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03-18:魔術適正と魔力4

 七番月の十九日。

 再びリア達の拠点ではメンバーが集合し、固唾を飲んでワンドを構えるシェリルを見つめていた。


「では、行きます。……シェリルが水に願う。変幻に揺れ動き我らを守る盾となれ、【水盾(ウォーターシールド)】」


 女将さんが提案した、魔術によって魔物を引き寄せる実験である。

 昨日行う予定であったのだが、一昨日の夕方にもたらされた各拠点の状況により一日延期となったのだ。B級魔物の出現が一件、B級に対応した拠点以外でも軍人や現役冒険者に負傷者が出ているらしい。

 B級の出現も想定して各チームの配置を練り直し、万全を期しての決行となった。


「何回見ても綺麗……」


 ふぉぉぉん――と形成されていく玉虫色に輝く壁を眺めながらレオナが呟く。

 綺麗なものが大好きな彼女はうっとりと【水盾】を見つめてご満悦である。


「やはり西域っぽいのぅ。これで魔物が押し寄せるか見ものじゃわい」


 と呟いたのはリオウである。東域出身の彼もまた、魔術に反応して魔物が寄ってくるという事例は知らないそうだ。半信半疑、興味津々という顔をして【水盾】の向こうに広がる森を眺めている。

 お茶でも飲み始めそうなくらいに緊張感が欠けているのは彼の個性であろう。


「よし。あとは、このまま維持していれば良いのよね?」


「うん、頼むよ」


 魔術が行使された瞬間からわらわらと魔物が湧いてくる気配はない。

 身構えていたメンバーの緊張が緩む。

 リアもふっと息を吐いて、手の甲で額の汗を拭った。よく考えてみれば、三日前に魔物が大挙して押し寄せた際も時差があったのである。魔術を見聞し、アルスと森の奥に言って話をするくらいの時間があった。

 まだ来ない、そう思った瞬間に気が抜けて笑いがこみ上げてきた。


「何だ、リア、ニヤついてるぞ」


「緊張が解けちゃいました、ハハッ」


「そりゃな……」


 リアの言葉に苦笑したザイードを初め、大半のメンバーも拍子抜けしたような顔をしている。

 リオウに限らず、緊張感が薄いのはこの拠点の特徴なのかもしれない。


「B級ってのは前に戦ったメタルベアと同じだろ? ひとりで遭遇したくはねぇけど、このメンバーなら余裕な気がしちゃうんだよなぁ。……だけど、嬢ちゃんは違うところで気をつけろよ?」


 付け加えるかのように声を潜めてザイードが言ったのは魔術の事である。

 拠点同士の連絡も担っているフレッドとは話せていないが、アルスと話した内容についてレオナとザイードには伝達されている。リアがのほほんと笑っているせいで心配になったのだろう。


「あまり油断しないほうが良い」


 ぼそりと呟いたのはアルスである。ほのぼのモードが漂う中で、緊張感を維持している数少ない男だ。

 キリリと引き締まった目で見られれば自然に背筋が伸びる。


「はいっ!」


 ピシリと直立して良い返事をするリアに、


「そこまで気を張れとは言っていないんだが……」


 苦笑するアルスであった。


「隊長は普通にしててもバリバリなんスよ」


「バリバリ……」


 アルスの目元の鋭さはデフォルト、こちらも個性の範疇である。

 本人は自覚症状があるのか無いのか、ザイードのツッコミに唖然とした顔をしていた。見た目は張り詰めているようにも見えるものの、そこまでではないらしい。

 結局のところ“魔物狩り”も決死の覚悟とはほど遠い。


 ぽつりぽつりと言葉を交わす時間が続いた後、不意にリオウが片眉を上げた。


「ふむ……動いておるな。全員、気を引き締めよ」


 それはとても大声とは言えない、普段通りの声だった。

 だと言うのにメンバー全員の耳に届くほどよく響く。

 アルスやこの拠点に案内してくれた軍人が出すような独特の声でもない。普段は隠しているリオウの風格や貫禄が露わになり他を制したのである。表情も言葉も普段通りだと言うのに、肌を逆撫でされたようなざわりとしたものを感じたのはリアだけではあるまい。


