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03-04:高みを目指すのならば2

 レッサー・エレメントの側でフレッドは向き直ると、固唾を呑んで自分を見つめているメンバーに微笑みかけた。


「言葉で説明するのは難しいんですが、こう、体の一部分に【強化】を寄せ集めるんです。感覚としては力むのに近いのかな? 武器にまで強化した【強化】を回すのは違うのかも知れませんけれど」


 見せつけるように前へと突き出した拳。丁度その拳の中心がぼんやりと淡い燐光を放ち初め、すぐに手首の上くらいまでが薄っすらとした魔力光に包まれた。周囲が暗いせいでナイトベアの頭を潰した時よりも鮮明に光っていることが見て取れる。


「え、えっと、私の目が変……?」


「いや、俺にも光っているように見える」


「センセェ、何なんスかそれ」


 リアを除いた三人は幻想的とも言える光を唖然とした面持ちで眺めていた。

 やはりと言うべきか、ナイトベアの頭を潰した時はリア以外誰も気付いていなかったらしい。誰もが初見であるという表情だった。


「一定以上の【強化】によって魔力が濃縮されると、魔力光と呼ばれる光が見えます。私はまだ弱いですが、優れていれば晴天の下でも見えるほどですよ。これが【強化】によって己の身体機能を高めるだけか、それ以上の高みに至るかの境目になる――と冒険者の中では言われています」


 本人が述べているように、周囲を漂うレッサー・エレメントと比べるとフレッドの拳から放たれる魔力光は淡い。しかし、フレッドの落ち着いた声と確たる存在感も相まって、彼が鬼火を従えているようにさえ見えた。

 ただ拳を光らせているだけなのだが、空恐ろしい事にも思える。


「なぜ身体機能を高めるだけ、という言い方をするかと言えば……魔力光を纏った【強化】は実体のないエレメントやゴースト系の魔物にも効きます。やり方次第では魔術にも対抗できる」


 照れくさそうな笑みを浮かべ、フレッドは近くを漂っていたレッサー・エレメントに無造作に突きを放った。燐光に包まれた拳が中央を貫くと、貫かれた部分からレッサー・エレメントは急速に色褪せていく。

 瞬きにして一つか二つの時間でレッサー・エレメントは光を失い闇に溶けた。

 カラン、と何かが地を叩く音。

 落ちたものを拾う動作を見せた後、フレッドはゆっくりと戻ってくる。


「偉そうに言いましたが、これだけの事です。魔術のように多様な形はとれませんが、魔力を集中させた【強化】による攻撃は魔術に類した力を持つという感じでしょうかね。で、コレが魔石です。五十ペンドに届かないくらいですが」


 戻ってきたフレッドが焚き火の明かりの前で拳を開けば、手のひらには小指の爪よりも尚小さい赤く半透明の石があった。レッサー・エレメントが居たことを証明するものは、その魔石以外に何もない。


(やっぱり迷宮(ダンジョン)で狩りをするのは嫌だな)


 魔石以外に何も残さずに消滅したレッサー・エレメントの姿は、迷宮内で湧く魔物を彷彿とさせる。倒した獣系魔物がこれほど呆気なく消えてしまったなら、戦利品の少なさに歯噛みするだろうとリアは斜め上のことを考えていた。


「ちょっ……ちょっと待って、先生。先生がエレメントを倒したのは分かったよ。冒険者としては日が浅いけど、私は闘技士だったんだ。それでも、光って見えるような強力な【強化】については誰からも聞いた覚えがない。隊長やみんなは知ってた?」


「オレも聞いたことがねぇよ」


「耳にしたことはあるが……軍ではなく、研究者から聞いた気がするな。一部の人間以外には知られていないことなのではないか?」


「私は祖母から教えてもらいましたけど……」


 闘技士、傭兵、軍人と戦いを生業にしている者であっても【強化】の上位版についての知識は無いらしい。

 どういうことだろう、とリアが首を傾げているとフレッドが徐ろに口を開いた。


「……冒険者以外の職歴がないので想像ですが、闘技士はまず【強化】に重きを置かないでしょう? 試合ではフラットな状態、もしくは高く飛び上がるなどのパフォーマンス以外に【強化】を使わないのではありませんか?」


 うぐっ、と詰まった声を出すレオナ。


「軍人や傭兵の方々は、失礼な言い方にはなりますが、そこまでの【強化】に至る段階ではない人が多いからでしょう。一般的な傭兵や軍人は冒険者ランクであればCからD相当、Bに匹敵する者は稀と聞いています」


 ザイードは渋い顔をしながらも否定しない。


「Bランク以上の実力があれば冒険者になった方が稼げますからね。戦乱の中で出世の道があった時代とは異なり、今現在、軍部の上位に名を連ねたいのならば実力よりも血統が重視されますから」


「……フレッドの言う通りなんだろうな」


「冒険者も駆け出しの時は知らない人が大半ですよ。ですが、ランクが上がってくると上位者と話す機会や、一緒に大規模討伐に参加する機会も増えます。トップ冒険者の使う【強化】を見て、自分との違いを知るわけです。……ということで、皆さん、やってみましょう! 失敗したらちょっと燃えるかも知れませんが、余程運が悪くないと死にはしませんから」


 運が悪ければ死ぬ、と言っているようにもとれる。

 にっこり笑顔で吐かれた言葉にザイードとレオナは少しだけ顔を強張らせていた。


「コツはあるのか?」


 皆を代表するように尋ねたアルスの言葉に、フレッドは完璧な笑みのままで首を振る。


「ありません。というか、人によって違うんですよね。そもそも武器まで【強化】を回せない私にはアドバイスできません。いろいろ試してみてください。出来ていればエレメントが消える、分かりやすいでしょう?」


