6. お客様はお帰りです
まあそんなわけで、人の国が本気でここに攻めてこないようにする方法が
勇者が倒せそうで、ぎりぎり倒せない魔王というわけだ。
執事がいろいろやって、倒すべきは【魔族全体】から【魔王】に人の国の意識を書き換えたからな。
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勇者の目の前で、魔法攻撃でぼろぼろになった漆黒のマントが剥がれ落ち、魔王の姿が現れた。
煤けた顔、身に着けた衣装には無数の焦げ跡、魔王はかなりのダメージを負いあと一息で倒せる。
と、勇者はそんな感じで見えてるんだろう。
口元がニヤッとしてやがる。
実際には魔法攻撃は俺の魔力で無効化し、マントは外しただけだが。
勇者はすぐそこに執事が立っているのにも気付いてない。
印象操作の魔術は執事の十八番だ。戦闘のダメージを受けていない魔族でも、この術がかかれば弱々しく見せかける事ができる。
魔王も四天王も、強い人間を差し向けるほどの強敵ではない。うまく刷り込まれている。
本来の力量を正確に見抜いているのは、帝国くらいだろう。
「剣をとれよ、魔王〜」
勇者は剣での決着がお望みのようだ。
余程腕に自信があるのだろう。完全にこちらを見下した表情を向けてくる。
「もうそんな気力もねぇのか」
剣、ニガテなんだよなあ。武器もつと無意識に魔力流して壊れちゃうんだよ。
俺が丸腰なのをまるっきり無視してるな、勇者。
まあ、リクエストにお応えしても構わない。
ニヤニヤしながら近付いていた勇者が、左手をかざした俺の動きを見て立ちどまる。
「剣」
補く光を放つ、一振りの重厚な剣を手にして軽く振る。
魔力で自分用の剣を作れば壊れる心配がない。
シャキィーンッ―――
俺の剣を受けたのは大きな盾。
反応できなかった勇者を庇う盾の剣士は、虚ろな目をしていた。
なんか違和感があるんだよな、この盾の子。
次の瞬間、勇者が剣士を腕で薙ぎはらった。
はっ?
「邪魔するんじゃねぇよ!」
それは守ってくれた相手に言う言葉じゃないな。
できた空間に魔力の剣で切り込むと
勇者が右手の聖剣で受けた。
あれは、聖剣といっても唯の鋼だけどな。隣国は何度も勇者パーティーを送ってくるから、その度に聖剣が量産されてるらしい。
勇者が押し返し、反対に打ち込んでくる。
ガキイィーン――――
剣先を滑らせ軌道をずらす。
更に打ち込んでくる勇者と刃で打ち合う。
うーん、これどうやってぎりぎりの勝ちにもってこうか。引き分けでもいいが、決め手がない。
しつこく攻めては来るが、剣戟が軽い。俺が全力でいったら勇者は吹き飛んでくかもしれん。
「仰々しい見た目のくせに軽い剣だな」
勇者が言ってくる。こっちの台詞だよそれ。
こちらの隙を狙ったていたのか、斜め後方にいた弓闘士が動く気配がする。勇者と距離が空いたところに弓矢が連続で降ってきた。剣ですべて払いきり、攻撃がやむ。
魔法使いは高威力の魔法を放った後、魔力が尽きたのか柱の陰から動かない。
剣士は床に倒れたまま、上体だけ起こしてこちらを見ていたが再び勇者を守る動きはない。
そして、勇者が弱い。
これ以上、剣でやるのは疲れるなあ。
このまま持ってたら、うっかりで致命傷になりそうだ。
持っていた剣を投げ捨てる。
勇者が僅かに目を見開く。
剣は床に届く前に霧散して消えた。
「何をする気だ」
「むしろ、お前達は何をしにきたんだ?」
勇者に問いかける。今後、魔国に手を出さないよう説得するのも仕事だからな。
話が通じればいいけど。
「決まってるだろ。邪悪な魔王を倒して、俺が魔国を支配してやるんだ」
ん?
「お前にとどめを刺して王になりゃ、この国が抱えてる食料も資源も俺のものだ。周りの国に売りさばいて、そしたら国同士も仲良くやれるだろ?そうなりゃ俺の支配のおかげで平和になるんだぜ。感謝しろよ、魔王!」
は??輸出はもうしてるけど、帝国とか...
