03-12:ウワサのあの人
準備期間の二日間はあっという間に過ぎた。
一日目は冒険者ギルドと買い出し。
ギルドマスターであるバイロンもリア達と同じく前日夜に連絡が来らしい。聞いてねぇよ、と干物第二号と化した顔でげんなりしていた。
冒険者たちの集合は十五日とリア達よりも猶予があるものの、参加希望者の扱いや職員の振り分けなど決めることは山盛りなのだろう。前日の閑散とした様子が嘘のように、全員が忙しそうだった。
二日目は店を閉めていた女将さんと休憩。
大規模討伐に参加経験があるという女将さんのアドバイスを参考に荷造りし、あとはひたすら体を休めた。こういう時リアは動き回りたくなるのだが、大先輩に休むのも仕事だと一喝されれば従うしか無い。
一括した女将さんは黙々と大きな槍の穂を研いでいたのだが。
そして今、リアは女将さんと連れ立って集合場所である自由区南西エリアで立っている。アルスの家から割と近い場所であり、この農地の所有者も契約者であるから集合場所にされたらしい。
到着した時には既に十人ほどの人が何組かに分かれて話していた。彼らにいざ出陣という物々しさはない。武装をしてはいるものの、近所の知り合いと立ち話をしているような気さえしてくる光景である。
「あらァ、年寄りの冷や水って言葉を知らないのぉ?」
「ぬぉっ!」
聞き覚えのある毒舌にリアが振り返ると、やっぱり居た。
「……エリオット。まだその喋り方と格好を続けているのかい」
「あらま、可愛くない悲鳴だこと」
「ひ、悲鳴じゃありません……。エリィさん、それは?」
ビッグでエレガントな古着屋の店主、エリィである。
薄い灰色で前立にフリルがあしらわれた七分袖のシャツ、例のスカートのように見えるワイドパンツ。今日も彼(?)の美学が感じられる装いである。だというのに、肩に担いだ馬鹿でかい大剣が全てを台無しにしていた。常人ではまず担げないだろうと思われる大きさ、鞘から抜けるのかも怪しい代物だ。
「これ? 武器に決まってるじゃないのよ」
「ですよねー」
聞きたかったのはそんな答えではないのだが、迫力負けするリアである。
大剣を担いでこの場にいるということは――聞くまでもなく参戦組なのだろう。カルヴィン曰く、契約を持ちかけられた冒険者の大半はBランク以上。何かのタイミングで眼光が鋭くなるのを見て歴戦の冒険者のようだとは思ったが、まさか本物だったとは。
「チンチラ、じゃないリアちゃん。アナタ現役組なのに何でこっちにいるの?」
「こっちって言われたんですよ。レオナや“魔物狩り”の皆もこっちです」
「ふぅん……」
やけに艶っぽい流し目をくれながら、エリィは唇に人差し指をあてて首を傾げた。
見習いたくなるほどに女性らしい仕草であるというのに、もう片腕は抜群の安定感で大剣を担いでいる。視界の暴力とも言えるくらいのアンバランス感だ。
「ねぇ、ヘレナ。みんなの前では私のことエリオットって呼ぶの止めて」
「あんたねぇ……」
ちょっとやそっとでは気圧されることのない女将さんまでも苦笑している。
総合力ではアルカク最強ではないか――そんな気さえしてきて、リアは目を細めてエリィを眺めた。朝日よりも眩いオレンジ色の髪が輝いているのはもちろん、髪と同じくらい瞳にも強い輝きを宿している。中性的な装いと仕草に見失いがちだが、ガッチリとした体つきは大剣にも十分に耐えられそうだ。
(うん、強そうだ)
なんて勝手に納得していると、
「おーい! リア、女将さん!」
「おはようございます」
「はざーっす。嬢ちゃんは相変わらず緊張感ねぇな」
レオナ、フレッド、ザイードの三人が連れ立ってやってきた。
女将さんやエリイと簡単な挨拶を交わし、六人で固まって世間話に花を咲かせる。
