02-25:魔物狩りへの特殊な依頼1
イビルボアと遭遇して五日後、六番月の十二日。
ヘロン亭で“魔物狩り”はクレメンテ辺境伯の息子カルヴィンと対面していた。
「せっかくヘレナが腕をふるってくれたんだ、食べながら聞いてくれ」
カルヴィンの言葉に従って、所狭しとテーブルに並べられた料理を全員が黙々と食べる。型通りの挨拶をした程度で“魔物狩り”は口を開いていない。前に冒険者ギルドの個室でお会いした時も、彼と話していたのは大半がフレッドだった。
前回はリア以外がカルヴィンの素性を知っていたことが大きいが、今回に限ってはそれだけが理由ではない。
面倒くさい予感、嫌な予感がするのである。
二日前――。
近場での依頼を探しに行ったリアとレオナ、ザイードの三人はふらふらと歩いていたカルヴィンに捕まった。リアは他二人の事情を理解しているわけではないが、貴族とは関わりたくないという点は共通している。
身構える三人にカルヴィンは軽い口調で予定を尋ねてきた。
言いたくないが隠すことでもない。
ふんふんと三人の話をカルヴィンは聞くと、ぱっと顔を輝かせ「二日後、閉店後のヘロン亭に集合してね」と言って帰っていった。聞けば、女将さんにもヘロン亭を使わせてくれというメッセージと共にお金が届いたそうである。
その身勝手さに貴族、辺境伯の息子だなと納得する。
予定を聞いてきただけマシなのかもしれないが。
ヘロン亭は貴族や富裕層を意識した店ではない。店内は清潔で小ざっぱりしているが、庶民的な雰囲気に満ち溢れている。女将さん自らが「家庭料理の延長」と言うように、お財布に無理のないお値段で、お母さんが作った中で最上級に上手く出来たような料理が食べられことが店の魅力だ。
お金持ちの貴族が食べるのか――とリアは思っていたのだが、今、カルヴィンは嬉しそうに料理を口いっぱいに頬張っている。食べながらで良いと言った御本人が、食べることだけに集中している。
話は切り出されず、当然進みもしない。
「はいよ、料理はこれで全部!」
テーブルに最後の大皿が置かれる。揚げたてのクロケットだ。
自分の仕事は終わったとばかりに奥へ引っ込もうとする女将さんを見て、カルヴィンは慌てて口の中の物を飲み込んだ。軽妙な彼にしては珍しく、焦ったような声で呼び止める。
「待って。ヘレナにも一緒に聞いて欲しいんだ」
「アタシは“魔物狩り”でもないし、冒険者でさえないよ」
「彼らの後見みたいな立場でしょう? それに未だ冒険者に影響力もあるしね。現役時代はAに最も近いと称されていたヘレナの経験や意見も聞きたい」
「後見なもんか。……皆さん。カル坊はこう言ってますけど、どうですかね?」
「俺は構わない」
「私も問題ありません。大先輩の女将さんから助言をいただけるなら嬉しいですし」
頷くことで同意を示したザイードとレオナに倣って、リアも小さく頷くことにした。
正直な所カルヴィンの話よりも、Aに最も近かったという女将さんの武勇伝の方が気になる。領主の血縁に対等な口を利いているあたりその片鱗なのだろうか。
「ってことで、ヘレナも座って。食べながら聞いてくれて良いよ?」
「アタシが作ったんだけどね。で、何? アタシの時間を使いたいなら早く言いな」
隣のテーブルの椅子をずらして座った女将さんが、ドスの利いた声で話を促す。平素から迫力はあるが、客相手だと加減していたことがよく分かる音声だった。迫力の度合いが全く違う。
ヘラヘラしていたカルヴィンが真面目な顔をしただけではなく、フレッドまでぴしっと姿勢を正していた。
「コホン。えー、今回皆さんに集まってもらったのは、妙な魔物が湧いている件です。数日前には“魔物狩り”の方々が南東の森でイビルボアと遭遇、年若い冒険者達を救ってくれたというお話も聞きました」
パチパチパチ……と一人で拍手までしているカルヴィンに“魔物狩り”と女将さんが向けたのは怪訝な目。急に口調を改めた意味も、何を言い出すつもりなのかも分からない。
「実はあれから僕も調べてみたんです。皆さん以外にも何件か、そこに居るはずないだろうという魔物と戦った、もしくは目撃したという話がありました。これは看破できない事態であると僕は考えています」
カルヴィンを見る目は胡乱に格下げされている。
看破できるわけないことは承知である。黒ローブに襲撃されたことがある以上、ずっと警戒はしてきたのだ。自分たちと全く無関係な話だとは思わないが、今になってカルヴィンに何かを言われる筋合いはない。
「あれ? ノリが悪いな。正義感溢れる冒険者、“魔物狩り”のメンバーなんじゃないの?」
「俺達は、いや、少なくとも俺は日々暮らしていくためだけに金を稼ぐ、その日暮しの冒険者に過ぎません。どこを捻って正義感という言葉を出したか知りませんが、幻想を求められても困ります」
なかなかに失礼なことを、言葉だけは少し丁寧にしてアルスが言う。
恐ろしいくらいに感情は無いというのに、底冷えするような目と声だ。
