10話 思わぬ敵
隣町にあるフェニックス製薬本社に俺達が到着した時には、既に駐車場にパトカーが一台止まっていた。
ここにはもう警察による捜索が入っているのだと感じた俺達は、フェニックス製薬を訪れることなく引き返した。
次に行ったのは、あのガス爆発で居住不能となった楓の実家。
そこは既に更地になっていて、不動産会社の名称が入った『売地』の看板が立っていた。
「もう取り壊してたんだな…… 」
「うん、3ヶ月以上経ってるしね。 お父さんはさっさと処分したかったんだと思う 」
出鼻をくじかれてしまった俺達は、呆気なく今日の捜索を諦めて戻ることにした。
楓と肩を並べてバスに揺られながら、これからの事を考える。
そりゃそうだ…… 俺達シロウトが考え付く事なんて、警察が気付かない筈がない。
「ねぇ燈馬、やっぱり事態は最悪なのかもしれない 」
楓は自分のスマホを見ながら、俺の袖の端を掴んで少し震えていた。
「これ見て。 ちょっと違和感があって調べてみたの 」
楓のスマホには『得意行方不明者』と書かれた記事の一端が表示されている。
「捜索願が受理されても、警察ってそんなに真剣に探さないのよ。 でも、すぐ捜索に乗り出すのって事件性があるからだよ 」
「つまり、これは誘拐事件だって…… 」
俺の『誘拐事件』という言葉に、周りの他の乗客が一斉に振り向いた。
「な、なんでもないです…… そう、小説! あの推理モノの小説面白いよなぁ、はは…… 」
無理矢理な言い訳を付け足してごまかしてみると、乗客達は怪訝な顔をしながらも俺達から視線を外していく。
「次でバスを降りて一息つこう 」
不安な表情を残す楓の返事を待たず、俺はバスの降車ボタンを押した。
商店街の一角にある公園に立ち寄り、自動販売機でホットコーヒーを買う。
ここの公園は、以前紫苑がナンパされて逃げてきた公園だ。
「きっと、お母さんがお父さんの所に押し掛けて修羅場になったのよ…… 不倫相手と喧嘩して、そして…… 」
飲みかけの缶コーヒーを握りしめて、楓は唇を噛んでいた。
「なくはない展開だけど、誘拐するなんてあり得ないだろ 」
見上げてきた楓の目は恐怖と絶望に震えていた。
滅多な事を考えるものじゃないけど、3人が姿を消さなきゃならない状況というのは、どう転んでも良い状況とは言えない。
鳥栖要一と別れるよう脅迫…… あるいは、白村美穂子がもうこの世にいない…… なんて、ドラマの見過ぎなのかもしれないが。
そうなれば楓は、また『犯罪者の娘』として見られてしまうことが許せなかった。
「あ…… パトカー 」
楓の声に振り向くと、遠くでサイレンの音が聞こえた。
「なんだ? 何か追いかけてるのか? 」
ひっきりなしに鳴るサイレンの音に交じって、スピーカーで叫ぶ警察官の声が聞こえる。
音は次第に近くなり、けたたましいタイヤのスリップ音までが聞き取れた。
「パトカーから逃げてるみたい! まさかお父さん!? 」
ベンチから立ち上がった楓は、音の近づいてくる方に走り出した。
「おいおい、マジかよ…… 」
その後を追いかけて、公園の出入口から道路を覗き見ようとしたその時だった。
バシャーン
出入口のすぐ脇、公園を囲っている植木をなぎ倒して軽自動車が突っ込んできたのだ。
「楓!!! 」
前側が大破した軽自動車は、そのままの勢いで楓に向けて突っ込んでくる。
無意識に楓を抱き寄せてクルリと反転した瞬間、背中に鈍い衝撃を感じた。
「うくっ!? 」
撥ねられた…… 視界はぐるぐると回り、景色は立っていた場所より遥かに後退していた。
それでも楓を守りたい一心で、地面を転がって止まるまで体からは手を離さなかった。
「楓! 楓!! 」
痛みを堪えながら必死に楓の名前を叫ぶ。
「う…… う…… ん 」
良かった…… どこかぶつけてはいるみたいだけど、とりあえずは生きてる!
「このやろ…… またお前かぁ! 」
以前楓の彼氏だった銀也というロン毛の男。
撥ね飛ばされた瞬間、運転者の顔がハッキリと見えた。
メチャメチャになってもなお走り去っていく軽自動車は、先回りして公園に突入してきたパトカーにぶつかって止まった。
運転席を蹴飛ばして出てきたロン毛は、呆気なく数人の警察官によって取り押さえられる。
「燈馬? 」
胸元の楓に呼ばれて、大丈夫か? と声を掛けた。
「燈…… 燈馬! 悪い冗談やめてよ!! 」
「は? 何言ってん…… 」
気が動転して気付かなかったが、抱いているはずの楓の感触がなく、目の前にいる楓と目線が合っていなかった。
「ち…… ちょっと待てオイ! 」
ガバっと体を起こしたけど、腕の中の楓はついてこない。
慌てて自分の手のひらや体を見ると、うっすらと向こうの景色が見えて中途半端に透けていた。
俺、幽体になっちまった……
「大丈夫ですか!? 」
「燈馬が! 早く救急車を呼んでよ! 」
駆け付けてきた警察官の声にハッと我に返ると、楓はぐったりした俺を抱えて警察官に叫んでいた。
「楓! 俺はここにいる! 見えないのか!? 」
何度呼びかけても楓の反応は変わらない。
『落ち着いて』となだめる警察官に、俺を抱えながら泣きじゃくって腕にすがり付いていた。
数分後、到着した救急車に抜け殻の俺の体がはこびこまれ、楓は付き添いで同乗していく。
残されたのは幽体の俺と、投げ出された楓のショルダーバッグだけ。
「マジかよ…… 」
ポツンと落ちているショルダーバッグを拾い上げようとしても、俺の手は虚しくすり抜けるだけだった。




