03-08:アルカクの現状3
消化不良感を拭いきれない顔をしているリア達を見て、バイロンはニヤニヤした笑みを浮かべた。
「うちのリーダーがタチの悪い金貸しに引っかかっていたとは――ってとこか?」
「担保が命って、タチの悪い金貸しそのままな気がするけど」
実際の野老、強制招集に応じる事が義務付けられている冒険者も変わりはない。
しかし、レオナがそう言いたくなる気持ちもリアには分かった。アルスは“優遇”という言葉を使ったが辺境伯の得が多すぎるような気がするのである。土地や家をくれるというのならまだしも、少し安くなるとか金利がかからないという程度ならば尚更だ。
「おめぇらが思っているような悪い話じゃねぇんだ。他の貴族なら現役時代以上に酷使されるかも知れんが相手は殿様だ。実際、アルスの言うように契約期間中に一回も呼び出されなかった奴も多い」
だとすれば、本人が言うようにアルスは運が悪い部類ということか。
納得行かないという顔でアルスとバイロンを交互に見やる三人の姿に、バイロンは頭を掻きながら面倒臭そうに言う。
「街の事情ってモンもあるんだよ。アルカクってのは冒険者に恵まれてねぇんだ。AもしくはB上位なんてのは少数。運が良けりゃバカンスを兼ねてエヴァルスの迷宮に来てる奴がいたとして、南端のエヴァルスからアルカクまでは最短でも三日は要る。必要な時に、求めるだけの戦力が集まるかは怪しい」
「結局、辺境伯の事情だけ――」
「やぁ! 食事をお持ちしましたよ!」
レオナの声を遮って、両手いっぱいに食べ物を持ったフレッドが部屋に入ってきた。彼の後ろでは飲み物を持った職員らしき男性が盛大に苦笑している。
「開ける前に声くらいかけろ、クソ坊主」
「いい加減、三十男を坊主呼ばわりするのは止めて欲しいんですけどね。ほら、ご飯ですよ。腹が減っては戦になりません。ギルマスの奢りですからね! ガンガン食べましょう」
夜を徹して駆けたはずだと言うのに、憎らしくなるほどにピンピンしている。別れた時よりも元気そうに見えるほどだ。
テンションも妙に高い。
「カルはどうしたんだ?」
「人間の干物みたいな顔でした。寝ろって言っておきましたよ」
肉と野菜が交互に刺さった串焼きが大皿の上に積み上げられ、隣にはかごに入ったスライスされたパン。大ぶりのティーポットと各自のコップが設置されれば、応接セットは飲み屋のテーブルに進化した。
素早くコップにお茶を注いて回ると、男のギルド職員は会釈して部屋を出ていく。
誰からともなく食べ物に手を伸ばし、しばらくは食べ物を咀嚼する音だけが響いた。
空腹は最高のスパイス。
至って普通の、屋台で売られている串焼きが妙に旨く感じられる。
無我夢中で肉を噛むリアの対面では、ザイードがポイポイと薄く切られたパンを口に詰め込んでいる。その横に座ったフレッドも、ちゃっかり串焼きを齧っていた。
「それで皆さんで何を話していたんですか?」
「現状の説明ってやつだ。急いで帰って来いって言われてんのに、依頼人の都合がつくまで待機じゃ腹立つだろう。ついでにアルスに確認してぇ事もあったしな。おぅ、アルス――ちょっと良いか?」
「お前さんが今も冒険者やってんのは向こうも承知なのか?」
「おそらく。俺が交わした契約は引退する冒険者とは別なのだろうと思う。現役冒険者まで招集する事態になったときは、必要に応じてどちらに入れるかを決めると言われていた。期間も三年と短く、期間内にそんな事は無いだろうと詳細まで詰めていないが……」
「三年ぽっちって事は、いや、それ以上は聞かねぇよ。んで、フレデリックがこっちに来たって事は、殿様達がどう駒を動かすか決まったと見て良いか?」
「私も先程までアルスがそうだと知らなかったんですけど……。一応、契約者には動いてもらって、冒険者へは召集ではなく参加を募る予定のようです。報酬も出してね。まぁ、詳しいことは正規の連絡を待ってください」
フレッドの言葉にバイロンは大きく息を吐いた。
緊急時特別召集条約については誰もが説明を受け、同意している。同意しないと冒険者登録は出来ないのだから仕方がない。
しかし、強制召集がかかった時に素直に応じるかと言えば、答えは否。
強制召集以外にも断れない指名依頼が多いAランクともなれば素直に応じるだろうが、範囲がCランク以下までに及べば反発は必至である。ギルドマスターとしては頭の痛い問題だ。
「さて……遅くなりましたが、皆さん、戻ってくれてありがとうございます。ギルマスの言う通り、真っ先に事情を説明すべきなのに、遅れて申し訳ない」
「それはよ、なんだ、先生が謝ることじゃねぇや」
食べ物をあらかた食い尽くしたザイードがぶっきらぼうに言う。
彼の言う通り、リアも到着してすぐにカルヴィンが駆けつけ説明してくれると思っていたわけではない。大昔のように誰もが魔道具を使い距離を気にせず連絡が取れるわけではないのだ。予め冒険者ギルドに指示が伝えられていなければ待機時間が出来るのは仕方がない。
「簡単になら私からお話できることもありますが……ここ、借りてて良いですか? お邪魔なら場所を移しますが」
「いいよ。俺も気になるから、そこで喋ってろ」
食事を取り終えたバイロンはろう言い捨てて机に戻る。
強制召集をは無いと分かって気が楽になったらしい。書類と向き合う姿には、先程までよりも少しだけ余裕が見られた。この様子だとフレッドの言う人間の干物にはならずに済むだろう。
