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正しい教え

 釈迦牟尼世尊の名声が広く知られるようになると、ヴァイシャリーの人々のように世尊に神通を期待する者たちもいれば、それを得ようと弟子になる者もあった。しかし、正しい法に不思議はない。世尊はただひたすら四諦の(ことわり)を教え、ピンドーラの一件があってからは弟子たちにも神通を(あらわ)すことを禁じた。

 すると異教の者たちは喜んで、

「ゴータマに超人の法はない。その教えは平凡である」

 と、触れまわった。

 弟子の中にも不平を鳴らす者が出、アーナンダの兄、ディーヴァダッタは師から離れてマガダ国のアジャータシャトル王子の供養を受けるようになり、またリッチャヴィ族のスナカタは僧伽を去って、かつての師の悪口を云った。

「ゴータマには超人の法がない。充分にすぐれた知見がない。彼は自分の頭で考えたもの、思いつきの法を説くのである。そして、その法に()れば、考えさえするものは困難な修行をせずとも、苦しみのない境界(きょうがい)に達するというのである」

 これを聞いたヴァイシャリーの人々は、ある者は聞き流し、他のある者は「弟子であったスナカタの云うことだから」と信じ、またある者は「虚言を云うことだ」と憤った。

 托鉢のためにヴァイシャリーの街へ入ったシャーリプトラはこのことを知り、戻って来てそのとき街の郊外にある森に留まっていた師へ告げた。

 すると世尊は、いつものように穏やかな表情で応えた。

「シャーリプトラよ、スナカタは怒ってそのようなことを云ったのであるが、彼は(ののし)ろうと思って却って私を(たた)えているのだ。『その法に()れば、考えさえするものは、まさしく苦しみのない境地に達することが出来る』というは、私を(たた)えるのである」

 シャーリプトラは師の様子を見、その言葉を聞いて安心し、またヴァイシャリーへと戻っていった。


 


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