15話 橙の決意
無事に体に戻れた俺は、精密検査が始まるまでそのまま病室で待機することになった。
蒼仁先輩の姪のももこちゃんは、吹石先輩の言う通りに俺とキス出来たのが効いたのか、一週間後に控えた手術を受けると力強く答えていた。
「何かあったらすぐ連絡しなよ? いつでもいいから 」
「入り用があったら言ってね、お大事に! 」
藍と紫苑は、付き添いを楓に任せて朝早くに帰って行った。
ももこちゃんのキスで目覚めたと突き通したはいいが、二人には引く内容だったのだろう…… ちょっと距離感を感じて、これから先仲良くやっていけるか不安になる。
菜のはは大泣きして疲れたのか、復活した俺を見て気が抜けたのか、俺が寝ていたベッドで熟睡している。
「アタシ、菜のはちゃんにちゃんと謝らなきゃ 」
菜のはの頭を撫でながら、楓はその時の状況を思い出してフフッと笑った。
「アンタが車に撥ねられたって菜のはちゃんに連絡した時、この子…… 一発目になんて言ったと思う? 」
「うぇ? うーん…… 『お前は無事なのか』とか? 」
俺の顔をじっと見た後、楓は『正解』と言ってクスクス笑った。
「アンタかと思うくらい他人の事を心配してさ…… 『お兄ちゃんは絶対大丈夫』って何度も励まされた。 アタシが沈んだ顔をしてたら、思いっきりひっぱたかれたんだ…… 『そんな顔する事がダメ! お兄ちゃんが起きた時は、絶対笑って迎えろ』って 」
「お…… う 」
菜のはが人を殴るようには思えないが、それだけ気を張っていたからなのかもしれない。
「まぁ、菜のはには俺も助けられたな 」
「え? 」
「い、いや! お前と一緒にずっと付き添いしてくれたからな 」
菜のはのキスで体に戻れたとはやっぱり言えなかった。
「ありがとな。 お前のおかげで無事もどってこれた 」
「アタシじゃないわ。 感謝するんならももこって子にすればいいじゃない 」
背中を向けて急にふくれる楓だったけど、俺の腕にピトっと寄りかかってきた。
「でも…… アタシが少しでもアンタの役に立てたのなら嬉しい 」
「お前との経験がなかったら、俺はきっと途方にくれるだけだった。 お前はあの孤独な状況で2年間も過ごしたんだよな…… ホントすげぇよ 」
「そうでもないわよ? 気が付いたら2年経ってただけ 」
そんな筈がない…… あの孤独感に耐え、自分を見失わずに気付いてくれる人を探し回って、そして俺に辿り着いた。
そう考えていたら、無意識に楓の腰に手を回して引き寄せていた。
「…… なによ? 」
「お前とキスしたい 」
ポンと楓の頭から湯気が出る。
「あ、藍ちゃんとか紫苑とか、菜のはちゃんやももこちゃんといっぱいしたでしょ! もう十分じゃないの? 」
「俺はお前としたい 」
しどろもどろする楓をこちらに向かせると、楓は恥ずかしがりながらも目を閉じて唇を差し出してきた。
雰囲気を壊さないよう、そっと唇を重ね……
「あー…… 取り込み中もうしわけないんだが 」
「ひゃあ!? 」
入り口から蒼仁先輩にしっかり見られてました! 言ってからドアをノックしたのは絶対ワザとだろ!
「検査の用意が出来たので呼びに来たんだが、30分延長するかい? 」
「しません! 」
楓に菜のはを任せ、俺は蒼仁先輩の後に続いて病室をそそくさと出た。
「検査ついでに、君達を巻き込んだ男の現状と楓君の両親の行方の話をしよう 」
「うぇ!? 行方が分かったんですか? 」
振り向かずに『ああ』と答えた蒼仁先輩の声は重たいものだった。
「楓君に話す前に、君に話をしておいた方がいいと思ってね…… 」
ということは、俺らが考えていた最悪の事態…… いや、もっと悪い状況なのかもしれない。
「これだけは聞いておこうか 」
そこで蒼仁先輩は立ち止まって俺に振り返った。
その目はいつも何かを楽しんでいるような先輩ではなく、真剣な目をした全く別人に見える二ノ宮蒼仁という男。
「どんな結果であれ、君は鳥栖楓という女性を守れるかい? 」
なんだ…… 決まり切った事を聞くんだな。
「守りますよ。 俺の力が及ぶ限り、誰を相手にしようが守ってやります 」
ドン、と蒼仁先輩の拳が俺の胸を突いた。
「そこは『力が及ぶ限り』なんて小さい事は言わないものだよ 」
フフッと微笑んだ蒼仁先輩は、再び前を向いて歩きだした。
「小さい…… か 」
確かに小さいかもしれない…… 菜のはの時のように、『絶対守る』と胸を張ればいいんだ。
もしかしたら蒼仁先輩も、吹石先輩と婚約する時にそう誓ったのかもしれない…… と、何となくだけど思った。
MRIの機械に入りながら、スピーカーから蒼仁先輩の声を聴く。
― まず、君を撥ねた冴島銀也の事だ。 あの軽自動車は彼女らしき女性の車らしいんだが、彼自身は無免許だそうだ。 彼女らしき人物は盗まれたと証言しているらしくてね、無免許運転、窃盗、人身事故…… 更に公務執行妨害等々、しばらくは刑務所にはいることになるだろう ―
「確か逮捕歴もあるとか 」
― らしいね。 まあ彼は警察が関与するから手は出せないが、彼に関わった人物をどうしようかな…… フフフ…… ―
怖い怖い怖い! 行方不明者が出たら、真っ先に蒼仁先輩を疑おう。
― それと、楓君の両親と白村美穂子の行方なんだが…… ―
「はい…… 」
俺にとっても、その件の方が本命だ。
ロン毛をボコボコに殴ってやりたいけど、刑務所行きならもうどうでもいい。
― 広島県の江田島市の、海中に沈んだ車の中から3人とも遺体で発見されたそうだ ―
「…… そうですか 」
― 心拍数もあまり上がらないか…… 予想はしてたんだね? ―
「ええ、まぁ 」
本当に最悪の状況…… 疎まれてたとはいえ、楓にはもう、家族と呼べる人がいなくなってしまったんだから。
― 状況は、恐らく君が予想した通りだよ。 白村美穂子はトランクに押し込められていたそうだ ―
切羽詰まっての無理心中か…… ホント、やってくれる……
「ああいう親って勝手ですよね…… 子供の事なんか何も考えない 」
― 全くだ。 僕にはこの事実を、楓君にどう伝えていいものかわからない ―
声のトーンから、蒼仁先輩が俺を煽っているようには聞こえない。
無敵の蒼仁先輩でもそんな事があるんだな……
「…… 俺が伝えます。 教えてくれてありがとうございました 」
MRIから出てきた俺に、蒼仁先輩はコントロール室のガラス越しから頭を下げていた。
― 困ったことがあったら言って欲しい。 二ノ宮家、吹石家で君達を全力でサポートする ―
その言葉に俺は何も答えず、蒼仁先輩に一つ微笑んで見せた。




