02-27:魔物狩りへの特殊な依頼3
アルカク冒険者ギルド二階、個室。
依頼受注の手続きに訪れた“魔物狩り”のメンバーが個室に通されてから半時ばかりが経っていた。直接依頼内容について説明したいから全員で来て欲しい、そうカルヴィンに聞かされていたので緊張はない。
少々暇を持て余している程度である。
「――だから、リアは何か持っていると思うんですよ。妙な魔物を引き付けるものを。今回もまた出そうな予感がしますよね」
「ぐっ、偶然ですよ! カルヴィンさんだって他のところでも目撃談があるって言ってたじゃないですか!」
暇で済まないのは、暇潰しとばかりに弄られているリアだけ。
個人活動まで含めても“魔物狩り”が妙な魔物と遭遇したのはリアがメンバーに入っているときだけなのだ。フレッドの予言じみた言葉がグサリと突き刺さる。
否定してはいても、何事もなくクレメンテ辺境伯領を巡回できる気がしない――。
「いやぁ、お待たせ!」
カルヴィンの声と同時に、バーンと派手な音を立てて扉が開く。
個室へと入ってきたカルヴィンは通常運行のようでありながら、前に会った時とは随分と様子が違っていた。
「大丈夫か、お前?」
思わずと言った風にザイードがそう声をかけたのも無理はない。
目の下が思いっきり黒ずんだうえに頬も痩けている。一人で街を歩いていたならば良くて病人、悪ければ違法薬物の中毒者だと思われて連行されそうなほどである。
なお、辺境伯の息子をお前と呼んでいる件については誰も触れない。
「大丈夫、ちょっと徹夜しただけだから。さてさて、本題の依頼の話をさせて頂きましょうか。これが依頼書ね。報酬は三十万ペンド、内容は周辺地域の魔物の分布状況の確認。で……じゃーん! こっちが君らにお願いしたいリストだよ」
明らかに大丈夫じゃないテンションのカルヴィンが書類を広げていく。
依頼書は冒険者ギルドの書式に則った一枚だけ、シンプルなもの。加えて自作したことが明らかな小冊子が一つと、丁寧な地図が描かれている巻物。地図はちょっとお見掛けしないくらい細かい。
「フレデリック以外に字が読める人はいるかな?」
“魔物狩り”の全員が頷くのを見て、カルヴィンは大げさに驚きのポーズをする。
アルカクの識字率が高いとは言っても数字だけ、もしくは簡単な言葉程度しか分からないという者は珍しくない。ましてや冒険者となれば別の土地で生まれ育った者達が多いから尚更のことである。
リアは特に疑わしかったのか、疑惑の視線に狙い撃たれてしまった。
(失礼な。読めますって)
悔しいのでしっかりと頷いておく。
「……まぁ、全員が文字を読めるのなら好都合だ。こっちは見ての通り、ざっくりとではあるけれどクレメンテ辺境伯領の地図だよ。赤で丸をしてあるところが君たちに調査をしてもらうポイント。同じく赤で数字が書いてあるのは、例えばココなら――」
三と書かれている場所を指さした後、カルヴィンは小冊子を開く。
カルヴィンが壮絶な顔になっている理由が分かった。
白紙のページと、みっしりと細かい文字が書き込まれたページが交互に続いている。
「こういう風に、主に湧く魔物を書き込んでおいた。それ以外の魔物の姿を見つけたり、倒したり、発見していなくても噂を聞いた場合は隣に書いて欲しいんだ。確認して欲しいのは十八ヶ所あるからね、全部覚えてっていうのは無理でしょう?」
女将さんは彼を情報通と称したが、その表現が正しいものなのか悩んでしまう。
ぎょっとするような目の下の隈から察するに、彼は自分で各地の魔物情報を調べてこの冊子と地図を作成したのだろう。依頼について相談された時から約五日間。あの時既に草案があったかは分からないが、期間内にこの二つを書き上げるのは容易でなかったはずだ。
「番号順に進んでもらううと、途中で四つの冒険者ギルドを通る。そこで通過報告と、明らかな異常があれば報告して欲しいんだ。倒した魔物も持ち込むだろうし、そう手間ではないよね? 冒険者ギルドの方にも話は通してあるから」
酔ったようにベラベラと喋っている姿はヤバイ臭いしかしないが、出来る男である。想像以上の下準備に唖然としているリアをよそにカルヴィンは話を続けた。
「依頼書にも書いてあるとおり、出現しないはずの魔物を倒した際には脅威度に合わせて追加報酬を支払う。その確認についても中間地点のギルドでって事になるからヨロシクね」
「……考えましたね。支度金の持ち逃げ、依頼完遂のでっち上げの可能性が少し下がりますし、報告までの間が空きすぎれば私達が死んでいる事も察せられる、と」
「まぁ、生存確認の意図があることは否定しないよ」
フレッドの言葉にカルヴィンはからからと笑いながら軽く返す。死ぬ可能性があると遠回しに言われているのだが、全く怒りも何も感じないのは彼の人柄か。言っている相手が既に死人のような顔だからか。
質問はあるかな、と続けられた言葉を受け躊躇いがちに発言したのはアルスだった。
「質問ではありませんが……このような地図を、俺達に持たせても?」
