03-13:大規模討伐…? 1
今年もよろしくおねがいいたしますm(_ _)m
「うぅむ……」
堅焼きパンの大群を前に、リアは腕を組んだ。
憎々しげにじっと見つめるほど、これが食べ物であるのか疑わしくなってくる。悪名高い石パンには届かないものの、パンと呼ぶのは烏滸がましい。堅焼きにも程がある。レンガ代わりに家でも作る気なのか。
「だぁーっはっはっはっはっ!」
響き渡る大爆笑が聞こえてきた時点で思考を放棄し、堅焼きパンから目をそらした。見るまでもなく声の主は分かる。女将さんだ。女将さんが爆笑しながら愛槍を振り回し、魔物と戦っているのだ。
指示された持ち場に移ってから五日。やっているのは魔物の討伐ではなく虐殺ではないかと思うようになるほど、女将さんをはじめ元冒険者の方々は強かった。
「あー……また始まった。私達まで回ってこないね、これは」
レオナが呆れた顔で笑うのも無理はない。
パーティ単位で参加している“魔物狩り”とは異なり、引退冒険者の皆さんは個人参加だ。実践へのブランクもある。そのため数日間は各々、もしくは臨時パーティのような形で戦闘の手応えを掴む必要があると考えられたのだが――結論から言えば必要なかった。
召集された元冒険者は現時点でもCランクであるレオナやザイードに勝るとも劣らなかったのである。
万が一に備えて辺境伯側から声がけされたことも考えれば、概ね現役時代にはBランク以上が対象だったという事も納得だ。
日に日に魔物の出現数が増えているとは言え、リア達の拠点となっている丘周辺に湧くのは概ねD級以下。一日に一回C級が出るくらいなものだ。D級でも戦闘経験のない人達にとっては脅威ではあるが、実質Cランク以上の人間が十六人もいれば暇にさえ感じてしまう。
それ故――。
「おう、兄ちゃんたち! ヘレナのシルバーウルフ解体だ」
「えー、まだ合格点くれないんスかぁ」
「前のは破ったじゃねぇかよ。値下がりすんだぞ馬鹿野郎」
「よろしくお願いします」
暇潰しのように魔物知識の青空教室が開かれていたりする。
元々“魔物狩り”メンバーは売れる部位の知識も解体技術もほぼなく、倒した魔物を丸ごと冒険者ギルドの買取窓口に持ち込んでいたそうである。冒険者としてやっていけるだけの戦闘能力がありながら、それ以外の部分では著しく不足しているというアンバランスさが“魔物狩り”にはあった。
冒険者よりも猟師に近い生活をしていたリアが加わったことで、素材剥ぎ取りの知識を増やしつつあったところだ。ビッグボアの群れをに倒した際にも村人に習いつつ解体していたが、まだ技術は低い。
「大体お前は慎重さが足りねえんだ。そっちの兄ちゃんも几帳面そうに見えて雑だしよ」
お前はザイードで、そっちの兄ちゃんはアルスだろう。
青空教室の先生役として解体を教えているのはイヴァンという五十絡みの男性。ザイードに脂肪と筋肉を上乗せしたような厳つい体付きで、現在は陶芸で生計を立てているらしい。山賊の如き髭面と口調ではあるが、意外なことに手先が器用で細やか、ついでに面倒見も良い男なのである。
仮成人から冒険者をしていた場合、彼らの年齢になれば自分のやり方が確立されている。他人に口出しされるのを好まないものも多い。しかし、彼らは戦闘以外の部分では素人同然。
自分たちも不足を承知しているから、素直にイヴァンのやり方を学び吸収する。そこにイヴァンの兄貴心が盛大に動いたらしい。
「ほらァ、アナタも油売ってないで解体の訓練に参加しなさいな」
「うげっ……わかりました、行きますよぅ」
エリィに肩を叩かれたレオナが渋々彼らの元へと向かった。
彼女は見様によってはグロテスクとも言える解体が苦手なのだ。主に精神的な方で。ちなみにフレッドも解体は得意ではないが、植物系に関しては学者レベルの知識と鮮度保持が出来る。興味の有無によって得手不得手が極端なことも知られているため解体講習は免除されていたりする。
「あぁ見えて普通の女の子なのよねェ。ヘレナくらい豪快に掻っ捌くかと思ってたんだけど」
「いきなり平然とは無理ですよ。私も初めてのときは泣いちゃいましたし」
