03-23:アルカク防衛2
以前戦った、変異しかけのナイトベアが何級相当だったのかは分からない。
ナイトベア自体がC級、つまりCランク冒険者四名以上のパーティで戦うことが妥当とされている魔物だ。フレッドの推測ではB級以上、だとすれば大した怪我もなく“魔物狩り”が倒せたのは僥倖と判断される案件だ。
だからナイトベアと同等の強さと聞いて、
「……笛を鳴らした方が良いでしょうか?」
と言ったフレッドの判断は冒険者として正しい。
戦いにはほとんど縁のない村人しか居なかったあの時とは異なり、今は一時間も経たずに戦力を集められる。人間の持つ魔道具や魔力操作の技術は古い時代よりも確実に退化している。Aランカーのような特殊な人間以外が強力な魔物を倒そうと思えば、数を揃えて戦うより他ない。
しかし――。
「問題ないと思うが? すぐに女将さんも合流するだろう」
強がっている様子もなく、アルスがさらりと口にした言葉は意外なものだった。
それを耳にしたフレッドもニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「珍しいですね? 安全志向のアルスがそんな事を言うなんて」
「いざとなったら、笛を吹いて逃げながら時間を稼げば良いのだろう? 俺達の仕事は決められた魔物を倒すことではなく魔物の侵入を防ぐことだ。もちろん、不安があれば人数を揃えてからにすべきだが……」
いつになく饒舌な気がするのは気のせいだろうか。
ちらりと見上げたリアと目が合うと、アルスは小さく咳払いをして目を逸らした。
(アルス隊長、実はフラストレーションが溜まってるんじゃ……?)
無意識のうちに首を傾げてアルスとフレッドを交互に見ながら、リアは穿った事を考えてしまった。目を逸らす前に一瞬だけ気まずそうな顔を見せたあたり怪しい。
「君たちはどうだ? リアの言うようにナイトベアと同等だとして、不安はあるか?」
追及されることを避けたのか、アルスは黙ったままのレオナとザイードに声をかけた。
二人は強い目でアルスを、そしてフレッドとリアへと順繰りに捉え、
「うぉぉっし! やってやろうじゃねぇか!」
「私も今回はもっと上手く動くよ!」
決まりである。
「私も援護します! 正体まで分からないのは申し訳ないですけど……」
出遅れないようにと意思表明したリアの言葉は、残念ながら尻すぼみになった。圧倒的力量差で負けるとは思えないが、同じ級に分類されている魔物であっても戦闘スタイルとの相性によって難易度は変わる。
「強さの目安が分かるだけで十分ありがてぇよ。オレなんか気配も分かんねぇし」
「私もだよ」
「二人の言う通りです。申し訳ないと思う必要はありませんよ」
リア以外、誰も強力な魔物の気配は感じていない。アルスが今のメンバーだけで討伐に向かうと判断したのも肌を刺すような魔物の気配を感じなかった故だろう。リアとて認識出来ていた気配が消え、魔力を使ってはじめて捉えたのである。
「……気を抜かずに進もう。手に負えないようならば一時撤退する」
慎重なのは言葉だけで、アルスの顔には薄っすらと不敵な笑み。
瘴気のような怖さはない。だからリアは純粋にアルスが体を動かしたいのではないかと思っていたのだが――その確信が少しばかり揺らぐ顔だ。
いや、アルスだけではなく皆も同じように目を輝かせている。
普段は口数が多い“魔物狩り”が黙したまま戦意を昂らせ、進む。
微かに土を踏む音だけが響く。
時折、先頭を歩いているアルスが振り返って目でリアに方向を問う。それだけだ。
しかし、状況は動いている。
「魔物四体、全滅したみたいです」
下級魔物と何者かが争ったような動きは捉えられなかった。
嫌な予感でもあったのか下級魔物は落ち着きを失っているように思えたが、抵抗したという動きはない自分が死んだことも分からなかったのではないかと思えるほどに呆気なく消えていく。
