03-11:カルヴィン襲来2
がつんと頭を殴られたような衝撃に一瞬呆けた。
それから焼け付くほどに頭を回転させ、リアは自分が耳にしたことを確認する。カルヴィンは一冒険者であるアルスにクレメンテ辺境伯軍の指揮を取れと言ったのだ。指揮下に加われ、ではなく。
アルスが軍人だったということは聞いているが――。
「それは無理です」
リアの思考はアルスの声によって切り捨てられた。いや、彼がバッサリと切って捨てたかったのはリアの思考ではなくカルヴィンの問いだ。ひたとカルヴィンを見据えたまま、微塵の躊躇も見せずに断言したのだ。
「嫌、ではなくて?」
「……嫌なのも否定しませんが、その前に無理ですよ」
鳥肌が立つほどの冷ややかさを浴びせられても平然としている、カルヴィンという男もまた尋常ではない。こんなに動揺しているのは自分だけなのか。
リアが周囲を見渡してみると、ザイードとフレッドは目が点、レオナに至っては半開きの口から魂が抜け出したとしてもおかしくない表情をしていた。
「理由を聞いても?」
「軍人、兵士は上官の命令に従うからこそ戦える。俺を指揮官に据えても誰も命令を聞きませんよ」
「勿論、辺境伯からも君に従うよう命令するよ。そうすれば好き嫌いだけで上官の命令を無視することは無いと思うけど」
「人には生きるという本能があります。命がけの場面であれば認めていない指揮官の命より自分の本能を優先するでしょう。そうなれば、どれだけ鍛えられた軍人であっても烏合の衆に過ぎません。だからこそ優れた軍は集団での調練を欠かさず行っているのです。本能よりも上官の命令が優先されるよう体に刻み込んでいると言っても良い」
アルスの口調が僅かに変わっていた。
リアの知るアルスは口数の多いわけでも、感情表現が豊かなわけでもないが、表情や声にはきちんと感情があった。慣れれば読み取れる程度には。
しかし、石のような目をした今のアルスは、機会的に頭の中にある台本を読み上げているようだった。
「なるほど……。では冒険者の指揮、もしくは取りまとめは?」
「更に無意味、と申し上げたい。失礼ながら、ある程度の冒険者は並の軍人よりも強いのです。一対一で戦えば冒険者が勝つでしょう。しかし、数十人、数百人と集めて戦わせれば軍が勝つ確率が高くなります。それが冒険者を指揮できる者などパーティリーダー程度、という証だと自分は思いますが」
目の前で淀みなく模範解答を読み上げているような、この男は誰だ。
頭ではアルスに違いないと理解していながらもリアは混乱する。数ヶ月間リアが見てきたアルスというCランク冒険者と、今目の前にいる男は雰囲気も話し方も全てが微妙にズレている。
そのズレ方が、噛み合わなさが、心をざわつかせるのだ。
「やっぱりそうかぁ……いやぁ、君なら出来るかもって辺境伯は考えたみたいでね。自分の父親だからなんだけど、あのオジサンにそこまで期待されるって優秀だったんだろう? 元軍人の契約者は君しか居ないし」
それまでの深刻な雰囲気を消してカルヴィンは突っ伏した。道端で日向ぼっこをしている猫みたいにテーブルに懐きながら、さり気なく裏側を暴露している。
動きだけではなく口調まで一気にふにゃふにゃ。死神の如き形相と合わせて、ちょっと心配になる姿だ。
「あの……大丈夫ですか?」
「ふぅん? あぁ、大丈夫大丈夫。今更だけど久しぶり。リアは優しいんだねぇ、へぇー」
心配して損した気分を味わったのはいつ以来だろう。
なぜ小馬鹿にされているのか。
ぐぬぬ、と拳を握りしめたリアに気付いてか、カルヴィンはのろりと姿勢を元に戻した。
「……というわけで、アルス隊長にお断りされちゃったのでプランB。ここからは“魔物狩り”のみんなに関係する話だから、聞いてくれるかな?」
「お、おぅ」
「レオナ、大丈夫ですかッ」
「ハッ!」
自力で立ち直ったザイードは良しとして、リアが声を掛けるまでフリーズしていたレオナは重症だ。頷きながらもお化けでも見たような顔をしているあたり、未だに衝撃が冷めていないのだろう。
「魔物をアルカクに侵入させないよう、何箇所かにまとまった人数を配置する予定だって事はフレッドから聞いているよね? 軋轢を避けたいっていう判断もあって、現役冒険者達と、元冒険者達には別の場所に入ってもらう予定なんだ」
「私達とアルス隊長は別々になるってことですか? フレッド先生は?」
「まぁ、そう急がず。魔物と戦ってくれるなら、僕としては“魔物狩り”はまとまって引退組の方に入って欲しい。契約している元冒険者の皆さんは大半がBランク以上……ではあるんだけれど、ブランクがあるからね。サポートの意味も含めて、元冒険者の皆さんとトラブルを起こしそうにない現役に入って欲しいんだ」
「いや、喧嘩売って歩こうとは思わねぇけど……オレ達だって売られた喧嘩は買うぜ?」
「そこは大丈夫だよ。言っちゃうけど、多分、元冒険者組のトップはヘレナになると思う。とっくに契約期間は明けているんだけど、彼女、参加する気満々だから。リアはヘレナのところに住んでいるくらいだし、君達も仲が良いだろう?」
