↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/80

03-19:魔術適正と魔力5

 小柄なリオウの体が舞うように動く度、寸分違わぬ攻撃が繰り出されている。

 バネのように飛び上がり、くるくると回転しながら着地点のグラトニーラットに攻撃を当てた時は“魔物狩り”の全員が一瞬フリーズした。グラトニーラットは成人女性の両掌を合わせた程度の大きさである。動き回るそれを潰せるということは、大型の魔物の急所を外さないことにも通じる。

 予想通り、半端ではない戦闘力の持ち主と言えよう。


 リオウの動きが目覚ましいが“魔物狩り”のメンバーも奮闘している。レオナは手当り次第にグラトニーラットを傷つけ、動きが鈍ったそれをザイードが着実に潰していく。じわじわと体力を削られていることは否めないものの、二人共まだ十分に余力が残っている状態である。


「こんな事ならミントを大量に用意しておきたかったです、ねっ!」


「逃してしまっては無意味だろう」


「捕獲器を用意して燃やすとかっ!」


 グラトニーラットは単体で見れば弱い部類ではあるものの、気を抜いていた冒険者が足の指を食いちぎられたという逸話には事欠かない。戦闘経験のない一般人ならば尚更、普通の鼠のように追い払えるものではない。れっきとした魔物であり、スタンピードでは街一つを食い尽くすこともあったと伝えられているのだ。

 ミントを焚けば若干は鼠型魔物除け効果が得られるが、それで非戦闘員の方へと大群が雪崩れ込んでしまっては元も子もない。ぶつくさ言いながらグラトニーラットを蹴飛ばすフレッドに苦戦している様子は無いから、単にネズミが嫌いなのかもしれない。


「やっぱり、ナイフとかリオウ爺ちゃんみたいな棒とか覚えたほうが良いのかなぁ」


 リアは相変わらず木の上。

 射ながらのカウントが間違っていなければ、矢の残数は半分を切った。一矢で倒せるのは一体、上手く行っても二体である。弱い魔物が大量に湧いてくるような場面で自分の武器は思いの外役に立たない気さえしてくる。


「矢を入れられそうな収納袋を買う。いや、魔術使えたらもうちょっと役に立てる……?」


 誰にも聞こえないと思うから、つい愚痴が口から出てしまう。

 先日アルスに見せた風の刃を飛ばして攻撃する、風を上から叩き付けて動きを鈍らせる――そこまで考えて心の中でリアは首を降った。魔術を行使できる回数はたかが知れている。どちらにせよ魔物の数に対処する方法としては弱いのだ。竜巻でも起こして広範囲の敵を切り刻まない限りは大差ない。


「えいやっ!」


 思考を切り替えるために声をかけ、ぐっと弓を引き絞った。

 自分の戦い方について考える必要はあるが、それは今ではない。心のメモに書き込んでおいて、戦闘が終わった後にゆっくり考えるべきことである。


「ああぁぁぁぁっ!」


 叫び声と共にレオナが動きにブーストをかけた。“魔物狩り”とリオウによる殲滅地帯をすり抜けていったグラトニーラットは少なくはないが、倒した数だってかなりのもの。周辺で生存しているグラトニーラットはもう僅かだ。ここ一番の踏ん張り時だと考えたのだろう。


 彼らからは少し離れた位置、かつシェリルの【水盾】の方向へ追い込めなさそうなグラトニーラットをリアは射抜いていく。

 弾かれ飛翔する矢はグラトニーラットの体を貫通して地面へと突き刺さる。そのため接近戦組の付近には串刺しのグラトニーラットがオブジェのように二十体近くも点在していた。


「……終わりだな」


 抜身の剣をぶら下げたアルスが呟くと、自然とそこに人が集まる形になった。

 リアも木を降りてちょこちょこと駆け足で仲間の元へと向かう。


「この場で少し息を整えてから戻ろう」


 全員が思い思いの返事を返し、武器を確認するか水分を補給している。

 レオナとザイードは完璧に息が上がっている。しかし、至るところにグラトニーラットの体液と肉片が散らばる中では座り込むこともままならない。木の幹に寄り掛かるようにして目を閉じ、体を整えようとしていた。


「あの程度の群れで何よりじゃったのぅ」


「ははっ……あれでも十分面倒ですよ」


 現役Bランクのフレッドも流石に呼吸が荒い。


「普通の群れの範囲内の数じゃよ。向こうにも人が居る、そう急いで戻らんでも何とかなるんじゃないかのぉ」


 薄くなった――部分によっては無毛の――頭を拭きながら呟く姿は温厚で可愛らしいお爺ちゃん。それでいて息一つ乱さずにグラトニーラットとやりあった、そのことが驚異的であり拠点一番の脅威かもしれない。