呆気なさ過ぎて不安になるほどだ。
「……そうか。かなり近付いているはずだが、まだ魔物の気配を感じない」
リアの言葉に目元を引き締めたアルスが呟く。
彼の言葉にザイードとレオナも首肯し、フレッドは目線を上にやりながら首を捻っている。
誰も、魔物の存在を認識出来ていないのだ。
リアもまた、細い魔力の糸を失えば魔物を見失う予感がしている。
記憶の中の魔物図鑑から隠密性に優れている魔物を探そうとしているものの、かなり強力な部類であることも考えると候補が浮かばない。
「もうそろそろ魔物が消えたあたりです。近くに、魔物もいるはず」
不意に、アルスが立てた掌を後ろへと見せ立ち止まった。
「あれですか……」
身構えたまま、アルスの視線を負ったフレッドが呟く。
ほぼ同じタイミングでリアもそれを発見していた。
「うぅわ、何あれ……蛙?」
レオナが嫌そうに呟いたのも無理はない。
一見周囲に溶け込んでいて、しかし、よく見ると浮き上がったような違和感がある。森の中に鏡を立てかけておけば同じような光景を見ることが出来るだろう。
浮き上がっている部分はレオナが口にしたように蛙のシルエット。
しかも、大柄な男性がしゃがみ込んでいるサイズよりも二回りほど大きい。
「ニンジャフロッグ、ですね」
「ニンジャってなんだよ? まぁ、見えて何よりだけどな」
ずっと分からなかった魔物の姿が確認できたせいか、気抜けしたようにザイードは笑う。分かって眺めれば周囲との違和感は目につき、ずんぐりとしたシルエットは鈍重そうに見える。大きいだけで脅威とはならないと判断したのだろう。
だが――。
「気を抜いてはいけません。あれはC級で“暗殺ガエル”と呼ぶ人もいます」
見た目に反してニンジャフロッグは素早い。
加えて、嘴のような上唇には毒があり喰らえば数時間は体が麻痺してしまう。
決して鈍いとは言えない“魔物狩り”が気配を感じ取れず、注意して見なければ見逃していまいそうな外見。気づかないうちに食われるか麻痺する一撃をもらえば“暗殺ガエル”という別称も納得である。
「とは言え、発見してしまえば不意打ちの心配はありません。頭突きで毒を喰らわなければ、まぁ、何とかなるんじゃないでしょうか」
フレッドはそう説明を締めくくると、全員の顔を見渡してからアルスを凝視した。
「やってみよう。リアは援護を、レオナとフレッドは回り込んでくれ。良いか? 行くぞ」
アルスとザイードは躊躇うことなく、ニンジャフロッグへの最短距離を駆ける。分かりやす過ぎるほどに足音を立てているのは魔物の注意を引き付けるためだ。
「らぁっ!」
雄叫びとともに振られたザイードの攻撃はフェイク。
大きく、軽やかに振られた棒はニンジャフロッグには当たらない。
それで十分なのだ。
棒を避けるために跳んだニンジャフロッグにアルスが斬りつけ、返す刀でザイードが後足を強かに打つ。ザイードへと跳びかかろうとしたところを狙って、リアは矢を放った。
「あー、そうくる……」
矢は狙い通り右目に向かった。
だが、下からせり上がって来た銀色の瞬膜によって弾かれてしまった。
堅さの判断を誤ったとぼやきながら見れば、アルスの刃もしっかりとは通ってはいないようだった。
「コレ、面倒くさいやつだ! レオナ、気をつけろ」
「――げっ! くっそ、ザイード」
ザイードの漠然とした警告では伝わらなかったらしい。双剣を手にニンジャフロッグへと肉薄し斬りつけたレオナが恨みがましい声を上げる。アルスよりも軽い彼女の攻撃もまた、ぶよぶよとして弾力のある表皮に阻まれたのだ。
「どちらかというと私とザイード向きの魔物ですかねぇ」
ザイードが再び打撃を繰り出すよりも早く、横っ腹に回り蹴りを放ってフレッドが笑う。踊っているかのような足捌きで跳びかかってくるニンジャフロッグを躱し、ザイードが打った後足を蹴った。
軽やかな動きとゆったりとした口調に反して、その一撃は重い。