(魔力を使わないと分からないや。いや、使ってもリオウ爺ちゃんの方が早かったりして……)


 リオウが見せた貫禄はもちろんのこと、感知能力の高さもリアにとっては衝撃である。魔力を使用しなくとも山で鍛えた感覚には自信があったのだ。


 しかし、リオウに指摘されても向かってくる魔物の気配は感じられない。

 魔力を周囲に溶かし込む方法に頼り過ぎだろうか、自分が鈍っているのかと不安になった頃――やっとリアもリオウが感じたであろうザワつきを捉えた。経験と実力の差にヘコみたくなるが、そんな悠長な場面ではない。


「結構多そうですね?」


「最低でも前と同じくらいかのぅ」


 数えられないほどの気配がザワザワと揺れ動いているのを感じる。救いと言えるのはB級以上を思わせるような脅威を感じない点である。鼻を利かせる犬のように目を細め森の奥を見遣っていたリオウも同じことを感じているらしい。いつもよりは少し大きな声で


「数は多いが雑魚じゃ。街側に逃さないように気を付けぃ!」


 と、メンバーに注意を促した。

 ほぼ同じタイミングで女将さん達も近付きつつある気配を認めた。軽く体を伸ばす者、武器を構え直す者――それぞれが戦闘に備えている。三日前の惨状を思い出したのかエリィとレオナは苦笑を浮かべているものの、それ以外はやる気に満ちた顔をしている。


「そろそろ俺たちは前に出よう。リオウ殿、宜しいですか?」


「ほっほっほ、あまり老人をこき使ってくれるなよ」


 作戦では“魔物狩り”とリオウが前方、イヴァン組とハンス組が【水盾】周辺、女将さんとエリィが遊軍のように動く事になっている。“魔物狩り”が前面に出るのは若さによるスタミナへの期待と、リアの弓を効果的に使える場所であるためだ。

 戦力的にもB級のフレッド、B級と同等以上であろうリオウが並ぶのだ。不足はない。


「では、行こうか」


 シェリルと【水盾】を中心に闘うメンバーへ片手を挙げて合図すると、アルスはすっと前方、森の方に向けて歩き出した。呆気なさすぎるほどの出発である。


「あっさりしてるなぁ……。まぁ、皆さんもお気をつけて。こちらも減らせるように頑張りますよ」


「ほどほどの数をこっちに回しておくれよ」


「それは難しいですねぇ」


 フレッドと女将さんのやり取りにくすりと笑い、軽く会釈してリアも森の方へと向かう。魔物の気配がどんどん近付いてくるのを感じていた。シェリルが【水盾】を作り上げてからかなりの時間が経ったように感じるが、移動速度を考えれば実際はそう長い時間ではなかったのだろう。

 もう間もなく魔物が目視できるところまで来そうである。


 一度大きく呼吸してリアは肩の力を抜いた。

 予想よりも魔物が多く矢の消耗が激しい。当たり方が悪いもの、上手く引き抜けない矢は一度で曲がってしまう。いざという時のために矢を温存する必要がある。そのため自分の腕の長さや弓と合う矢の使用を控え、支給された汎用品を活用することにしたのである。

 試射で感覚は分かっているものの、やはり勝手が違う。

 誰よりも先に攻撃し、敵の数を減らすのが弓の役割。放った矢が一本も当たらないような失態があれば士気にも関わるという思いがリアを緊張させていた。


「オレ達の後ろにも頼りになる仲間がいるんだ。気軽に行こうぜ」


 親指を立てて笑いかけるザイードの顔で不思議と気持ちが緩んだ。

 頷きを返して弓を構え、気配がある方へと意識を集中させる。


 じわじわと魔物との距離が詰まっているのを肌で感じる。

 だと言うのに、木々の間からはチラリとも魔物の姿が見えない。高まる緊張と焦燥でじわりと嫌な汗が浮いた。


「見えな……違う、下だ。みんな、下です! 小さい!」


 叫ぶように言いながらリアが放った矢は、ただ地面に突き刺さったかのように見えた。しかし、目を凝らせばその周辺で草が不自然に揺れたことが分かる。接近するまでは草に阻まれて見えない、その相手は――。


