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6. お客様はお帰りです

 

 まあそんなわけで、人の国が本気でここに攻めてこないようにする方法が、勇者が倒せそうでぎりぎり倒せない魔王(おれ)というわけだ。


 執事がいろいろやって倒すべきは【魔族全体】から【魔王】に人の国の意識(イメージ)を書き換(か)えたからな。



 *・*・*・*・*・*・*・*・*・*・



 勇者の目の前で、魔法攻撃でぼろぼろになった漆黒のマントが剥がれ落ち、魔王の姿が現れた。

 煤(すす)けた顔、身に着けた衣装には無数の焦げ跡、魔王はかなりのダメージを負いあと一息で倒せる。


 と、勇者はそんな感じで見えてるんだろう。

 口元がニヤッとしてやがる。


 実際には魔法攻撃は俺の魔力で無効化し、マントは外しただけだが。


 勇者はすぐそこに執事が立っているのにも気付いてない。

 印象操作の魔術は執事の十八番(おはこ)だ。戦闘のダメージを受けていない魔族でも、この術がかかれば弱々しく見せかける事ができる。


 魔王も四天王も、強い人間を差し向けるほどの強敵ではない。うまく刷り込まれている。本来の力量を正確に見抜いているのは、帝国くらいだろう。


「剣をとれよ、魔王〜」


 勇者は剣での決着がお望みのようだ。余程腕に自信があるのだろう。完全にこちらを見下した表情を向けてくる。


「もうそんな気力もねぇのか」


 剣、ニガテなんだよなあ。武器もつと無意識に魔力流して壊れちゃうんだよ。

俺が丸腰なのをまるっきり無視してるな、勇者。 

まあリクエストにお応えしても構わない。


 ニヤニヤしながら近付いていた勇者が、左手をかざした俺の動きを見て立ちどまる。 


「剣(グラシオン)」


 鈍く光を放つ一振りの重厚な剣を手にして軽く振る。自分用の剣を作れば魔力を通しても壊れる心配がない。


 シャキィーンッ―――

 俺の剣を受けたのは大きな盾。

反応できなかった勇者を庇う盾の剣士は、虚ろな目をしていた。


 なんか違和感があるんだよな、この盾の子。


 次の瞬間、勇者が剣士を腕で薙ぎはらった。


 はっ?


「邪魔するんじゃねぇよ!」


 それは守ってくれた相手に言う言葉じゃないだろ。

 できた空間に魔力の剣で切り込むと勇者が右手の聖剣で受けた。あれは、聖剣といっても唯の鋼だけどな。隣国は何度も勇者パーティーを送ってくるから、その度に聖剣(ニセモノ)が量産されてるらしい。


 勇者が押し返し、反対に打ち込んでくる。


 ガキイィーン――――

 剣先を滑らせ軌道をずらす。更に打ち込んでくる勇者と刃で打ち合う。


 うーん、これどうやってぎりぎりの勝ちにもってこうか。引き分けでもいいが、決め手がない。 しつこく攻めては来るが、剣戟が軽い。俺が全力でいったら勇者は吹き飛んでくかもしれん。 


「仰々しい見た目のくせに軽い剣だな」


 勇者が言ってくる。こっちの台詞だよそれ。


 こちらの隙を狙っていたのか、斜め後方にいた弓闘士が動く気配がする。勇者と距離が空いたところに弓矢が連続で降ってきた。剣ですべて払いきり、攻撃がやむ。


 魔法使いは高威力の魔法を放った後、魔力が尽きたのか柱の陰から動かない。剣士は床に倒れたまま、上体だけ起こしてこちらを見ていたが再び勇者を守る動きはない。


 そして、勇者が弱い。


 これ以上、剣でやり合うのはまずいな。このまま持って攻撃したら、うっかりで致命傷になりそうだ。


 持っていた剣を投げ捨てる。

 勇者が僅かに目を見開く。

 剣は床に届く前に霧散して消えた。


「何をする気だ」

「むしろ、お前達は何をしにきたんだ?」


 勇者に問いかける。今後、魔国に手を出さないよう説得するのも仕事だからな。

 話が通じればいいけど。


「決まってるだろ。邪悪な魔王を倒して、俺が魔国を支配してやるんだ」


 ん?


