03-09:若手三人組の内緒話
夏を感じさせる日差しは強気で、夕方でも高い位置から人間をじんわりと熱する。冒険者ギルドの帰りにレオナと風呂屋に寄って、スッキリしたと喜んだのはほんの数時間前のこと。だというのに再び滲み出してきた汗をぐいと拭い、重い荷を背負ったリアは急ぎ足に町外れへと向かっていた。
レオナと別れた後、ヘロン亭で荷物を整理したのである。
そこで鍋を筆頭とした調理道具類は置いていく予定だったのだが、
「全員集まるって言うなら持ってきな。自由区の端っこじゃ飯買いに行くのだって一苦労だろう?」
という女将さんの一声で持参が決定した。してしまった。
三人で住んでいるところに四人が加われば、鍋も食器も足りないはず。暖かい時期だから毛布の類は必要ないが、何も持たないというのも心許ない。迷った挙げ句に旅用のマントも背負い袋に詰め込めば、アルカクを出発したときと大差ない荷物の完成である。
これから旅に出られそうな姿でリアは自由区の外れ、きっちりと区分けされた農地エリアを進む。黒ローブの不審者と遭遇してから定期的に集まっているから、もはや通い慣れた道と言っても過言ではない。
「お邪魔しまーす」
ひと声かけて勝手に家の中へと入れば、ザイードとレオナは既に到着していた。
二人共リアの姿を見てぎょっと目を剥く。
何を考えているかは言われなくとも分かる。
「違いますよ、脱アルカクじゃありません。女将さんが泊まりになるなら持っていけって」
「あぁ、なんだ……報酬が入ったから、やっぱり出ていきますって言うのかと思ったよ」
「どっちかと言うと行商に来たみたいですよね」
リアの背後からひょっこりと現れたセリムが笑い、大変でしたね、と付け加えた。
小柄で如才ないアルスの元部下のニコニコした顔を眺めていれば、ギルドで話されていたことが思い出される。彼らもまた、アルカクの危機には戦うという契約を交わしているのだろうか。
「皆さん、お帰りなさい。隊長はどっか行っちゃいましたけど、ゆっくりしてください。……で、リアはどうしてそんな大荷物で?」
「いえ。何日か待機になった時に煮炊きできるようにと」
「うちにも大きい鍋ならあったのに……ほら、春、初めてリアが来た時にも使ったじゃないですか」
「もう一つあればパンを焼いたり、炒めもの作ったりも出来るから――って女将さんが」
「へぇ。パンって窯がないと焼けないのかと」
「うーん……想像されているパンとは違うかもですけど、バノック、平たいパンなら簡単に焼けますよ」
家で作るパンは酵母を使って発酵させるのが一般的だ。
迷宮産便利アイテムのソーダ石を精製・粉末化したベーキングソーダを使って生地を膨らませる人もいるが、基本的には生地に空気を含ませる。それをパン窯で焼き上げるとお店で売られているようなパンになる。何度もお邪魔しているが、彼らが食べているのもこのパンである。
しかし、パン窯が無くともパンは焼けるのだ。生地を鍋や鉄板の上に広げ、火にかけて焼き上げるのである。この手軽に短時間で焼ける平たい円形のパンが、庶民にはお馴染みのバノックだ。
パン窯のない家は珍しくない。
セリム達のように毎日買ったパンを食べるという人の方が珍しい。
「鍋とか鉄板がなくても、串の先につけて炙っても出来ますよ? 最悪、発酵とか無しでも食べられはしますし」
最悪と付けたように、この方法は一般的ではない。
家で作るのなら道具を使うし、石パンという完全栄養食品――ただし不味い――があるのだから移動時に粉を持ち運んで焚き火で炙ろうという者も稀だ。リアも祖母から教わって作ったことはあるが、普通に作っている人は見たことはない。
だが――。
「それだけで?」
「良かったら、一緒にやってみませんか? 今日は天気も良いですし」
彼らはなぜか壊滅的に竈の火加減が出来ない。アルカクを出る前に立ち寄ったときは「外で焚き火料理が出来る季節になって、魔石代が浮きますよ」なんて言っていたくらいなのだ。
ならば、背負ってきた鍋の出番は無くなってしまうが、焚き火でもパンに近いものが焼けたら便利かもしれない。そう思ってリアが口にした言葉は見事セリムにヒットした。
「おぉ! お願いします、リア先生」
「いやぁ、先生って言われるほどの事では。小麦粉に水か牛乳かを入れて、手にくっつかないくらい――耳たぶくらいの固さの生地を作ります。で、その生地を焼くか、串とかきれいな棒に巻き付けて炙る、それだけですよ」
リアは大抵計らずに料理を作る。自分もしくは身内で食べるだけなのだから、生地作りは手の感覚頼りに水や粉を加えて、炒めものや煮物は味見をしながら調味料を加えて作れば良いというスタンスだ。
そのため人に作り方を説明するには大雑把にしか言えない。
しかし、セリムにはその方が良かったらしい。
「それなら僕らでも出来そうですね」
「本当は生地を発酵させるかベーキングソーダを入れた方が食べやすいですけど。あとは他の穀物粉を使ったり、果物を入れたり、バターを入れたり……好みに合わせてですかね」
「もはや我が家の救世主ッ!」
「そんな大袈裟な!」