 この場所で倒せたグラトニーラットは群れの半数以下である。

 リオウの言う通りに今頃【水盾】付近ではイヴァンやハンス達が奮闘しているはずだ。あちらのほうが人数も多く、退避や休憩に役立ちそうな【水盾】もある。現役を退いたとは言え、全員が現役に劣らぬ強者ばかり。グラトニーラットに味方が崩されているヴィジョンは浮かばない。

 むしろ到着したときには魔物の殲滅が終了しているかもしれない。


「……リオウ殿、あの数で普通の群れなのですか?」


「応よ。あの程度では村や町は食い尽くせんじゃろう。ワシも直に見たわけではないが、災害級であれば見渡す限りすべての地をグラトニーラットで埋まるそうじゃよ」


 先程眺めた塊だけでも十分に気持ちが悪かった。あれが大地を埋め尽くすとなると視覚情報だけでも結構な威力があるだろう。感情をあまり表に出さないアルスの眉が少しばかり寄ったことからも察せられる。


「魔物がどう増殖するのかは知らないが、今のうちに潰せて良かったということかな」


「繁殖はしないがのぅ、群れはいつの間にか増えるらしいからそうじゃろう」


「二人共、気持ち悪い話は止めましょう。レオナ、リア、ザイード……息は整いましたか?」


 小休止とも言えないほど時間である。それでも矢数に不安があるだけで疲労はさほど感じていないリアは勿論のこと、レオナとザイードもフレッドに頷きを返していた。

 呼吸は整い、目には強い光が宿っている。


「では行きましょう。挟み撃ちする形になれば向こうも楽なはずです」


 すぐに戦闘へ移れるように【強化】を回した状態で動き始めた。

 隊列を組むようなことはしない。傍から見たらてんでバラバラに移動しているように見えるだろう。それでいて、自然と互いの死角をカバーするような配置を取っている。普段からパーティとして動いている“魔物狩り”は勿論のこと、リオウも馴染んでいるのだ。

 駆け足で進みながら、良い拠点に振られたとリアは笑う。


 戦闘を走っていたフレッドがペースを落とすこともなく急停止した。

 衝突を避けつつブレーキをかけたリアの耳に届いたのは、動揺で震える彼の声だった。


「なっ……なんなんだ……」


 立つ尽くすフレッドの更に前方を見てリアも息を呑んだ。

 暑い中駆けてきたの言うのに、冷水を浴びせられたかの如く体が急激に冷えていく。


(魔術を食べている……?)


 目の前に広がっていたのは【水盾】に張り付き、それを喰らうグラトニーラット。

 術者であるシェリルをガードする女将さん、エリィの姿。


 三分の一以上を倒したつもりでいても、こうして見ると自信がなくなるほどにグラトニーラットは多い。美しく輝いていたはずの【水盾】は今や蠢く毛玉の集合体然としている。イヴァン組とハンス組も着実に数を減らしているはずだが、自分たちの周りが精一杯で【水盾】に取り付いている分まで手が回らない。


「どういうことなんだ……何が、どうして」


 普段の理路整然とした言葉をかなぐり捨てたフレッドの声。

 グラトニーラットは生物も、草や穀物も、石造りの家までも喰らい尽くす。魔物の中でも群を抜いて悪食の存在である。しかしながら魔術を喰らうという話は聞かない。大地を埋め尽くすほどの群れを作り、魔術を吸収するとなればC級の範囲ではない。A級、ほぼ無敵の存在である。


「シェ……シェリルさんはっ?」


 グラトニーラットがへばりついているのだから【水盾】は健在のはず。だとすれば術者のシェリルにはとんでもない負担がかかっていることだろう。

 リアは伸び上がって自分の目で確認する。

 今にも倒れそうな顔色ではあるが、シェリルは無事だ。


(魔物が魔術に寄って来ていたのは餌だと思ったから? 過剰な魔力を取り込んだ魔物は――)


 脳裏に浮かんだのは、初めて“魔物狩り”と泊りがけの討伐依頼を受けた時のことだ。

 現れたのは変異体になりかけのナイトベア。魔素の濃い場所で出現したわけでも、この世界に現れてから長い時を生きたわけでもないのに変異しようとしていた魔物。

 嫌な予想が浮かぶと同時に、リアの体は小刻みに震え始めた。


 瘴気を放つ者を見た時、いや、それ以上の恐怖。食いしばるのを止めた途端にカチカチと歯が鳴りそうだ。頭の回転が早いフレッドは先にその疑問にたどり着き、だからこそ激しく動揺していたのだろう。