 これには流石のアルスも目を剥いた。

 だが、立ち直りも早かった。

 少し離れて剣を抜くと難しい顔をして虚空を睨んでいる。魔力を動かそうとしているらしい。リアは横目でちらちらとアルスの様子を確認しているが、手や剣が光りそうな気配はない。


「ほら、貴方達も。実戦あるのみですよー、頑張ってください。案外追い詰められると出来たりしますから」


「ひぃっ……!」


 隊長が出来ないなら無理でしょう――そう思っていたが、しかし、尻を叩くような言葉にリア達も渋々飛び出さざるを得ない状況になってしまった。言葉だけではなく本気で尻を叩きそうな、恐ろしいフレッドの笑顔が間近で三人を見つめているのである。


(練習台には難易度が高いとか言いながら、容赦ないですね)


 とりあえず魔力を集中させるところから試そうとしていたらしいアルスも、もれなくレッサー・エレメントの方へと追い立てられている。

 忘れてはいけない。

 フレッドは“魔物狩り”の最年長かつ最高ランクなのだ。

 本気の目をしている時は、逆らわないほうが良い。


「ぎゃぁァッ! あっちぃ!」

「クソォォォ……滅びろポヤポヤ野郎!」


 レオナの悲鳴とザイードの怒号が響く中、悠々とレッサー・エレメントは漂っていた。未熟な冒険者を馬鹿にでもするかのように、ふわりふわりと不規則に揺れている。

 レッサー・エレメントと一定の距離を保ったまま動かないアルス。

 着実に撃破していくフレッド。


(レオナの剣は短いから辛いんだろうな……)


 ザイードの持っている棒は彼の身長よりも高いため、レッサー・エレメントに対して空振りしても外しただけで終わる。しかし、レオナの左右の剣は――右と左で長さに差はあっても――刃渡りが短い。失敗すればほぼ確実にレッサー・エレメントの熱に炙られることになるのだ。

 ザイードは徒労、レオナは苦戦。


「【強化】をもっと強化する感じで……」


 見ているだけでは終わらない。

 リアも全力の先にある【強化】をイメージして弓を引き、狙いを定める。矢尻まで魔力が行き渡ることを想像して放ってみたのだが――案の定、レッサー・エレメントを通り抜けて遠くに行ってしまった。


「ぐぬぬぬ……」


 一瞬大きく輝いていたから、矢羽が焦げているかも知れない。

 攻撃は通さないのに矢が痛むとは、なんとも理不尽である。


 悔しさに地団駄を踏みたい気分だったリアの耳に、シュッと鋭く息を吐く音が聞こえてきた。

 音がした方向を見れば、アルスの剣がレッサー・エレメントを断ち割ったところだった。左右に分断されたレッサー・エレメントはゆっくりと光を失い、闇に溶けるようにして消えていく。攻撃が効いた証である。

 しかし、アルスの手にも剣にも魔力光らしきものは一切見えなかった。


「ア、アルス隊長……どうやって……?」


 思わず聞いたリアに、アルスは不思議そうに首を傾げた。


「魔力を込めたつもりだったんだが……光らないのに斬れたな」


「やっぱりアルスは規格外ですね、まさか今日のうちに出来るようになるとは。まぁ、魔力光は見えませんでしたけど、魔術要素を含んだ攻撃ではあったのでしょう。私の魔力光も明るいところでは見えませんし」


 と言うのは、粗方レッサー・エレメントを片付けていたフレッドだ。

 言葉通り驚いているようで、口元は笑みを浮かべているが目には驚愕の色がはっきりと出ている。アルス本人もなぜ自分の攻撃が通ったのか理解できないという顔で、しきりに首を捻っていた。


「私は最初に出来るようになるのはリアかと思っていましたよ」


「いやぁ、不甲斐ないことに全くダメでした。フレッド先生は弓で光るような【強化】を見たことありますか? 手、弓、矢どこに【強化】を集中するのか迷っちゃって」


「ふむ……飛び道具というのは難しいですね。見たわけではありませんが、弓聖の放つ矢は光の如し――と言うからには、矢が光るんじゃないでしょうか?」


 方向性は間違えていなかったらしい。

 頷いてリアはもう一度出来る限りの【強化】を込めた矢を放ってみるが、やはりレッサー・エレメントを素通りするだけに終わった。出来ない。

 悔しさにギリリと奥歯を鳴らしつつ、もう一射。


「あ……」


 ごっそりと魔力を持っていかれる感覚と共に、風を纏わりつかせた矢が飛んだ。


「エレメントは消えましたが、これは――」


「ごめんなさい、魔術になっちゃいました。ちょっと魔力がキツイです」


「いえ。そう言えば、魔術師は移動くらいにしか【強化】を使いませんからね。魔術と【強化】の両用は難しいのかもしれません。レオナとザイードもかなり消耗しているみたいですから、今日はこのへんで止めましょうか。アルス、レオナの方の始末をお願いします」


 頷いて歩き出すアルスの先には、肩で息をしているレオナが居た。

 ザイードも棒を杖のようにして、背中を震わせながら揺れるレッサー・エレメントを睨みつけている。闇雲に追いかけまして疲れたらしい。


 彼らの姿にフレッドの課題である【強化】が上手く出来なかったのは、自分だけではないと安堵しかける。しかしリアはすぐにその気持を追い払った。

 フレッドや彼に規格外と言わしめるアルスと肩を並べるには、まだまだ遠い。

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