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03-05:アルカクからの要請

「どういうことだ?」


 淡々としたアルスの声がいやに響いて受付嬢が身を強張らせた。

 艶々した髪を掻き上げつつ上目遣いでアルスを見ているが、“魔物狩り”リーダーはそんな事でニヤけたり絆されたりするような男ではない。むしろアルス隊長が意味もなく女に絆されることがあるのなら見物料を払っても良いというのが“魔物狩り”の総意であろう。


「説明してもらいたい。出来ないなら上司かギルド長を呼んでくれ」


 案の定、アルスは媚を含んだ女の目を跳ね除けた。

 普段通りの冷静な声が二割増しくらいで冷え込んでいることから、見慣れていれば彼がイラついている事が分かるだろう。周囲へ目を向けた受付嬢は不機嫌さを隠しもせずに席を立った。


「……何なんだ、あの女」


 ここはアルカクよりも南西、イスオテの町。

 “魔物狩り”は指定された十八ヶ所のうち十五ヶ所目までの確認を終えていた。イスオテはカルヴィンに立ち寄ることを指定されていた四つの冒険者ギルドのうち、最後の一つである。


 経過報告に立ち寄ることが決められているこのイスオテの冒険者ギルドで、平原にレッサー・エレメントが漂っていたことも伝えようと考えていたのだ。


 しかし、パーティ名を名乗ると突然「アルカクに戻れ」という伝言を伝えられてしまった。その理由を聞いてもギルドの受付嬢は髪の毛を弄りながら首を傾げるばかり。底冷えする声を出したアルスだけではなく、周囲で様子を見ていた“魔物狩り”の面々だって苛々していたのである。

 依頼の最中に戻れと言われても意味が分からない。


 報酬はどうなるのか、急に戻れという理由は何なのか――。

 依頼者であるカルヴィンと面識があるリア達からすれば、彼がそうした事に一切触れずに自分本意な命令だけをするはずは無いと確信していたのである。戻れと言うからにはそれなりの理由があり、現行の依頼についての扱いも言伝ているはずだ、と。


「……あんたらが“魔物狩り”か」


 受付嬢に呼ばれてカウンターへとやってきたのは、膨らんだ男だった。アルカクのギルド長であるバイロンのように筋肉で膨らんでいるわけではない。歩くたびにふるふると震える柔らかい肉――脂肪である。

 ほんの少しの距離を歩いただけだろうに息が荒い。

 先程の受付嬢と言い、イスオテの冒険者ギルドは大丈夫なのか。


「そうだ。ギルドカードは先程も見せたが、もう一度必要か?」


「いや。で、何だ? さっさとご指示通りアルカクに帰れ」


「その事。俺達は依頼者から直接話を聞いて依頼を受けている。彼が残りを無視して戻れと言うからには理由があるはずだ。省略せず彼からの言伝を全て伝えろ。……そもそもお前はこのギルドの何だ?」


 ふてぶてしい男を睨めつけ話すアルスに、リアは少しだけ感心していた。

 フレッドほどではないにしろ、アルスも普段の口調は割と丁寧な部類である。パーティの下っ端であるリアやレオナ達にも、ややそっけない口調ではあるがこんな話し方はしないのだ。

 嫌悪感からか、下手に出れば付け上がるタイプだと判断してのことか。


「俺はイスオテ副ギルド長のデフダだ」


「……話にならないらしい。ギルド長はどこだ?」


 アルスの表情も声も、恐ろしいまでに平坦。だと言うのに今すぐに剣を抜きそうな気迫が滲んでいる。

 デフダと名乗った男は顔中にびっしりと汗を浮かべ震えていた。


(これからの時期、暑さ対策に良いかもしれない)


 冷気は放たれているかもしれないが、瘴気のような嫌な感覚はない。

 だから、リアはこの一幕を暢気に見物していた。いつの間にか受付前に集合していた他の“魔物狩り”メンバーも同様である。レオナとザイードの二人に至っては「もっとやれ」という空気を出している。

 傍から見れば完全に悪役パーティであろう。


「アッ、アルカクに招集された。あっちは――こっちもだが、魔物の脅威度と数が増えているんだッ! クレメンテ辺境伯が緊急召集を出すんじゃないかという噂もある。あんたたちの中にはBランカーがいるんだろ? アルカクに戻って欲しいんだろうさ。……ほ、ほら、これがアルカクからの連絡だ」


 デフダは頬肉を揺らし必死に手と口を動かす。

 手汗で若干湿り気を帯びた小さな紙片がカウンターの上に乗せられていた。


『アルカク周辺の魔物増加により帰還を要請。依頼の報酬は契約通り支払われる。“魔物狩り”はアルカクに到着次第、即冒険者ギルドに報告すること。閉門後であっても門衛にギルドカードを出せば通行できる』


 走り書きされた内容は、要約すればそんなものである。

 とりあえず報酬が減らされることはないと分かって皆一様にほっと息を吐く。

 しかし――。


「この感じだとさぁ、帰ったら別の仕事を押し付けられそうだよね」


 レオナが囁いたように、単に危険だから帰って来いというわけではあるまい。

 頼みたいことがあるから早々に帰ってきて欲しい、という更なる厄介事の臭いが紙片の行間から漂ってくる。


「緊急召集が出ると噂されるくらいですから、スタンピードに近い状況なんですかね?」


 緊急召集は古くから冒険者ギルドと各国の間で交わされている盟約である。


 建前として、冒険者ギルドはどの国家にも属さない。

 しかし、冒険者という流れ者に勝手に稼がれては国に税が入らない。国もしくは領主からすれば国の富を持ち逃げされるような感覚だ。

 彼らの反発を防ぐために冒険者ギルドは設立時、冒険者の取り分の二割を集めて国に税として納める事を約束した。今でも世界共通、冒険者の納める所得税は二割である。


 しかしながら、税が二割のみという国は当然ながらほとんどない。所得に関わる税が安い国であっても人頭税、労役もしくは労役免除税、国民相互扶助金などが重なる。

 そこで二割税と共に提案されたのが緊急時特別召集条約――通称、緊急召集――と呼ばれる、スタンピードや高位魔物の出現時には統治者の要請を受け冒険者ギルドが周辺の冒険者を強制召集するという盟約だ。


