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03-21:待望のアレと他拠点の状況

 お疲れさん、と女将さんの声が響いた時には“魔物狩り”の全員が頭から水を被ったような有様だった。

 七番月も後半、うだるような暑さの中で戦うのは辛い。


「水分取りなさいよー」


 幸いなのは空気が乾いていて服がよく乾くことと、日が沈めば少しは過ごしやすくなることだ。リオウによれば東域南部は更に暑く、ジメジメとした重たい空気なのだという。暑いのに洗濯物はパリッと乾かず、気を抜くと様々なものにカビが生えると聞いて恐々としたのも束の間。


「だぁーっ、うぁぁ……」


 レオナが呻いているように、リオウの語る東域よりはマシだと思ってたとしても暑いものは暑い。アルカクの街にいようが拠点にいようが暑さに変わりはないが、フラフラと歩くのと戦うのは違う。特にレオナのように素早く動き回るタイプであれば体力の消耗も著しいのだろう。


「いや、暑いけどそこまでか?」


「ぐぅぅ、お前が鈍いんだぁ」


 汗だくではあるが、ザイードはこの暑さが苦にならないようだ。汗もかかずに「暑いがカラリとしとるからのぉ」を笑うリオウと共に、この拠点の中では平然としている部類と言えよう。

 その他の面々も体力の消耗はいつもよりも大きくなっているが、戦闘に支障を来すほどではない。女将さんの世話焼きによって適度に日陰での休憩、水分補給が徹底されていることも効いているのではないかと密かにリアは思っていたりする。


「……つっ――」


「ホラ、アンタも格好つけてないでシェリルのところに行きな。北の方の出身だろう? なら、この暑さが堪えたとして何にもおかしいことは無いんだからさ」


 一番辛そうなのは、意外なことにアルスだ。

 リアはこの拠点の中で最も暑がりそうにないタイプと推測していたのだが、逆であった。氷の魔王のような男は炎天下に弱いらしい。レオナのように大っぴらに辛さを表現していないだけで、ここ何日かは顔色が冴えず食もあまり進まないようである。心なしか凍てつくような眼光も弱い。

 女将さんがそんなアルスを見逃すはずもなく、尻でも叩き出すのではないかという剣幕で世話を焼いているのだが。


「そだっ! シェリルぅぅぅ」


 女将さんの言葉に反応したのはアルスではなく、レオナだ。

 飼い主を発見した犬の如く、パッと立ち上がってシェリルの元へと走っていく。レオナだけではなく暑さの中で“魔物狩り”ほか拠点メンバーの心の拠り所となっているのが、辺境伯の娘で魔術部隊隊長のシェリルである。


 彼女が魔術を行使すると魔物が寄ってくる。その特性を生かしてメンバー総出で魔物を一網打尽にする方法も考えていたのだが、こう暑くなると大量の魔物相手に長時間戦うのも酷だ。三日ばかり前から彼女には魔素を多く使う魔術を控えてもらうようにした。

 現在のシェリルの役割は手のひらほどの小さな水球を作って近くの魔物をおびき寄せることと――。


「はーい、“魔物狩り”の皆さん集まって下さーい。リアもおいでー。……いきますよ、シェリルが水に願う。変幻に揺れ動き我らを隠せ、【淡霧(ミスト)】」


 戦いを終えた冒険者達をひんやりした霧で労うことである。

 シェリルによれば本来【淡霧】は敵の視界を奪うことに使われる魔術で、発生させる霧の濃さ、範囲、継続時間によって消費魔力は異なるそうだ。半径二メートルに満たない範囲に薄っすら霧を発生させる程度ならば、魔物がわんさか寄ってくるほどの魔力は使わない――らしい。


「ひぁぁぁぁっ! サイコー!」


「くわぁぁっ! たまんねぇぜ」


 この際、レオナの人格崩壊が悪化していることは見なかったことにしよう。

 ザイードの場合は平常運転なので気にしてはいけない。

 それに、彼らが歓喜の声を挙げる気分はリアにもよく分かる。魔術のアレンジや活用のセンスなどを考えなくても、純粋にシェリルが作り出す霧は戦闘後の火照った体に大層気持ちが良いのだ。


