02-26:魔物狩りへの特殊な依頼2
カルヴィンが女将さんに現状を説明している間、リアは女将さんの力作チーズ入りクロケットをもしゃもしゃと食べる事に費やした。食べながら二人の見解を興味深く聞かせて頂いた。
「確かに気になる状況ではあるけど……、結局アンタは“魔物狩り”に何をさせたいんだい」
「僕の依頼を受けて欲しいんだ。アルカク周辺の魔物に異常がないかを調べて欲しい。見かけた場合は可能であれば倒して、無理そうなら近場の冒険者ギルドに連絡。そして、その分布と、感じたことを報告して欲しい」
「無理です。数人で出来ることじゃない」
やっと本題に入ったと思ったら、即座にフレッドが切り捨てた。
その事に反対の声を上げるメンバーは一人も居ない。控えめにではあるが、無茶言うなよという空気が漂っている。女将さんも疲れ切った顔でカルヴィンを見てため息を吐いていた。
「フレデリック、話は最後まで聞けよ」
「……聞く価値のある話ならば」
「調査団レベルの働きを望んでいるわけじゃない。して欲しいのは下調べ」
「そうは言っても、範囲が広すぎます。私達が通り過ぎた後に魔物が湧いたらどうするんですか? それで依頼不達成にされても困ります。終わりも明確なターゲットも分からないなんて、一番嫌な仕事ですよ」
うんうん、とフレッド以外の“魔物狩り”も頷く。
「分かってるよ。君たちには指定した場所を順に回ってもらう。そこで変な魔物を見なかったかを聞いてもらって、付近に居た場合は倒して欲しい。敵わないと思ったら近くのギルドに連絡してくれれば良い。冒険者ギルドの支部には君達からの連絡、倒した魔物の回収と報告を上げてくれるように手配しておくよ。もちろん魔物の買取金は君たちのもの、特殊な魔物については討伐数に応じて追加報酬もつけよう」
こんな太っ腹な依頼はそうないはずだよ、と言ってカルヴィンは笑う。
「行く場所の大まかな数と予想日数、報酬が分からんと何とも言えねぇッスね」
初めて“魔物狩り”のお財布担当であるザイードが口を開いた。カルヴィンは依頼の報酬も、追加報酬についても金額を言っていない。胡散臭い目で見られたとしても仕方ない。
「場所は絞りきれてないけれど、多くても二十箇所以内。日数は君たちの移動速度や聞き取りが得意かどうか、魔物と戦うことがどれだけあるかで変わるんじゃない? 断言は出来ないけれど、距離的に考えて早ければ二十日以内、長く見積もって四十日程度かな。それで基本報酬が三十五万」
読めるようで読めない、軽妙な笑顔をリアはまじまじと見つめながら考える。
高額になったナイトベアはさておき、大抵は二泊三日で複数の依頼をこなして一人あたり六千ペンド前後。単純計算なら三十日で一人あたり六万、総額三十万ペンド。しかし“魔物狩り”は毎日依頼を受けている訳ではない。報酬が安い時もあるから、実際に稼いでいる額はその半分以下である。
装備品のメンテナンスなど出ていくものもあるし。
「追加報酬はB級で二万を基準に、魔物の強さに応じて。基本報酬は危険があることを考慮したもの、追加報酬は情報提供を兼ねた価格だと思って欲しい。どうだろう?」
三十日前後ずっと出突っ張りであることを考えても、三十五万は悪くない。
しかし、妙な魔物が湧いている、黒ローブがまた出てくると危険もある。依頼は危険度が増すほど高額になるわけだから、太っ腹というカルヴィンの自画自賛は撤回して欲しい。それに――。
(移動期間にかかる宿代とか食費とか、一ヶ月以上自分を養える元手がないと無理じゃない?)
リアは用意できる。もしもの時の為にと祖母がくれた軍資金と、本成人を迎えるまで働いていた分のお金――アルカクまで移動してきた時の残り――がある。なるべく手を付けたくないが、無理ではない。
“魔物狩り”メンバーの蓄財事情は知らない。けれど、宵越しの金を持たないものも珍しくはないという冒険者の生態を考えたなら、完了報告をするまで自分の手持ちで何とかしろというのは無茶振りだ。
「あの! 報酬は後払いですよね?」
カルヴィンは面食らった顔をしたものの、すぐにリアが言いたかったことを理解した。
「うぅーん……必要なら前金十万、後金二十五万に分けても良いけど?」
「……私達が戻らなかったらどうするつもりなんです?」
「君たちは戻ると信用しているよ。それに基本的に冒険者は後払いだけど、場合によっては支度金を渡したり、一部を前金として渡したりすることもある……だろ? 前金十万で良い?」
「いや、待ってくれよ。受けるとは言ってねぇよ。前金分は消えるのが前提だとすりゃ、正直、太っ腹というほどの額か怪しいとこだろう」
「……だよねぇ。頑張ったつもりだけど、ギルドの取り分と税金分を入れるとそこが限界でさぁ。魔物をバンバン倒して、追加報酬で頑張ってって話になるかな。運次第にはなっちゃうけど」
ギルドの取り分は冒険者の取り分の三割、税金は同じく冒険者の取り分の二割。
報酬が三十五万ペンドであれば、カルヴィンが支払う金額は四十七万五千ペンド。
