表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/80

03-14:大規模討伐…? 2

 バターの焼ける香りは何とも食欲をそそる。

 卵があればご馳走だが、文句は言うまい。キャンプではなく野営地なのだ。


「むふふふふ」


 含み笑いでリアが鍋の蓋を開けると、しっとり柔らかくなった堅パンが見える。通常パンプディングを作るときは鍋に入れてから牛乳や卵液を入れるのだが、予め浸しておいて正解だったらしい。程よく水分が染みてい良い具合だ。


 あれから、リア達の拠点は堅パン割りで大盛り上がりしたのだ。

 小槌を持たされ悪戦苦闘しているエリィを解体を終えたザイード達やイヴァン組の皆さんが目撃。再び模範演技とばかりにリオウが綺麗に堅パンを割ってみせると、挑戦者が続出したのである。

 魚を釣って帰ってきたハンス組も合流し、お祭りのような状態になってしまった。


 参加者は料理のためではなく新技習得のつもりであったらしい。

 ともあれ残っていた堅パンの六割以上は砕かれた。そうなれば煮るなり焼くなり好きに出来る。リアは途中から小躍りして拠点弁バーの奮闘を眺め、エリィと交代して戻った女将さんも大喜びだ。


「ハンス達の魚出来たよー!」


 その女将さんが声を張り上げると皆がわらわらと集まってくる。どでかい鍋に魚と野菜を入れて蒸し焼きにした――それだけのことでも女将さんの手にかかれば妙に美味しそうな料理に仕上がるから不思議だ。


「こっちも出来ました! 甘くないので魚にも合いますよ」


 目の前に出される皿にパンプディングを盛りながらリアは思う。

 何のために自分は森の境目に滞在しているのだろうか、と。

 後方支援組ではなく、前線のはずなのだが。


「これも美味そうじゃ。年取ると硬いものは辛いからの」


「簡単に堅パン割る爺さんのセリフじゃないぜ。なぁ、リオウ爺、頼むよ。オレに棒の稽古をつけてくれよ」


「ワシとお前さんは体格が違うからのぉ。参考にならんのじゃないかぇ?」


 ザイードの懇願は適当に受け流されつつも、リオウは彼と並んで列を離れていく。

 ここでは揃って乾杯をすることはない。受け取った順に食べる、おかわりは先着順かつセルフというのがルールである。


 全員分の皿に料理を盛り付け終わり、女将さんとリアは互いに料理を盛り付け合った。


「こっちだよ! リアも女将さんもはーやーくぅ」


「ねーちゃん、ファンが泣くぜ?」


 二人が一仕事終えるまで待っていたレオナ、エリィと合流して四人で食事をするのが夜のルーティンとなりつつある。

 最初は気を張っていたレオナも数日間ですっかり素になった。引退冒険者の方々にも“ちょっと残念で面白い姉ちゃん”と認定されている。そんなレオナとやり合うおじさん達の笑い声をバックに女将さんの魚料理を一口。


「うまぁ……」


 魚と野菜をオリーブ油とニンニク、塩だけで蒸した簡易版アクアパッツァ。だと言うのに、塩加減と火加減が絶妙でじんわりと美味しい。何日も肉ばかり食べてきたせいか魚と野菜の旨みが体に染みるようだ。


「アンタの堅パンも良い具合じゃないか。朝飯にも良さそうだ」


 リアの作ったパンプディングはタマネギなど若干の野菜を入れて塩、胡椒、削ったチーズで味付けしたもの。牛乳で堅パンをふやかしているためグラタンにも通じる濃い目の味付けとなっているが、女将さんのアクアパッツァがあっさりとした優しい味付けなのでバランスも悪くない。


「ここに来てから太ったような気がするのよねェ」


 悩ましげに言いつつもエリィの手は止まらない。

 それも作った人間からすれば嬉しいところだ。


「確かに。このままなら何ヶ月でも平気だけどさ、真夏に毎日魔物と戦うって考えると……」


 現時点では“湧き”なのか魔物の大移動なのか、いつピークから終焉に至るのかも分からない。今のところ現れる魔物に脅威は覚えないが、真夏の暑さの中で毎日魔物と戦いたくはないというのは全員の本心であろう。


