている。

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