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03-15:魔術適正と魔力1

 明けて翌日。

 拠点からほんの少しだけ森に入ったところにリア達は雁首を揃えていた。

 シェリルの魔術を見学するためである。


 言い出したのはシェリル本人だが、皆興味津々という面持ち。稀に冒険者として活躍している魔術師もいるが、貴族お抱えの魔術師は魔物討伐にはめったに出てこない。大規模な戦争のないご時世、魔術が見られるのはお祭りなどのセレモニーくらいである。演目を楽しみにする観客のような雰囲気なのも仕方あるまい。


「あの子、本当に辺境伯の娘なのかな?」


 そうレオナが苦笑いで言う気持ちも分かる。

 一軍人として参加しているためか、シェリルはリア達と同じ女性用の天幕を使い、昨夜は軍服のままでさっさと寝てしまった。もちろん身の回りの世話をするお付きの者も居ない。朝も手早く用意を整え、食事を作るリアと女将さん以外の仕事である清掃も文句一つ言わずにこなしていた。


「ハハ……令嬢って感じではないですけど、私は好きですよ。それより、魔術! 楽しみですね」


「そりゃ、まぁ、魔術は楽しみだけど」


 レオナは貴族が嫌いなのである。どうやら彼女の中での嫌いな貴族像とは異なる貴族と出会った時、反応に困ってしまうようだ。レオナの中でシェリルの好感度は高いが、素直に認めるか迷っているようにも見えた。

 その理由に切り込む勇気も厚かましさもリアにはない。

 出来るのはレオナが素直になれるよう話を向けることくらいである。


「よしっ! そろそろ魔物が来そうね。それでは行きます!」


 片手を挙げて元気よく宣言し、シェリルは胸元から短い杖を取り出した。中心よりもやや先端側に嵌っている星空を閉じ込めたような魔石が目を引く。光の加減だろうか、魔石の中の星屑が瞬き動いているようにも見えた。


(あのワンドが補助具ってやつだよね。高いのは魔石代なのかな?)


 馴染みのリアとしては性能よりお値段の方に頭がいってしまう。

 フレッドによれば魔術師が魔術を行使するための必需品であり、庶民には手の届かない高価な一品である。しかし、神秘的な輝きの魔石を除けばシェリルのワンドそのものは至ってシンプル。

 ただの木の棒にしか見えなかった。


 まさか見物人にワンドの値を査定されているとは思うまい。

 シェリルはすぅっと息を吸い込むと、打って変わって静かな声で言葉を紡いだ。


「シェリルが水に願う。変幻に揺れ動き我らを守る盾となれ、【水盾(ウォーターシールド)】」


 キラキラと光の粒子が集まり一瞬だけ空間が歪んだように見えた。

 その歪みが目の錯覚かと戸惑うまもなく、目の前には高さ二メートル×幅四メートルほどの水の壁が出来ていた。


 数秒間の静寂の後、ほう、と見物人たちからため息が漏れた。

 シェリルが出現させた水の壁は、水面に光が反射する様に微妙に色を変える。滝のように流れ続けているわけでもないから、光の膜が出来ているようにも見えた。


「……綺麗」


 ため息交じりにレオナが呟いたように、それは純粋に美しかった。

 見た目の美しさだけでも十分にこの魔術には価値があると思えるほどだ。貴族がこぞって魔術師を抱え込もうというのも、こうした魔術の美しさに原因があるのかもしれない。


(でも、やっぱり、お祖母ちゃんの魔術とは違うなぁ)


 シェリルの魔術の美しさに感動しながらも、リアは内心で首を捻っていた。

 育ての親であるルミナが魔術を使うのを何度か目にしたことがある。シェリルと同じ魔術を使ったわけではないから比べようも無いのだが――人の魔力と空気中の魔素が結びついて現象化する、その流れが何となく違うように感じられたのだ。

