03-16:魔術適正と魔力2
「そうですね……魔術が行使されれば術者は誰か、なんとなく分かると思います。私の場合はですが、近くに魔術師が居たとしても【強化】を掛けている程度なら分かりません。ただ、ぱっと見ただけで適正持ちか見分けられる人も居なくはないのかなと」
正確に伝えようと思うほど、リアの言葉は曖昧でまどろっこしいものになってしまう。
「どの程度感じられるかは人による、みたいなんです。私は祖母――育ての親以外に魔術適性のある人と話したことがないので、正確な事は言えないんですが」
「君の私見で構わない。聞かせてくれ」
「魔術適性の有無は特殊な魔道具で確認するそうですけど、私の祖母はそんな物無しに私に魔術適性があると言いました。見ればわかる、と。でも、私は見ただけで魔術適性を感じたことはありません。おそらくシェリルさんも現時点では私のことを何とも思っていないと思います」
フレッドから聞いていた話の中で、リアは自分が見てきた祖母の魔術との齟齬を感じていた。先程目にしたシェリルの魔術が一般的な魔術だとすれば、祖母が使っていたそれはフレッドの言う通り常識外のものだろう思う。
だからこそ、祖母が出来たからと言ってシェリルが魔術適性を見抜けるとは考えにくい。今のところは特別気にされいる様子もない。
「……なるほど。魔術を使わない限りは問題ないと考えて良いのかな」
「そうですね。あっ、いや、魔力を外へ出してしまうと危ないかもしれません」
説明はグダグダになりつつも、話せばまとまるものもある。なぜ魔術と術者が結び付けられるのだろうと考えて、リアは自然に存在する魔素と人から放出された魔力の違いという答えに行き着いた。
魔術適性持ちはアルスの言うように魔素や魔力に対しての感度が高い。それ故に、魔術を形成する魔力の持ち主が分かるのだ。だとすれば――。
(しばらくは魔力を使った周囲の探索も止めたほうが良いか。危ない、危ない)
微弱とは言え、己の魔力を使って周囲を読み解くように感じ取っている探索も危険だろう。命に関わるような状況であれば出し惜しみをする気はないが、現時点でリスクを犯してまでは使いたくない。
「アルス隊長、ありがとうございます!」
安全策へと導いてくれたアルスに感謝を伝えるリア。
当のアルスはいきなりの言葉に困惑顔である。
「ん? ……それは、どういう?」
「私は周囲を探索する時にちょっと魔力を出しているんです。何て言えば良いのかな、クモの糸みたいな感じでしょうか? それでなんとなく魔物がいるとか、強そうだなとか分かるんです。【強化】と違って魔力が体の外に出るので、魔術じゃないと思ってやってたら危なかったかもしれません」
「分かるような、分からないような」
これにはアルスも苦笑するしかない。
武器の扱いや体捌き以上に魔力の動かし方は感覚的なものなのである。
「とりあえず、君が気をつけている限りは察知されないという事で良いな?」
「おそらく……」
「それなら良かった。広く知られたくない、という気持ちは変わっていないんだよな?」
「はい。いや、知られるのは良いんですがトラブルとか面倒は嫌だなーと」
「ならば気をつけておくことだ。俺が言えたことでもないが……他の貴族よりまともだとしても、辺境伯も貴族であり人間。近くにフリーの魔術適正持ちがいると気付いた時にどう動くかは分からない」
随分と心配してくれていたらしい。
無関心なようでいて、アルスは仲間思いのところがある。だからこそアルスは“魔物狩り”のリーダーであり、軍人自体の仲間から未だに隊長と慕われているのだろう。
数カ月間行動を共にしてきた中で何度もそう認識し、その度にリアは胸を突かれるような気分を味わっている。
「ありがとうございます、肝に命じます。あの……もしも、何かで私が魔術を使ってしまった時は、知らなかったという事にしてください。アルス隊長も、みんなも」
「……おそらく無理だな」
普段の凪いだような静けさ、時折放たれる瘴気のような空気――その中で見え隠れするアルスの温かみを、なぜかリアは痛々しいもののように感じてしまう。憐れむようで失礼かもしれない。
そう思うからこそ感謝の言葉を伝えるのみにしてきたが、アルスが声を掛けてきた今ならもう少しだけ話を続けてみたいと思った。
「あの、アルス隊長のお話はその事だけですか」
「あぁ。時間を取らせて悪かったな。戻――」
「もうちょっと、良いですか? 私も教えて欲しいことがあるんですけど」
「うん?」
「アルス隊長は魔術に詳しいんですか? ほら、あんまり普通の会話で魔素の動きに敏感とか、言わないじゃないですか?」
「詳しいかは分からないが……昔、興味を持って少しだけ調べたことがある。魔力適性がない人間が調べただけだ、文字上だけの知識だが」
「フレッド先生から以前“魔術の行使には補助具と詠唱が必要”だと言われました。どちらも使わない私みたな人の話のは聞いたことがない、決して人前で行ってはいけないと。アルス隊長の知っている魔術師も、やっぱりそうなんでしょうか?」
