02-20:山娘は“魔物狩り”を観察する2
改めてじっくり眺めれば、アルスも確かに整ってはいる。
髪の色と表情の薄さ、レオナやザイードという目立つ人が近くにいるから分かりにくいだけだ。目鼻立ちは整いすぎているほど整っているが、整いすぎているせいでクセも個性もないのかもしれない。髪の色を除くと、印象に残るパーツはやや切れ長の目くらいだろうか。
そして現在――その美形と評された男は唯でさえ薄い表情を完全に消している。
よく見れば青みがかった灰色の目が面倒くさいことを雄弁に語っているが、それに気付かなければ命なき細工物のようで怖い。目が合うと呪われる類の人形のようである。
「……俺を眺めても、美形には変じないぞ」
その言葉を聞いたザイードがのしのしと近寄ってきた。
ガシッとアルスの両肩を掴んで揺らす。指先が白くなっているのを見るあたり、相当な力が込められているのだろう。足取りもしっかりしているから、そこまで酔っていないのかも知れない。
「あぁ? それ以上、何を望むんスか隊長。デカイとか怖いとか言わたことないくせに」
「……悪魔扱いされたことならあるが」
「何だそれ! そんなバカみたいな悪意を真に受けるなよぉ。男の真価は見た目じゃねぇ、強さと優しさだぁ! オレァ、隊長が美形で、結構色っぽいからって僻んだりしやせんから!」
いや、ベロンベロンに酔っていることに間違いはないらしい。
何が琴線に触れたのか。ザイードはアルスの方を掴んだまま豪快に男泣きしていた。無表情を通り越えて憮然としているアルスの顔にも気付いていないのか、やりたい放題である。
リアの脳には「絡み酒の泣き上戸」という文字が焼き付いた。
男に色っぽいと言われてもな、という嫌そうな呟きが聞こえたのは空耳だと信じたい。
(ザイードだって十分にモテてるでしょうよ)
リアは谷間を強烈に主張していた冒険者のお姉さんに捕まって、ザイードについてあれこれ聞き穿られたことがある。全身全霊で肉食獣オーラを発していたお姉さんは、膝が震えそうな目をしていた。魔物であればB級以上に相当するなと失礼なことを考えてしまったくらいだ。
ザイードの濃いめの顔立ちは強面と言えなくもないし、背が高くがっしりしていることも事実だ。だが、冒険者ギルドに多くいる二の腕が女性のウエストくらいありそうなムキムキ体型というわけではない。高確率でスキンヘッドか単発の彼らからすれば靭やかで、重さや暑苦しさはない。
やんちゃ坊主が立派すぎるほど立派に大きくなったような雰囲気は、意外と一部のお姉様方に人気のようなのだ。一度普通に話した後であれば、お年寄りにも可愛がられやすい。
それにザイードは自分の見せ方を分かっている
今日のシンプルな黒いシャツと、わざと所々色落ちさせたロングパンツの組み合わせもよく似合っていた。なんだかんだ言いつつも、自分に似合うものを理解しているのだろうとリアは思っている。
逆に、神経質そうに見えるアルスは雑である。
元部下の二人によれば自分を飾ることや、趣味娯楽の類にお金を使うという意識がほとんどないそうだ。武器防具などの実用的な部分に必要な分以外の報酬は、生活費と言って丸々渡しているらしい。
今着ている服もオーバーサイズのプルオーバーと、オリーブ色に染められた麻のパンツ。お洒落というよりは実用的、ラボルの農民と大差ない上下セットである。雰囲気と見た目が違うから農民には見えないけれど。
「にゃぁ」
「ぎゃっ!」
しがみつかれているアルスとしがみついているザイードを眺めていたリアは、突然耳元で話しかけられて飛び上がった。心臓に悪いので止めて頂きたい。
目隠しをしても犯人は分かっている。
この場で女性はレオナのみ。声を聞けば分かるのだ。
「ひひひっ。リアぁ、私ともお喋りしようよう」
にへらぁっと笑うレオナの顔は、多分、アルスの家以外に出してはいけないヤツである。レオナは見た目通り貴公子然としているわけでもないし、可愛いものが大好きなことも知っている。そんなリアであっても――見てはいけないものを見てしまった気分になるくらいに表情筋が崩壊している。
「お喋りって……何話します?」
「なんでも良いよぉ」
美形は得だ。
頬が赤らんでキリッとしている目も潤んだ上にふにゃふにゃの笑顔を浮かべると凛々しさというものは消える。すると後に残るのは美形という事実だけだのだ。レオナの顔は決して醜いわけではなく、可愛らしい。レオ様に声をかけて猛アピールしている女性たちの心がバッキバキに折れてしまうのではないかと思うくらいに。
レオナとザイードは時々二人で飲み歩いているらしい。外でもレオナが同じ状態になっていたとしたら、ザイードの尻に矢を刺してやろうと暗い笑みを浮かべながら決意した。それがアルカクの平和に繋がる。
「じゃ、じゃあ、レオナさんは――」
「さんじゃないでしょぉ?」
「……ゴメンナサイ」
顔は笑ったままなのに、酔っぱらいの目が据わる。
ずっとレオナは自分に敬称は要らないと言い続け、途中からザイードもそれに便乗してきた。だからリアは二人を呼び捨てにして、なるべくフランクな口調で話せるようにと矯正されている最中なのである。
