02-24:孤児院生とザイード2
リアの子供時代の話を聞いて、ザイードは頭を抱えた。
山でサバイバルの件は正直理解できない。悪意あってや捨て鉢で行ったことではないことは分かるが、孫娘に気付かれないように見守って山を移動するお祖母さんなど魔物の親戚ではないか。
そもそもザイードが望んでいたのはワイルドな訓練法ではなく、色んなものをすっ飛ばして強くなろうとしているオスカーの気持ちが変わる話だったのだ。レオナもそのつもりでリアに話を振ったのだろう。彼からすれば年の近いリアの経験談が一番効くだろうと。
しかし、このままではオスカーは再び森に突撃して、野営まで試みてしまうかもしれない。
「……嬢ちゃん、弓はいつからやってんだ?」
「多分、六歳か七歳くらいだったかなぁ……。あっ! でも、最初は当たらないし、弱くて当たっても矢が弾かれる事ばっかりでした。弱い魔物なら倒せるようになったのは十歳を超えてからですね」
「まぁ、そんなもんだよな」
常識的な返答にザイードは胸を撫で下ろす。
弓を持った次の日に魔物を倒していました、なんて言われては目も当てられない。
「レオナ、お前は?」
「私か? そうだな、三歳くらいから兄の真似をして小さい木の棒は振っていたらしいが――」
「お前兄貴いんのかよッ?」
「一人居る。……きちんと型を習うようになったのは五つの時で、実戦形式の練習が許されたのは十二歳だったはずだ。私は元々冒険者ではないから参考にならないかも知れないけれど」
「いや、多少の違いはあっても根っこのところは同じだろ。オレも拾われた時だから――七歳から剣の練習させられて、練習がてら魔物殺してみろって言われたのが十三だ」
勇者候補とか英雄候補と持て囃されるような神童の類はさておき、普通の子どもが魔物を倒せるくらいまで武器を扱えるようになるには時間がかかる。力任せで武器を扱える大人とは違って、体が出来ていない子どもは武器を当てても魔物の息の根を止められないのだ。
しかも体が小さいうちは防御力が低いから反撃を喰らうと危ない。真っ当な育て方をするならば、体が成長して【強化】もある程度出来るようになるまでは実戦には出さないのである。
オスカーの年齢の時、既に三人は実戦に入っていた。
だが、オスカーは武器の扱いは習い始めたばかりだ。力任せに武器を振って魔物を叩き潰せるほどに体も出来ていない。まだ背も伸び始めていないし、女の子と見紛うほどに華奢なのだ。
「オスカー、お前よぅ、冒険者になるって言って剣を習い始めてから半年経ってねぇだろ? オレ達だって素振りばっか何年もやらされた後で魔物と向き合ったんだぜ。確かに実戦経験も大事だけど、今のお前はまだその段階じゃねえんだよ。仲間の足引っ張るだけだ」
いっそ清々しいほど遠慮会釈無しのド直球。
ずばりと言い切るザイードの顔にも声にも蔑みは全く無い。親切ぶって良い気になっていても、蔑みを含む言葉は何となく分かるものだ。
少なくともリアにはザイードが真剣にオスカーを心配していると感じられた。突きつけるように事実を述べているのは無駄死にしないで欲しいからだ、と。
「……今のお前でも、良い武器を持てばF級の魔物くらいなら潰せるはずだ。だけど、そうやって戦って得られるものは強くなったっていう錯覚だけだと私は思う。力任せに弱い魔物を潰したとしても、それが通じないレベルになったら行き詰まる。結局はEかD止まりだ」
レオナの言葉にリアは愕然する。
あのレオナが至極真面目な顔で恐ろしく真っ当なことを言っているのだ。明日は季節外れの大雪が降るのではなかろうか。少年二人は感銘を受けているらしいが、レオナの実態を知っているリアは大変失礼な感想を抱くしかない。一番“魔物狩り”の中で力任せでも倒せば良いと思っていそうな人であろうに。
リアはレオナのことが好きである。数ヶ月で彼女のことは大切な仲間だと思うようになった――が、何とも言えない残念感が漂っている事は否定できない。その残念感が親しみやすさに繋がっているから、悪いことでも無いのだろうけれど。
「むっ。リア、何か失礼なこと考えてるだろ」
「い、いいえぇ。そんなことふぁらいれす」
図星な言葉に目を逸らしたら、頬を抓んでムニムニと揉まれた。
本気で怒っているわけではない。
リアの頬肉を抓む力はちょっと痛い程度に加減されているし、頬を引っ張っているレオナは笑っている。
「あらあら……」
丁度良いタイミングで帰ってきてしまったキャロルが、頬肉を伸ばされたリアの顔を見て思いっきり苦笑していた。突如始まった謎のじゃれ合いに少年二人も目が点である。
気にしていないのはザイードくらいなものだ。
「ふぁ……」
ぱんっと頬が開放された。
レオナが咳払いしているが、今更遅いと思う。
「食事、美味しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。何度お礼を言っても言い足りないくらいよ。あなた達もきちんと皆さんにお礼を言ったんでしょうね? 本来ならお礼で済む話ではないのよ、分かっているの?」
ふんわりした笑顔を浮かべているものの、キャロルの後ろに猛吹雪が見える。
目を合わせたら凍ってしまうのではないかという錯覚を覚えるほどである。