緊張感がないのは引退組だけではなく“魔物狩り”も変わらないのである。これから死地に向かう、格上の魔物と戦うのだという悲壮感は皆無。お茶会でも始まりそうな長閑な雰囲気に満ちている。
弛緩した空気が引き締まったのは、馬の足音と車輪が地を滑る音が微かに聞こえてきた時だった。
「御出でだね」
女将さんの呟きに誘われてあたりを見回したリアの目に映ったのは――。
「アルス隊長?」
「違うよ」
ふらりと現れたアルスだったのだが、女将さんににべ無く却下されてしまった。
考えてみればアルスは徒歩だ。馬車の音とは関係ない。
「おはよ……うッ……」
仲間達の元へと近寄ってきたアルスが、言葉の途中で詰まった。こんなに表情筋が動かせたのかと驚いてしまうほどに顔を強張らせ、見開いた目だけをギギギっと音がしそうなほどに動かしている。
視線の先にあるのは輝くオレンジ。
「隊長さん、お久しぶりねェ」
エリィが左右均等に唇の端を吊り上げて見せると、アルスの目がものすごい勢いで泳いた。いや、泳いでいるのではなく溺れているのかもしれない。レオナ級の分かりやすさである。
(な、何があったのこの二人?)
アルスの反応を見るに初対面という事はあり得ないだろう。何があったのか気になりはするが、可哀想になるくらいのアルスの動揺を目にすれば尋ねるのも躊躇われる。
「とりあえず、そこまでだよ」
こぼれ落ちるほどに目を見開いてリアが二人を見つめている間にも、馬車の音は近付いていた。
女将さんの声で我に返れば、すぐ間近にまで馬車が迫っていた。やって来たのは全方向が覆われた立派な馬車だ。それだけで所有者が只者ではないことが分かる。
集合場所のど真ん中まで乗り入れてくるかと思われたそれは、きちんと敷地と道の境目で止まった。
降りてきたのは中肉中背、金髪で五十代半ばくらいの男性だ。
膝まであるシンプルな紺色の上着をさらりと羽織り、同じ生地で作られたジレとロングパンツを組み合わせている。金ピカのモールもフリルもないが、馬車と同じく彼の地位と経済状況を示すには十分な服装である。
いくらアルカクと言えども、こんな服を着て歩いている小市民は居ない。
「やぁ。皆、おはよう」
だというのに、男は何とも気の抜けた声で商店街の親父のような挨拶をする。
集まっていた人々もてんでバラバラに、思い思いの言葉を返している。音声だけならば広場や商店街の一幕といったところであるが、女将さんをはじめ多くの人の顔には親しみだけではなく敬意も浮かんでいる。
男が片手をほんの少し上げると、申し合わせたように皆が口を噤んだ。
「今日、集まってくれたことに感謝するよ。単刀直入に言おう。君達には自由区南西の森、その境目の警備にあたってもらう。戦闘が困難な状況になれば迷わず救援を求めて欲しい。反対に、南から魔物が上がってきた際には応援を頼む可能性もあることを覚えておいて欲しいん」
言葉を一旦切ると、壮年の男は柔らかく微笑みながら人々を見回した。
「ここにいるのは冒険者、元冒険者がほとんどだったね? 軍人同様にガチガチの命令をするつもりはないが、撤退と応援を出すか否か、この部分だけはこちらの判断に従ってもらいたい。補給と連絡のため定期的に各拠点にはアルカク軍が巡回し、持ち場を移動する必要があった場合は彼らが指示する」
ザイードとレオナが鼻白んだ顔をしていた。
元冒険者組にも不服そうな顔をしている者が何人かいる。撤退の指示を出すのがアルカク軍であるということは、最悪肉の壁として使われる状況もあり得ると考えたのだろう。指示なく勝手に撤退すれば単なる敵前逃亡だ。国軍ではないから罪人として国中手配されることは無いかもしれないが、好ましい状況とは言えない。
そんな彼らの思考に気付いてか、男はいっそう目を細めて柔らかい顔で言葉を重ねた。
