03-06:アルカクの現状1
わずかな休憩を挟み、日が落ち続けるまで駆け続けて二日。
七番月、七日の昼過ぎにリア達はアルカクの自由区と下区を区切る門を通っていた。
皆、疲れてはいるが疲労困憊という状態には遠い。
近距離なら【強化】によって通常の二倍以上の速度で走れはする。
しかし、それを一日続けられるとなれば鉄人、化け物と呼んでも過言ではない部類だ。後先を考えずに人間が【強化】を使いつつ一日走るよりも、常歩の馬に乗っていたほうが移動できる距離も長い。体力と魔力を使わず、使い切るよりもずっと早く進める馬が重宝されていることがよく分かる。
もちろん、 到着後に倒れても良いというならば【強化】の使い方も違う。がた、今回は到着後が本番という可能性もあったため、きちんと休憩時間を確保して魔力と体力に余裕を持たせての移動だ。
馬車と同じか少し早い程度の速度が限界だった。
ただし【強化】の度合いに関しては“魔物狩り”の中でも図抜けている鉄人である、フレッドはリア達よりも先にアルカクに到着している――はずである。
幼馴染に危機が迫っているかも知れないと思ったのか、彼は一人先行したのだ。馬並みの速度、常人が歩く二倍以上の速さでアルカクまで突っ切っていた可能性もある。
「……特に、異常は無さそうだな」
そうまでしてフレッドが向かったはずのアルカクは、しかし、ぱっと見た目には平常通りだった。魔物に囲まれてもいなければ、街中に侵入した形跡もない。いつも通りに賑々しく、至って平穏と言える。危険が迫っている時特有の重苦しさも、空気のピリつきも感じられなかった。
心配しすぎだったのではないか――。
そんな思いで顔を見合わせた“魔物狩り”の面々だったが、冒険者ギルドの扉の奥に広がる光景によって裏切られた。今日はやけに室内の風通しが良い。リアが顔を顰めたくなる獣臭く饐えたような臭気が希薄で、掲示板を隅から隅までゆっくり眺められるくらいに人が少なかった。
「うわぁ……なんか不気味だね」
「ギルドはもっと、ぎっしりみっしりしていると思ってたんですけど」
真っ先に口を開いたレオナの瞳が不安に揺れていた。
リアも気持ちは同じである。毎日がお祭りのように賑々しく、今日も変わらずに騒々しいアルカクの街中において、冒険者ギルドだけが閑散としている。そのことが尚更に異様さを浮き上がらせていた。
「あっ! 皆さん、お帰りなさい!」
冒険者ギルドの有り様に息を呑む“魔物狩り”へ、真っ先に声をかけたのはヨアンナだった。淡い栗色の巻き毛と大きな胸も揺らしながら、にっこりと笑って手を降る姿に少しだけホッとする。
「イスオテで伝言を聞いて戻った。フレッドはもう?」
「ええ、夜明け前にお戻りになられました。依頼者様が直接の報告を求めていらっしゃるのですが、皆さんの到着を伝えて日時を合わせるとなると――少しお時間がかかってしまいます」
「それは仕方がないことだと思うが……。簡単にで構わない。現状、どうなっているかだけでも説明してもらえないだろうか? アルカクが大変らしいという噂は聞いたが、俺達には何がなんだか……」
「そうッスね、このままじゃ気になって休めもしねぇ。ヨアンナちゃん、頼むよ」
「……ここじゃなんですから、ブースの方へ行きましょう」
振り返って別の職員と短い言葉を交わし、ヨアンナは“魔物狩り”を先導して仕切られたブースへと向かった。
仕切りで遮断された空間に入れば、冒険者ギルドの異様さが目につかなくなる。しかし、静かすぎる。いつもなら会話は周囲の音に紛れるが、今はギルド中に筒抜けになるのではないかと心配になってしまうほどだ。
「人が居なくてビックリしましたよね?」
全員が席につくとヨアンナは砕けた口調に切り替えた。
声を潜めているあたり、彼女もまたこの静けさに居心地の悪さを感じているのだろう。
「うん、驚いたよ。ギルドに何かあったの?」
「いえ、いや、レオナさんの想像されていることとは違うと思うんですが。えぇっと……」
「ごめん、気が急いてて。順番にあったことを話してくれるかな? 隊長達もそれで良いよね?」
レオナの言葉に頷いたものの、ヨアンナはすぐに口を開かなかった。
言葉に詰まるヨアンナの姿をリアは初めて見た。“魔物狩り”に入ってから依頼の相談で何度か話したことがあり、いつも打てば響くように依頼内容や周辺地域で出されている依頼について答えてくれていたのだ。
「……先月末に南西、自由区外れの森で再びC級魔物が発見されました。近くで訓練をしていた軍が駆けつけたので大事には至らなかったものの、森での採集依頼を受けていた二名が負傷。その後も数日置きに森ではD級C級の魔物が湧いています」
「危ねぇな。あの森は駆け出しがよく行ってンだろ?」
「えぇ。自由区の方は殿様の軍が巡回しているので被害は無いんですが、さすがに森の中に入って毎日魔物を確認するわけまでは出来ないようで。仮成人組の子達は受けられる依頼が激減しています。それに、他の場所でもちらほら中級魔物が出現したという報告があって、Dランク以下の方にとっては厳しい状況なんです」
「迂闊に依頼を受ければ危険だと、ギルドに寄り付かない?」
「ギルド側としても依頼未達成、死者数の増加は望んでいませんから。先程アルスさんは噂を聞いたと仰っていましたが、イスオテでは何と言われていました?」
「緊急召集されるんじゃないかと言われて、急いで来たんです」
「んー、召集ではありませんが、五日ほど前からCランク以上のパーティに近隣の討伐依頼をお願いしているんです。アルカクは殿様が何とかしてくれているので。その結果、ギルドにはほとんど人が居なくなっちゃったんですけどね」
辺境伯ではなく殿様と呼ぶあたり、ヨアンナもアルカク生活が長いのだろう。彼女の口調には所属している冒険者達に対する心配と、クレメンテ辺境伯に対する信頼が入り混じっていた。
(低ランクの人には依頼を振らないようにしてるってこと?)