フレッドの蹴りが入るたびにニンジャフロッグの巨体が揺れる。
「私もいけるよ!」
叫んだレオナが果敢に斬りかかっていく。
リアはレオナの瞳の奥にメラメラと燃える炎をみた気がした。
先ほどよりも【強化】を強めてたのだろう。
浅くではあるがニンジャフロッグの皮に傷が入った。
レオナの強みは攻撃の重さではなく、速さと手数の多さだ。細かく動き魔物の注意を引き付けることで、ほかのメンバーが動きやすくなる。
フレッドの言葉に感じるものがあったのか、アルスもまた【強化】を強めている。しかしながら、レオナやザイードのように“本気を出した”というほどでもないというのがリアの印象だ。
そもそも戦闘に関わる職に就いている者が全力で【強化】をかけることはほとんどない。
理由は単純、魔力切れと死が直結することになるためである。
いかに体と技を極めていようと、素の状態での戦闘は圧倒的に不利。さらに生命維持に必要な魔力まで消費した場合、如何なる強者であっても意識の混濁や呼吸困難――最悪の場合は失神や心肺停止もあり得る。確実に詰むのだ。
毎回フルパワーで突っ込んでいては、予期せぬ敵との遭遇時に対処できなくなる。
そのため戦闘職は感覚的に【強化】を段階化し、魔力の消費と継続時間を体で覚えこむ。
経験と感覚で敵の強さを計り、どの程度の【強化】が必要か見極めることが実力と生還率に直結するのだ。
リアは何度かザイードとレオナの二人が安全圏のギリギリまで【強化】を上げていると感じたことがある。フレッドはローブの男に襲撃された時、相討ち覚悟と呼べるところまで【強化】段階を引き上げていた。
しかし、アルスのレッドラインは見えない。
今も想定よりも攻撃が通りにくく【強化】を強めたことは分かる。それでも、まだ余裕の範囲内であるように感じられてならない。
「まぁ、人のことは言えないけれど」
ぽつりと呟いて、リアはニンジャフロッグの皮を貫ける程度の【強化】状態で矢を放つ。仲間が戦っているのを、考え事をしながら眺めていたわけではない。右目に一本、喉元に一本。決定打とは言えないものの確実に魔物の力を削いでいる。
今放った矢は、ザイードに追い縋るニンジャフロッグへの牽制だ。
鼻先へと向かってくる矢を躱そうと動いたその背に、カエル並みの跳躍を見せたフレッドの踵が落ちる。
ゴッ、と鈍い音がして巨体が沈んだ。
(ナイトベアと同じくらいの強さ、のはずだけど……あんな怖さはない)
油断は禁物ではあるが、負ける気がしない。
ナイトベア――の変異種になりかけ――と戦った時と比べて、個人の力も、パーティーとしての力も上がっている。アルカク周辺の情報収集依頼から現在まで一か月半以上も共に動き、戦ってきたのだ。
これまでのように月に数度、生活に必要な報酬を得るための活動とは比べ物にならないほど濃い時間だ。戦い方や連携の取り方が上達しない訳がない。
リアも今は誰がどう動くのかが読める。“魔物狩り”に加入した当初のように味方を攻撃してしまう不安はほとんどない。緊張感は死守しているものの無駄な力は抜けている。
「こっちの方が大物だったね」
ザイードの棒がニンジャフロッグの頭を潰した時、女将さんの声がした。
少し前から、離れたところで観戦していたのだ。魔物との戦いを盛大に楽しんでいる彼女もまた元冒険者。助力を求められるか危機的状況でない限り、他人の獲物に手を出すような真似はしない。
勝敗がはっきりと決まったからこそ、声をかけてきたのだ。
「……お待たせしました」
「いや、そうでもないよ? 良い動きだった。十分にB以上を目指せるね」
「女将さんに褒められた!」
二パッと花が咲いたように笑うレオナを見て、女将さんが鼻で笑う。
「なれるとは言ってないからね? とりあえずリアは“魔物狩り”を続けるならさっさとCに昇格しな。全員がBになると優遇も期待できるしさ」
リアが口を開きかけた刹那、稲妻が走ったかのように目の前が白く霞んだ。




