プールナ(富楼那)
のちにプールナは、いまだ仏の教えが広まっていない土地へ行こうと思い立ち、その日の夕暮れ禅定から出て師に近づき、云った。
「世尊、手短な御教えを頂きたいと存じます。それを頂いて独り静かに住まい、ひとすじに放逸を離れて、つとめ励みたいと思います」
「プールナよ、それでは善く聞くがよい」
彼の師は、その心底を見通したかのようなまなざし投げかけ、語り出した。
「……眼の見る形、耳の聴く声、鼻の嗅ぐ香り、舌のあじわう味、身のふれる触りには、すべて心地よく意に適い、欲を引き起こすものがある。もしそれを喜び好み、執着すれば歓が起こる。プールナよ、喜の原因は苦の原因であると私は云う。また、もし喜ばず好まず執着しなければ歓は起こらない。プールナよ、歓の起こらぬことは苦の起こらぬことであると、私は云う。プールナよ、汝はこの手短かな私の教えを受けて、何れの国に住まおうというのだろうか」
「世尊、私は御教えを頂いて西の彼方、スナーパランタに住まおうと思います」
プールナの胸には強い決意が秘められていたが、その面はいつも通りに寂かだった。
「プールナよ、スナーパランタの人々は猛々しく荒々しい。もし彼らが汝を罵り辱めたなら、汝はいかようにするであろうか」
「世尊、私はそのとき、スナーパランタの人々は善良であるから、手を以って私を打つことはしないと思います」
「プールナよ、もし人々が手を以って打ったならば、汝はいかようにするであろうか」
「世尊、私はそのとき、スナーパランタの人々は善良であるから、土塊をなげ、棒を以って打つことはしないと思います」
「ではプールナよ、もし人々が土塊を投げつけ、棒を以って打ったならば、汝はいかようにするであろうか」
「世尊、私はそのとき、スナーパランタの人々は善良であるから、剣を以って私を打たないと思います」
「プールナよ、もしその人が剣を以って打ったならば、汝はいかようにするであろうか」
「世尊、私はそのとき、スナーパランタの人々は善良であるから、私の生命を奪うことはしないと思います」
「プールナよ、彼らが汝の生命を奪おうとするならば、汝はなんとするだろうか」
「世尊、私はそのとき、このように思います。世尊の弟子はこの汚れた身体と生命とを厭うて自ら死のうとするが、私はこのなし難い死を得ることが出来たと思います」
「……善かろう、プールナよ。汝はこの自制と寂静とを具えて、スナーパランタに住むことができる者である。プールナよ、それでは思いのままにゆくがよい」
プールナは世尊の教えを喜び、座具を片付け、衣と鉢をもってスナーパランタの国へ旅立った。かの地に着いて教えを説いてその年の内に男女それぞれ五百人の信者をつくり、自らも覚を開くことが出来た。そして間もなく、彼は没したのであった。




