9. 剣士の前途
「ふむ...貴方の人質にされている妹の名は?」
「えっ、あ、レーネです」
執事は徐ろに立ち上がった。
「私は少し席を外します。その間、詳しい話はリンゼにしてください」
そのまま部屋の隅に向かい、耳元に手を添えて誰かと話すような素振りを始めた。
「お茶とよかったらお菓子も、どうぞ」
剣士はリンゼに支えられて立ち上がり、ソファーへと促された。
テーブルの上には小ぶりな焼き菓子も用意されていたが、剣士は何も喉を通る気がしなかった。
とてもお茶を楽しめる心境ではない。
「無理に飲まなくてもいいのよ」
リンゼの瞳は優しく、微笑んでいた。
「そうそう、聞きそびれていたんだけど、貴方の名前は?」
「私はルミナータといいます。
あのレーネのことは...」
「ええ、気になるわよね」
リンゼは魔国の影のことを話した。
魔族の土地に対する誤った考えを払拭するため、また魔国侵略派の貴族の情報収集するため、各国に魔族の専門の者が入り込んでいること。
勇者パーティーは魔国を敵視する貴族とつながってることが多く、そのメンバーは魔国に向かった時点で調査の対象となる。
これまでの来歴や、家族の有無。魔王城への道中に監視はつけないが、城で問題があった場合はその情報を友好活用する。
「今、レーネさんを捜す段取りをつけているのだと思うわ。わかることでいいから、詳しい事情を聞かせてもらえる?」
魔族が妹を捜してくれるなら、私一人で戻るより勝機があるかもしれない。本当に動いてくれるかは、わからないけど...剣士は話す決意を固めた。
「妹は貴族の館のような場所にいると思います。勇者が出立するまで、私もそこで別の部屋に閉じ込められて、勇者に同行しないなら妹に傷をつける、と脅されました。
妹の姿を見たいと訴えても、扉ごしに声しか聞くことができず...。
目隠しをされて運ばれたので感覚だけですが、王都から離れた距離、部屋の内装や調度品は城にあってもおかしくないレベルで...外観は不明です。
あと勇者と一緒にいた兵士は十数人ほど。白地に赤いラインの揃いの服の上に防具をつけていました」
あの日、家に押し入ってきたのが勇者だけだったら、対抗できたかもしれない。妹だけ逃がす隙もあったかもしれないのに。
ルミナータは苦い思いを噛みしめていた。
「あの男が勇者に決まる前から、何かと難癖はつけられていたんです。私は隣国に所属する騎士で、勇者とは同僚でした。名前が気に入らない、防御メインの戦い方は邪道とか、見かければ文句を言ってくる嫌な人だった」
「そう、勇者パーティーに強引に入れられた理由はわかるかしら?」
「はっきりとは...。ただ騎士の間では以前から、勇者パーティーが魔王とまともに勝負にならないことは噂になっていて、仲間になりたがる騎士がいなかったからかと」
「あら、正確な話を知ってる人がいたのかしら」
「前回の勇者パーティーに参加した騎士が先輩にいたり、友好派の貴族家と関係ある騎士がいたり、皆いろいろなつながりで聞いてるみたいです。私も友人から聞きました。魔王に勇者が挑みに行くのは、侵略派の貴族を抑えるための単なるフリだと」
「ええ、魔王様と模擬戦したり、話をして仲良くなる人もいるのよ」
「半分はこの話を信じて、もう半分は半信半疑という感じでした。でも、あの男のように侵略派の貴族の言う事を鵜呑にする人も少数ですがいました」
そこで、執事が座席へと戻ってきた。
「今、隣国に入っているうちの者達と情報共有して動いてもらっています」
「レーネを...妹をお願いです、救ってください」
執事は真顔で頷きだけを返す。
種族の違う執事やリンゼを信じてもいいのか。
ルミナータは逡巡した後、心を決めた。
他に縋る方法がないからかもしれない、だが、なぜか信じられると感じた。
「私の秘密を話します。勇者にも知られてない事です」
ルミナータには、傷を回復する癒やしの力があった。幼い頃、妹が負った大きな怪我を治したい、と願って気づいた力。