「おっ、女将さんも参戦するんですか?」
数時間前に見た女将さんの顔がリアの脳裏に浮かんだ。
帰還報告をした時も、鍋を持っていけと言った時も、いつも通りの豪快な笑顔。ちょっとやそっとでは折れそうにないが、リアの知る女将さんはあくまでも頑健そうな一般人である。
大丈夫なのだろうか。
「五日前には連絡が来たって言うから驚きだよね。それにさ、横つながりを作る機会を逃してしまうことになるけど……君達、アルカクの冒険者とあんまり仲良くないでしょ? 今日にも魔物が迫ってくるって時に寝取り騒動とかで仲間割れされると困るって気持ちもある」
この言葉に渋い顔をしたのはザイードとレオナ二人。
自覚していないが、おそらくアルスもカルヴィンの中では寝取り騒動に発展しそうな奴としてカウントされている。彼ら――特にレオナは女性の目を引きすぎる。
「あぁ、もちろん君達がそんなことしないっていうのは分かってるよ?」
女性に手を出すはずもないが、いちゃもんを付けられる可能性があるのはレオナ本人も自覚していた。口を開かずとも苦々しい顔で目を泳がせている。それでけで分かりやすすぎるほど彼女の心情は理解できた。
「先生……フレッド先生は、どうするんですか?」
「私は女将さんやアルス達の方に入る予定ですよ。状況によりけり、ですが」
にんまりと笑う狐のような顔でフレッドはリアの問に答えた。女将さんが参加することや“魔物狩り”に引退組と共同戦線を張ることについてはカルヴィンから聞いていたらしい。アルスの言葉に少し驚いた顔をした以外、この男はずっと笑みを滲ませたまま落ち着いて座っていたのである。
「なら、私も女将さん達の方が良いと思うんですが……ザイード、どうでしょう?」
「まぁ、面倒が少なくて良いんじゃねぇか? 魔物ならまだしも、仲間を警戒するなんてゾッとしねぇや」
「レオナは?」
「……今までと同じメンバーで戦えるなら、それで良い」
「では決まりですね? カルヴィンさん、元冒険者の方達の方に私達も行きます」
「って、そっちに言ったらタダ働きとは言わねぇよな?」
「いやいや。さすがにそんな騙し討はしないって。だけど、今回冒険者の方に出せるのは参加報酬が大半だ。民間人のところにはギルド職員が入って倒した魔物の査定をする予定なんだけど……」
「召集された方には報酬がありませんから。魔物の買取についは辺境伯の方で一括して行う予定だそうです。討伐者は記録しておいて、解散時に集めたお金を手当として分ける。貢献度に応じて額は変われど、ゼロになる人が居ないように、そう考えているんですよね?」
「うん。倒した魔物が全て金に変わるわけではないから、君達にとってはマイナスになるかもしれない。特に、リア。参加報酬はランクに応じて決められているんだ。Dランクの君の場合は半月あたり五千ペンド前後だと思う。現役組なら荷運びとか魔物を倒すとかでプラスして稼ぐんだろうけど……」
雀の涙でも出れば御の字である強制召集も覚悟していたのだ。
Cランク中心の“魔物狩り”として依頼――カルヴィンからの依頼は約一ヶ月で一人あたり五万ペンドだった――を受けてきたせいで安くも感じられるが、一般庶民の収入基準で考えれば極端に安いということはない。
それでも、気まずい顔をしているカルヴィンはやはり庶民とは金銭感覚が違うのかも知れない。
「構いませんよ。カルヴィンさんから貰った報酬もありますし」
「本当? ありがとう」
テーブルに乗っかった顔が自分を見上げてきて、うっとリアは身を引いた。
多少顔が整っていたとしても、大の男に上目遣いをされて嬉しいかと言われれば微妙だ。目の下が真っ黒で頬骨に皮が張り付いている現在のカルヴィンであれば尚の事、恐怖と後ろめたさしか感じない。
「あぁー……これで僕の重要任務は終わりだ。“魔物狩り”の皆さん、ご協力感謝します。実際に動いてもらうのは三日後、十日を予定しています。冒険者組は十五日までに参加してくれれば良いけど」
「……早いな」
「君達が戻ってくる前から進んでいた話だからね。影響が出ないように近隣の討伐をお願いしていた冒険者達も、参加予定の人は十五日までに戻れそうなところに振っているし。僕もねぇ、バイロンのおじちゃんと共同で結構頑張ったんだよ?」
テーブルに上半身を預けにへらっと笑っている姿からは想像もできないが、カルヴィンは出来る男なのである。ただの軽薄な貴族のボンボンではない。体質が関係しているとは言われても、干物になるだけの仕事をしてきたのだろう。
「十日の集合場所はアルス隊長に渡した紙に書いてある。君達は冒険者ギルドで討伐参加の手続きをして、十五日参加にするんなら場所もそこで聞いてね……ふぁぁー……眠い……質問はありますか?」
眠いのではなく、半分眠っていそうだ。
誰も口を開かないことを見て取ったフレッドは、
「ほら、ここで寝ない。帰りますよ。馬から落ちたら笑いものですからね」
結構強めにカルヴィンの肩に平手を食らわせていたのだった。