「たいちょぉと何話してたの?」
「一人で森に行ってることを聞かれて……探索能力を鍛えたいなと思ってることをお話しました。色々やり方は考えているんだけど、なかなか上手く行かなくて」
「リアがそんな事言ったら、戦うのも半端な私なんてどーなるのさ」
嘴みたいに唇を尖らせて不服であることを表現されても、困る。
レオナは弱くないとリアは評価しているのだ。魔物に至近距離まで近付いて攻撃する度胸も、反撃される前に離れられる速さも、自分には無いものだと認めている。
羨ましくは思うことはあっても、彼女に不満を持つようなことはない。
「私は接近戦が全くダメですし」
「遠くから倒せるんだから良いんだよ。あぁ、でも、そっかぁ。リアはフレッド先生の反対かぁ」
「反対?」
「先生はねぇ、自分で言うには、武器が苦手なんだって」
酔っているから適当な事を言っているんじゃないだろうか。
ちらりと弱点を暴露されているフレッドの方を見れば、机に突っ伏しておられた。
「大丈夫ですか、先生」
「大丈夫なんじゃないの? 素手でも武器持ってる私より強いし」
「いや、その話ではなくて――」
「あぁー! リアは可愛いなあ」
突然、前後脈絡のないことを言いながらレオナはリアの顔を覗き込んできた。
戦闘方法についてもフレッドについても、今までの会話を全てふっ飛ばされたリアは目を泳がせながら仰け反る。先程のアルス隊長の発言と同じく、見つめていても可愛くは変じないと叫び出したい。しかし、笑み崩れるというのはこういうことです、と辞書に載せたいような顔をしたレオナに言うのもどうかと悩む。
「あのう……」
「ん?」
気の抜けた顔で首を傾げるレオナが可愛いさが衝撃的で、ついには言葉に詰まってしまった。
彼女が普段男性っぽく見えるのは服装や立ち振舞だけではなく、キリッとしているからなのだ。今のレオナを見て王子様とか理想の男性像と言う人は居ないだろう。
美形は得であるらしい。
「えぇっと、その……レオナはどちらにお住まいで?」
「うぅん、下区だよ? 知り合いの家に間借りしてんの」
「帰り、大丈夫ですか?」
既に自由区と下区を仕切る門は閉まっている。
住人なら手続き次第では通れると聞いたこともあるが――。
「今日は泊まりまぁす。まだまだ大丈夫!」
泊まるならさっさと寝てくれ、というアルス隊長の呟きが聞こえた。
何をどうやったのか、彼はザイードを寝かしつけることに成功したらしい。気づけば床に座り込み、カウチに背を凭れかけてザイードは眠っていた。暢気な寝顔を晒すザイードとは反対に、アルスはげっそりしている。
「レオナ、お前も帰るか寝るかしてくれ」
「えー、せっかく楽しいのに」
「飲みすぎだ。……揃いも揃って、今日はどうしたって言うんだ」
その言葉にレオナはぐっと眉を寄せて、考えるような素振りを見せた。
「センセはさぁ、しばらく奥さんと会えてないから寂しいじゃない?」
「……お前とザイードは?」
「楽しんでるよぉ」
「……絡むと嫌われるぞ」
ぼそりと呟いたアルスの言葉の効果は覿面だった。
みるみるレオナの顔は叱られた子犬みたいな表情でリアを見つめる。
言ったのはアルスであり、リアはそれを肯定したわけではないというのに――なんとなく心が痛む。意味もなく謝りたくなるから、そんな目で見ないで欲しい。
「リア、私のこと嫌い?」
「そんな事ないです。でも、アルス隊長の仰るように、そろそろ休んだほうが良いんじゃないかと。お話は、また一緒にお買い物に言った時とかでも出来ますし」
その言葉を聞いてレオナは子供のようににこりと笑った。
そのままモゾモゾと体を丸め、動かなくなる。怪訝に思ったリアが覗き込めば、うるうるしていた青い目は閉じていて、口元が少し綻んでいる。微かに寝息っぽい呼吸音が聞こえる。
「はやっ!」
「限界だったんだろう。君の歓迎会が出来て嬉しかったのと、それ以外の理由もあったのか……三人共はしゃぎすぎだ。普段はここまで飲むことも、酔うことも無いんだが」
唇の端にほろ苦い笑みを浮かべてそう言いながら、アルスは窓を開けた。
少し前まで夜風はまだ冷たかったというのに、今はもう風が温い。
夏の近付きを感じさせる温い風が吹き、部屋に残った酒精の香りが薄れていった。新鮮な空気を吸い込みながら、もう少しで夏が来るなとしみじみしていると――。
「大丈夫か? 驚いただろう?」
「ちょっとビックリしましたけど、楽しかったです。ありがとうございました」
後半ただの修羅場とかしていた気もするが、元々はリアの歓迎会として催された宴会である。
アルスが獲ってきたというコモングースを元部下二人が時間をかけて丸焼きにしてくれていた。ザイードは麦酒、レオナは葡萄酒、フレッドは下区で人気だという屋台からつまみを持参し、テーブルいっぱいの飲み物と食べ物で迎えてくれた時は嬉しかった。
(今思えば酒を飲みまくりたいってチョイスだけどね)
それも偶には悪くない。
普段とは違う“魔物狩り”皆の顔が見られたことも、仲間として認められた証だと思えば嫌ではない。
時々ならこういうのも楽しいですよと笑うリアを見て、アルスはほっと息を吐いた。