旅の途中、勇者パーティーは魔物や野盗との戦いで日々、傷を受けていた。
聖女は回復の魔法を使えるが、治癒の力は微々たるものだった。
もし勇者が魔王城に着くまでに倒れれば、妹はどう扱われるか、わからない。
皆が寝静まった後、治癒が不完全な傷を治していった。
戦闘で守っても、敵の攻撃から庇っても、理由なく蔑みの目で見て、言葉で罵倒してくる勇者やその仲間達に回復をかけるのは、本当は嫌だった。
それでも魔王城までは隠れて続けるしかない、と思っていた―――
ルミナータはそう話した。
「ちょうどよく、勇者達は聖女の魔法の特性だと勘違いしてくれました。治癒を受けてすぐには治らないが、一晩寝る間に大きな傷でも完治させる力だと」
「なるほど。あの勇者の力量で魔王城まで来れたのが疑問でしたが、貴方の回復があったからでしょうね。秘密にしてきた力を、我々に話してよかったのですか」
「はい。レーネを助けていただけるなら、私はこの力を魔国のために使います。だから...」
執事は静かに首を横に降った。
「いいえ、魔国のために使う必要はありませんよ。貴方が必要な時に、使いたいと思った時に使ってください。それを我々は強要しません」
「...では、私はどうすれば」
「貴方が望むなら、魔族と人間が共存するエリアに迎え入れることができます。妹さんと一緒に」
「人は魔国に住めないんじゃ...?」
「ほんのわずかですが人が住める土地があるのです。新しい土地が苦でなければ」
「こんな簡単に受け入れてもらっていいんでしょうか」
「そこは問題ありません。真に助けを求める者は拒まない――魔王様のご意思ですから」
その後、住む場所を見てもらっては?というリンゼの提案で、魔族と人間の住む区画に移動することになった。
魔王城裏手、広がる畑を抜けた城から見える位置にその場所はある。
「ここが工房街よ」
「アトリエ...」
「国を超えて種族も問わず、訳ありの者たちが集まった街です」
「職人さんが、それぞれの工房で便利なものをつくってくれてるの」
「武器や防具をつくる者もいれば、装飾品を産み出す者、全く新しい魔術具を開発する者もいます」
「私はここで何をしたら?」
「貴方には最初は、職人達の護衛をお願いしたいと思っています。工房街に慣れてきたら、転職を考えてもいいですし。ここでは魔族も人間も本人のやりたい事をする自由があります」
「...自由」
「そう、自由さっ!」
突然話に割って入ったのは長い金髪をゆるく束ねた長身の人間だった。黒いタイトパンツに短いワンピースを重ねた独特の雰囲気の持ち主だった。
「魔法使い一筋だったのに、魔術具しか目に入らなくなった研究バカもいるからね~」
「そんな者、一人しかいないでしょう」
「自分のこと、自分で言っちゃったわね」
落ち着いたハスキーな声なのに語尾が軽い。
即座に執事とリンゼに突っ込まれた人物。
「こちら、工房長さん。アトリエの代表的存在よ」
「あ、ルミナータといいます。よろしくお願いします!」
「執事さんから聞いてるよ!うちの職人守ってくれるって?心強いわ〜」
リンゼのあっさりとした紹介がきっかけになり、工房長に街の話を聞いているうちにルミナータの緊張が徐々にとけていった頃。
「今連絡が入りました。ルミナータさんの妹、レーネさんは無事。大きな怪我はなく、」
「怪我!?」
「足を拘束されていて、すり傷が。医者の診察を受けて、残るような傷はないそうです」
「あ...」
「勇者が出てから、食事を運ぶ以外、干渉がなかったと話が聞けたと。落ち着き次第、こちらに連れて来ることができます」
「っう...ぁあぅ...っぁ」
執事からもたらされた吉報にルミナータは
小さく、声をこぼして泣き崩れた。
工房長は隣に片膝をついてしゃがむとルミナータの肩にそっと手を置いた。言葉を添えず置かれた手の平はただ、温かかった。




