03-17:魔術適正と魔力3
目の前に広がる光景を一言で言い表すならば地獄絵図。
ただし、脳裏を過ぎった最悪の事態ではない。無残な姿を晒しているのは全て魔物である。足の踏み場も無いほどに魔物の残骸が散らばり、薄っすらと黒い魔物の体液を浴びた冒険者達が武器を振るっていた。
「おう! お二人さん、悪ぃな」
「だぁーっはは! 遅い、もう残ってないよ!」
最初にリア達に気付いてイヴァンが叫び、遅い時間に訪れた客に言うような言葉を投げつけてきたのは女将さんである。どちらも深手を負っている気配はないどころかピンピンしている。
「ハハ、大丈夫みたいですね」
ちょっとだけ頬を引き攣らせながらリアが言った通り、既に戦闘は折り返しを過ぎていた。肉の塊と化している魔物のほうが今動いている魔物よりも多いであろう状況だ。
既にイヴァンだけではなく拠点メンバー総出で魔物を駆除している。リア達が戻るまでの僅かな間に、圧倒的な速度でもって魔物を倒していたらしい。
「だな。君は抜けそうな魔物を狙ってくれ」
漂わせていた緊張を解き、苦笑を漂わせていたアルスが魔物の中に滑り込んでいく。
それまでも劣勢であった魔物の群れである、背後からも攻撃を受けてパニック状態に陥った。魔物がパニック状態になるのかはさておき、多方面からの攻撃に反応しきれず易易と倒されていく。
その撲滅地帯と化している一帯から逸れそうになる魔物をリアは射抜く。
「すっごい大群のはずなのに……なんだかなぁ」
思わず独り言が漏れるのも無理はない。
魔物の数で言うならば、以前遭遇したビッグボアの群れよりも更に多い。滅多に目にすることのできない魔物の大軍勢と言っても良い。しかし集まっている魔物はE級もしくはD級が大半、この拠点メンバーの敵ではない。誰もが肩慣らしくらいの気軽さでサクサクと魔物を倒しているのである。
ぼやいたリアにしても必死さはない。
訓練用の的を射るかのように魔物を射抜いていくだけだ。
アルスが動いたところでは黒い飛沫が舞い、爆笑する女将さんの周辺では魔物が吹き飛ぶ。エリィやフレッドも魔物をはね散らかすように倒している。リオウが動けば、冗談のようにその周辺の魔物が静かに崩れ落ちてゆく。
レオナやザイード、イヴァン組、ハンス組もそれぞれが着実に魔物を仕留めていることが見て取れた。
「弓で良かったかもしれない」
ぐしゃぐしゃになった魔物の残骸を眺め独り言ちつつ、リアは淡々と弓を引く。
魔物の体液や血液と言われる黒っぽい液体は人や獣の血液よりもずっと落ちやすい。水で洗えば取れて人体に悪影響も無いことが分かっているが、妙な液体に塗れるのは気分の良いものではない。
「ん?」
射抜ける魔物全てに攻撃していてはすぐに矢が切れる。
全員の動きを確認しながら倒す魔物を選んでいたリアの目に、真っ青な顔で座り込むシェリルの姿が飛び込んできた。負傷したというわけではなく、この修羅場のような光景に当てられたか、魔力切れであろう。
気にしてみれば周囲を漂う魔素が濃いような気もする。
(多分魔力切れ、かな。ご苦労さまです)
心のなかで手を合わせながら、アルスを迂回するように動いたホーンラビットを射る。
振り返ったアルスが唇の端で笑い、近くのビッグラビットの首筋を切った。
そのまま片足を軸に回転し、飛びかかろうとしていたブラックフォックスの首を跳ね飛ばす。
ほぼ同時に少し離れたところではレオナとザイードがキラーベアを、フレッドとハンス組がシルバーウルフを倒していた。
残っている魔物はほとんどいない。
残念ながら弓が必要な状況は終わったらしい。
フライング気味にリアは構えを解くと、魔物の死骸が少ないところを選んで仲間たちの方へと向かう。
「お疲れさまです」
「おぅ、嬢ちゃん。呼び戻して悪かったな。雑魚ばっかりなんだが、街の方に抜けられちゃ困ると思ってよ」
「イヴァン、アンタの判断は間違ってないよ。アタシらには雑魚でも自由区に入ったら大問題だ。いやぁ、ここにきていきなり増えたねぇ」
「……あのぅ、シェリルさん? 大丈夫ですか?」
「ちょっと魔力を使いすぎただけ。あぁ、あとシェリルって呼んで」
青い顔をしながらも、シェリルはリアの問いに気丈に微笑んでみせた。
魔術師であるということに不安は覚えるものの、シェリルに対して含むところは無い。いや、昨夜の食べっぷりからずっと、この気取らないお嬢様に好感と興味を持っていることをリアは自覚していた。れっきとした貴族だというのが疑わしくなるほどに明け透けで、真面目なのである。
「シ、シェリル。もしかして、あの後もずっと魔術を?」
躊躇いがちに名前を呼ぶと、ニコリと笑みを浮かべて頷く。
どこまでもリアの頭の中にある貴族像を裏切ってくれる女性である。
「……えぇ。情けないことに最後まで保持出来なかったけど。力不足を痛感したわ」
話すほど悔しさが滲み、最後にはシェリルの笑顔は自嘲に近いものとなっていた。
リアは一般的な魔術師の基準は勿論のこと、自分が杖を持ってどの程度魔術を使えるかも知らない。だからシェリルの実力について断じることは出来ないが――。
「情けないなんて、そんな」
「そうさ! あのデカい壁のお陰で、応援が駆けつけるまで魔物に抜かれなかったんだ。さすが王都で英才と言われただけの事はあるって感心したよ」
