表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/80

03-07:アルカクの現状2

 “魔物狩り”が通されたのは以前使った個室ではなく、最奥にあるギルドマスターの仕事部屋だった。扉を開けて真正面に大きな執務机があり、向かって左側にはそこそこに立派な応接セットが置いてある。反対側には目隠しが置かれており、奥に仮眠用ベッドでもありそうな雰囲気的だ。


「よぉ、お疲れ」


 書類溜まりと化した机に埋もれているギルドマスター――バイロンの第一声はそれだった。

 しかし、お疲れ度合いで言えば“魔物狩り”メンバーよりもバイロンの方がよほど上であろう。目の周りが落ち窪んだ上に、目の下が真っ黒だ。いかに職業意識で気丈に振る舞おうとも、顔に浮かび上がった疲労は隠せない。


「突然呼び出して悪かったな。おめぇら昼飯食ったか? まだだな? ヨアンナ、悪ぃんだけど五人分の食い物持ってきてくれねぇか。飲み物も」


「ニコラからの伝言です。この時間買いに行くならパンと串物しかないと」


「あぁ、それで良い。悪いな、任せた」


 苦笑を浮かべながら退室しようとするヨアンナに思わずリアは声を掛けていた。


「あの、すみませんヨアンナさん……」


「気にしないでください。いつもだったら自分で行けって言うんですけど、今はギルマスも仕事してますし、買い出し組も息抜きになりますから。時間が悪いので内容は期待しないでくださいね」


 くすっと笑ってリアに耳打ちし、ヨアンナは扉を締めた。

 頭が地べたに着くまで下がる思いである。

 どうしておんな出来た人になれるのかと思ったが、脳裏ににやりと笑う祖母(ルミナ)が浮かんでリアは頭を振った。ルミナには感謝しているが、自分の育ちの中にヨアンナになれる要素は皆無。


(これから目指せば良いだけだけど、超難関だ)


「まぁ、とりあえず適当に座ってくれ。俺もこの書類片付けたらそっち行くからよ」


「では――」


 六人がけの応接セットに、何となく男女で向かい合うな形で座った。

 リアの向かいにはザイードが、レオナの向かいにはアルスが居る。


「言われてみりゃ、腹減ったな」


 ザイードが腹を擦りながら呟けば、ブハッとバイロンが吹き出していた。

 疲労と、その後では街と冒険者ギルドの様子の違いに気を取られて空腹を忘れていた。ザイードの言葉を聞いた瞬間から、リアも強烈な空腹感を覚えることとなった。隣ではレオナがゴクリと生唾を飲んでいる。


「……生きてるんだからよ、しょうがねぇだろ」


 女二人に恨みがましい目で見られ、ザイードは顔をへんにょりさせて笑う。

 狼ではなく、いたずらが見付かった時の飼い犬のような顔である。文句を言うようなことでもないのだが、言う気を失わせる効果を絶大に発揮している表情だ。


「そうそう、兄ちゃんの言う通り。腹が減るのは生きてる証だ。若いから飯抜きでもなんとかなるが、無理しちゃいけねぇ」


 死神に取り憑かれたような顔で、しかし、バイロンは豪快に笑う。どう見ても不摂生の極みという姿には触れないお約束であるらしい。

 そこいらの若者よりも余程しっかりとした足取りで、椅子を抱えたバイロンも応接セットの方にやってきた。全員の顔が見やすいテーブルの短い辺のところに椅子を置き、どっかりと座る。


「俺は持って回った言い方が得意じゃねぇんだ。おめぇらも普通に話せ、鯱張って話されるとケツの穴が痒くなるからな」


 前回会った時も感じていたのだが、バイロンはギルドマスターというよりも酒場で管を巻いている冒険者に見える。これでクレメンテ辺境伯総括って大丈夫なのかと、思わずリアは失礼なことを考えてしまう。

 だが、この男を頂点に据えているアルカクのギルドは居心地が良い。


「いきなり依頼をブン投げて帰って来いって言われて驚いただろ?」


「まぁ……。それで、貴方からなら事情を聞けるかと」


「おうよ。周辺のザコしかいねぇとこに中級魔物が湧いている事は聞いたか?」


「低ランクは外に出るのを控え、CとDのパーティが近隣の討伐依頼を請け負ったらしいな。しかし……それにしては街の様子が暢気過ぎる。まるで脅威となる魔物の事など知らないように見えた」


 アルスの言葉を聞いたバイロンは束の間目を閉じた。

 ゆっくりと目を開いた時、彼の顔には微かな笑みが浮かんでいた。


「知らねぇ奴も居るんだろうよ。それに、クレメンテ辺境伯ってのは他の貴族よりも気前が良い。兵士を動かして街道と自由区を見回っている。冒険者は何人か負傷しているが死者はゼロ、民間人に被害は出てねぇんだよ。今んとこ何もかもが平常運行だ」


「だとして、そんなに落ち着いていられるものか?」


「安全なうちにって引き上げた商人なんかもいるぞ? 冒険者だって皆が仕事で出払っているわけじゃなく逃げた奴もいる。元々人の数が多いから分かりにくいだけだな。俺からすりゃ、危なっかしい外に出て逃げるよりも、フクロウの翼の下に居るほうが安全だと思うがね」


