12話 返すね
午前2時を回ったが、未だに俺は自分の体には戻れず、実体に重なるように寝転がって病室の天井を眺めていた。
幽体は眠くならない…… 以前、楓がそんなことを言っていたのを思い出す。
睡眠自体が幽体には必要ないものだろうけど、こんな時間になっても全く眠くならないのは落ち着かない。
「なぁ楓…… 」
ずっと椅子に座ったまま俺を見つめている楓に話しかけるが、やはり返答は返ってこない。
「こんな誰からも気付かれずに、お前は2年間も過ごしたんだな…… スゲェや 」
誰からも相手にされないボッチとは根本的に違う、側にいるのに気付いてもらえない孤独。
たった半日だけど、気が狂いそうになる…… 思えば、楓が俺を見つけた時にあんなに必死になったのがよくわかった。
「眠いなら寝れよ、そんなに頑張らなくても俺はここにいるから 」
椅子に座りながら船を漕ぎだした楓に、届かないけどそう言っておく。
病室には俺と楓の二人きり。
菜のはは、蒼仁先輩から連絡を受けて駆け付けてくれた紫苑と藍が、特別に用意してくれた隣の個室で二人と寝ている。
楓だけは、どうしてもここに居たいとベッドの横から動こうとしなかった。
「え…… 燈馬? 」
俺の声が届いたのか、目を覚ました楓が周りをキョロキョロした。
「!? 聞こえるか? 俺だ! 燈馬だ! 」
何度もそう叫んだけど、やはり楓には聞こえないらしい。
紫苑も気付かず、霊感の強い藍も俺の気配は気付かない…… 唯一気付いたっぽい蒼仁先輩も、あれから病室に顔を見せてはいない。
せめて俺がここにいる事だけでも知らせれれば、こいつも気が休まるんだろうに。
「ねぇ…… ホントに寝てるだけだよね? 」
スッと枕元に移動してきた楓は、俺の顔をじっと覗き込んできた。
「幽体になっちまったよ。 スゲェなお前…… こんな孤独の中で頑張ってたんだな 」
「早く目を覚ましてよ…… アタシだけじゃなくて、菜のはちゃんも紫苑も藍ちゃんも、アンタが目覚めるの待ってるんだよ 」
「悪い…… 体に戻る方法がイマイチ見つからなくてさ 」
「もしかして、アタシみたいに幽体離脱してるの? 」
「お!? 分かるのか? 」
噛み合ってない会話でも、なんとなく会話してるような気になって少し癒される。
「キスしたら起きるかな…… そうだよね、アンタはキスでアタシを戻してくれたもんね 」
楓は俺の頬に手を添えて唇を重ねてきた。
「…… あれ? 」
だが体に戻ることはなく、実体の指一本すら動かすことも出来ない。
ドキドキもしてる! 実体と同じ態勢で重なってる! なんで戻れねぇんだよ!
「…… アタシじゃ、アンタみたいに軌跡を起こせないみたい。 悔しいなぁ…… 」
ポタリと楓の涙が俺の頬に落ちた。
「ヤダよこんなの…… やっとアンタと一緒になれたのに! 」
ぐしゃぐしゃに顔を歪ませ、鼻水を垂らし、嗚咽は止まらない…… 止めどなく落ちる涙は、俺の頬をどんどん濡らしていった。
「泣くなって! もう一回キスしろ! 今度は絶対戻るから! 」
足りないのは俺の本気! そう信じて楓に叫ぶが、その叫びは楓には届かなかった。
「アンタ言ってたじゃない? きっと2年前に死んでたんだよ、アタシは 」
「死んでない! 何言い出すんだよ! 」
「アタシがアンタの寿命を吸いとっちゃったんだ…… ゴメンね 」
「そんなバカな話があるかよ! 俺はここにいるんだ! 死んでねぇ! 」
楓は俺から離れて辺りを見回す。
備え付けのキャビネットに置いてあったボールペンを見つけ、それを手に取って見つめていた。
「…… なにするつもりだよ? 」
「上手く出来るかな…… アンタの寿命、少し使っちゃったけど返すね 」
ボールペンを逆手に持ち、両手で握りしめてペン先を喉元に向けた。
ちょっと待て……
「アホな事してんじゃねぇ! そんな事したって意味ねぇよ! 」
飛び起きてボールペンを取り上げようとしたけど、俺の手はすり抜けて空振るばかり。
「くそっ! くそっくそっ…… うおおぁぁ!! 」
無駄な事だとはわかっていたが、何度も何度もボールペンを取り上げようと必死にもがいた。
意を決めたように、楓はボールペンを力強く引き寄せた。
「ふざけんなぁ!! 」
バチィン
「え…… 」
夢中で振り回した手が楓の頬を捉えた。
床に倒れ込んだ楓が持っていたボールペンは、楓の手を離れてカラカラと音を立てながら床を滑っていく。
「んのやろ! 」
そのまま楓の胸ぐらを捕まえようと手を伸ばしたが、手は楓の体をすり抜けてしまった。
「なにして…… 」
物音を聞き付けてか、タイミングよく入ってきた藍が走り寄ってきた。
床に転がったボールペンと、楓の喉元に付いたボールペンの横線の跡を見て、藍が血相を変える。
「バカな事してんじゃないわよ! 」
藍は楓に平手を一発。
バチンと大きな音が病室に反響した直後、菜のはと紫苑もバタバタと病室に入ってきた。
「自殺なら別の場所でやれ! 燈馬の前で血なんか見せるな! 」
楓の髪を鷲掴みにして顔を引き寄せて怒鳴る藍に、後から来た菜のはと紫苑は声も出せないようだった。
「だって…… 藍ちゃん! アタシのせいで燈馬が! 」
打たれた頬をそのままに、楓は涙を溢しながら真正面から見つめていた。
「アンタが死んでどうなるのよ! 燈馬は生きてるの! 心臓だって動いてるし、息だってしてる! アンタは何がしたいワケ!? 」
「藍ちゃんは幽霊になったことないからわかんないのよ! 」
「え…… 何を言って…… 」
楓は藍の襟首を引き寄せて泣きながら叫んでいた。
「脱け殻の自分の体を上から見下ろす悲しさがわかる? 誰も気付いてくれない…… 自分じゃどうすることも出来ない孤独がわかる? アタシは知ってる! だから一刻も早く燈馬に寿命を返すの! 」
「楓! 落ち着きなさい! 」
呆気に取られる藍と、泣き叫ぶ楓の間に紫苑が割って入った。
「私達にわかるように説明してくれる? それで納得する内容なら死んでもいいから 」
おぅ!? 紫苑さん大胆発言だな……
「…… わかった 」
藍の襟からゆっくり手を離した楓は、紫苑に促されて側にある椅子に腰かけた。
それを見届けて紫苑もベッドの縁に座り、藍は罰が悪そうに少し離れて壁に寄りかかった。
「ん? 」
そんな中、菜のはだけがじっと俺の方を見ている…… ような気がする。
微妙に視線はズレているんだけど…… もしかして幽体の俺に気付いているのか?