Dランク以下にとって厳しいと言った際、微かに浮かべた苦い表情からリアはそう見当を付けた。
危険だと言われても依頼を受けよう、森に行こうとする人間は少なからずいるはずなのだ。Cランク以上のパーティは出払っていたとしても、ここまでギルドが閑散とする理由とは言えない。
口に出すのは憚られる部分を伝えるために、わざと表情に出した可能性もある。
「ということは、俺達にもどこかの討伐依頼を?」
「いえ、だとすれば私達にも指示があるはずです。戻られた“魔物狩り”の皆さんについては――」
話している最中、別のギルド職員がヨアンナの肩を叩いた。
軽く会釈して席を離れたヨアンナは、少し離れた場所で話を聞いている。取り残された“魔物狩り”も“魔物狩り”で、先程までよりも声を潜めてヨアンナから聞いた話と自分の体感の違いを口にしていた。
「こういう話を聞いちゃうと、いつも通りな街のほうがおかしい気がするんだけど」
「だな。オレ達も南西から帰って来たけどよ、巡回している軍なんか見なかったよな? 周辺に強ぇ魔物が出たら街を出られなくてイライラしている奴が溜まってるはずだと思うんだけど」
「ビックリするくらい冒険者ギルドまでは普通でしたよね」
「魔物の駆除に出向かせる気がないとすると……なぜ急に呼び出されたのかが気になるな」
「やっぱりセンセェがお目当てだったんじゃないッスか?」
疑問を口に出しはしても、答えを見るけるには情報が少なすぎた。
コソコソと口にする言葉は相手に話すと言うよりも独り言に近い。
各々で首を傾げながら想像力を働かせている“魔物狩り”の元へ戻ったヨアンナが口にした言葉は、彼らの疑問を解く鍵となるものだった。
「失礼しました。うちのギルマスが皆さんとお会いしたいと言っていますが、この後のご都合は如何でしょう?」
誰も否定的な声は上げない。
このモヤモヤした気持ちを抱えて待機を命じられるのならば、ギルド長だろうがカルヴィンだろうがさっさと会って話を聞きたい。リアがそう思うくらいなのだ、レオナやザイードも与えられる情報と現状の相違に納得がいっていないだろう事は想像に難くない。
今更、見て見ぬ振りをしてアルカクから逃げる事も出来ないのだろうし。
「私は構いません。というか、ぜひお話を聞きたいです」
と三人を代表するようにリアが口を開けば、確認するようにアルスがゆっくりとメンバーの顔を見回した。レオナとザイードも力強い頷きを返している。
二人共、貴族は嫌いだとか、厄介事は御免だと口にはしているが、目の前で誰かが襲われていたら助けに入ってしまう手合である。根っこの部分で人が良いのだ。だからこそ面倒に巻き込まれて嫌な思いをしているのかも知れない、と引き締まった二人の横顔を見ながらリアは考える。
「こちらからもお願いしたい。すぐに伺っても?」
「ありがとうございます。ご案内させていただきます」
ヨアンナはふんわりと微笑んでいるが、先程ヨアンナに言付けしていた職員はくたびれ切っていた。よく見ればヨアンナも心なしか顔色が悪い。普段通りに振る舞っているから気付かなかっただけで、いつもよりも強い魔物が湧いているという報を受けてからずっと忙しかったのだろう。
先導して歩くヨアンナの背に、リアは心の中でお疲れさまですと声をかけていた。
本人に言ったとしても喜ばないだろうと思ってのことだ。ふんわりとした容姿に恵まれているせいで誤魔化されそうになるが、ヨアンナ、いや、アルカクの冒険者ギルドはしっかりしている。冒険者に不安を与えるような言動は見せないようにしているように感じられた。実際にギルドに入った時にヨアンナの笑顔にホッとしたのである。
(私には無理……でも、見習わなきゃな)
冒険者として生きるのと、ギルドという組織の中で生きていくのは違う。
それでも自分とさして年の変わらない女性の信念に触れれば、思うことはある。
拳を握りながら、リアは最後尾で階段を登った。