女将さんのフォローを聞く限り、シェリルは魔術師として優秀な部類であるらしい事は分かった。
「あの壁みたいな【水盾】自体が珍しいのよぉ」
いつの間にか戻っていたエリィがリアに囁く。
エリィも大群との戦いをスマートに終えることは無理だったようだ。魔物の体液でししどに濡れ、乱れた髪を掻き上げている。肌にも黒っぽい液体が飛び散っていると、普段感じさせない男性的な印象が強調されるから不思議なものである。
「……なによぅ?」
「エリィさん、モテそうですね」
グッと親指を立れるリアをエリィは鼻で笑い、モテたかないわと呟いて頬を拭った。
「あぁ、気持ち悪い。体も服も洗いたいわ。魔物も片付けたことだし、アナタ達さっさと綺麗にしてきなさいよ」
「え? エリィさんは?」
「レディファーストよ。早く行ってくれないとこっちはいつまでもバッチィままじゃない」
ならばお言葉に甘えて、とリアがキョロキョロ辺りを見回せばイヴァン達も頷いている。ちょうどこちらに向かってくるレオナも見えた。
(二人並べたら、それだけで人集りができそう)
エリィにしろレオナにしろ、元が良いせいか汚れていても妙に様になっている。魔物よりももっと多くの女性が集まってくるイメージが浮かんで、リアは慌てて頭を振った。
世の中には想像しないほうが良いものもあるのだ、きっと。
「レオナー! 汚れを落としに水場へ行きましょう!」
「良いのーッ?」
「はい! あっ、シェリルも動けますか?」
「ご一緒させて貰っても?」
「みんなで行きましょう」
頷いて立ち上がったシェリルの肩を女将さんがポンと叩いた。
女四人、連れ立って近くの川に向かう。
川はすぐそことは言い難いが、苦痛に感じるほどの距離でもない。おそらくは川や森との距離を考えて拠点の場所を決めたのであろう。炊事用の水を汲んでいるところよりも少し下流、ご丁寧にクレメンテ軍が目隠しのために木の板を立ててくれている場所が水浴び場だ。
「あーやれやれ、お疲れさん」
「お疲れさまです」
さすがの女将さんも疲れたのか、レオナと言葉を交わしただけで黙々と歩いている。
「あ、あのさっ。水浴び場、川だけど大丈夫なのか?」
「えぇ、問題ないわ。……失礼だけど、お二人の名前を聞いても良いかしら? 昨日、慌てていて聞きそびれちゃって」
「私はレオナ」
「リアです」
「ありがとう。私はシェリル、呼び捨てで構わないわ」
「分かった。魔術って初めて見たけど、綺麗だし便利だね」
辿々しくシェリルとやり取りしているレオナは、くたびれてはいても意外と元気らしい。しっかりとした足取りで歩いていることからシェリルの魔力切れも重篤ではないことが分かる。
そこまで考えてリアはちらりと最後尾を進む女将さんを見やった。
二人以上に疲労困憊しているようには見えない。
女将さんが喋らないのはリア達とシェリルを打ち解けさせようという気遣いなのであろう。その思惑通り、互いに距離感を測りつつもレオナとシェリルは会話を続けている。
「へぇ! まだ十九歳なんだ……それであれだけ出来るってスゴイね」
「そうなのよ! って言いたいけれど、魔力は生まれつきの部分が大きいから。魔術の精度を上げれば若干の改善は出来るけれど、頭打ちっていうのが正直なところなのよ」
「私からすればスゴイよ! リアも十八なのに実力も知識も豊富だし……私ももっと頑張んないとなぁ」
「貴方だって強くてカッコイイ乙女の理想形、なんてアルカクで噂されているわよ? それより、リアって本成人済なの?」
女子っぽい探り合いの会話に一歩引いていたリアだったが、思わぬところで話を振られてしまった。とは言え、初対面の人にはかなり高確率で尋ねられる事だ。答えは決まっている。
「十八歳です! 一歳違いですね」
プッとレオナが吹き出した。
シェリルが特別大人っぽいとか老けているというわけではない。純粋にリアが童顔なのである。
「そうだったのね。レオナが二十一歳で……ふふっ、同じくらいの年齢の女性と一緒なんて滅多に無いから嬉しいわ。もちろんヘレナと肩を並べて戦えるっていうのもね」
「あたしゃ、そんな大層なもんじゃないさ」
「いやいや! 今回の依頼で女将さんの凄さが分かったし。っていうか引退冒険者とか言いつつ、全員がそこらの現役より強いから毎日驚いてるくらいだよ」
「それは私も思います。今日だって駆けつけた時には終わりかけでしたし。それにしても、あれだけの数が一気に向かってきたって何があったんでしょう?」
「それなんだけどね……アタシが勝手に思ってるだけかもしれないけど、シェリルを狙って無かったかい?」
「やっぱりヘレナもそう思う?」
「アンタも感じていたかい?」
「えぇ、私、いえ、私の魔力に反応したのかと思う瞬間があったの。でも、そんな話は聞いたことも無いし、気のせいかと思っていたのだけれど――」
「可能性は否定すべきじゃないね。後で男どもとも話して……魔力が回復し次第、万全の体制で実験して見ても良いかもしれない。魔物が魔力に惹かれる、魔術を使うと寄ってくるんなら、森を探し回らなくて良いんだ。逆に楽で良いじゃないか」
不安そうな顔をするシェリルとは対象的に、女将さんはにやりと凄みのある笑みを浮かべたのだった。