(ここに風を吹かせたら更に涼しいんだろうけど……もっと暑くなったら考えよう)


 優しい涼しさを存分に満喫しながら、ちらりとシェリルを見てリアは考える。

 クールダウンに魔術を使ってくれるようになってから、レオナやリアとシェリルの距離はぐっと近づいた。シェリルからの要望もあり、今では互いに気兼ねなく友達のような口調で話すことにしているくらいだ。

 彼女なら魔術適性を持っていると分かっても「そうだったの」くらいの反応で済みそうな気がしてくるから困り物である。


「リア、どうしたの? 疲れた?」


「いやいや、大丈夫。ひんやりして、ちょっと気が抜けただけ」


「なら良いんだけど……。あっ、ほら、前に頼んでいた矢じゃない?」


 シェリルが指差した先には一頭立ての馬車。

 三、四日に一度、拠点にはこうして物資や情報が届く様になっている。


「今日は誰かな?」


 目を細めて眺めてるシェリルにつられ、リアも少しずつ大きくなっていく馬の後ろを眺め――。


「……うわっ」


 思わず呻いた。


「何よ?」

「どうしたよ、嬢ちゃん」


 シェリルとザイードに怪訝な顔をされるも、返す言葉は見当たらない。

 リアの目が捉えたのは中肉中背で、アルカクでは珍しくない茶色い髪の青年だ。これといって特徴的な外見ではないが、少年っぽく目尻に人懐っこさが滲んだ顔には見覚えがある。確執のある相手だとかそういったわけではないのだが、リアにとっては会うとちょっと困りそうな相手だ。


「お疲れさまでぇす。頼まれていた矢と、食料の補給に参りましたよ!」


 軍人というよりも近隣から物を売りに来たような口調、厳しさ皆無で笑顔全開。

 間違いない。


「あーっ! 君、年明けすぐにアルカクに来た子だよね? 僕のこと覚えてる?」


「……はい。その節はどうも」


 彼の名はイザック。

 今年の一番月、リアが初めてアルカクに入ろうとした際に受付をした門兵である。


「あの時はごめんね、誰かのギルドカードを盗んできた子どもかなんて疑いをかけちゃってさぁ」


 言わなくても良い事までペラペラと説明するイザックを、リアは抗議の念を込めたジト目で見上げた。しかし、イザックは無言の抗議には気付かないままオチまでしっかりと言い切って朗らかに笑った。

 少し鈍感、いや、天然の気があるのである。


「一緒に冒険者ギルドまで来てって言って、確認までしちゃったんだよねぇ」


「ぶわっははは! まぁ、俺も最初は未成年だと思ったしな」


 案の定吹き出したザイード、笑いを噛み殺しているレオナとシェリル。

 イザックには下働きを募集していると女将さんの店を紹介してもらった恩があるが、こうなることが分かっていたから嫌だったのだ。本人には全く悪意がないから余計にどうして良いのか分からなくなる。


「そ、それより、矢です! お願いしていた矢を頂けるんですか?」


「もちろん、ご要望どおりの長さのものだよ。とりあえず、二百本。消費が激しいならまた要望として上げてくださいって」


「に、にひゃっぽん……」


 頭の中で金勘定をしてしまうリアである。

 アルカクに来た当初よりも収入は増えているとは言え、矢は高い。さらに汎用品ではなくリアが頼んだ形の矢が二百本となれば、優に庶民の月収を越えるはずだ。


「ハハッ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ? あっ――だよね、シェリル魔術部隊隊長?」


「成果を出すなら支援は惜しまないんじゃないかしら。アルカクの為に戦っているんだから不安な顔をしなくても大丈夫よ。後から請求書が来るとか、そんなことアルカク軍はしないわ」


