女性の出家
世尊の侍者となってから、アーナンダはどこへでも付き従っていった。シュッドーダナ王が危篤の際にも、故郷のカピラヴァストウへ師と共に赴いた。そして老王が亡くなり、葬儀が終わった後、まだ郊外の園林に留まっていた。そのとき、王妃マハーパジャパティが世尊のもとを訪れた。
(頼みとされる王が先に逝かれ、王妃さまの髪はますます白く、お体も小さくなられた……)
アーナンダは王妃の丸くなった背を見て、気の毒に思った。
マハーパジャパティは瞳に決意を秘めて、云う。
「世尊……妾は世尊の教えの中に、婦人が出家できるよう……お許しあらんことをお願い申し上げます」
周囲にいた弟子たちが、ざわめいた。
バラモンの教えでは婦人が出家することを許していない。女とは極言すれば、性の欲望を満足させ、跡継ぎである子を生すためだけの存在であった。
(『人は生まれによってバラモンとなるのではない』と説かれる世尊といえども、さすがにそこまでは諾と云われまい)
と、その場にいた誰もが思った。
「……ならぬ」
彼らの師は、みなが予想したとおり王妃の願いを斥けた。マハーパジャパティは三度願ったが、三度とも斥けられ、彼女はひどく気落ちした様子で世尊を拝し、そこを去っていった。
(致し方あるまい)
アーナンダは王妃に同情はしたが、一方でそう思った。
以前、彼はマハーパジャパティが世尊に布を献上しようとして断られたのを見、それをとりなしたことがある。
(世尊は養母上さまに少し冷たいように思われる。それとも何か、深いお考えがあって願いを斥けられるのだろうか)
アーナンダには解らなかった。
やがて彼らの師はカピラヴァストウを去り、ヴァイシャリーに帰って大林の重閣講堂に留まっていた。そこで一同が落ち着いた頃、講堂の外に出ようとした弟子の一人が顔色を変えた。
「これはどうしたことか!」
その叫びを聞いて、数人の比丘たちが集まってきた。そして皆、戸口のあたりで騒いでいる。
「何事か、あったのですか」
それに気づいたアーナンダがやって来て、比丘たちに理由を訊いた。
「あれを御覧なさい」
同朋が開かれた扉の向こうを指差した。
そこには、多勢の婦人たちの姿があった。髪を切って黄衣を身に着けたシャーキャ族の女性たちだった。裸足に血をにじませ土埃にまみれ、涙を流しながら戸口に立っている。先頭にはマハーパジャパティ、そのすぐ後ろにはヤショダラー姫がいた。
(なんということだ。ここまで思いつめておられたのか)
アーナンダは驚き、同朋に訊いた。
「世尊はこのことを……」
「まだ、ご存じないと思います」
そして深く頷いた彼は、女性たちに向かって云った。
「ただいま世尊に私が申し上げてまいります。しばらくお待ちください」
マハーパジャパティが、ほっとしたまなざしをアーナンダへ向けた。それを背に、彼は師の居室へと歩み去った。
(かつて王族の后妃として何不自由ない暮らしをしておられた方々が……)
アーナンダの眼に、じんわりと涙が湧いてきた。特に彼は、優しいマハーパジャパティに亡き母の面影を重ねることが多かった。その王妃の憔悴しきった哀れな姿を目の当たりにして、アーナンダは堪らなかった。
そして師の前に来たアーナンダは、礼をしたのち云った。
「世尊、マハーパジャパティとその他の婦人達が、長い旅を重ねて塵にまみれ、涙にぬれて御後を慕い、この精舎へ来て戸口にたたずんでおられます。……どうか、婦人の出家をお許し下さい」
「アーナンダよ、婦人の出家を乞うてはならぬ」
しかし師の反応は冷たく、アーナンダは二たび願って二たび斥けられた。
その様子を見ていた他の比丘たちは思う。
(無理からぬことよ。女は欲深くずる賢く、嫉妬深い。女は男より劣った存在なのだ。清浄の真理など、いくら修行しても覚ることなど出来ぬであろう)と。
だが、アーナンダは斥けられても諦めなかった。
(世尊は以前、覚を得るのに男も女もないと、おっしゃった。この今のお答えは、きっとご本心ではあるまい。他の沙門・バラモンとの軋轢を恐れておられるのか。それとも僧伽が乱れることを慮っておられるのか)