「へぇ? ギルドの解体屋でも働けそうなのにねェ。アタシは最初っから平気だったから、その感覚はわかんないわ」
「エリィさんの方が珍しいですって」
この拠点のメンバーは“魔物狩り”を除いて十一人。そのうちイヴァンをリーダー格とした四人、ワイン農家のハンスという男をリーダー格とした四人は臨時パーティとして動いている。残った三人は一人でも十分にC級魔物に対応できると踏んでソロ、もしくは緊急時にはどこかのパーティのサポートに入ることになっていた。
古着屋の店主であるエリィはソロ三人のひとりだ。
普段はしゃなりしゃなりと猫のように歩いているが、戦闘時にはバカでかい大剣を易易と操る。武器は剣の形をしているが斬撃系というより打撃系寄り、ザイード以上のパワー型なのである。
しかも、エリィは引退冒険者の中では際立って若い。引退時ランクはBだったと言うから、引退しなければAランクを目指せたであろう人材だ。
「ところで、何でずっと堅パンを見つめていたの?」
「美味しく食べられる方法は無いかなーと」
「無いわね。ヘレナが次からは粉で寄越せって辺境伯に言ったくらいよ? あと二、三回我慢すれば消費出来るわよ」
「ですけど、またお葬式みたいな雰囲気で食べるの嫌じゃないですか」
「そりゃね。だけどアタシ含めてここの野郎共は料理センス無いし、食べられれば良い派よ?」
「うぬぬぅ……」
冒険者の依頼報酬というのは基本的に依頼中の食費や宿泊費も込みの額である。
しかし、召集された現役冒険者は魔物の買取金の分配があるだけで報酬はない。そこで辺境伯側からは食料が提供されていた。内容は石パンと堅パンと日持ちする野菜。人の体に必要な栄養が全て補えるという石パンは緊急食だと納得しても、堅パンはいらない。
「予想と違って暢気よねェ。リアは堅パンを美味しく食べる方法に頭を悩ませているし、イヴァン組は冒険者教室、ハンス組は魚釣りだなんて。これじゃ討伐じゃなくてピクニックだわ」
C級魔物が出てくる場所で一般民はピクニックをしないが――リアにもエリィの言いたいことは分かる。
リア達が到着した時には既に土地が均され、天幕が三つ設営されていた。排泄場所と簡易の炊飯所も作られていたほどである。天幕の中には食べ物以外に水、クレメンテ軍の支給品であろう武器数組、手当用の布や薬なども用意されていた。
現役である“魔物狩り”からすれば至れり尽くせりである。
「そう言うエリィさんも編み物してるじゃないですか」
「時間は有効活用しなきゃ」
パチンとウィンクを返しつつ、エリィの大きな手は細やかなレースを編み上げている。とは言っても、今朝方「魚が食べたいんだよねぇ」と言って釣りに行ってしまったハンス組の四人にしろ、エリィにしろ、サボっているわけではない。全員が雁首揃えていても暇なだけなのだ。
そのため合図が伝わる範囲内ならば、担当時間以外は自由に過ごして良い事になっている。
「ほぉ、兄ちゃんは器用じゃのぅ」
「うわっ! リオウ爺、ビックリさせないでよ」
野太い悲鳴にリアもびっくりした。
ひょっこりと現れてエリィの手元を覗き込んでいたのはリオウ。リアよりも小柄な老人である。
「すまんすまん、つい気になってしもうて」
ペシペシと薄くなった頭を叩く姿は、飲み屋にでも居そうな気の良い老人。茶目っ気たっぷりの仕草と口調にも全くもって強者感はないが、彼もまたソロ三人のひとりだ。
「リオウ爺、どこに行ってたの?」
「あっちで魔物をな。兄ちゃんも強いが、あの槍の姉ちゃんも強いのぅ。二人で模擬戦でもしたら良い刺激になりそうじゃな」
「やぁね。アタシは女性に怪我なんてさせたくない、平和で温厚な男よ?」
ちなみに、この数日間で分かったことの一つに、エリィは心身共に男性だということがある。先程も自分を野郎共の中に入れていたし、何の躊躇いもなく男性用の天幕で着替えや睡眠をしている。口調と美的センスが独特というだけであるらしい。
「確かに! 怪我しない範囲で、お二人の模擬戦見てみたいです」
「じゃろう? 想像していたよりも魔物は少ないし、どうにも気が緩んでしまうからのぉ。危なくない程度の刺激は必要だと思うんじゃよ」
仲の良い爺孫のように笑い合う二人に、エリィは顔をしかめた。