「こればっかりは考えても仕方ないよ。それより、戻ったみたいだね」


「どうもー。ただいま戻りました。私達の分の食事、まだありますかね?」


 戻ったのはフレッドである。

 今日、十五日は依頼を受けた冒険者達の配置が行われる日。

 この拠点には変わりないが、冒険者の参加に合わせて軍の編制も変更があったらしい。全体編制の確認や定期連絡、救援要請方法などの説明があった代表会議にフレッドはこの拠点の代表として出席していたのである。


「飯はあるけどさ、それより先にすることがあるんだろう?」


 女将さんが促したように、フレッドは二十歳になるかという若い女性を連れていた。

 きゅっと尖った顎のラインで切りそろえられたグレージュのボブカット。ぱっちりと開いた猫のような淡めのグリーンの瞳を持つ、活発そうで可愛らしい女性だ。紺色の軍服かつ腰に剣を吊るしているというアンバランスさがどことなくコケティッシュでさえある。

 リアにとっては初めて目にする顔だが、女将さんほか何名は彼女を見知っているらしい。何故か生暖かい笑みを浮かべている。


「そうでした、こちらに加わることになったクレメンテ軍のシェリルさんです」


 美人と噂されるフレッドの奥方かと思ったが違うらしい。

 シェリルと紹介された女性はなるほど軍人らしい敬礼をして、


「クレメンテ軍魔術部隊隊長のシェリルと申し――」


 変なところで言葉に詰まった。

 お腹でも痛いのかと心配するリアを尻目に、女将さんたちの生暖かい目レベルが数段階増した。エリィに至っては手で口元を覆って笑いを隠している。怪訝な顔をしているのは“魔物狩り”ほか数名くらいである。

 何事かとリアがキョロキョロ周囲を見ていると、


『ぐぅぅぅ……』


 聞こえてしまった。

 生暖かい目をしていた人たちは大爆笑である。


「ちょっ……しょうがないじゃない、遠くからでも良い匂いがしていたのよ! こっちは会議でお腹減ってるし、腹筋に力入れて我慢してたのにぃ。私も食べて良いのよね?」


 頬を染めながらも、お腹が空いたことは認めているのが面白い。

 いつの間にかちゃっかりと予備の皿を手に取り、ニコニコしながら盛り付けている。


(魔術部隊って言った気がするんだけど……)


「こっちにおいでよ」


 女将さんに呼ばれると、人懐っこい猫のように小走りにやって来た。

 呆れた顔で笑うフレッドも一緒である。


「お邪魔します!」


「食べてからで良いけどさ。ちゃんと挨拶しなさいよ」


「ふぉい」


 軍服と敬礼以外、軍人っぽさ皆無である。


「それにしても、髪伸びたわねェ」


「ほぉんとはもっとろびたんらけど、んぅ、もっと伸びてはいるんだけど、一回坊主にしちゃうと邪魔くさくって。これ以上は伸ばせなくなっちゃったわ」


 はっはっは、と笑って再び口に食べ物を詰め込んでいく。

 シェリルはあっという間に一人前をぺろりと食べ尽くし、唖然としているリアとレオナに笑いかけた。


「こんばんは。さっきも言ったけど、私はシェリルよ。皆さんのサポートとして配属されました。一応魔術部隊隊長って事になっているけど、残念ながら魔術部隊は私一人なの。得意なのは防御魔術ね。今日からよろしくお願いします」


「防御魔術……」


 呟きながら、ちらりとレオナはリアに目線をよこした。


「口で言ってもどのくらい使えるか分からないでしょうから、明日お見せします。軍属ですが皆さんに一々指示したりすることはないので、その点はご心配なく。では、あちらにも挨拶に行って参りますので失礼!」


