02-19:山娘は“魔物狩り”を観察する1
六番月、五日。
冒険者ギルドで正式に手続きし、リアが“魔物狩り”のメンバーになって丁度一ヶ月後の事である――。
その日、リアはアルスの家に呼ばれた。
アルスの家に行くのは珍しいことではない。ナイトベアの変異種と遭遇し黒ローブに襲われた時から“魔物狩り”のメンバーはアルスの家に定期的に集まっている。互いの安否確認と、依頼を受ける日程の相談を兼ねてだ。
ちなみに、以前は解散時に次の集合日を決めるか、冒険者ギルドの伝言板を使っていたらしい。
当然ながらアルスの家に集っているだけではなく、討伐依頼もこなしている。
今の所は予想外の魔物とも、黒ローブとも遭遇はしていない。危なげなく、至って平和に想定した通りの魔物を倒す日々が続いている。ほぼ毎回、レオナとザイードのどちらか――場合によっては二人揃って――が自分の弱さや甘い部分を発見して悔しがってはいるが。
しかし、共に戦っているリアから見れば二人は決して弱くはない。
二人が苦戦したのは、B級相当の魔物が出てきた時だけだ。D級なら一人でも楽勝であり、C級の魔物に対しても相性次第では一人で倒せるだろうと思わせるだけの力がある。C級魔物は“Cランクの四人パーティで倒せる”程度とされているのだから、一人でも倒せそうなレオナとザイードの技量はランクに見劣りするものではない。
SSランクなんて化け物が存在していた昔とは異なり、現在はCランクに上がれば優秀という感覚の時代。引退時ランクがDという冒険者も多いのだ。Cランクに恥じない実力があれば冒険者全体として見ても十分に強い部類に入ると言える。
彼らが自分の戦い方に納得できていないのは、目指す先と向上心が高いところにあるからだろう。それは悪いことではないと思う。しかし――。
「たいちょぉ、何食ったらそんな強くなれるれすかぁ?」
ベロンベロンに酔っ払って管を巻くのは止めて欲しい、と思うリアである。
「それを言うならセンセェ、何でそんな細っこいのに素手でオレより強いんスかぁ。何の訓練したんスかぁ」
「だーかーらー! ぼかぁ、キミたちみたいに、武器が! 使えないんだよ!」
百歩譲ってレオナとザイードがベロンベロンになっているのは認めても良い。
二人は“魔物狩り”として受ける依頼だけではなく、日帰りで出来るようなちょっとした依頼を受けたり、一人で訓練していたりするのだ。一日で急激に実力が上がるなんてことは滅多に無い。変化をほとんど感じない、手探り状態の日々が続いて鬱憤が溜まっていると思えば許容範囲である。
だが、フレッドまで泥酔状態で管を巻いているのは解せぬ。
ハイペースで杯を重ねる姿をリアはしっかりと目撃していた。絡まれると想定して先に酔おうとしたのか、単なる酒好きなのか――そんな事はどうでも良い。
明らかに目が据わった状態で、バンバンと手のひらでテーブルを叩いてのご力説が怖すぎる。素手で戦う男なのだ。力加減を間違えばテーブルが真っ二つになってしまう。
しかも、ここは薄暗い酒場ではなくアルスの家だ。
魔導ランプに煌々と照らされた場所では、表情から何まではっきりと見える。真っ赤な顔をしてウネウネしているレオナの姿、人格崩壊を起こしているフレッド。フレッドと肩を組んでいるザードが、なぜか半べそな事まで。
リアの脳裏に「修羅場」という文字がずっと点滅しているのは気の所為ではない。
「……すまない、君の歓迎会のはずだったのに」
頭痛を堪えているような顔でそう言ったアルスだけが、普段と変わりない。
変わりないはずである。最初の一杯しか酒を飲んでいないのだ。
「いやぁ……まあ、しょうがないんじゃないですか」
リアも酒は口をつけた程度、素面組が取り残されたという形である。
同じ家にはアルスの元部下二人も住んでいるが、見事としか言えない危機察知能力を発揮。食事を食べつつ数杯だけお酒を飲んで、さっさと自分たちの部屋に帰ってしまった。
騒がしくて申し訳ないと思う反面、見捨てられたような気分もあるから謝罪はしない。
「アルス隊長は、お酒、良いんですか? 私の事は気になさらず――」
「いや、俺は……あまり得意じゃなくて。大量に飲むと気分が悪くなってしまう」
リアは飲めないわけではない。ルミナには子供舌とバカにされたが、アルコールの臭いと苦味が好きになれないだけである。フルーティーさを求めるなら果汁を絞ったもの、苦みを求めるならコーヒーが飲みたい。
だが、酒の席に飲まない人がいると盛り下がるとか、周囲が気を使うという話も知っていた。アルスに気を遣われているのではないかとも思ったが、薄っすらと苦笑――と思われる表情――を浮かべているあたり、どうも違うらしい。
(一樽くらい平然と飲みそうな雰囲気なのにビックリですよ)
何よりも驚きなのは、三ヶ月経たない内に彼の表情を判別出来るようになったことだが。
リアがそんな事を考えながらアルスの顔を眺めていると、彼はすっと席を立ってカウチの方に移動した。自分はL字の短い方に座ると、長い方をそっと指で指し示す。座れ、と。
(大波乱の酔っぱらい三人組から離れよう。声に出したバレるから、こっそり来い)
脳内でアルスが言いたいであろう言葉を練り上げつつ、リアはそろりとお呼びされたカウチの方へと移動していく。数歩の距離であるから喧しいのは相変わらずだが、ポツリと言われた言葉でも先程より聞きやすかった。