アーナンダは思い、師に問うた。
「世尊……もし婦人がこの教えにおいて出家いたしましたならば、その婦人は心の道行きを経て、覚を開くでありましょうか」
師の表情が少し動いた。
「アーナンダよ、それは汝の云う如く、婦人もこの教えに出家すれば覚を開くであろう」
アーナンダはそこでさらに云う。
「世尊……もし婦人に覚を開く資格があるとすれば、世尊の叔母にあたり、養育をなし、乳をあげて大きな功のあったマハーパジャパティをはじめ、その他の婦人達にも出家をお許しになるのが正しいのではないか、と思います」
アーナンダのまっすぐな瞳が、その師に向いている。
しばらくの沈黙の後、釈迦牟尼世尊の面が和らいだ。
「アーナンダよ、もし婦人が次の八敬法を守るならば、出家を許すであろう」
と、女性の出家者が僧伽で比丘たちに対してとる態度についての規則を八つ挙げた。
それは、
一、たとえ出家して百歳を重ねた婦人でも、その日に弟子となった男子に対してすら、座から立って礼拝合掌をし、尊敬をなさねばならない。
二、女性の出家者は男の弟子のいない所で安居をしてはならない。
三、半月ごとに女性の出家者は男子の僧伽から戒目を読む日を聞き、教えを乞わねばならない。
四、安居を終えて女性の出家者は男女両僧伽において、自分の罪をあばき責めるよう乞わねばならない。
五、重い罪を犯した女性の出家者は男女両僧伽から半月間の別居を受けねばならない。
六、女性は出家見習いとして二年の間六法を修めて後、両僧伽について入門式を乞わねばならない。
七、女性の出家者はいかなることがあっても男の弟子を罵り批難してはならない。
八、女性の出家者は男の弟子の罪を挙げてはならない。ただし反対に男の弟子は挙げてもよい。
というものであった。
アーナンダはこれを受けてすぐにその場を辞し、世尊の言葉を外にいる婦人たちへ伝えた。
「ああ、尊者よ」
マハーパジャパティは喜び、自分の孫ほど年若いアーナンダを拝した。
「たとえば若く身のまわりを飾ることが好きな女が、髪を洗って美しい花を得た場合、それを大切に両手にかかえて頭へ載せるように、妾はこの八敬法を戴いて生涯犯すことはありませぬ」と。
そしてアーナンダは、ただちに戻って師にこのことを告げた。
「世尊、マハーパジャパティは八敬法を持って入門することを許されました」
喜びに満ちた表情で語るアーナンダへ、彼の師は云う。
「アーナンダよ、もし婦人がこの仏の教えにおいて出家をしなかったならば、この教えは長く清らかに、正法は千載の間伝わったであろうが、いま婦人が出家したのでこの教えの清浄は長く続かず、正法は五百年の間伝わるのみであろう。アーナンダよ、如何なる家でも婦人が多く男子が少なければ盗賊に犯されやすく、米田に微恙という病が起これば米が長く保たれないように、婦人が出家したので、この教えの清浄は長く保たれぬであろう。アーナンダよ、それゆえ私は水を溢れさせないため、大きな湖に堤を築くように、女性の出家者に対してこの八敬法を持たしめたのである」
(やはり世尊は、女性が僧伽に加わることによって男の弟子たちの心が惑うのを懼れられたのか……。ならば、はたして私の為したことは良かったのだろうか)
師の言葉を聞き、喜びも一瞬で消えてしまった。しかしアーナンダは疲れきった女性たちの顔を思い浮かべ、それでも善いのだと、自らに言い聞かせた。
のちに女性の出家者は比丘尼と呼ばれ、二十歳以上で具足戒を受けた者は三百四十八の戒を守った。また二十歳未満の者は沙弥尼といい、沙弥と同様、在家の八斎戒に二項目加えた十戒を課せられた。ただ、男性と異なるのは、女性は出家を望んでもその時点で妊娠している可能性があるため、既婚女性は二年間の猶予期間が設けられた。彼女たちは正学女[式叉摩那]と呼ばれ、在家の五戒に、午後から翌日の日の出まで水以外の食べ物を摂らないという規則を加えた六法戒を課せられた。




