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11話 実体に戻る為に

 俺が運び込まれたのは、運がいいのか悪いのか二ノ宮クリニックだった。


 幽体なのだから浮遊しようと思っても上手く出来ず、イラついて取り押さえられたロン毛を一発殴ろうと拳を振り下ろしたが、それすらもすり抜けて地面に転がった。


 最初、俺の体がどこに搬送されたのか分からず、市内の病院を覗きながら、結局6時間かけて二ノ宮クリニックに辿り着いたのだった。




 二ノ宮クリニックの4階の個室に、俺の遺体…… じゃなかった、抜け殻の体は寝かされていた。


 外傷自体は大したことなさそうだけど…… まあ、集中治療室にいないのだから大したことはないんだろう。


 それよりも心配だったのが、俺が寝ているベッドの横で微動だにしない菜のはと楓だった。


「菜のは? 楓? 」


 話しかけてみるけど、もちろん二人とも反応はなかった。


 楓の目尻には涙の乾いた跡が残っていて、目も真っ赤で鼻も真っ赤。


 菜のはも泣きじゃくったのかと思いきや、涙の跡はなく目は力強さがあった。


「ゴメン…… なさい、菜のはちゃん 」


 ボソッと呟いた楓に、菜のははため息を一つ。


「だから、楓さんのせいじゃないって言ってるじゃないですか! お兄ちゃんは男らしく彼女を守ったんです。 今は寝てるだけ! すぐに起きますって 」


 ドアをノックする音が聞こえて、看護師さんと蒼仁先輩が入ってきた。


「どうだい? 燈馬の様子は 」


 楓達を安心させるような穏やかないつもの口調で話す蒼仁先輩だったけど、表情は少し硬くて目は笑っていなかった。


「寝坊助さんですから、私達が心配してるのに呑気に寝てますよ 」


 ハハハと大きめの声で笑う蒼仁先輩は、菜のはと楓の肩にポンと手を置く。


「回診の時間だから少し席を外してくれないかな? サロンで夕食を用意させよう 」


「…… 食べたくないんです。 部屋の外で待ってちゃダメですか? 」


 事故の当事者の楓にはショックが大きかったのかもしれない…… 大丈夫だから…… そう声を掛けても、楓に届かないのが歯がゆい。


「ダメですよ楓さん! ちゃんと食べないと、それこそお兄ちゃんが心配します! 」


 菜のはに手を引かれ、楓はやっと椅子から腰を上げた。


「菜のはちゃんは強いね…… 」


「強くなんかありません! お兄ちゃんが私を残して死ぬわけがないんです。 ほら、行きますよ楓さん! 」


 誰に似たんだか…… 無理矢理手を引いていく菜のはが、今は心強かった。


「さてと…… 」


 看護師によるチェックが終わり、蒼仁先輩だけが部屋に残った。


「そこにいるんだろう? 燈馬 」


「うぇ!? 蒼仁先輩、俺が見えるんですか!? 」


 まさかそんなフリをしてくるとは思ってなかったので、目の前で思いっきり叫んでしまった。


 が、俺の叫びが蒼仁先輩に届いている様子はなく、気配だけを感じ取っているらしい。


 流石というべきか、そういえば楓の時も気配を感じ取っていたなと思い出した。


「軽自動車とはいえ、車に撥ねられたわりには君の体はほぼ無傷といっていい。 大したものだよ 」


 椅子には座らず、俺の枕元に腰かけた蒼仁先輩は、淡々と体の状態を説明してくれた。


 俺に関しては背中の打撲と頸椎の捻挫。


 楓に関しては、両肘の擦り傷のみという奇跡っぷりだった。


「君を撥ねた冴島銀也と言う男は現行犯逮捕になったそうだ。 でも、それだけじゃ僕の気が収まらなくてねぇ…… しっかりとお仕置きしておくから、気に病むことはないよ 」


 いや…… 目が怖いですよ先輩……


「それよりも、そんな所にいないで早く体に戻ったらどうだい? あまり彼女を心配させるのは感心しないね 」


 言われなくても戻りたいのは山々…… でも楓の時と違って、俺が見える人間がこの場にはいない。


「そうだ、君にもショック療法を試してみよう 」


 そう言うと蒼仁先輩は、あっという間に俺の体に覆い被さって唇にキスした。


「うぉっ!? ちちちょっと待って! 」


 急いで体と同じ態勢で重なろうとするが、時すでに遅し…… ドキドキはしたけど、同時に寒気をおぼえる。


「ふむ…… やはり濃厚なキスじゃなければ…… 」


 そんなわけあるかー!! とジタバタしてみたが、体には戻れず。


 もちろん実体の体も何も反応せず、濃厚なディープキスを受けて、俺の精神力を持っていかれただけだった。

  

「ピクリともしないね…… これではダメか 」


 諦めた蒼仁先輩は顎をさすりながら考え込む。


 俺はこの方法では戻れないのか? 楓と同じ方法を取れば戻れる、と思っていただけに焦りが募る。


 蒼仁先輩や楓に俺が見えない分、楓の時と条件は違うが…… 見える見えないで波長とかあるんだろうか。


「まぁ、焦らず行こう。 そろそろ楓君達も戻ってくるだろうし、キスしているところを見られたら二人に殺されそうだからね 」


 そう言っている矢先に、楓と菜のはが病室に戻ってきた。


「お兄ちゃん! サロンの料理凄いよ! 2センチも厚みあるステーキが出てきた! 」


 マジか! 蒼仁先輩を見ると、『それは良かった』と父親が子供を見るような目で、喜ぶ菜のはを見つめていた。


 病院の食事処に極厚ステーキなんてあるものか…… 菜のは達の為に用意してくれたものだと悟った俺は、蒼仁先輩に向かい合って深く頭を下げた。




 

 

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