弟子たちの語らい――1
けれどもこのようなことは稀であったようだ。あるとき釈迦牟尼世尊がワッジ国のナーデカ村の煉瓦の家に滞在していたときのことである。そのころ、アニルッダ(阿那律)とナンデヤ(難提)とカンピルラ(金毘羅)が近くの牛角娑羅林に住んでいた。
世尊はその日の夕暮れ禅定より立ち、牛角娑羅林へと足を向けた。それを見た林の番人が世尊の前に立って云う。
「沙門よ、この林に入ってはならぬ。ここには三人の人が自制して寂静にしているので、彼の方々の妨げとなってはならぬ」
この番人の言葉をアニルッダはふと、耳にした。
「番人よ、その方を拒んではならぬ。来たり給うたは我々の師、世尊であらせられる」
林の番人はそれを聞き、恭しい態度で道を開けた。
アニルッダはすぐにナンデヤとカンピルラの処へ行って告げる。
「友よ、世尊がお出でなされた」と。
そこで三人は師のもとへ進み、一人が衣鉢を受取り、いま一人は座を設け、もう一人は洗足の水を用意した。
世尊は足を洗って設けの座に坐り、弟子達は師を拝して傍らに坐った。
そして世尊はアニルッダに云う。
「アニルッダよ、汝等は安穏であろうか。よく施しが支給されているか。食を得るに困難ではないか」
「世尊、私達は安穏であります。よく支給されて、食を得るに困難ではありません」
「アニルッダよ、汝等は相和らぎ争いなく、乳と水の如くに相和し、互いに愛憐み合うて住まっているかどうか」
「世尊、お言葉の通りであります」
「アニルッダよ、汝等はいかように、相和らぎ合っているか」
「世尊、私はこのように思っております。『かような同行者と一緒に住むことのできる私は仕合せである』と。私は裏表共に慈しみの行いを以って、これらの人々に侍えています。世尊、そこで私はかように考えます。『私は自分の心を捨てて、これらの人々の心と一つになろう』と。そこで私は自分の心を捨てて、これらの人々の心と一つになります。世尊、身体は別々でありますが、心は一つであります」
ナンデヤとカンピルラもまた、師に申し上げた。
「世尊、私共はこのように考えます。『こういう同門者と一緒に住むことの出来る私達は仕合せである』と。私達はこれらの人々に、裏表共に慈しみの行いを以って侍えます。そして友と同じように自分の心を捨てて友の心と一つになります」
互いを尊び仲睦まじい様子の弟子達を見て、世尊はにっこりと微笑んだ。
「善い哉……アニルッダよ、しかし汝等は熱心に勤勉に誠実に住まっているだろうか」
「世尊、その通りであります」
「アニルッダよ、それはいかような有様か」
「世尊、私達の内、一番先に托鉢から帰ってきた者は、洗足の水と飲料の水を用意し、残った食べ物を他の器に入れて用意して置きます。後から帰った者は、その食べ物の残りがある場合、もし欲するならば食べますし、欲しなければ草のない所に捨てたり、生き物のいない水に注ぎます。そして座を片付け、飲料の水を片付け、器を片付けて食事場を掃き拭きいたします。誰にても、合嗽水の壺なり、飲み水の壺なり、また便所に行くに用いる水壺の空になっているのを見た者は、それを用意します。もし彼が独りで出来ぬときには、手の合図で一人を呼んで、互いに手を合わせて用意します。しかし世尊、私達はそのために言葉を出しません。そして、私達は五日目に夜もすがら法話に集まります。世尊、私達はかように、熱心に勤勉に誠実に住まって居ります」
彼らは目の不自由なアニルッダをいたわり、互いを思いやって暮らしているようであった。
「アニルッダよ、それは善いことである。しかしアニルッダよ、汝等はかく熱心に、勤勉に、誠実に住まっていて、人間の法に超え勝れた聖らかな安楽の境界に達して居るであろうか」
「世尊、それがなくてどういたしましょう。私達は随意に欲を離れ、不善を離れ、喜びと楽しみのあふれる諸々(もろもろ)の禅定に入ります。これが私達の達した、人間の法に超え勝れた聖らかな安楽の境地であります。私達はこの安楽の境地よりもっと上の、もっと優れた他の安楽の境地を知りません」
「善い哉、善い哉、アニルッダよ。この安楽の境地よりもっと上の、もっと優れた他の安楽の境地はないのである」
世尊は欣然として三人の弟子達に教えを垂れ、座を立って去っていった。
三人は師を見送り、戻ってきたときナンデヤとカンピルラはアニルッダに云った。
「あなたは我々のことを世尊の御前において、『諸々(もろもろ)の煩悩が尽きたもの』と云われたが、私達はあなたにそのような境地に達しえたと、伝えたことがあるでしょうか」
不思議そうに訊く同朋に対して、アニルッダは瞼を閉じ、少し首を傾げ、いつもと変わらぬ様子で答えた。
「いいえ、お二人はこのような境地を発し得た、とは云われませんでした。けれども私はお二人の心を、心をもって知り、世尊にあのように申し上げたのです」と。
そうして彼らは穏やかに微笑み合ったのだった。




