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03-02:宴の後の“魔物狩り”

 冒険者という職種の人間は肉食獣に例えられることがある。

 腹一杯に喰らえば空腹になるまで動かない肉食獣の生態と、まとまった金を稼いでは休むという冒険者の生活スタイルが似ているからだ。実際は大金を稼いで数ヶ月ブラブラしていられる冒険者など一握りではあるが――。


「やー、久々にゆっくり体を洗えたよ! 酒も抜けてきたし」


「クッソ、立ち直り早ぇ。オレの近くで大声出すな」


 一日ゴロゴロしているだけでも肉食獣的と見られるには十分なのかもしれない。レオナとザイードを見ながら、リアはそんな事を考える。


 今日はアルカクを発ってから十ニ日目。

 節約を心がける財布担当のザイードの意向で、質素にひたすら地図に付けられた丸を目指して進む日々だった。今は十八ヶ所あるチェックポイントの十一ヶ所目を超えたところだ。

 ただし、現在泊まっているイグル村は指定された場所ではない。


 次の目的地へと向かう途中、悲壮感に満ち溢れた男たちに出会ったのだ。

 ビッグボアの群れの進路上に村があるのだという。武装はしていたが、群れと戦えば全滅もしくはそれに近い被害が出ることは火を見るよりも明らか。それなのに逃げろと伝えに来てくれた、村人たちの善意が胸を突いた。

 D級ビッグボアならば“魔物狩り”全員で戦えば余裕だろう。

 売れる部位は貰い受けることを条件にビッグボアと戦うことを決めた。


 予想を遥かに上回る数でも問題く倒せたが、後処理の段階になって困った。

 魔物は死ぬと腐りながら霞のように消えていってしまうのだ。解体すれば魔物肉も獣肉と同程度日持ちが、死骸のままだと数日で使用不可の状態になる。万能針を使用したとしても処理が追い付かず、何割かは使用不可になる可能性が高かった。


 結果、肉を分ける代わりに村人に解体を手伝ってくれという話になった。

 魔物の死骸もしくは生肉を大量に背負って何回も村と最寄りの冒険者ギルドを往復したくなかったのもある。肉も捨てたり腐ったりするくらいならば、村の人に食べてもらったほうが良い。


「ザイードもさっさと洗ってこいよ。昨日は気にならなかったけど、やっぱり獣くさいね。肉焼きまくったせいで、髪の毛なんか燻製臭くて焦った」


「あぁ、それは分かります。私も今朝臭ッて思いましたし」


 村の人達は昨全てのビックボアを解体し、歓迎会と感謝会と称した大宴会まで催してくれた。

 久しぶりのご馳走を楽しむまでは良かったのである。しかし、ザイードとレオナは酒が入ったことで節約しながら移動に明け暮れていたフラストレーションが爆発してしまったらしい。

 ぶっ倒れるまで飲み、昼過ぎまで二日酔いで撃沈中。

 同じく飲みつぶれたはずの村人たちは朝から働いているというのに、だ。


 ちなみに“魔物狩り”年長組のアルスとフレッドは、朝方にビックボアの肉を持てるだけ持って出立した。

 二人は昼過ぎまで起きないだろうし、全員でも一度で全ての肉と毛皮は運べないだろうから。そう言ってはいたが、働き者の村人達の生暖かい目線が嫌だったんじゃないかなとリアは思う。


「あっ! 明日まで泊まっていきなさいって村長さんが」


「あぁー、助かった」


「本当、この村の人最高だよ」


 気色を浮かべてザイードが大の字になり、レオナが再び横になろうとした所で、


「戻りましたよー。はぁぁ、疲れた」


「ザイード、買取金……いつまで寝ているんだ、お前は」


 アルスとフレッドが戻ってきた。

 途中で倒した魔物の買取金はザイードがまとめて管理している。宿の宿泊費などもそこから出しており、余れば帰着時に分配する予定だ。財布の紐が固く締まっているお陰で、買取金だけで移動中の諸経費は相殺される見込みである。

 少なくとも前金がまるっと消えるなんてことはない。


「いい加減、水でも浴びてこい」


「うわぁぁっ! 隊長、それ止めてぇ」


 耳元で硬貨の入った袋を振るという地味な嫌がらせをするアルス。

 頭を抱えながら、逃げ出すように部屋の外へと出ていくザイード。


「……お疲れ様でした。早かったですね」


「本当ですよ。アルスが飛ばしすぎたんです」


 フレッドは言葉通りに疲れ切った顔をしている。こんなに疲労の色を漂わせているのは初めてかも知れない、と思うほどに。

 だが、それよりもリアが気になったのは――。


「何か良い匂いが……んん? アルス隊長も同じ匂い?」


「村に入る少し前に汗を流してきたんです。香りはすぐ抜けますけど」


「先生ん家の石鹸、良い匂いなのに勿体無いよね。もうちょっと香りが残ると良いのに」


 会話に入ってきたレオナによると、フレッド達が使用している石鹸は薬草成分が入っている関係で香りがするらしい。香水ほど強い香りではないためファンも多く、彼女もその一人だとか。

 ただし、洗い上がって少し経つと香りが消えてしまうことが難点。


「優雅な香りを楽しむ為ではなく殺菌や消臭目的の配合ですからね。お値段も富裕層向けのものとは全く違いますから、そこまでは望まないで下さい」


 混雑時の冒険者ギルドは滅法臭い。巨人の靴の中ではないかと思うほどだ。だが“魔物狩り”のメンバーからリアが悪臭を感じたことはない。石鹸のおかげだと言うならば優秀な品であることは間違いないだろう。