レオナの口元がやんわりと弧を描いていた。
魔物が攻めてくるかも知れないという緊張感も、カルヴィンに何を言われるのかという不安も、和やかな空気を振りまく二人の姿を見ていれば薄れてしまう。
「アミークス市場で買い物してる主婦みてぇだな」
レオナと似たような感想を持ったらしいザイードが茶化せば、何とも言えない顔でリアとセリムは顔を見合わせた。一瞬の間を置いて、二人同時にプッと吹き出す。
「いやぁ、興奮しちゃって。ごめんごめん、荷物背負わせたままだったし」
「いえ……毎日食べるもののことなんだから、大事なことじゃないですか。後で、嫌じゃなければブルーノさんにも来てもらって一緒に作ってみましょう?」
部屋の片隅に荷物を置きながらリアが言えば、セリムは頷いて部屋を出ていった。
足音が遠ざかると、ぽつりとレオナが呟く。
「……なんか、普通だったね」
聞けば、リアの到着前にもセリムからは何も尋ねられていないそうだ。
リアが来るまでは畑の方に居て、顔も合わせていなかったと。
「今回のこと、何か聞かれるかなと思ったんだけど……」
パンの話で盛り上がって、また出ていってしまった。
“魔物狩り”のメンバーが集ってくるのを知っていたあたり、アルスから何も聞かされていないということは無いだろう。だが、レオナの言う通りセリムの雰囲気や表情は驚くほどに普通。共に暮らしている人が魔物の討伐に召集されるという不安や悲壮感は感じられなかった。
「嬢ちゃんも普通だよな。ギルドでは難しい顔してたのに、何かあったのか?」
「そろそろ、嬢ちゃんって呼ぶの止めてくださいよ……。何にも無いですけど、ただ、まぁ、命令でも強制召集でもなく、お願いされて戦うならそれも良いかなーと。ザイードもそのつもりでしょう?」
五人中二人の参戦は決定している。
パーティから脱退ではなく、一時的にアルカクから離れるという言い方をアルスはした。だが、リアには自分だけ安全圏に逃れるのは嫌だという思いもある。パーティを抜ける気はもっと無い。
ザイードもカルヴィンの面談を拒否しなかった時点で、参戦するつもりなのだろうと考えていた。彼の性格上、受ける気もないのに話だけ聞くとは考えにくいからだ。
「……まぁな。甘いっちゃ甘いが、ここを捨ててのうのうと別の街でパーティ組むってのもナンだし。それに、追加報酬はまだ貰ってねぇんだぜ?」
照れくさそうに笑う顔にホッとする。
報酬の話を出したが、ザイードの真意が別のところにあるのは見え透いていた。
彼は人一倍仲間想いなのである。しかも、アルカクには惚れている女性や、彼を慕う孤児院の子どもたちもいる。そういう相手を置き去りにして逃げられるような性格ではないとリアは思っていたし、実際その通りだった。
「ギルドではアルス隊長の事もあって頭パンパンだったんですけど、魔物と戦うって思ったら、いつも通りだって気づきました。味方の数と相手の数が多いだけで、一体ずつ魔物を倒すのは一緒ですよね?」
イスオテのギルドで強制召集の噂を聞いた時、リアの頭に浮かんだのは数え切れぬほどの中級、上級魔物が湧き出してくる地獄絵図だった。更に対魔物のためにアルカクは軍から元冒険者までを動かすという。
そんな大人数を動員しての戦いなど、リアには想像もつかなかい。
だが、ふと結局は魔物を一体ずつ潰していくのだと気付いた。
大勢の人が一体化するわけでも、魔物の群れが合体して進化するわけでもないはずだ。そう思うに至ってリアは少しだけ気が楽になった。緊張や不安が完全に拭われることはなくとも、目の前の敵を倒すという近視眼的な見方をすれば何とかなるような気がしてくる。
「だっはっは。戦うって決めて腹が据わるなんて嬢ちゃん大物かもな! 召集される隊長はどうか分からねぇけど、嬢ちゃんと俺は組んで入れそうだしな」
「ちょっと! 私を置き去りにしないでよ!」
ザイードとリアが笑い合っているのを見て、慌てた様子でレオナが口を挟む。
リアが今回、拒否する可能性が最も高いと思っていたのが彼女た。アルカクを好いていることも、仲間を見殺しに出来るようなタイプではないことも十分に承知してる。だが、レオナは筋金入りの貴族嫌い。毛嫌いする理由はないと口にはしていても、カルヴィンにも複雑な感情を抱いているのが丸わかりなほどに。
「……良いんですか?」
「別に。仲間を見捨てんのも、仲間外れになるのも嫌だし。緊急召集じゃないなら若干の報酬は出るんだろうし、他の依頼は受けにくいし」
ふてくされた声。
完全に割り切ったわけではないらしいが、レオナもまた“魔物狩り”から外れることを良しとしなかった。騒動が落ち着いた時に平然と帰ってきて、今まで通りに過ごそうという気もない。
リアは自分とザイードとレオナ、三人が同じ判断に辿り着いたことがたまらなく嬉しかった。
「レオナも一緒、三人ならやりやすいですね。よろしくおねがいします」
「え……そんな事言うってことは、私は一人だけ逃げるって思ってたワケ?」
「いやいやいや! ま、まさかですよ」
「あー、思ってたんだ……」
レオナとリアの言い合いは、フレッドが到着するまで続いたのだった。