何だ、このとんでも思考。
「聖女をお妃様にしてやったら、俺等の国のやつらも安心するだろ。あと、魔法使いと弓闘士は大臣の仕事を任せてやってもいい。四天王の討伐で役になったからな。
出来損ないの剣士は一生、俺サマの下働きだ」
いや、そんな急に大臣の職務はできるようにならんだろ。王の妃って、誰でもなれるもんじゃないからな。
勇者は悦に入ったように、唾をとばしながらまくし立ててくる。
気持ち悪いので、サッと5歩分くらい距離をとる。
「ビビってんのかよ!」
弱っている魔王は勇者に怯えて後後退った、そんな風に見えたらしい。
勇者が聖剣を構え、斬りかかってくる。
執事の魔術、ちょい効きすぎじゃないか?
この勇者と話合い、無理だ...!
瞬時に間合いに入った勇者は、渾身の一撃を叩き混んだ。これで自分は魔国を手にできる。
国の奴等の思惑なんぞ、関係ない。
魔国に人が住めないなんて、魔族の流したデマだろ?俺が魔王を倒して王になる勇者だ――!
願望のままに口を歪めて、魔王に剣戟を浴びせようとしていた勇者はその場に凍りついた。
聖剣は、魔王の左腕に振り払われた瞬間ひびわれ、刀身が粉々に砕け散った。
天井のシャンデリアの光を反射して、煌めきながら落ちていく欠片に気をとられた勇者は、鳩尾に激しい衝撃を受けた。
魔王の右腕、素手でのストレートパンチだった。
「ぅ、ぐおぁ......」
腹部の痛みと、魔王から突然感じた身の竦むような冷気に一歩も動けない。
「もう、いいか」
魔王は勇者と魔法使い、弓闘士をまとめて沈めようと、ダメージを与え過ぎないよう魔力を絞っていた。
この時、魔王の凍てつくような魔力を至近距離で感じていた勇者は、魔王からの得体の知れない圧に耐えきれず、膝をついて――気絶した。
「あれ?」
「お客さまはお帰りです」
執事の言葉に黒服の魔族が現れ、魔法使いの頭部に魔力を流し昏倒させた。他の黒服が弓闘士の首筋に手刀を当てて、意識をかり取る。
戦闘に長じた者がいるように、諜報、誘導、情報収集などの裏方を得意とする魔族もいる。
先代魔王の時代から存在する彼らは、時に人間の間に噂を流し、魔王城に向かう勇者パーティーに力ない魔族が狙われることのないよう誘導し、情報収集も行っている、影の部隊である。
魔王は集中を解いて、脱力した。
「後であの子の話、聞いてやってもらえるか」
「御意」
こちらの様子を無言で伺っていた剣士は、影の部隊に誘なわれて玉座の間を出ていった。
「あの力量じゃあ、勇者のやつら外に放置してたら野盗に襲われないか」
「問題ありません。この後、親切な方に拾われる予定ですから」
「なら、問題ないな」
「ええ」
勇者パーティーの後始末は、既に執事が手配してるようだ。ここは任せるに限る。
「影の情報だと、隣国の王家はうちと友好路線だったよな」
「古い貴族家が侵略派にいるので、勇者の派遣がやめられないようです」
隣国は一枚岩じゃないんだな。
魔国には貴族という制度自体ないから、よくわからんが。自国の貴族のご機嫌とりに魔国を巻き込まれるのは迷惑だ。
「帝国から、ちょっとお話してもらおうかな」
「手紙を書いてくだされば、明日お届けします」
「じゃあ、頼むよ。あ、リンゼも連れていっていいぞ。報酬出すから」
「職権乱用じゃないですか」
「魔国の大事な使者を一人で行かせられんからな。
サウロはあの顔で面倒なことになりそうだし、ミルファはまだ早いだろ。リュウガは妹と離れるの嫌がりそうだし」
「...なるほど。確かにリンゼが適任かもしれません」
「気にせず、二人で行ってこいよ」
「では、お言葉に甘えて」
フッ、と微笑った執事の顔は珍しく嫌味がない。
久しぶりに見たな、素の表情。




