表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/44

祇園精舎での問答――2

 このとき集まりの中にいたパセーナディ王がその(おお)きな体を揺らして立ち上がった。そして(うやうや)しく申し述べる。

「世尊、(わたくし)はまだ仏の御教(みおし)えを聞かないころに、サンジャヤ・ベーラッティプッタに会ったことがあります。そのとき彼は、この体が死んで()くなったことが涅槃であると申しましたが、死後、()くなるということは淋しいことです。それにいま世尊は、()くなることのない(さとり)の本心というものをお説きになったので、私はまことに明るい気持ちになりました。どうか、その無くならない心の境界(きょうがい)に入る道をお説き下さい」

 それに応えて世尊が云う。

「王よ、(おんみ)の体は金剛のように強いものか、それとも()くなるものか」

()くなるものであります」

「いま現に()くなっていないものを、どうしたら()くなると解るのか」

「世尊、この体はちょうど火が次第に灰へ変わってゆくように一刻(ひととき)一刻(ひととき)(うつ)り変わっております。世尊、子供のころには、(わたくし)(はだ)が艶やかでありましたが、今は年老いて皺んで来ました。また若いころには、血気に満ちていたのでありますが、今は気も弱り心も(くら)くなって来ました。もとより何時(いつ)どれほどに老いたとは覚えませんが、しかし十年(ととせ)一限(ひとかぎり)にして過ぎこしかたを見返りますと、明らかにこの老いの変わり目が見えます。さらに思いをこらして見ると、この変わり目は一年(ひととせ)の上にも見られ、一月(ひとつき)の上にも見られます。否、刹那(しばし)()すらも(とど)まらぬのが、人命(じんみょう)の無常であります。これによって見ますと、この私の体も、遠からずして()くなるものであることは、少しの疑いもないのです」

「王はよく身の()くなるものであることを申された」

 世尊は頷き、続ける。

「それでは次に、その()くなる身の内に、()くならないものがあるということを説くであろう。王よ、王はいつ初めて恒河(ガンガー)を見られたか」

「三歳のとき、母に伴われて神の(たまや)に詣でて、初めて恒河を見ました」

「その時と今とで、恒河の水に何か変わりがあるであろうか」

「五十五歳になりました今日(こんにち)も、三歳の昔も、同じように流れております」

「王よ、髪に白さが混じり、(おもて)に皺のよってきた今と、三歳の(わらべ)であった昔とで、その河の流れを見るに、見方の違いはあるまいか」

「少しも違いはありませぬ」

「王よ、(おもて)が皺んでも見方の(しょう)には皺がよらない。変わるものは変わっても、変わらぬものは変わらぬのである。皺むものは変わり、変わるものは()くなる。しかしその中に()くならぬものがあることは解るであろう。異教の人達が云うように、体が()くなると一緒にすべてが()くなるとは云えぬのである」

 パセーナディ王は、強国コーサラの統治者として何者にも脅かされない力と莫大な富を持ち、すべてを思うがままに出来る立場にあった。けれども、歳を重ねるごとに漠然とした不安と焦り、そして寂寥(せきりょう)感が大きくなっていくのをどうにも出来ないでいた。それはこれまで、いかな聖者の言葉を聞いても払拭(ふっしょく)されなかった。

(しかし世尊は仰せられた。たとえ朽ちゆく身は捨てても、そこに滅びないものがあって、永久(とこしえ)の生を得ることが出来る、と)

 (くら)い胸の奥底に(とも)(しび)がぽっと灯ったかのような、暖かな想いを感じた。

(やはり世尊の御教(みおし)えは素晴らしい)

王の心は慰められ、(たぐい)ない喜びが湧き起こってき、パセーナディ王はしばしそれに浸っていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