「おそらく鼠じゃの……面倒な……」


 まだ姿は見えないが、リオウはそれを鼠系魔物と予測した。

 リオウの言葉通り、脅威ではないが面倒なタイプだ。足首くらいの位置で素早く動くためパワー型やリーチの短い武器では戦いにくいのである。万能感のあるリオウとアルスはさておき、フレッド、レオナ、ザイードと相性が良いとは言えない。


 少しでも数を減らそうと、草の揺れと己の感覚を頼りに矢を放つ。

 命中率に多少の自信があると言え、自分の足のすぐそばにいる鼠に向かって矢を放つなんて曲芸染みたことはしたくない。


「あぁっ、グラトニーラットだ!」


 魔物の姿を確認したフレッドが苦い顔でボヤいた。

 グラトニーラット――その名の通りに何でも喰らい尽くす、体長二〇~三〇センチほどの鼠型魔物である。個体としての脅威度はE級上位もしくはD級下位程度ではあるものの、群れをなすという性質からC級とされている。人によってはB級相当と評することもある存在だ。


「わー、うようよ気持ち悪い」


 ドン引きしているレオナはもとより、動きが重ためのザイードも苦戦するだろうことは想像に難くない。リオウと“魔物狩り”だけで全てを引き受ける必要が無いことが救いである。


「アルス隊長! もう少し近付いたら上に行きます」


「頼む」


 より広い範囲を見渡せるようにと樹上を指差したリアに、アルスは簡潔に言葉を返す。


「レオナは少しでもダメージを与えることに専念しろ。動きを遅くするだけでも後ろの付加を減らせる。ザイードは一撃一撃を確実に。無駄な動きは避けて消耗を抑えろ」


 続けて、アルスは落ち着いた声でそう指示を出した。

 この平淡さが彼のリーダーとしての適正であり資質と言えるのかもしれない。どこか上擦ったような雰囲気になりかけていたものが、すとんと元通りの場所に落ち着いた。

 いつもながら不思議な統率力である。


「私はどうしましょう?」


「……好きにしてくれ」


 冷たいなぁ、とフレッドが苦笑するのを見ながら、リアは皆の元を離れた。アルスに声を掛けた時から決めていた、少し離れた場所にある丈夫そうな木に登る。枝が太く、程よい高さに木の股があるのだ。

 狙っていた位置に腰を下ろし、詰められるだけ矢を詰めた矢筒の位置を調節する。


(どこでも当たりそうだ、コレ)


 樹上から見下ろせば、灰色の巨体な獣が地を這って来たかのようだった。一体一体は小さい魔物だが集団ともなればレオナではないが相当に気味が悪い。あの中に突っ込んで行くのは苦行である。


「おぉっ! すごっ!」


 リアが三本ばかり矢を射た後、地上でもグラトニーラットとの戦いが始まった。

 先陣を切ったのはリオウだ。

 グラトニーラットを跳ね飛ばし、地に叩き付けていく。ザイードのものからすると短く細い棒であるが【強化】の関係もあってか威力は十分。

 リアが感嘆の声をあげたのは攻撃する時に素早く動く以外に無駄な動きが無い事も一目瞭然だったこともある。その動きに思わず見惚れてしまった自分を叱咤し、彼らから少し離れた場所を通過するグラトニーラットへ向けて弓を引く。放たれた矢はぐさりと得物を地面に縫い付けた。


「無限に矢が出てくるアーティファクトとか無いかなぁ」


 引く、放つ、番えるの動作を繰り返しながらリアは独りごちる。

 そんな便利で都合の良いアーティファクト(古代高度遺物)があるかは知らないが、現代の魔導具師や錬金術師には不可能な技術が使われているからこそのアーティファクトだ。確実に無いとは言い切れまい。


 雑魚の群れ相手だと、体力や魔力以上よりも矢の残数が不安なのである。

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