比丘尼たち――3
しかし、子を失った母の嘆きに身分の上下はない。
「母よ、汝は林の中で泣き叫ぶ。ウッビリーよ、すべて同じジーヴァーという名の八万四千人の娘がこの火葬場で荼毘に付されたが、それらのうちの誰を、汝は悼むのか」
コーサラ王の妃、ウッビリーは娘のジーヴァーを失って悲しんでいたが、彼女もまた世尊の諭しによって比丘尼となった。
また、シュラーヴァスティーの長者の娘であったパターチャーラー[波羅遮那]は、父の下男と恋に落ち、出奔したが、一夜のうちに愛しい夫と二人の息子を失ったために心を狂わせた。しかし世尊に諭され、出家した彼女は、五百人の弟子を持つ者となった。
その一方、人が求めてたやすく得られぬものすべてを持つ女性でも、機縁あれば出家することがある。
マガダ国サーガラ市の王族の娘、容色並びなきケーマー[差摩]は、ビンビサーラ王の寵妃であった。美しさも出自も地位も夫の愛も何不足ない生活を送っていた彼女は、王が帰依する仏陀を見下していた。けれども、ビンビサーラ王と共に説法の場にいたとき、彼女は幻を見た。
世尊の後ろで、ひとりの女が手に芭蕉の葉を持ち、扇いでいる。
(あの人は、なんという美しさであろう)
天女のようなたおやかさ、輝かしさを具えたその女に、ケーマーの視線は釘付けになってしまった。法話も耳に入らない。
(世尊はこのような女達にかしずかれておいでになる。妾のようなものは、かしずく値さえない。今まで全く誤った考えをもって世尊を計ろうていた……)
ケーマーは自らを恥じ、後悔した。ところが見ているうちに、その婦人の姿が変化していく。若さが消え老いがあらわれ、髪には霜を置き、皮膚はしわんで、芭蕉の扇を持ったままその人は地に倒れ、消えた。
ケーマーは息をのんだ。
凍りついたように青ざめて、世尊の背後に眼をこらしている。
(今こそ妾は世尊の威徳を目の当たりにした。若さも美しさも、消え去るもの。あのように妾もいずれ老いる……)
彼女の心は暗く打ち沈んだ。そこに世尊の偈が聞こえる。
「欲にまつわるものは、流れに従い下ること、蜘蛛の巣をつたいて下るが如し。
賢き者はこれを知り、貪るところなく、欲の楽しみを捨てて家を出る」
妃は、はっと頭を上げた。すると世尊のまなざしとぶつかる。
(この歌は妾のため……)
優しいが、すべてを見通すかのような鋭い世尊の視線を受けながら、ケーマーは心を決めた。
そして王宮へ戻るとビンビサーラ王に出家の許しを得て、彼女は比丘尼となった。
女性であることによって蔑まれ、軽んじられてきた者たちも、出家したのちは男性に勝るとも劣らぬ厳しい修行を為し、覚を得る者も出てきた。しかし、それもなかなか容易ではなかった。
シュラーヴァスティーにはパセーナディ王が特に比丘尼たちのために建てた王寺という精舎があった。出家者である比丘尼は城外に住むのが当然のことであったが、女性の修行者にはいろいろな危険があったので、王が世尊の許しを得て建立したものだった。ここに滞在する多くの比丘尼たちは、朝に托鉢へ出て昼は城外の闇林に行き、思いを凝らすのを常としていた。またラージャグリハに行けば、出家者としての彼女たちは王や富商たちの所有する園林へ自由に留まることを許されていた。
シュラーヴァスティーの裕福なバラモンの娘であったズバーは、出家したのち名医ジーヴァカのマンゴー林に住んでいた。托鉢と禅定を為す日々を送っていた彼女はその日も、林に向かって歩いていた。
ところが、彼女を慕う若者がズバー尼の前に立ちふさがった。
「汝は若く、美しい。出家したとて何になるというのか。眼の清く澄んだ女よ!」
彼女の美しさを讃え、その瞳の魅惑的なことを語る男に対して、ズバー尼は迷うことなく自らの眼をえぐり出して与えた。
ケーマー尼もまた若者の誘惑にあった。
「汝は若く美しく、私も若い。さあ、この青春のときを樂を鳴らして楽しもう」
しかし、ケーマーは偈によってそれを退けた。
「病みてこわれる身の腐れ、慕う胡蝶の愚かさ断ちぬ。
愛は槍、欲は矛、近づかば傷つかん、いかで楽しみとは呼ばん、欲の喜びはなれ、闇消え失せぬ。
悪魔よ、汝敗れたり。愚かの人まことを知らず星を拝み、森に火を祭りて、よしと思えど、我は上なき仏をおがみ、苦しみのがれて教えを守る」
彼女は激しい修行の末、覚を開くことができた。
そして美貌のウッパラヴァンナーの場合は、彼女に恋焦がれた若者から庵で暴行を受けた。
ところがこれを知った比丘たちの中には、彼女を非難する者が現れた。
「いくら覚を得たといっても、欲情はある。乱暴されたときに快く感じ無かったはずはあるまい」と。
精神と身体に傷を受けたばかりのウッパラヴァンナーにとって、辛く酷い仕打ちであった。淫の罪を犯したとなれば、僧伽を去らなくてはならない。
けれどもそのとき、世尊が弟子たちの前で云った。
「……蓮の葉に落ちた水滴が、葉に止まることなく転げ落ちるがごとく、覚に達した者の心には、いささかの愛欲も止まることはない」
かくしてウッパラヴァンナーは同朋たちの前で、無実であることが証明されたのだった。