 ついでにルミナの魔術はこんなにキラキラしていなかった。


「説明します! この【水盾】は魔物からの行動を受け止めつつ、皆さんの攻撃は通します。そこが普通の盾と比べてのメリットだけど、耐久時間は私の魔力と盾が受けるダメージによって変わるのがデメリットね。だから、そろそろ崩れそうって時には申告します」


 言いながらシェリルは剣を抜き、自らが作り上げた水の壁へと切りつけてみせた。説明通りに刃が阻まれるということはなく、切っ先は壁の向こう側へと通る。

【水盾】で作られた膜のような存在は水でありながら魔力の塊でもあるのだ。攻撃を通すように組まれた魔術であれば、本物の水を斬るよりも抵抗は少ない。


「何度見ても魔術は不思議じゃのう。同じ言葉でも違う形が、違う言葉でも同じ形が出来よる。後は魔物が来ればどの程度の防御力があるかが分かるの」


 好々爺然とした笑みを浮かべつつ、ちょっとばかり違う視点の感想を呟いていたのはリオウだ。


「近くにいそうな感じはしますよね」


「そうだのぅ。あっちのお嬢ちゃんもそう思って作ったんじゃろうが……おっ」


 リアとリオウは普段通りに話しているが、他の人は感心したように魔術による薄い壁を見つめている。元冒険者と言えども魔術、しかも実践的な魔術を目にする機会など滅多に無いのだ。

 平常運転の二人の方が珍しいのである。


「来ますねぇ」


「来るのぅ」


 現れたのは人の匂いを嗅ぎつけたらしいホーンラビットが三体。

 それを見てシェリルは満足げに頷くと、幻想的な壁の前で剣を構えた。


「このくらいなら余裕よ。皆さんは見ていてください」


 ホーンラビットが武器である角を下げるように構え、壁の方に突進してきた。魔術の壁は見えているであろうに、構わず突き進む姿にリアは少しだけ同情してしまったほどである。

 案の定ホーンラビットの頭突きは【水盾】によって阻まれ、衝突の勢いで転がったところをシェリルの剣によって切り裂かれた。他の二体も同様である。魔物からすれば理不尽な話だ。


「……っと、私の得意な魔術はこんな感じです。今は正面に作ったけれど、天井のように作ることも出来るから鳥系の魔物に対して役立つはず。攻撃魔法も若干は出来ますが、威力と魔力量を考えると防御に徹したほうが適しているかと」


 軍人式ではなくお嬢様式に優雅に礼をする。

 今の戦闘を見た限り、シェリルが別段剣技に優れているということはない。しかし、魔術【水盾】と併用すれば容易に複数のD級魔物を一人で倒せるのだ。彼女もまた冒険者ランクではCランク以上、術者以外の防御にも役立つ魔術を使えることも入れたならば更に優秀な存在と言えるだろう。

 引退したとは言え、歴戦の強者達から贈られた拍手がその証明だ。


「質問があればどうぞ。みなさんの攻撃も通るので試して頂いても結構よ」


「一日中は無理だろう? 今のはどのくらい出来るんだい?」


 魔術の発動時間を尋ねた女将さんを皮切りに、引退冒険者の大半がシェリルの作った【水盾】の方へと動いた。

 手で触れてみる者、武器を素振りする者、質問する者――。

 ニコニコと笑顔を浮かべながら各々に丁寧に言葉を返すシェリルを見ると、レオナではないが本当に辺境伯のご令嬢なのかと疑いたくなる。レオナほどではないがリアにも貴族というネガティブイメージはあるのである。


 シェリルとの距離が遠いこともあってリアの周辺は動くタイミングを逃したらしい。黙って眺めているのもどうかと思い、リアは誰に言うでもなく感想を口にする。


「シェリルさんが居てくれると安全度が高くなりますね」


「C級やB級の攻撃にも耐えられるならありがたいな」


 含みのある言い方をしたのはアルスだ。ほのぼのモードで眺めていたリアとリオウ以外に、この男もさほど感動も感嘆もなくシェリルを見つめていたのである。感情が分かりにくい性質であるからだと思っていたのだが、見た目通り心を動かされなかったらしい。