 全身に力を入れて震えを抑え込むリアの方に、ポンと手が乗せられた。


「考えるのは後にしよう。今は敵を倒す、それだけだ」


 わずかに青みがかった薄灰色の、何も映していないかのような透明な目。

 いつも以上にフラットな表情と声。

 味方を鼓舞しようという気は感じられないというのに、不思議と騒がしかったリアの心臓は鳴りを潜めた。耳の奥が痛くなるくらいに噛み締めていた歯からも力が抜ける。


「すみません、大丈夫です」


 気づけばアルスとフレッド以外、リアの周りには居なかった。我を失っているうちにザイードとレオナ、リオウは既に戦線に加わっていたのである。彼らの攻撃によって灰色の塊が宙を舞う。


「フレッド、お前もだ。この拠点で一番の実力者が呆けていては困る」


「……あぁ、はい。スイマセン。でも、リーダーは貴方ですよ」


 フレッドも同じく我を取り戻したらしい。少しばかり引きつった笑みを浮かべながら、グラトニーラットの群れへと向かっていく。

 アルスの姿で平静さを取り戻した自分はおかしいのか、一瞬でもそう考えたことを悔やむ。

 レオナの乙女思考が伝染ったのかもしれない。


「君は女将さん達のサポートを頼む」


「はいっ!」


 迷いを振り切るように大声で返事をして、リアはグラトニーラットの密集地を避けるつつ女将さん達の元へと走った。恐ろしい妄想で恐怖に囚われはしたが、走りながらそれぞれの戦いを見れば杞憂かもしれないとさえ感じる。現時点でのグラトニーラットに苦戦している者は居ない。

 数が多すぎるせいで、倒しても減っているように感じられなかっただけだ。


「おう! おかえり」


「あら、良いところにお戻りね」


「私も入れてください」


 シェリルを庇うように立ち、女将さん達が対処しにくい角度から寄ってくるグラトニーラットを射抜く。

 落ち着いて見れば、まだ生きているものと死骸の区別も付く。無数に動き回っているように感じたが、生きているのは半分くらいであろうか。元高ランク冒険者達はしっかりと魔物を潰していたのだ。

 そこにリオウや“魔物狩り”の面々が加わり、加速的に動いているグラトニーラットが減っていく。


「シェリル、よく頑張ったわ。アタシが攻撃したら【水盾】は解除してくれるかしら? こういうチマチマしたの向いてないのよねぇ」


 唇の端で笑うと、大剣を抱えたエリィが動いた。

 剣をブンブンと振り回してグラトニーラットを吹き飛ばしながら、片面がグラトニーラットまみれになっている【水盾】の前に立った。負担の挙措はどこへ行ったのか、大股を開いての仁王立ちだ。


「みんなぁ、最後の頑張りどころよ! ここから魔術抜きでネズミを一気に潰しましょう……だらぁぁぁっっ!」


 大層男前な気合を発して、使用者よりも大きそうな大剣を一薙ぎ。

 桁外れの【強化】による魔力光を振りまきながら、エリィの大剣は無数のグラトニーラットを弾き飛ばす。

 剣の残像かのように黒い液体が軌跡上に舞った。死んでいないものも居るはずだが、数体は両断されていることをリアの目は捉えた。


 盾を背に戦っていたハンス組が背中合わせになったことを確認し、支持された通りにシェリルが【水盾】を解く。足場を失いバラバラと地面に降り落ちるグラトニーラットを再びエリィの大剣が襲い、ハンス組の面々も細々と止めを刺している。


 どさり、という音に振り返ると、気を失ったシェリルを女将さんが抱きとめたところだった。


「ネズミに食われちゃ可哀想だ、ちょっと離れようか。もう矢も少ないんだしアンタもこっちにおいで。……それにしても、半年前にはアンタと一緒に戦うなんて思いもしなかったよ。人生分からないもんだねぇ」


 優しい手付きで彼女を抱え直しながら、女将さんはリアに微笑みかけた。

 女将さんが戦闘狂モードではなく平常運転なのは、彼女の中で既に戦闘が終わっている証だ。その判断通り、後続の魔物が出てこない限り戦いは人間側の勝利に決まったようなものである。


 最後の掃討に加わりたいという気持ちもある。

 しかし、リアの矢は残り四本。

 今更四体のグラトニーラットを討ったとしても、戦況に大きな差はない。女将さんの言うように予想外のところでシェリルが負傷しないよう、見張りといざという時の攻撃用にキープしておくべきであろう。


 自分が持ち歩ける矢数の問題。

 魔力を喰らう魔物の存在。

 胸の奥をモヤモヤとした思いに一時的に蓋をし、リアは女将さんに従うことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。