「フクロウ……?」


 うっかりリアの口から零れた疑問をバイロンは見逃さなかった。

 わずかに目を細めてリアの顔を見た後、納得したようにニヤリと口元を歪めた。


「嬢ちゃんは新顔だったな。フクロウってのは今のクレメンテ辺境伯の渾名みたいなもんだ。自分がそう呼ばれてるってこともご存知だろうが、ご本人には言っちゃダメだぞ?」


「す、すいません、口を挟んで」


「良いって。そっちの二人も気になることがあったら言って良いぞ。リーダーしか喋らんなら来た意味ねぇだろ?」


「なら、教えて欲しい。どうして私達は呼び戻されたんです? Cランクにまで緊急召集かけるつもりも無いんでしょう? どこかの討伐依頼を割り振られるのかと思ったけど違うみたいだし」


 と、超が付くほどの直球で聞きたいところを口にしたのはレオナだった。

 バイロン以上に持って回った言い方が苦手なのである。とは言え、ここまで的確にズバリと聞きたいことを聞けるのは一種の才能かもしれない。


「戻って欲しいと言ったのはカルの坊主だ。心情までは分からねぇよ。ただ、少なくてもフレッドのヤツの事は絡んでるだろうな。アレでもBランクだし、昔っからの馴染みだからな」


「それなら俺達だけで継続という選択肢もあったはず。だが、パーティ全員という判断をしたのは貴方の意向もあったのでは?」


「アルスだったな? メンバーにお前の過去(まえ)は話してんのか? なんでアルカクに居るのかも」


 はっとしたかのように、一瞬アルスの動きが止まった。

 表情が薄いせいで顔は冷静そのものではあるが、少なくとも“魔物狩り”のメンバーから見ればバイロンの言葉に思い当たることがあったのは一目瞭然だ。

 驚き、困惑、そして僅かな納得。

 微かにアルスの顔に浮かんだ内心をリアはそう判断した。


「軍人だったことは、一応。……貴方がそれを言うということは、辺境伯は自ら召集をかけると?」


「俺だって逐一辺境伯と話し合ってるわけじゃねぇ。だがよ、ギルドを使って緊急召集かけンなら、その前に手持ちの駒も使うのが道理だ。持ち駒だけにするか、組み合わせるかは分からんけどな」


 二人の間では通じているらしき話を聞きながら、リアはぐっと眉を寄せた。

 話が急に剣呑な雰囲気を帯びた気がしたのだ。軍人や持ち駒という言葉が飛び交えば、時折出ているらしい中級魔物の討伐についてではなく、戦争の相談をしているように聞こえる。結局の所何の話なのか、アルスと辺境伯の間に何があるのか――気になるが、声に出すには勇気が必要だった。


「あの……アルス隊長は冒険者以外にも、何かやられているんですか?」


「いや、今は冒険者だけだ。ギルドマスター、辺境伯の方針は機密という訳ではありませんよね?」


「まぁ、他の貴族に睨まれるから広めたくは無いんだろうが……召集されたら分かるこった。お前さんが口外しないよう言い含められていなけりゃ良いんじゃねぇか? 正直、俺もお前の扱いがどうなっているか分からん」


 だろうな、と呟いてアルスは苦笑を浮かべた。

 いつもよりも少し柔らかい、それでいて痛々しくも感じられる目をしてアルスは自分の仲間たちをぐるりと見回した。最後にバイロンとしっかりと目を合わせ、普段よりもワントーン低い声で話し始めた。


「俺は話すのが上手くない。厳しく口止められている訳ではないのだから問題はないと思うが、かと言って言い触らして良い話でも無いのだろうと思う。それでも話したほうが良いかな?」


 毒食らわば皿まで、とばかりにリアは頷く。

 辺境伯――貴族が絡む話だからレオナとザイードが嫌がるのではないかと思ったが、二人共同じように頷いていた。語るのはアルス。自分たちのリーダーではありながら、その過去はほとんど知らない男だ。

 これからの動きとの関係が第一だが、もっと俗な好奇心が紛れ込んでいることも否定できない。


「ギルドマスターも補足があればお願いします。……アルカクでは引退を考えている冒険者に対する優遇があるらしい。声がかかる基準は分からないが、農地や住居などを安くしてくれたり、金利は無しで購入金を貸してくれたりする。俺の場合は、それであの家を手に入れることが出来た」


 Cランクの冒険者にとってもあの家は大きな買い物だが、購入時のアルスはまだCランクになっていなかった。収入を考えると一世一代の買い物だろう。

 なぜ農地付きの家を買ったのか――疑問に思ってはいたのだ。


「と言っても、辺境伯も善意だけでそんな事をしている訳ではない。優遇を受けるには、ある程度の年数、冒険者の強制招集のようものに応じると契約を交わすことが前提だ」


 その条件であれば辺境伯にも十分過ぎるほどのメリットがある。

 ザイードが唸った。


「隊長は軍人だった時に、辺境伯から声をかけられたってことか?」


「まさか。俺は辺境伯と会うような大物じゃない。軍を辞めた後に辺境伯の元で働いているという男に声をかけられた。なぜ俺に声がかかったのかは分からないが、目的と合致する人間を探すために人を雇っているんだろう」


「じゃ、今回は借金のカタとして討伐に出されると?」


 あけすけなザイードの言い様にアルスの苦笑が深くなる。


「金は借りてないが、まぁ、似たようなものだな。十年以上も実際に働かされた人はいないと聞いていたが、俺は運が悪いらしい。それでも辺境伯への恩を考えれば安いものかもしれないが。……そういうわけで、辺境伯から司令が出れば、俺は討伐に加わることになると思う」


 結局、アルスは自分の過去にはほとんど触れずに説明を終えた。

 狐につままれたような顔をしたレオナ。

 おそらくは自分も似たような顔でアルスを眺めていているのだろうとリアは思う。バイロンとの話していた意味と彼がアルカクを拠点にしている理由は分かったが、予想外な話の切り上げ方にどこか腑に落ちない気分を拭えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