上流階級や富裕層の金銭感覚は分からないが、庶民を自負するリアからすれば大金だ。村を潰されそうだとか、高価な荷の護送だとかではなく、妙な魔物がいないか調べてくれという依頼内容で出す額としては小さくない。
任せるという“魔物狩り”メンバーの視線を受けて、ザイードが悩む。
「悪くはねぇが……迷わず受けるほど良くもねぇんだよな」
遠慮のない呟きを耳にしてもカルヴィンは気を悪くした様子はない。
期間や変異種や黒ローブと遭遇する可能性があることを考えれば、ザイードの言う通り割の良い仕事とは言えないのである。それは女将さんが何も言わずに苦笑していることからも窺える。
相談している本人も分かっているのだろう。言葉や笑顔の端々に苦みが垣間見えた。
「あと……口約束にはなっちゃうけど、おまけをつけよう。君たちは中古の収納袋を買う予定なんだよね? そのために報酬の一部を貯蓄しているだろう?」
ザイードがじろりとフレッドを見た。
私じゃありません、とフレッドが首を振る。本日二回目の濡衣である。
今度は女将さんに目線が行く。さすがにフレッドに向けた責めるような目はしていないが、言いたいことは間違いなく分かる目付きだ。ザイードは貴族だろうが女将さんだろうが遠慮がない。
「アタシも違うよ。カル坊は情報通なんだ。気味悪いけど、諦めな」
「まぁね。集めているのは二割だったかな? なら今回の依頼で七万、実費分は抜いたとして最低四万以上は入るよね。今貯まっているお金と合わせたら買えそう?」
「……まだ無理ッスね」
「ふーん。予算は金貨二――いや三枚分か。それは何を目安した予算だい?」
「魔道具屋で時々中古が出るんで」
「“メーティスの息吹”かな?」
ぎょっと目を見開いたザイードを見て、カルヴィンはにんまりと笑う。
いかにも狡猾そうな笑い方を見て、リアはこの人はフレッドの友人なのだと再認識した。外見は似ていないのに頭の回転や人の悪そうな笑顔の作り方がそっくりだ。
「それこそ“閃光の刃”やら“暁星の調べ”やらの御用達だ。大きめの街なら支店もあるしね。でも、僕個人の見解を言わせてもらうと勿体無いよ。なぜ、あの店の商品を彼らが使って勧めているか分かる?」
「品質が良いからじゃないか?」
「彼らが持っている魔道具は“メーティスの息吹”が提供している。他の有名パーティや貴族なんかにもね。で、彼らの紹介でものが売れれば報酬まで貰えるんだって。そりゃあ、わざとらしくお薦めしちゃうよね。そんな彼らに渡す商品代と、彼らへの報酬はどこから? 正解は、商品に吹っかけている、だよ。分かる?」
聞きながらも答えを待たず、カルヴィンは畳み掛けるように言い切った。
唇の端が少しだけ揚がっている。感心しているようにも、呆れているようにも見える顔だった。気さくな口調と明るく輝くライトグリーンの瞳が無ければ、ものすごく嫌味に感じられるであろう表情だ。
「マジかよ……」
「マジさ。商売の一つとして否定することは出来ないけれど、友人に相談されたら僕は止めとけって言うよ。品質も提供している特製品と比べればそこまで良くないし」
頭を抱えそうなザイードをにこやかに眺めつつ、それでね、と彼は続けた。
「僕の実家は、まぁ、それなりに顔が利く。実家にも収納袋はあるし、売り込みに来る商人もいる。それなりに顔が利くから粗悪品を売りつけようって輩も少ないし、自慢じゃないけど見る目もあるしね」
それなりどころではない実家を持つ男は、何とも気軽な口調で宣う。
「僕の実家は新品でお揃いじゃなきゃ嫌、なんて変なこだわりもない。中古でも質が良ければ使うし、予算があれば買っているみたいだね。だからオマケにあげることは出来ないけど、一つなら原価で譲ろう。“メーティスの息吹”で三十万くらいのものなら、二十万ちょっとで譲れるはずだ」
ザイードが思いっきり前のめりになった。
「そんなにか?」
「普通は僕が君に売る時に何万かは乗せるからね? それでも“メーティスの息吹”より安いけど。……依頼を受けてくれたら卸価格で高品質の収納袋を手に入れるチャンスも付く、これでどうかな?」
ザイードの顔に太陽が乗り移る。依頼を受けたがっていることが一目瞭然だ。
元々報酬が極端に低いという訳でもない。お受けしても良いと思った後に、リアはヘロン亭の手伝いを思い出した。女将さんに目をやれば、彼女は小さく頷く。
「月額割引って事にして、一ヶ月四千ペンドで間借りする気はあるかい?」
「……良いんですか?」
「まぁ、狭い空き部屋だからね。そのくらいが手の打ちどころだろう。明後日からの二日間は出て欲しいけど、その次からなら人も探せるし。カル坊、明日すぐ行けなんて言わないよね?」
「まだ場所も確定ではないし、冒険者ギルドにだって話を通してないよ。頑張って五日……うん、十七日にギルドに来てもらえば何とかなるようにする。早めに出発して欲しいけれど、受注後すぐに出立せよなんて無理も言わないから安心して」
行っとけ、と言うように頷いた女将さん。
続いて、ザイード以外の“魔物狩り”全員も異論はないということをザイードに目線で伝える。最も乗り気だったお財布担当はぐっと拳を握って満面の笑みを浮かべ、お受けします、と力強く宣言していた。