「うん? ああ、大丈夫大丈夫。別に秘密の抜け道とか財宝の在り処を描いたわけじゃないし」
馬鹿馬鹿しくなるくらいの調子で答えているが、地図は気軽に入手できるものではない。地形を知られることは攻められる危険性が高まる、と詳細な地図の流通には消極的な統治者が多いのである。通常手に入れられるのは街道と街道沿いの町だけがのっぺりと書かれた簡易地図くらいなものだ。
また、旅を生業とする人々にとって地図は財産にも等しい。様々な情報を書き足した地図を親から受け継ぐ商人もいる。冒険者でもマメな連中であれば移動するたびに周囲の情報を書き込んで地図を作る。
カルヴィンが用意した地図は綿密という程ではない。それでも依頼の関係から簡易版の地図に載らない小さな村や、街道から逸れた道筋も書かれている。フレッドと親しいとは言え、素性のはっきりしない冒険者にポンと渡すレベルのものではないようにも感じられる。
しかし、そんなアルスの心配をカルヴィン一笑に付した。
「道がある以上、調べればすぐ分かる事だよ。処罰対象とか言ってる地域もあるけれど、この辺ならその地図くらいで咎められることはないから大丈夫。そもそも地図を見て戦略を練るような相手なら、事前に人を放って調べるだろうし」
「問題ないのならば構いません。俺からは他にないが、皆はどうだ?」
「ありません」
「私もないです」
「ないね」
「オレも……あ、依頼書にマジックバッグの事がねぇじゃねぇか!」
今回依頼を受ける理由ともなった条件が抜けている。
ザイードが噛み付くように指摘すれば、カルヴィンは表情を引き締めて小声になる。
「気づいちゃったねぇ。いや、反故にしようってわけじゃないんだよ? 依頼書には書かない方がお互いに良いと思ったんだ。君たちが受け取る報酬は依頼書通りだけど、その前に、冒険者ギルドの手数料と税が引かれていることは知っているよね?」
「そりゃ、まぁ……」
「依頼書にマジックバッグ購入の斡旋と書くとするよ。そうすると仲介料も君たちの報酬扱いになって報酬が減る。追加報酬はギルドの取り分なしだけど、ここに捩じ込むのは難しい。変異種一体以上の討伐とか、そういう条件を付けなきゃいけない。ここまでは良いかな?」
「お、おぅ……」
「しかも追加報酬に無理やり落とし込んだとして……ギルドじゃなく国の方が問題だね。仲介ではなく収納袋の贈与を疑われて、莫大な追徴金を支払えって話になる――こともあるかもしれない」
「相変わらず国ってやつはクソだな」
「大きな声で言わないほうが良いよ、どこに耳があるのか分からないから。そういうわけで依頼書には載せないほうが良いと思ったんだ。僕の実家も国と仲が良いとは言えないし」
「理由は分かるけどよ、口約束だけってのもなぁ。お前さんの実家の一声で全部ひっくり返るじゃねぇか」
ザイードが渋るのは念願のマジックバッグが懸かっているからだけではない。
この国では――おそらく周辺国であっても、貴族と呼ばれる人々を信頼する平民は少数。ザイードも貴族が平民に言う言葉や約束など詐欺師のそれを変わらぬものだと思っている。
「ザイード、彼の実家ならそう非道な真似はしないはずですよ。私も証人になりますし」
アルカク生まれのフレッドにとって貴族、この地の頂点たる辺境伯は不信感を持つ対象ではない。生活に困窮するような高額な税を徴収されている訳でもないし、税は街の整備や孤児院への援助、騎士団の派出など公共事業に活用されていると感じている。
しかし、ザイードはアルカクに来て数年の冒険者なのだ。
「センセェだって平民だろ? バックレられたらどうにもならねぇよ」
「……まぁ、信用は押し付けるものじゃないしね。なら、リスクはあるけど依頼書に書き加えようか?」
嫌な顔ひとつ見せずに、飄々とした笑顔を浮かべるカルヴィンをザイードはじっと見つめた。その目を向けられていないリアでさえも、空気が焼ききれるのではないかと不安になるような熱量を秘めた視線がカルヴィンを射すくめる。カルヴィンはその視線を正面から受け止め、一切目を逸らさなかった。
「いや、悪かった。お前を信じるよ。王だの国のナントカだの言ってる奴らよりは、お前の方が確実に信用できる。お前だってオレ達を信用して用意をして、前金まで出してやるって言ってくれたんだもんな」
「へぇ。君って、意外とツンデレってやつかい?」
「んなわけあるかっ! お前のことは信用しきれねぇが、オレ達を信用してくれた分くらいは評価するって話だ! それに……もしも約束を反故にしたら、オレは命を失ったって仕返しするからな!」
リアにとって初めての指名依頼受注が終われば、一ヶ月を超えるかもしれない長期依頼が始まる。
アルカクに来た時も結構な日数を旅したが、それはマイペースな一人旅である。今回は“魔物狩り”のメンバーも一緒で、進む道筋も行うべきことも決められている。
気合を入れたリアの目の前では、ザイードとカルヴィンが肩を叩きあっていた。
帰ってきたら呑みに行こうぜ、なんて話をしながら。