「歓迎会、遅くなってしまって悪かった。……結局、歓迎とは程遠いものになってしまったし」
ふっと伏し目がちで笑った顔を見て、アルスの眉毛や睫毛の色がかなり薄い茶色だということに気付いた。
気付いたついでにリアは考える。苔のような不思議な髪の色にばかり目が行きがちで、アルスの外見的特徴をほとんど気にしたことがない、と。探す時は髪の色が特徴的だから一発で分かるから、それ以上考えたことがなあったのである。
「一ヶ月以上経ったが、どうだろう? やりにくいところや、不満はあるか?」
リアにとってアルスは“良いパーティリーダー”である。
第一印象ほど冷たくも怖くもないし、こうして気を遣ってくれる。
優しい――人なのだろうと思うことが多い。戦闘後にレオナやザイードに反省点を伝えているのも本人たちが求めているからだ。危なげがなければ、小さいミスなんかは指摘しない。もちろんミスがあったから報酬の取り分を減らされる、なんて事もないのだ。
「ふ、不満なんて持ちようがないですよ!」
「収入面は大丈夫か?」
この一ヶ月でのリアの収入は、アルカクに来てすぐの頃と比べると倍以上。
ラボルで見聞きしていた冒険者達の有り様から、上位ランクの所に入れてもらったらお小遣いくらいのお金で使いっ走りをするんだろうな、と明るくない未来ばかりを想像していたリアにとっては感謝しか無い。
コクコクと頭を上下させるリアの姿に、アルスは首を傾げている。
「結構な頻度で森に入っていると聞いたのだが……」
「な、な、な、何で知っているんですかっ!」
「前に行った時、女将さんに聞いたよ」
おぉう、と呻いてリアは天井を仰いだ。
聞けばフレッド以外の二人とヘロン亭に来た際にリアが不在という事があったらしい。女将さんには森に行っていると言われたので、今の報酬では足りないのかと気にしていたと。
「ち、違います。森に行っていたのは、探索をもう少しちゃんと出来るようになりたいなと思って……。ついでに見かけた魔物は狩って売っていますけど」
ヘロン亭の手伝いも“魔物狩り”としての予定もない日、確かにリアは森に行っている。パーティに少しでも貢献できるように、動きながらも周囲の状態を感じ取れるようになりたいと思ってのことだ。レオナとザイードが二人で戦闘訓練をしたり依頼を受けているということを知って、リアも技量を高めたいと空き時間に試行錯誤しているのである。
街をフラフラしていると余計なお金を使いそうだとか、余暇を楽しめる性格でもないとか、そんな理由もあるけれど。
「探索?」
「魔物がどこに居るのか分かったら、便利かなぁなんて」
秘密がバレていたことの気恥ずかしさもあって、リアは頭をかく。
反対にアルスは気になっていた疑問の答えが妙なところから出てきたとでも言うように、少しだけ目を見開いて嬉しそうに笑った。
「ナイトベアの変異体がいるかも知れないと言っていた時、魔物の強さまで分かっていた様だったな。あれは、君の言う探索は……魔術だったのか?」
「魔術って程でもないですけど、ぬう……説明しにくいですね」
「便利なものだな。君のことだから問題ないとは思うが、周囲に――」
「たいちょぉ、リアとお喋りとかずるいんですけどー」
間延びした酔っ払いの声にぎょっとすれば、赤い顔をしたレオナがじっとりとした視線を向けていた。
(酔っぱらい、理不尽過ぎる。私とアルス隊長が喋っているのは、そっち三人とテンションが違いすぎるからですよ。やむを得ずをずるいとか言わないで)
言いたいことはあるがリアは口を噤む。
アルスも無言で遠くを眺めている。
今、この場所で彼らに何かを言ったとして、火に油を注ぐことにしかならないのは目に見えている。
「そーだそーだ、隊長が一番ズルいんスよ。強くて美形で体型も丁度良いって何様なんスか!」
「そぉですよ! 剣ってだけでモテるじゃないですか!」
既婚者フレッドのモテたい発言は、聞かなかったことにしてあげよう。
これは酒の席のこと。翌日以降に持ち込むのは野暮である。解散し次第忘れたことにする三人の声は聞き流すと決めつつ、リアは引っかかった事を確認するためにアルスを凝視する。
――アルス隊長は美形なのだろうか、と。
リアはアルスという人について、男だとか、美形だとか考えたことがない。
最初は瘴気っぽい不気味さと無表情さばかりに目が行った。一緒に依頼をこなすようになってからは、B級魔物でも切り裂いてしまうような強さと、意外と適当で大雑把な部分が見えてきた。
薄い表情もある程度読めるようになった今、リアが気にしているのは目立つ髪の色くらいである。
美形という部分で言えば、“魔物狩り”には歩くだけで街の女性たちを騒然とさせるレオナがいるのだ。いや、レオナだけではなく“魔物狩り”全体が女性ウケを狙ったのかと思うほどに見目が良い。リアだって初対面の時は驚いて感心したくらいである。
今となれば中身はそれぞれに残念な部分があり、彼らに限って顔採用などしないことも知ってはいるけれど。
かなり余談的な話ですが“魔物狩り”のメンバー達の人間性(?)を書きたくて入れています。
個人的に登場人物紹介で作品内で触れられていない情報が出てくるのは好きではなく、ストーリー内に入れ込もうと頑張ると進展が亀っているという(自覚はあります)。
お付き合いいただけると幸いですm(_ _)m