本気のお怒りモードになっているキャロル院長にひたと見据えられた少年二人、特にオスカーの方はビシッと音がしそうな勢いで姿勢を正した。将来は美青年に進化するであろう顔が激しく歪んでいるのは、泣きそうなのを堪えているためか。
「……ごめんなさい」
「俺も軽率でした。気をつけます」
キャロルに合わせて真面目な顔を保っていたザイードが破顔する。
わしゃわしゃっと荒っぽく頭を撫でられて、二人は擽ったそうな顔をしていた。
「怪我も無かったんだ、今日のことは忘れりゃそれで良い。だけどよ、不甲斐ない先輩から言わせてくれ。仲間が自分の目の前で死ぬって事は、自分が死ぬより辛ぇんだ。残された方はずっと自分のせいだ、自分の力が足りないからだって死ぬまで思い続けることになる。自分が死なねぇのも大事だが、オスカー、お前はルインや今日居た奴ら……キャロル先生にそんな思いをさせたいか?」
目尻を下げて笑っていたはずのザイードがふっと表情を消して言ったのは、重すぎる言葉だった。
感情表現が豊かで大らかな普段の彼からは想像もつかない深く沈んだ目の色、子どもを諭すための言葉にしては実感が籠もりすぎている。無造作に痛々しい傷跡を曝け出されたような、なんとも言えない気分になった。
「……いや、だ。させたくない」
ザイードが伝えたかった、しかし言葉にはしていない部分までをオスカーが理解したのかは分からない。それでも真剣な目をして、暗い感情を宿したザイードの目をしっかりと見つめて返事をしていた。
「だったら、自分のするべきことは分かるな? ルイン、お前もだ。弱い魔物しか湧かねぇ場所だと思って油断していただろう。あの魔物がいきなり突っ込んで来たらどうだった? リーダーはな、慢心で突撃なんつー判断をしちゃいけねぇんだ」
「は、い……」
オスカーよりも四歳年上であり、冒険者として活動して二年になるルインはザイードの言葉に顔を青くしていた。助けに入った時から彼は後悔していた。だが、その後悔は強い魔物に当たった自分達が死ぬかも知れないという恐怖。自分だけが助かり仲間が死ぬなんて想像は――ザイードの言葉を聞くまで考えなかったのだろう。
(過去に何かあったんだろうな。想像だけで喋ったにしちゃ痛々しい)
ザイードの言葉は少年二人だけではなく、リアとレオナにも突き刺さった。
一人で戦っていれば一人で死んで終わりだが、仲間がいる場合は一生消えない心の傷を負わせる事にもなる。少なくとも、この場に居る人は全員「死んだ後のことなんか知るか」と言い切れるようなタイプではない。居ないアルスやフレッドも淡白そうには見えても仲間を大切にする。
自分が死んだら、相手は自分を責めるだろうか。
“魔物狩り”の誰かが死んだ時、自分はどう思うか。
戦いとは関係ないキャロルまでもが想像力を働かせていたらしい。
怪我人一人無く生還したというのに葬式のような空気が漂っていた。
我に返ったザイードは焦り、重くなりすぎた空気に気付いて頭を掻く。色を取り戻した目で沈鬱な顔をしている少年二人を見つめると、ニカッといつもの笑い方をして大きな声で言った。
「悪ぃ、暗くなっちまったな。そうならないようにすんのもオレらのお仕事ってことよ。おぉーっし、坊主共は反省したな? 反省しなたらそれで良し、死なないように見極めて戦え。これでオレの話は終わり。あっちの子どもたちンとこ行って来い」
戸惑いに目を泳がせている二人にザイードは笑いかけた。屈託というものを感じさせない明るい、いや、暑苦しい真夏の太陽のような笑みである。普段通りのザイードの顔だ。
笑いながら手を降るザイードに促され少年二人は孤児院の子どもたちが集まっている部屋へ。見送ったザイードはちょっとだけバツの悪そうな顔で、残っていた女三人に頭を下げた。
「あー……その……なんだ、空気の悪くなる話をして悪かったな」
「謝らないで下さい。あの子達のために、思い出すのも辛い話をしてくれたのでしょう? 同じ内容でも私のような女が言ったなら――あれほど響かなかったはずですから」
さすがに多くの子供の面倒を見ているというべきか、キャロルは見るべきところをよく見ていた。少年二人を震え上がらせた吹雪は姿を消し、春に咲く花のような笑顔でザイードを見ている。
「そんなことねぇと思うけどな」
「あります。私は戦いについて語れませんし……ルインにとっては頼りない姉くらいの感覚でしょうから」
「ルインは十七歳だってな? キャロル先生とは年が近いよな」
「私が孤児院を始めた時、あの子はもうほとんど自立していました。身寄りのない子どもを集めたり、寄付をお願いしたりするのを手伝ってくれるほどで。卒院生ではなく孤児院の設立者と言った方が良いのかもしれません。だから私もあの子には強く言えなくて」
その言葉にザイードの顔がわずかに強張ったのを見て、リアは手の甲を抓った。
横を見ればレオナも下唇を噛んで上空を眺めている。十七歳で“あの子”呼ばわりされている少年をライバル視してしまうあたり、どうなのだ。
(私達、めちゃくちゃお邪魔ですよね! 先に帰れますかね)
リアの目線の訴えは、下唇を噛みすぎて前歯がはみ出ているレオナに否定されたのだった。