「結果的に戦闘への参加を強制しはているが、私は君達に死んでもらおうとは思っていない。ヘロン亭のヘレナやリオウ、現役冒険者の“魔物狩り”など自由参加組もいるからね。万が一、我が軍の対応に問題がある時は君達が窓口になってくれたまえ。……では、移動をお願いしよう。持ち場まではこのジョナサンに案内させるよ」
壮年の男の少し後ろに控えていた、三十歳くらいの金髪の男が一歩前に出て敬礼した。しっかりとした筋肉に覆われた頑健そうな体と言い、キビキビとした動きと言い、いかにも軍人然とした姿である。
「それでは、よろしく頼みます。女神イーリウのご加護があらんことを」
壮年の男は会釈すると、ゆっくりと馬車の方へと歩いて行った。
棒立ちのまま見送る者、任せろと声に出す者、頭を垂れる者――見送る側の反応は様々だ。リアを始め“魔物狩り”のメンバーは棒立ち組であるが、アルスだけは直立して胸に手を当てていた。ジョナサンにつられて軍人自体のクセが出たのかも知れない。
「森近くの拠点にご案内させていただきます。皆さん、準備はよろしいですか?」
馬車が動き始めると、ジョナサンと呼ばれた男が口を開いた。時折アルスが出す声と似た、怒鳴っているわけではないのによく通る声だ。
そんな事を考えながら、リアは生真面目そうな顔のジョナサンを漫然と眺めていた。
「支障があるような忘れ物をするほど耄碌しちゃいないよ。みんなもそうだろう?」
大きな目をぐるんと回しながら女将さんが言うと、周囲の元冒険者達から笑いが漏れた。ほとんどの人は女将さんを知っているようだ。
元軍人として辺境伯と契約したアルスはさておき、他はスカウトされるくらいには腕の良い冒険者である。互いに名前と顔くらいは知っているのかも知れない。女将さんが契約者達の顔繋ぎをしている可能性もあるが。
「では出発します。私に付いてきてください」
冒険者は軍人ではない。隊列を組むようなことはせず、皆が勝手にぶらりとジョナサンを追うように歩くだけだ。
パーティ単位での参加は“魔物狩り”だけで、あとは皆がソロである。一人でふらりと付いて行く人が多いが、知った顔同士で雑談しながら進む姿もある。誰ひとり悲壮感も緊張感も漂わせていないため、アルカク一日観光ツアーの一団とでもいうような光景だ。
「殿様も律儀だよねぇ。わざわざ来ることも無かっただろうに」
歩きながらそう呟いたのは、含み笑いの女将さんである。
「へっ? 殿様……さっきのオジサン、クレメンテ辺境伯なんですか?」
話の中で“我が軍”と言ったから辺境伯の関係者、軍のお偉方なのかと思ったが、まさか辺境伯ご本人とは。集合地はアルカクの壁の外、自由区である。少人数のお供だけで辺境伯という雲上人が来る場所ではない。
「あっはっは、オジサンは良かったね。正真正銘ご本人だよ」
村長だってもう少し偉ぶっているのではなかろうか。
目と口をあんぐり開けたポカン顔を披露したリアを笑いながら、一行は自由気ままに持ち場へと向かったのだった。
年末年始に入りますが、更新ペースは平常通りを予定しております。
作者の趣味と思いつきだけで書き始めた本作を読んでいただき、評価していただきありがとうございました。来年も引き続き楽しんでいただければ幸いです。
みなさま、良いお年をm(_ _)m
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クレメンテ辺境伯の衣装はジュストコール・ジレ・ロングパンツスタイルです。ガチの中世ヨーロッパならチュニックとかプールポアンなのだろうと思いますが、そこま中世ヨーロッパ風ファンタジーの街ということでご容赦ください。“魔物狩り”の皆やエリィさんの服もあるので今更ではありますが^^;