「アタシの武器で怪我しなようにって難しいのよ。それに、爪を何本も隠していそうなアナタ達に言われたくないわ」
「いやぁ……爪なんて隠してませんよ、ね、リオウ爺ちゃん?」
「ワシが隠しているのは歳くらいなもんよ。それよりも嬢ちゃんは何をしてたんじゃ? お腹でも空いたのかの?」
「違いますよぅ。堅パンって硬いでしょう? 料理や食事に時間をかけられないときならまだしも、時間があるんだから美味しく食べる方法がないかなと思って……」
隠し事を自覚しているリアが話をそらせば、リオウも乗っかってきた。
彼も“爪を隠している”であろうことは、この拠点にいる大半の人間が感じていることである。魔力光が見えるほどの【強化】を使っているところは目撃されていないが、それでいて魔力光を纏わせたフレッドやエリィ、女将さんに劣らない実力を見せているのだ。
隠しているのか、単に使う必要が無いだけなのかは分からないが。
「何とかするなら水分に浸して柔かくするか、いっそパン粉にするかなんですけど」
言葉を切ってリアは不服そうに唇を突き出した。
硬くなったパンを食べる方法は昔から数多く発明されてきた。死ぬほど不味いと悪名高い石パンとは異なり、堅パンは至って普通の酵母発酵した小麦の味がする。生きるために必要なすべてが含まれているという石パンとは違って栄養面も普通、ただただ強固なパンなのだから使いようはあるはずなのだ。
しかし、携帯食であるためか石パンと同じく堅パンも滅法水気に強い。簡易的保存魔術が付与されているそうで、一日くらい水に浸しても染みない・傷まないが売りなのである。
切り分けるか砕くかして術を壊してしまえば調理も可能だが、堅パンと言うだけに硬い。顎に相当な【強化】を回したとして、歯で噛みちぎれたなら勇者である。
そんな堅パンを全員分細かくするには、筋肉痛と魔力切れの覚悟が必要。
魔物とも闘うため料理にそこまで力は使えない。だが、細かくする以外の堅パンの活用が思いつかない。ここで堂々巡りになって、というリアの話をリオウは顎を擦りながら聞いていた。
「ふーむ。嬢ちゃん、嬢ちゃんや。堅パンの料理は全員の分じゃろう? なら、お前さんが全部やる必要は無いわぇ。暇を持て余している男達に数個ずつやらせば良いんじゃよ。山積みの堅パンを指差されたら逃げるがな、二つ三つを持って嬢ちゃんが頼めは了承するじゃろ」
孫娘を慰めるお爺ちゃんのような口調である。話の内容も二人の雰囲気も、大規模討伐や都市防衛という言葉と重なるところがない。
この拠点で気が緩んでしまう一因には、妙にほのぼのと話すこの爺孫コンビ、いや、リアとリオウの存在もあるのではないか。エリィが浮かべた苦笑は、ほんの数秒で凍りつく事となった。
「ワシも堅パンは食いたくないからのぅ……これが堅パン用の槌じゃな? ほれ、一人何個かこんな感じに割れば大丈夫じゃ」
リオウが小槌でレンガの如き堅パンをコツンと叩くと、熟練の石工の一振りのように堅パンが真っ二つになったのである。
確かに小槌は堅パンを砕いて食べるために置かれていたが、そう簡単に割れるものではない。だからこそ女将さんも匙を投げ、リアが頭を抱えていたのである。
「ほぇ? わ、割れた?」
目が点になったままのリアが恐る恐るリオウの手元を覗く。
間違いなく割れている。断面までもかなり綺麗に。
「ほれ、次は兄ちゃんの番じゃ」
「ちょっ……! 出来るわけ無いじゃないッ」
「で、で、で、ですよねッ? リオウ爺ちゃん、どうやったんですか」
リオウなら魔力切れの心配もせず、全員分の堅パンを簡単に割れそうである。皆にやらせろというのは、面倒くさいのと他の人がどう割るかを見てみたいから言ってみただけなのではないか。
「ちぃっと強めに叩けば割れるぞ? ほれ、やってみぃ」
「嘘だっ」
小槌を差し出された、エリィはオネェ言葉を捨てて叫んだ。
【引退冒険者チーム】
ソロ三人衆→女将さん(へレナ)・エリィ・リオウ
イヴァン組(四人)
ハンス組(四人) 計11人+“魔物狩り”5人=16人
リオウ:飄々とした小さいおじいちゃん。多分強い。
イヴァン:ムキムキ体型のナイスガイ。現在は陶芸家。