 他の冒険者が石鹸で体を洗っているか定かではないが。


「……おいくらですか?」


 リアだって年頃の女の子。

 きちんと体は洗っているが、臭いは気になる。


「このくらいのサイズで、二つで三百ペンドですね」

「高っ!」


 反射的に叫んだ後に、慌てて手で口を塞いでも遅い。

 庶民が使う石鹸であれば一つ五十ペンド以下が大半。ちょっとばかり使うのが怖いが、五つで四十ペンドという特価品も見たことがある。


「富裕層向けの石鹸は一つ数千ペンドだからね、高くもないよ」


「少し滲みるが、小さい傷の治りも良い気がする」


 レオナだけではなく、アルスまでもその石鹸の良さを語る。その事が尚更に良品であるように思えた。


「使ってみたい、です。アルカクに帰ったら売ってもらえますか?」


「勿論。毎度ありがとうざいます。……あぁ、それから。忘れていましたけれど、補助具の話を覚えていますか?」


「えぇっと……魔術師が使う杖とか、そういうものですよね?」


 リアが自分は魔術適正持ちだと明かした時、フレッドは補助具も詠唱もなしに魔術を使うなど見聞きしたことがないと言った。補助具なんてものは知らないと言ったリアに驚いていたことを思い出す。


「友人に聞いてみたんです、あぁ、貴方の事は言っていませんからご心配なく。それで、彼女によると補助具無しでも魔術は使える場合があるそうなんですよ」


(でしょうね。私、使いましたし)


「ですが彼女の知る限り、火打ち石のような火花が出るとか、そよ風が吹くとか、そんなレベルだと。庶民であればそうした現象を起こせる子どもが教会や領主の屋敷などで測定を受け、適正を調べるそうです。貴方のお祖母さんもそれで気付いたという事でしょうか?」


 幼すぎて明瞭ではないが、リアが何かしてルミナが気付いたわけではなかったと思う。少なくとも測定なんてされた覚えがない。

 おそらくルミナが「魔術適性がある」と言ったから信じたはずだ。

 魔力の動かし方を習って、そよ風を吹かせてみろと言われたのが最初に使った魔術ではなかったか。


「その感じだと違うんですね? どうして分かったか聞いても?」


「よく覚えてないんですけど……祖母が私に魔術適正があると言い出して、やってみたら出来たという感じでしょうか。その測定っていうのは魔力量とか適正が分かるんですか?」


「紙に魔力紋を映し出す――見る人が見れば魔術適正や魔力量がわかるらしいですよ。とは言え、現象が起きないと測定しようとは思いませんからね、友人は魔術適正に気付かないまま一生を終える人も居るのではないかと言っていました。お祖母さんがどうやって見抜いたのか、気になりますね……」


「いや、それは、祖母も若干は魔術を使えましたし。何か感じたんじゃないですかね? 私は感じませんけど」


「ふむ……。それはさておき、補助具は収納袋ばりに高いうえ、市販されていないそうです。貴族や教会、大商人などが魔術師を囲っている一面もありますが、そうでもしないと補助具が手に入らない、つまり実践的な魔術を使えないという部分も大きいと」


 納得できる話ではあった。

 武器屋や魔道具屋に行っても、魔法使いが持っている杖のようなものが売られていた事はない。武器屋にある杖様のものは仕込み杖か、ザイードの棒――クォータースタッフと呼ばれる中でも長い部類――を短くしたショートスタッフくらいだ。


「手軽に入手できるなら、保険のためにリアに持っていてもらおうと思っていたんです。魔力効率が上がれば魔力切れを起こしにくくなりますから。ですが手に入れるのは難しいと分かって、それきり忘れていました。ハハハ」


「いえ、手に入らないのなら……。私もきちんとした魔術は使える気がしませんし」


 聞いてはいるのだろうが、アルスもレオナも口を挟むことはなかった。

 追求されないのが何よりも有り難いとリアは思う。自分のことなら構わない。しかし、リアから見ても色々と常識外れなルミナのことを話題にするのは避けたい。


「うぇぇい、戻りました。隊長、センセェ、ありがとうございました。ビッグボアの肉も結構良い値段で売れたみたいだし、久しぶりにゆっくり休めたし」


「私とアルスはゆっくりしていませんけど……まぁ、良いですよ。明日からはザイードとレオナにビシバシと働いて貰いますから。ねぇ、アルス?」


「そうだな。アルカクの東側を南下してきたが、明日からは西側を北上することになる。カルヴィンのメモによれば西側の方が魔物の脅威度が高いらしい。それに、明日からは七番月だ。暑くなる前に帰れるよう期待している」


「今回のビッグボアを入れれば十二箇所で二度ですからね。同じペースで行けばもう一、二回は想定されていない強さの魔物、もしくは群れに遭遇する可能性があります。ザイード、レオナ、明日からは気を引き締めてくださいね?」


「悪かったッス……」

「がっ、頑張るよ」


 項垂れつつ「動いて完全に酒抜いてきます」と連れ立って出ていったザイードとレオナ。彼らを見送るフレッドの目に、アルスが唇の端には、どこか暖かな笑みが浮かんでいた。



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