アーナンダ(阿難)
そして成道二十年めに侍者となったアーナンダ[阿難]は世尊の説法をよく聞き覚え、師の身の回りのこと、また取り次ぎなどを機知に富んだやり方でより善き方向に導こうと努力していた。彼は世尊のそば近くに侍する者としてマウドガリヤーヤナ(目連)が見込んだように、有能であった。
たとえば群賊五百人を度したときのことである。
コーサラの地でヴァイシャリーへ向かおうとしていた一人の仏弟子が賊に囚われた。そこへ王の官吏が迫り、その賊を捕えたばかりでなく仲間の賊も追い詰め、結果的に五百人の賊が捕縛された。鼓を打ち鈴が振り鳴らされる中、彼らは赤褐色の華鬘をつけさせられ、四辻に呼び出されてそこで処刑されようとした。そのとき、賊どもは大声で泣きわめいた。
その声は祇園精舎の世尊のもとまで届いた。
「弟子等よ、何故このように多くの哭き声が聞こえるのであろうか」
その場にいた弟子達が答える。
「世尊、五百人の盗賊どもがパセーナディ王の命によって殺されるところなのです。それゆえ、哭いているのです」
そこで釈迦牟尼世尊はアーナンダに云った。
「汝は往って王にこのように云うがよい。『あなたは王である。民を慈しむこと子に対するが如くにあらねばならぬのに、どうして一時に五百人も殺すのですか』と」
アーナンダはその教えの通りに王のもとへ行って、師の言葉を詳しく伝えた。
パセーナディ王は答えた。
「尊者アーナンダよ、私もそのようなことは知っております。もしたとえ一人を殺しても、罪報は甚だ多い。まして五百人を殺せばなおさらのこと。しかしこの賊どもはしばしばやって来て我が集落を破壊し、人民をかすめ掠奪している。もしも世尊が、この賊どもにもう二度と盗みを働かせない、と云われるなら、放して生かしましょう」
アーナンダが帰って師に王の言葉を報せると、世尊は再び云う。
「ではさらに往って王に告げよ。『大王よ、ただ放せばよいのです。彼らが今日以後、もはや盗賊とならないように、私が計らおう』と」
ところがアーナンダはすぐに王宮には行かなかった。彼はまず刑場に往って、刑吏へ告げた。
「この諸々(もろもろ)の罪人は世尊がすでに救いたもうたのだから、すぐ殺してはなりません」と。
そして賊どもに向かって尋ねた。
「汝等は出家するか、どうか」
賊どもは答える。
「尊者よ、私たちがもともと、もし出家していたならば、このような苦しみに遭わなかったでありましょう。お願いしたい。いかにすれば出家できるのか」
彼らの言葉を聞いてから、アーナンダは王のもとへ行った。
「王よ、世尊はこう申し上げてくれと、と云われました。『彼らが今日以後、もはや盗賊とならないように、私が計らいます』と」
アーナンダは王に配慮して、師の「ただ放せばよいのです」という言葉を伝えなかった。
そしてパセーナディ王は獄舎の官吏を呼んで命じた。
「あの者らの生命は許してやろう。しかし、しばらく縛を解いてはならぬ。世尊のもとへ送ってやれば、仏陀自らが彼らを放たれるだろう」
そのとき世尊は賊どもを救おうと思っていたので、露地に坐していた。
盗賊たちがはるかに世尊の姿を見て駆け寄ると、縄は自然と解けた。彼らは頭面を仏の足につけて礼拝し、退いて片隅に座した。世尊が彼らの宿縁を観じて、施し、持戒、行いの報い、そして四つの真理(苦集滅道)について説くと、盗賊たちはすぐに最初の境涯を得た。
「汝等は出家をしたいか、どうか」
彼らの心が整ったのを見て、世尊が問うた。
「世尊、私たちがもしも以前に出家していたならば、このような苦に遭わなかったでしょう。お願いです。いま私達を救って、出家させてください」
彼らの答えに釈迦牟尼世尊は微笑み、云った。
「……善く来た。比丘らよ」
そしてまた、ここに五百人の仏弟子が出来たのであった。
また別のとき、僧伽で目立たないながらアーナンダが智慧持つ者であると知らしめる出来事があった。
コーサラ国王が妃たちの願いを受けて、「後宮へ法話のために世尊の御弟子を招じたい」との請いを起こした。世尊はそこでアーナンダを遣わすことにした。
彼は毎日のように後宮へ行って夫人たちへ法を説いていたが、ある日いつものように宮へ入ると、女性たちは憂いの雲に閉ざされ、説法によっても喜びの色を見出すことが出来なかった。それは王の冠につけてあった貴い宝玉が何者かに盗まれて、後宮を挙げて厳しい詮議の下に置かれていたため、誰も彼も命に関わる王の怒りを恐れていたのであった。
アーナンダはこれを聞いて気遣わないようにと慰め、パセーナディ王のもとへ行った。
「数多の人々を苦しめないで見出す方法があります。それにおよりなさると善いでしょう。土くれの玉をこしらえて、嫌疑のある人々に与え、明日の夜明けまでに斯く斯くの所へ置けよと言いつけられ、明朝それを御調べなさい。もし一日で出なければ、二日三日と為さるがよい。そうすれば誰も苦しめずに宝玉は事無く戻るでありましょう」
王はこの助言を容れて行ってみたが、まだ出てこない。
三日目にアーナンダは王宮へ来て未だ効果がないことを聞き、今度は大きな水瓶に水をいっぱいに入れて密室へ置いた。そして帳を下ろしてその中へ一人一人入れ、衣物を脱ぎ手を洗って出てくるよう言いつけなさいと教えて帰っていった。
パセーナディ王は今度もその通りにした。
そのとき、宝玉を盗んだ者は思った。
(アーナンダ尊者がしきりに骨を折られるが、玉が出なければ出るまでしつこく遣られるであろう)
と、密かに玉を持ってその室へ入り、水瓶の底に沈めて出てきた。
すべての人が順番にそのことを為し終わったのち、水瓶を空にすると宝玉は見つかり、誰一人苦しめることなしに、王の手元へ戻ってこの事件は収まった。