 言うだけ言うとシェリルはパッと立ち上がって、別の輪の方へ突撃していった。


「……殿様も扱いに困ったのかねぇ」


 しみじみと女将さんが呟けば、ふんっとエリイが鼻で笑う。


「若い冒険者の方へ行かせたくなかった親心でしょうよ」


「だったら丸刈りで泥に塗れた新兵訓練もないだろう? 周りは男ばっかりだしさ」


 なかなかの経歴をお持ちのようである。


「あの、シェリルさんは皆さんのお知り合いで?」


 リアの質問に言い合いをしていた女将さんとエリィが顔を見合わせた。

 レオナも正体は知らないらしい。興味津々といった目で二人が口を開くのを待っている。


「アタシは知り合いっちゃ知り合いでもあるけど」


「教えても良いんじゃないかしら? 自分からは言わないでしょうけど、隠そうとしても無駄なのは本人がご存知でしょう?」


 どこかで聞いたことのある言葉である。

 隠そうとしても無駄と表現された男をリアは一人知っている。


「ま、まさか――」


「シェリルはねぇ、カルヴィンの妹、辺境伯の娘さ」


「うわぁぁ! や、やっぱり」


 大丈夫なのか辺境伯ファミリー――という言葉はかろうじて胸のうちに留めておけた。心の声を留めておけなかったのはレオナの方である。絶世の美男子顔を盛大に引き攣らせ、


「……辺境伯も所詮は貴族ってことか」


 と、苦いものでも吐き捨てるかのように言った。

 魔術適正を持つ者は稀少価値から貴族に囲い込まれる。魔術師同士で結婚させてその子どもを自らの子の護衛にすることが多いが、若く美しい女性がお手つきになることも想像に難くない。

 レオナの中ではうら若き女性魔術師に迫る狒々爺の姿が浮かんでいるに違いない。


「多分、レオナが考えているような感じではないかと」


「適正持ちに対してのアイツ等の仕打ちは有名でしょ?」


「それはそうだけど……シェリルさんは、そんな感じじゃなかったですよ?」


 魔術適正持ちは貴族に雇われるではなく飼われると表現される。

 仮に当主の血を継いでいても、魔術師であれば家名を名乗ることは基本的に許されないとされている。なぜならば魔術師は選ばれた者を守るために力を与えられた者――王侯貴族のための駒の一つである、というのがこの国の高貴な方々の主張なのだ。


 リアとレオナの言いたいことは分かったらしい。シェリルの正体を問われた時よりもずっと困った顔をして、女将さんとエリィが再び顔を見合わせる。

 暫し視線を交わし、小声で語りだしたのはエリィの方だった。


「アナタ達、知らないの? 初代クレメンテ辺境伯の噂」


「戦巧者の武将じゃないんですか? 伝説の不敗将! って聞いた気がします」


 リアの言葉へ返されたのは、曖昧で生ぬるい笑み。


「辺境伯家には時々シェリルのように魔術適性を持った子が生まれるし、それを隠すことも無いのさ。だから不可能にしか思えない偉業を成し遂げた初代様がそうなんじゃないか――ってのが、アルカクの噂さね。ベイティア家は政略結婚をしないから、奥さんの家系かも知れないけど。ちなみにシェリル達の母親は皆同じだよ」


「なら、どうして軍に入って新兵訓練なんか……。そんなお嬢さんは軍人になんてならないだろうし、百歩譲ってなったとしても幹部でしょう?」


「あそこはねェ、跡継ぎ以外は結構自由らしいわ。ご本人達に聞いたわけじゃないけれど、他の人と同じスタートラインから初めて評価されれば認めるってスタンスだったんじゃないかしら?」


 大丈夫か辺境伯一家――口から飛び出しそうな言葉をリアは再び噛み殺す。

 人としては素直に尊敬できる態度ではあるが、体面で生きているような貴族の中でそれは良いのかと余計な心配をしてしまう。レオナの言う通り、時折跳ねっ返りの貴族令嬢が“姫将軍”などと言われ私兵を率いていることはあるとは聞いても、髪型まできっちり新兵というのは物語でも聞いたことがない。


「娘盛りの十七歳の時に髪の毛を刈り込んでさぁ。ドレスも社交界もぶん投げて、毎日男たちと一緒に訓練三昧。手心のないようにって最初の訓練期間中は秘密にされていたから、新兵達の中に辺境伯令嬢がいるなんて皆気付いてなかっただろうけどね」


 ふふふ、と含み笑いで女将さんは語るが、内容はかなりぶっ飛んでいる。

 貴族嫌いのレオナでさえも狐に抓まれたような顔だ。


「アタシも最初に聞いたときは驚いたわよ。でもねェ、アルカクはカスディム国内の自由と変人が集結した街なのよ? その大本であるベイティア家が普通なわけ無いって思えば、驚かなくなるわ」


 不敬極まりないエリィの言葉を咎める者は誰も居なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