だいぶアルスの存在に慣れてきたリアであっても気圧されそうになる。ザイード達も同じものを考えているのか、アルスの言葉に同調しているのか、苦い笑いを浮かべながら小さく頷いていた。
「その謙遜はどうかと思うよ? 他の人が受けない討伐依頼でも受けてくれて、人当たりも良いって評判なんだから。王都の方じゃ“閃光の剣”とか“暁星の調べ”あたりが英雄視されているらしいけど、アルカク周辺で来て欲しい冒険者と言えば“魔物狩り”だ」
その話はリアも初めて“魔物狩り”に会った時、女将さんから聞いている。
実際に一緒に動いていても、評判に偽りがあるわけではないとは言える。しかし、その評価が適切であるかと問われればリアは首を捻るだろう。
アルスが述べたように魔物狩り”が魔物を狩る理由は収入を得るためだと答えるより他ない。冒険者であって慈善活動家では無いのだ。
「それは野盗まがいの振る舞いをする冒険者と比べての評価でしょう」
「ねぇ、今更だけどその話し方止めてくれないかな。僕は君の、いや、君達の上司でも領主様でもないんだからさ。頼むね? えぇっと、それでだ。じゃぁ“魔物狩り”の皆さんは、妙な魔物が出没していても気にならないと?」
「気にはなっていますよ。ご報告した通り、関係が疑われる黒いローブの人間にうちのメンバーが襲撃されていますから。ですが、変異種の討伐依頼でも受けない限りは、いつ遭遇するも分かりませんので。各自で警戒を強めるしかないでしょう」
カルヴィンの頼みとやらは完全無視である。アルスの口調は面倒くさい上司に報告する部下。聞かれたことは答えるからそれ以上追求してくるなと言う圧力が十分過ぎるほどに込められている。
しかし、カルヴィンもその程度でへこたれる男ではない。
「そう! その黒ローブが問題なんだ。湧かないはずの魔物の報告はあっても、人に襲われたという話は君達を除いて一件もなかったんだよ。遭遇した人はいるけれど生還者がゼロって事かもしれないけどね。実際に襲われたフレッドから詳しく聞いたけど、とんでもないみたいじゃないか」
よく生き残れたよね、と続けられてリアはフレッドをじろりと見た。
(まさか私のこと言ってませんよね?)
意外と通じるものである。
フレッドは微笑んで頷いた後に、カルヴィンに気付かれないように口を縫い付けるジェスチャーを返してきた。妙に上手いのがツボに入りかけて、リアはこっそり頬肉を噛む。
片眉を上げてみせたフレッドの得意満面が腹立たしい。
リアとフレッドが脱線している間もカルヴィンは喋っている。
争点は“魔物狩り”以外の冒険者が上級魔物や黒ローブと遭遇したらどうするのかという方へ移動していた。アルスは自己責任だ、他のパーティの面倒までは見られないという旨の言葉を淡々と返している。
冷たいようではあるが、それが冒険者の実情。余程偏った英雄思考の持ち主以外であれば、誰しもが似たような言葉を返すだろう。アルスよりはオブラートに包んだり、美化した言い方をするかもしれないが。
「君は未熟な冒険者が死んでも良いと言うのかい?」
「良いとは言っていません。ですが、冒険者は生きて戻らぬ可能性があることが前提。それを惜しむのならば、ある日突然現れた魔物に殺された農民、野盗に村を焼かれ売られる子どもはどうなりますか。どちらもこの国ではよくあることです。彼らの存在が珍しくない以上、冒険者が予期せぬ魔物と遭遇して死ぬ可能性を憂うのは、俺には順序が違うように感じられます」
静かに淡々と語るアルスの声を聞きながらリアはこっそり感動していた。
極端に無口というわけではないが、アルスという男はあまり自らを語らない。必要なところだけを端的に述べることが多く、言う必要性のない自分の思いはほとんど口にしない人だと思っていた。
だが、今語っていたことからはアルスの個人的な思いが伝わる。突如湧いた魔物に戦いとは縁のない人が殺さることを是とせず、親を失った子どもが保護されない現状を暗澹たる気持ちで見つめているのだろう、と。
それは国や貴族を非難しているとも取れる言葉であった。
カルヴィンは数秒間をその言葉を消化するために口を噤み、不意に声を上げて笑い始めた。
「ハハッ! 君は僕が思っている以上に良い男だよ、アルス隊長」
馬鹿にしている様子はない。
本当に嬉しそうに笑っているカルヴィンの姿に、アルスの目が点になっている。アルスだけではなく“魔物狩り”全員が突如笑い出した、わけのわからない生物を見るような目でカルヴィンを眺めていた。
白けた空気の中でカルヴィンの笑い声だけが響く。
干からびそうな雰囲気を破ったのは、バンッと女将さんがテーブルを叩いた音だった。
「いい加減にしやがれ。そんな身にも銭にもならない話を延々と聞かせて、何をしたいんだい」
伝法な口調で言い捨てた女将さんをリアは心のなかで称賛する。リアだけではなく“魔物狩り”全員が感謝と感嘆を込めた目で女将さんを見ていた。
カルヴィン以外の全員が同じことを思っていたのだ。
結局何の話をしたくて集合させたのか、と。




