アーナンダに恋する乙女
さて、アーナンダのことである。侍者となってからの彼の日常は、師の身の回りの世話をし、托鉢に付き従い、法話の場に控え、来訪者を取り次ぎ、なおかつ己の修行を行うといった具合であった。けれどもその日は、パセーナディ王の招待で宮殿に赴いた師と多くの弟子達とは別に、アーナンダのみが他家の特別の招きを受けていたので、一人シュラーヴァスティーへ入ったのだった。
そして彼は供養を受けての帰り道、喉の渇きを覚え、大きな池のほとりへとやってきた。そこで清水を汲むチャンダーラ[旃陀羅]族の若い娘を見かけ、アーナンダは水を乞うた。
「尊者よ、妾は卑しい素性の者であれば……」
黒い巻き毛を背に垂らし、大きな瞳を見開いたその愛らしい娘は、ためらいがちに答えた。
(この出家の方は妾をチャンダーラの者と知っておいでなのか。卑しんで我らには誰も触れぬものを)
彼女は、いぶかしく思う。
「妹よ、私は出家。心に貴賎上下の差別はつけぬ」
と、重ねて乞われ、娘は澄んだ水を鉢に汲み、出家に捧げた。
ためらいもせず、自然な態度で水を飲んだアーナンダはすぐにそこを立ち去ったのだが、彼の気高い姿と優しい言葉は深く娘の心に刻みつけられた。
彼女は家へ帰り、母親に云った。
「妾はアーナンダ尊者にお会いしました。先ほどの若く美しい方は、きっと噂に聞くあの方でしょう。どうか、尊者をこの家へ招いてください」
薄暗い家の中でうずくまり、食事の支度をしていた母親は驚いて振り返った。そこには恋をして夢見心地な眼をした我が娘が立っていた。
「娘よ」
彼女は立ち上がり、近づいていった。
「……我が家は沙門の方々をお招きすることが出来ぬのです」
「では、母さまのお力でもって」
母親は術者であった。
「娘よ、妾の呪術も、欲を離れた者と死人には施すことが出来ませぬ。まして尊者の師匠ゴータマは徳が高くてパセーナディ王の敬いたもうところであるから、もし今、呪術をもって尊者をお連れ申せば、我がチャンダーラの仲間は皆殺しにされるかも知れぬのです」
母親に説得されても、思いつめた恋心は止まるものではない。
「それでは……もう死ぬよりほかはありません」
娘は泣いた。
困り果てた母親は、そこでついに娘の願いをかなえようと決心した。
母親は家の中で地に牛糞を塗り、白茅を積んで火をつけた。そして燃え上がる炎の中へ百八枚の蓮華を投げて、一葉ごとに天地の神々へ祈り、
「アーナンダ尊者をここに来たらしめよ」
と、願った。
同時刻、祇園精舎に向かって歩いていたアーナンダは突然、心乱れて道を違え、ふらふらと娘の家へとやってきた。
「天に祈りが通じた!」
香を焚き、花をまいて喜ぶ母子に迎えられ、アーナンダは美しい褥に坐った。しかしそのとき、はっと気づき、夢から醒めたような面持ちをして、次には恐れが全身をかけ巡った。
「世尊、お助けください」
彼が叫ぶと、体が自由になった。
アーナンダは家を走り出た。背後で娘が呼び止める声も耳に入らず、そして彼は精舎まで駆け戻ったのであった。
「あの方は去ってしまった……」
娘は一夜を泣き明かした。
けれども翌日、アーナンダが街へ托鉢に出ると、娘が新しい衣を着、花鬘をつけ、瓔珞をまとって彼を待ち受けていた。さながら燈火に迷う夏虫のように彼女はアーナンダの後を追い、彼が止まれば自らも歩みを止め、城外に出て精舎に帰っても娘は離れようとしない。
(困った……)
彼は浅ましく恥ずかしい思いをしたが、どうすることも出来なかった。
幼い頃に出家し、僧伽の中で成人したアーナンダには、自分に恋する娘の出現など初めてのことだった。ましてや、求愛する女性をあしらう方法など、知るはずもなかった。
そのためアーナンダは世尊のもとへ行き、助けを請うた。
「悩むことはない」
と世尊は答え、アーナンダの後ろに控えている娘へ語りかけた。
「汝がもしアーナンダの妻となりたいのならば、父母の許しを受けてきなさい」
(なんということをおっしゃるのだ)
驚きのあまりアーナンダの背筋を冷や汗が流れる。
(しかし、我が師には何かお考えがあるに違いない)
アーナンダが青ざめる一方、娘は喜んですぐさま家へ戻り、両親を伴って再び精舎へとやってきた。
「では娘よ、アーナンダの妻となるには、まず出家せねばならぬ」
今度は娘の父母が驚く番であった。けれども彼らはすぐに、
(尊い聖者のおおせられることであるから)
と、思い直し、すべてを仏陀にまかせることにした。
娘は神妙な面持ちで世尊の教えを受け、その美しい黒髪は落とされて彼女は法衣を身にまとった。
娘の心がようやく鎮まったのを見て、世尊は云う。
「娘よ、欲はもろもろの苦の集まる所で、その味はいたって少なく、その過ちははなはだ多い。例えば燈に寄る蛾のように、愚かな凡夫は欲の焔に身を投げようとする。智者はこれと異なり、欲より遠ざかり愛欲の思いを起こすことはない」
と、さまざまに教え諭せば、素直な娘は白氈が色に染まるように、その心は柔らかく障りも除かれ、清涼しい天地に蘇ったかのような表情となった。そして彼女は以後、マータンガー(摩登伽)比丘尼と呼ばれたのであった。