 条約が適用されるのは不測の魔物被害に限られているが、この取り決めによって各国は国費で養っている軍以外の兵力を確保できる。自分の腹をほとんど痛めず対魔物戦力を得られるのだ。

 今でこそ冒険者ギルドが撤退すると国が潰れるとも囁かれているが、当初はこのメリットから冒険者ギルドの支部を置くことを認めた地域も多いと伝えられている。統治者側としては一つの保険である。


「ってことは、最低でもセンセェは召集対象だな」


 緊急召集の対象は内容よって異なる。

 だが、高位ランクと呼ばれるAランクやBランクは討伐への参加を強制されるのはほぼ間違いのないこと。スタンピードであれば中間層のC、Dランクも駆り出される可能性は十分にある。それ以外に高位魔物討伐時に補給要因としての召集もあるから気が抜けない。

 戦力として当てにならない低級冒険者は大抵が対象外だが。


「まぁ、私はアルカク民ですからね。それは良いんですが……」


「俺達全員、か」


 言いながらフレッドとアルスは目配せを交わしていた。

 なお、副ギルド長のデフダは空気になろうとするように縮こまっている。何か口を挟んで再びアルスから冷気を当てられたくないという判断だろう。


「――チッ。だから貴族は嫌なんだ、庶民は自分の意のままに動いて然りってか」


「金は払うって言うなら、オレは戻ったって構わねぇ。けどなぁ、うかうかギルドに顔出したら強制召集か、雑用か、何か押し付けられんだろう。ヤんなるな」


 レオナとザイードは苦々しい顔付きで、露骨に不信感を口に出していた。フレッドもそれを咎めることはせず、困ったような苦笑を浮かべている。

 取りなすように口を開いたのはアルスだった。


「依頼を受けている以上、指示に従うべきだろうな。……俺は戻ろう。だが、俺とフレッド以外は戻らなくても咎められることは無いだろう。どこかに滞在するという手もある」


「いや、隊長……それは……」


「負傷したとか適当に言い繕っておくさ。アルカクが危険な状態であるほど追求してくる余裕はないだろう」


 心が揺れる提案である。

 しかし、リアの持つカルヴィンという男への印象と、レオナ達の言う典型的貴族のイメージには齟齬がある。その違和感がアルスの提案に頷くのを躊躇わせた。


(自分の意のままに動くのが当然、って言いそうには見えないんだよね)


 今回の依頼も、カルヴィンの地位であればいきなり指名依頼を出すことも出来た。しかし、依頼を出す前に、わざわざヘロン亭に皆を集めて説得しようとしたのである。

 軽妙で軽薄で、それでいて病人のような顔になりながら緻密な冊子を作った男。


 カルヴィン直筆の冊子と地図をリアは十五日以上も見続けてきた。

 事細かに各地の情報が書き込まれた冊子は、軽々しい彼の印象とは裏腹に、真面目で、真摯とさえ言えるものだ。調査内容が彼にとって重要なのは勿論のこと、依頼を受ける“魔物狩り”に対する敬意のようなものも感じられた。


 緊急召集する程の事態であれば話は別だが、カルヴィンが理不尽な要求を一方的に押し付けてくるだろうか。


「アルス隊長、一緒に戻っても良いんですよね?」


「うん? もちろん、リーダーとしては助かるかな」


「なら、私も一緒に帰ります。アルカクがどうなっているのか気になりますし」


「……そうか」


「ちょっ、リア、まじで言ってんの? Dランクが強制されるのは稀だけど、私達と一緒にいたら巻き込まれるかも知れないんだよ?」


 目元だけで微笑んだアルスと、ぎょっとしたな顔のレオナ。

 レオナの隣ではザイードも苦々しい顔をしている。


「カルヴィンさんなら、多分、そこまで理不尽な仕事を押し付けて来ないとは思うんです。アルカクを拠点にしていますから、緊急召集は仕方ありませんし。それに……私は、日は浅いですけど“魔物狩り”の一員のつもりです。“魔物狩り”への依頼は最後までやり遂げたいなと」


「……わぁったよ。オレも帰る。だけど、魔物のエサとしか思えないような作戦を強要されたら逃げっからな」


「ザイード……! いい、良いよ。私だって“魔物狩り”だ、みんなと帰る。でも、ザイードと一緒で馬鹿みたいな命令されたら離脱するからね!」


 口では投げやりな事を言っているが、ザイードとレオナは笑っていた。

 リアと同じく貴族ではなくカルヴィン個人の人間性に思い至ったのだろう。リアが賛同したことで“魔物狩り”の一員だというプライドも刺激されたのかも知れない。


「では、えぇっと……デフダさんでしたか。“魔物狩り”はこれよりアルカクへ直行すると伝えてください。ニ日程度で到着するでしょう。それから――皆さんの判断に感謝します。アルカク育ちの人間としても、アレの友人としても、お礼を言わせてください。本当にありがとう」


 感極まったような顔で頭を下げたフレッドの姿がやけに印象的だった。

 フレッドにここまで信用されている相手なのだ、きっと悪いようにはならない。リアはそう思うことで「関わりたくない」と呻く心の中の自分を抑え込んだ。



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