「あ、そっか。アルス隊長は前に魔術師と闘う機会も?」


 軍人、それも貴族の私兵ではなく国軍であったと聞く。

 ならば魔術部隊も存在していたであろうし、軍人時代には魔術師と共闘した事もあるのかもしれない。遠回しに小声で尋ねたつもりだったが、近くに居たフレッドを除く“魔物狩り”メンバーとリオウには聞こえていたらしい。

 全員の目が一気にアルスへと集中した。マナーとして尋ねないだけで、それぞれの過去や経歴に興味がないというわけではないのだ。


「いや、ああいう盾? 壁のような魔術は見たことがない。魔術部隊には居たのかもしれないが、奴らは王都を離れないから俺のような僻地組だと目にする機会もなかったしな」


「そうなんですか。見慣れてらっしゃるのかと思いましたよ」


「初めて見たよ。……それよりリア、この後少し時間はあるか?」


「は、はい。私達の受け持ちまで予定はありません」


「なら、少し付き合ってくれ。レオナとザイードはどうする?」


「なーんか意味深だね。お邪魔なら二人っきりにしてあげても良いよ」


 ニヤニヤ顔で茶化したのはレオナである。

 言いたいことは分かるが、タイミングとしても相手としても絶対にないとリアは思う。案の定アルスも表情一つ変えること無く、ただ小さく頷き、


「では、お言葉に甘えようか」


 と淡々と口にしただけである。


「アルス隊長、今すぐですか?」


「あぁ、これで事実上は解散だろうからな。長話をするつもりもないから安心してくれ。……すぐに戻る」


 ついて来い、という視線を受けたリアは曖昧に会釈してアルスの後を追った。

 そのまま黙々と森の奥を目指して進む。


「この辺りで良いか。楽にしてくれ」


 ずっと無言だったアルスが振り返ってそう言ったのは、ちょっととは言えない距離を進んでからだった。確実に姿が見えない、大きな声を出しても聞こえないであろう距離である。

 楽にしてくれと言われても無理である。レオナの発現に「有り得ないでしょー」と心のなかでツッコんでいたものの、二人っきりになると急に何の話をされるのかと緊張してしまう自分が情けない。


「えーと、お話というのは?」


 明らかに警戒が滲んでいるリアの声に、アルスは低く吐息だけで笑った。


「レオナの言っていた事は気にしないでくれ。話しておきたかったのは、君の魔術適正についてのことだ。全員で話したほうが話は早いが、この状況で俺たちがまとめて抜けるのは避けたほうが良いと思っただけだ」


 目元に微かな笑みを残したまま、近くにあった木にずるりと寄りかかりながらアルスは言う。魔術師がチームに加わったタイミングからして、その話だろうとは思っていたのだ。

 レオナの茶化しに乗っかるような形をとった理由もアルスの言葉で合点が行った。

 寄せ集めの人々が上手くやっていこうとしている最中に“魔物狩り”が揃ってこっそり話し合いをするのは、他の人達からすれば好ましい状況とは言えない。彼なりに気を使ったのであろう。


「……申し訳ないですけど、ああいう魔術は使えませんよ?」


「それは分かっている。俺が聞きたかったのは、君の魔術適正がバレる可能性があるのかだ」


「それは私が魔術を使った時の話ですか?」


「魔術適性がある者は魔力や魔素の動きに敏感だと聞いた事がある。君の探索もそれを生かしたものだろう? とっさに魔術を使った際、もしくは【強化】で魔力を使った際、彼女――シェリルに感知される可能性はあるのか?」


 リアが自分の魔力適性についてカミングアウトした時、アルスはリアの意思を尊重するという事以外は語らなかった。しかし、魔術に関しては一般常識以上の知識をお持ちであるらしい。

 底が知れないと思うと同時に、アルスの気遣いが嬉しくもあった。


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