「また公表しないでくださいよ? 今、手元にある情報から考えると、アルカクに向けて南西側から魔物が来る可能性が高いようです。ほら、私達もイグル村でビッグボアの群れに遭遇したでしょう。あれも北を向いて走っていましたよね」
リアはカルヴィンに渡された地図を思い浮かべた。
ビッグボアがあのまま真っ直ぐに進んだたかは定かではないが、確かに、アルカクはイグル村の北東にある。
「アルカクよりも北で妙な魔物が湧いたという話は無いんです。私達が調査を切り上げて戻れと言われた理由の一つでもありますね。半島南部も同じく異常なし。理由はわかりませんが、アルカクが魔物に狙われているような印象なんです」
カルヴィンから指定されたルートは半島の形状から縦長に変形はしているものの、アルカクを時計の二時辺りの位置として時計回りにぐるりと一周するものだった。その中で中級以上もしくは規模の大きな魔物の群れに遭遇したのは出発してすぐ、アルカクから割と近い場所で二度。
それから南下している間は何もなく、九時くらいの位置でイグル村のワイルドボア。少し北上してレッサー・エレメントに遭遇した。
(気味が悪いくらいにフレッド先生、いや、カルヴィンさんの言う通りだ……)
リアは頭の中の地図と記憶を照らし合わせていく。
思い出すときはなぜか上を見てしまうもので、半分白目になっているリアに気付いてフレッドは小さく吹き出していた。普段の彼であれば軽い変顔に突っ込むところであるが、今回は脱線せずに話を続ける。
「私達が巡回した時も、南では普段通りの魔物しか湧いていないと言われましたよね。他の地域でもそうらしいんですよ。南端の迷宮も至って平常」
「フレッド先生、北を向いている感じはしますけど、どうしてアルカクに向かっていると思うんですか? もっと北、半島から大陸部分に行く可能性もあるんじゃないですか?」
「根拠と言えるほどではありませんが、アルカク周辺の魔物は北上する様子がありません。我武者羅に街へ向かってきている訳でも無く、自由区の周りを徘徊しているような感じですが」
リアの質問にフレッドは少し首を傾げながら答えた。
アルカク周辺の魔物について分かっていないことが多い。周辺の魔物についても北上していたことは報告されていても、まだアルカクに到達していないのである。実際に来てみなければ何が目的なのかは分からない。
「とりあえず、アルカクの南から西にかけて、いくつかの防衛拠点を設置する方向で動いています。元冒険者、有志の現役冒険者だけではなく、クレメンテ辺境伯軍も参加――というか軍が主体ですね。私の予想ですが、アルスには元冒険者組に加わるのを望んでいるんじゃないかな。相談したいと言ってましたが」
「……契約した以上、俺は命じられたままに動くだけだ。強制ではないということは、レオナ、ザイード、リアの三人は自由だな?」
「えぇ。何か考えていることはあるようですが、強いられはしないでしょう。そこは安心してくれて良いですよ」
緊急時特別召集の名のもと、無茶振りを強制されないのは喜ぶべきことだ。
しかし、素直に喜びを露わにする者は一人もいない。
アルスが参戦するのはほぼ確実であり、フレッドも何らかの形で協力するのだ。“魔物狩り”に加わって日の浅いリアであっても、彼らの戦いを自分は安全圏から眺めると思えば釈然としない。少なくとも頑張って来てください、なんて言う気にはなれない。共に過ごした時間の長いレオナとザイードは余計にそうだろう。
「フレッド先生、カルヴィンさんの考えというのは……?」
「分かりません。そうそう、カルヴィンから伝言があります。冊子は受け取った。基本報酬は既に支払っているからギルドで受け取れるが、追加報酬と例の相談については少し待って欲しい――と」
一旦言葉を区切ってフレッドは四人の表情を確認した。
彼がカルヴィンであるかのように心持ち緊張を浮かべた顔で喉を潤し、再び口を開く。
「それから、彼は今回の件で皆さんと話したいようです。もし可能なら、ヘロン亭かアルスの家に集まっていて頂きたいと。体が空き次第駆けつける、どれだけ長くても二日以上は待たせないと言っていました」
互いのやり取りを省いて、最も手っ取り早く会える方法ではあるだろう。同じ宿に泊まっているわけではなく、それぞれ家を持っている“魔物狩り”にとっては微妙な提案ではあるが。
「俺は構わないが……皆はどうだ? 報酬が入るのなら南都かどこかに行く手もある」
「いやぁ……その提案は魅力的ッスけどね。じゃぁなっつってクレメンテ半島脱出するほど開き直れてねぇッスよ、オレ。先生よぉ、話聞いて、妙なこと頼まれたら拒否るってのも有りだよな?」
「可能ですよ。いや、不可能でも半島を脱出すればそれで終わりじゃないですか」
「なら、とりあえずオレも残るぜ。ヘロン亭は女将さんに迷惑だろ? 隊長ン家、良いか?」
「私も残りたいです」
「あぁっ! もう! 私も残るよ。私だって一人だけサヨナラは嫌だ」
誰も街を出ようとも、カルヴィンと顔を合わせたくないとも言わなかった。
とは言え、一度は家に戻って旅装を解きたい。
なら、用意が整った人からアルスの家に集まれば良い。
今後の予定をまとめている“魔物狩り”を、口元のニヤつかせながらバイロンが眺めていた。