「お前にとどめを刺して王になりゃ、この国が抱えてる食料も資源も俺のものだ。周りの国に売りさばいて、そしたら国同士も仲良くやれるだろ?そうなりゃ俺の支配のおかげで平和になるんだぜ。感謝しろよ、魔王!」


 は??輸出はもうしてるけど、帝国とか......。

 何だ、このとんでも思考。


「聖女をお妃様にしてやったら、俺等の国のやつらも安心するだろ。あと、魔法使いと弓闘士は大臣の仕事を任せてやってもいい。四天王の討伐で役になったからな。出来損ないの剣士は一生、俺サマの下働きだ」


 いや、そんな急に大臣の職務はできるようにならんだろ。王の妃って、誰でもなれるもんじゃないからな。

 勇者は悦に入ったように、唾をとばしながらまくし立ててくる。気持ち悪いので、サッと5歩分くらい距離をとる。


「ビビってんのかよ!」


 弱っている魔王は勇者に怯えて後後退(あとずさ)った、そんな風に見えたらしい。

 勇者が聖剣を構え、斬りかかってくる。


 執事の魔術、ちょい効きすぎじゃないか?

この勇者と話合い、無理だ...!



 瞬時に間合いに入った勇者は、渾身の一撃を叩き混んだ。これで自分は魔国を手にできる。

国の奴等の思惑なんぞ、関係ない。

 魔国に人が住めないなんて、魔族の流したデマだろ?俺が魔王を倒して王になる勇者だ――!


 願望のままに口を歪めて、魔王に剣戟(けんげき)を浴びせようとしていた勇者はその場に凍りついた。


 聖剣は、魔王の左腕に振り払われた瞬間ひびわれ、刀身が粉々に砕け散った。

 天井のシャンデリアの光を反射して、煌めきながら落ちていく欠片に気をとられた勇者は鳩尾(みぞおち)に激しい衝撃を受けた。

 魔王の右腕、素手でのストレートパンチだった。


「ぅ、ぐおぁ......」


 腹部の痛みと、魔王から突然感じた身の竦(すく)むような冷気に一歩も動けない。


「もう、いいか」


 魔王は勇者と魔法使い、弓闘士をまとめて沈めようと、ダメージを与え過ぎないよう魔力を絞っていた。


 この時、魔王の凍てつくような魔力を至近距離で感じていた勇者は、魔王からの得体の知れない圧に耐えきれず、膝をついて――気絶した。


「あれ?」


「お(・)客(・)さ(・)ま(・)はお(・)帰(・)り(・)です」


 執事の言葉に黒服の魔族が現れ、魔法使いの頭部に魔力を流し昏倒させた。他の黒服が弓闘士の首筋に手刀を当てて、意識をかり取る。


 戦闘に長じた者がいるように、諜報、誘導、情報収集などの裏方を得意とする魔族もいる。

 先代魔王の時代から存在する彼らは、時に人間の間に噂を流し、魔王城に向かう勇者パーティーに力ない魔族が狙われることのないよう誘導し、情報収集も行っている、影の部隊である。


 魔王は集中を解いて、脱力した。


「後であの子の話、聞いてやってもらえるか」

「御意」


 こちらの様子を無言で伺っていた剣士は、影の部隊に誘(いざ)なわれて玉座の間を出ていった。


「あの力量じゃあ、勇者のやつら外に放置してたら野盗に襲われないか」

「問題ありません。この後、親切な方に拾われる予定ですから」

「なら、問題ないな」

「ええ」


 勇者パーティーの後始末は、既に執事が手配してるようだ。ここは任せるに限る。


「影の情報だと、隣国の王家はうちと友好路線だったよな」

「古い貴族家が侵略派にいるので、勇者の派遣(パフォーマンス)がやめられないようです」


 隣国は一枚岩じゃないんだな。魔国には貴族という制度自体ないから、よくわからんが。自国の貴族のご機嫌とりに魔国を巻き込まれるのは迷惑だ。


「帝国から、ちょっとお話してもらおうかな」

「手紙を書いてくだされば、明日お届けします」

「じゃあ、頼むよ。あ、リンゼも連れていっていいぞ。報酬出すから」

「職権乱用じゃないですか」

「魔国の大事な使者を一人で行かせられんからな。サウロはあの顔で面倒なことになりそうだし、ミルファはまだ早いだろ。リュウガは妹と離れるの嫌がりそうだし」

「...なるほど。確かにリンゼが適任かもしれません」

「気にせず、二人で行ってこいよ」

「では、お言葉に甘えて」


 フッ、と微笑(わら)った執事の顔は珍しく嫌味がない。久しぶりに見たな、素の表情。


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