「ほら、ね? シェリル魔術部隊隊長もそう言って――」


「その呼び方は止めて頂戴」


「なんで? カッコイイじゃん、魔術部隊隊長」


 イザックは嫌味で“魔術部隊隊長”と言っているわけではないのだが、先程までのリアと同じくシェリルも釈然としない顔をしていたが、やがて諦めたように笑った。

 聞けばイザックは十八歳、シェリルは十九歳と年が違うが軍では同期で、共に新兵訓練を受けたそうだ。魔術という天賦の才を持つシェリルはすぐに魔術部隊隊長――ただし部下はいない――に昇格したが同期の絆は健在。イザックの性格上僻むということもなく、今でも仲が良いらしい。


「それより、イザック。補給物資の運搬だけじゃなく、近況報告もお願いできる? みんな――は、もうお揃いですね」


 二人の関係を聞いている間にそれぞれのチームの代表となっているハンスとイヴァン、ソロで動いている女将さん達も集合していた。元々“魔物狩り”は全員揃っている。いつも補給ついでの報告はアルスとフレッドが代表して聞いているのだが、今更抜けるとは言い出せずにリア達も一緒に聞くことになった。


「はいっ! 各拠点からの報告によると東側に魔物が多いことには変わりありませんが、南部と北部でも魔物が増えているようです。南の拠点はいきなりC級が複数体現れ、対応した冒険者には負傷……」


 今まで魔物の出現数はアルカクの東南側が多かった。

 北と南は見張りの意味合いが強いはずだったのだが、ここに来て魔物の量が増えているらしい。さほど強い魔物が湧くと思っていなかったところを突かれて負傷者が出た、というのが今回の一番大きなニュースだ。

 薄くなった部分を補うため軍が配属されたり、冒険者達にも配置移動があったりと大変だったらしい。


 ちなみに、リア達の拠点は街から見てほぼ真東。

 森の向こう側、やや南寄りに展開している軍や現役冒険者の方が危険度は高いものの、この拠点とて極端に魔物との戦闘が少ないわけではない。他の拠点の半分ほどの人数で負傷者も出さずに頑張っている、というのがリアの要望通りの矢を用意してくれた理由かもしれない。


「昨日までの情報では死亡者六名、負傷による戦線離脱二十一名です。今後魔物の湧きは更に活発化し、数日、十日以内にピークを迎えるのではないかと本部は推測しています。魔物の数が多い、人手が足りないと感じたら迷わず魔光筒を使用して下さい」


 リア達が拠点に入って十一日、冒険者はまだ九日。

 人間側の被害が多いか少ないか判断することはリアには出来なかった。ただ、ずんと胃の辺りが重くなるような感覚を覚えるだけだ。


「もらった魔光筒って魔道具、本当に作動するのかね?」


 死傷者のことには触れずに、女将さんが大きな目をぐるんと回しながら尋ねた。


「ちゃんとした業者から仕入れているから大丈夫。これ、すっごい目立つんだよ、おばさん。魔道具だけど使い捨てって事で南の人は使うのを躊躇ったみたいだけど、何かあったらちゃんと周辺に合図してね」


 報告が終わった途端にちゃっかりと口調が戻っているイザックは、目新しい玩具を見つけた少年のような顔をして語る。スイッチ部分を長押しすると向けた方向に魔力光が線のように伸びる、天に向ければ遠くからでも見える――という説明は聞いたものの、誰もが動いているところを見たことが無かったのだ。


「やぁね、ヘレナそんな心配してたの? 私は実際に動作も確認しているし、使ったからって軍部から請求が来ることもないから大丈夫よ」


 シェリルの言葉を信じるのならば、魔光筒はアルカク軍では珍しくないものであるらしい。

 話題が死傷者よりも魔道具に向いたことで、重くなりかけていた空気も払拭された。言うべきことを言ってほっとしたらしいイザックは軽口を叩きながら、それでも手際よく積荷を下ろしていく。

 あっという間に全ての荷を下ろし終えると、軍人らしく敬礼し、


「どうか皆さん、お気をつけて。女神イーリウのご加護がありますように」


 と言って帰って行ったのだった。

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