フレッドが仲間内から“先生”と呼ばれているのは物腰や見た目だけではなく、実際に博識でもあるためだ。彼の知識には一目も二目も置いているが、リアは道具も型に嵌まった言葉もなく魔術を使ってきた。物心ついた時から見ていた祖母も同じようにしていたのだ。
実際にどうなのか、他の人にも聞いてみたいと思っていた。
「俺が実際に目にした魔術師もフレッドの言う通り、補助具――杖を持ち、詠唱することで魔術を行使していた。違うスタイルの魔術師は見たことがない」
「そう、ですか」
「実話か誇張かは分からないが、大昔の文献では必要ないと論じているものある。杖や詠唱はあくまでも補助的なもの、無くても魔術は成立する、と。君は本当に何も無しに探索だけではなく魔術も?」
「あっ!」
今更ながら、フレッド以外に魔術を見せていないということに気付いた。
黒ローブに襲われた時はフレッドと二人きり。レッサーエレメントを相手に【強化】の訓練をした時には近くにアルスが居たものの、補助的に矢を覆っていたせいで魔術とは気付かなかっただろう。
ポリポリと頭を掻いて、リアは来た道を振り返る。
「えーっと、シェリルさんの後だとショボさがすごいですけど、見てみます?」
「大丈夫なのか?」
「距離があるし、ちょっとなら大丈夫なはずです。そっちの木の枝の辺りを見ていてください」
アルスの目が指差した方へと向いたのを確認し、リアは右手の人差指の先へ意識を集中する。魔力の流れを意識して一箇所に集める――祖母から初期の初期に教わり、現在に至るまで日常的に訓練の一つとして行っていること。
集まる魔力の量によっては熱くも感じるが、今はほんの少し、ふんわりと暖かく感じる程度で十分。その程度の魔力であれば、息を吸う程度の時間で集めることが出来る。
「飛べ」
リアの口から短い言葉が吐き出されると同時に、ヒュンと空気が裂ける音がした。
一拍遅れて葉が四、五枚ついた枝先がぽとりと落ちる。
奇しくも黒ローブが魔道具らしきナイフから放った、半透明の刃と似た仕上がりである。キラキラと幻想的に光る【水盾】の後だと自己申告以上に地味ではあるが、魔力を動かして枝先を切ったのだ。
魔術には違いない。
「ほぅ……」
落ちた枝先を摘み上げたアルスが嘆息した。
「君は不思議だな。魔物に詳しく、聞いたことのない攻撃魔術を使う」
「山で果物とか栗を落とすのに使っていたんです。魔物や【強化】状態の人には通りませんから」
攻撃なんて御大層なものでは、とリアは眉を下げて笑う。
どんな反応を返されるか不安もあったのだが、アルスは柔らかい目をしたままだった。
「それでも無防備な人の首は切れるかもしれない。もっと魔力を込めれば、補助具を持たせればと考える人もいるだろう。才能を考えれば勿体ない気もするが、今のままで良いのか?」
「うーん……暗殺者にジョブチェンジはしたくないですね」
フッと小さく吹き出したアルスは、リアと目線を合わせるように少しだけ背を丸めた。森林のリラックス効果だろうか、数日前までは他人だった人々とチームを組んでいるという緊張感が続いていたせいか。今までリアが目にしてきたアルスよりも随分と砕けた表情である。
「なら俺が言えるのは、こちらからは口外はしない、君も気をつけろという事だけだな。いつ終わるか分からないこの討伐の期間中気を張り続けるのは大変かもしれないが」
「あ、いえ、普段どおりと言えば普段通りなので」
「何かあれば言ってくれ、リーダーとして出来る限りの協力はする。君には上手い飯の恩もあるしな」
「はははっ、ありがとうございます。食事のリクエストが有ればお聞きしますよ? レオナはチョコレートケーキって言って女将さんに蹴られてましたし、無理なものは無理ですが」
「いや、出来るまでの楽しみにしておくよ」
どこか照れくさそうに笑う姿は年相応、いや、年齢よりも幼く見える。
自分自身も他人から見ればびっくり箱のような存在だろうとリアは自負している。魔術適正は勿論、人里離れた山で育ったことや育ての親ルミナの人柄だってギョッとされる要素に満ちているだろう。
それでも、リアはアルスという男が見せる様々な顔に驚きを禁じ得ない。
「さて、そろそろ戻ろうか」
どこか弛緩した空気の中でアルスが呟き、リアが返事をしかけた時だった。
――ピィィィィィ。
という、高い音が聞こえたのは。
集合を呼びかけるための笛の音である。二日目に女将さんが全員張り付いていてもどうしようもないと言い出し、その時間の担当チームが救援要請用に所持しているはずだ。
「この時間の担当は――」
「イヴァンさん達です」
今まで一度も鳴らされていなかった笛の音が聞こえるということは、C級魔物が複数かそれ以上の魔物が現れたと考えるべきであろう。
ソロの女将さん達ならば純粋に数が多いことも考えられるが、イヴァン組は四名。笛を鳴らすほどの事態であれば相当な数の魔物が一挙に押し寄せた可能性もある。
リアはアルスと顔を見合わせ、拠点の方角に向けて駆け出した。




