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02-17:狼の片思い2

「……えーっと、ザイードさんは好きな人がいて、貢いでいらっしゃるけど、気付いてもらえないってことで合ってますか?」


 急にレオナは目を真ん丸にして固まってしまった。

 通行の邪魔である。

 正気に戻ってくださいと必死に促すリアにフレッドは生温い目を向け、ほんのりと苦笑いを浮かべながら言う。


「さっきも思いましたけど、貴方、意外とませてますよね。そういう経験でも?」


「まさか! 宿屋で働いていたんで、話は聞いたことがありますけど」


 耳年増、とレオナが呟いた気がするが聞き流す。

 フレッドに違いますからねと目で必死に抗議するも、彼もまたリアの視線を受け流した。


「そういや、仮成人から宿屋で働いていたんでしたっけ。……嫌だなぁ、今よりも更に幼いリアに『昨日はお楽しみでしたね』とか言われてしまったら、二度とその町に行けませんよ」


「い、言いません、言いませんよそんなこと!」


「それは何よりです。で、ザイードでしたね。そうだなぁ、あれは貢いでいるんですかね?」


「そうも言えなくはないけど……ちょっと違うんじゃないか?」


 三人は黙ったまま、少し先を進んでいる飛び出した焦げ茶色の頭を眺めた。

 今は後頭部しか見えない。肩に少しかかるくらいの、真っ直ぐな割に毛先がけがピンと跳ねた髪。その毛先が一定のリズムで揺れているのが、どうにも嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「……余計なお世話だとは思うんですけど、確かに、じれったいですよね」


 誰にともなくぽつりと言うと、フレッドは歩く速度を上げた。猫のようにスルスルと、人の合間を縫いながら滑らかに進んで行く。あんな芸当は絶対に出来ないと思っていると、レオナが小さく笑ってリアの手を握った。レオナに導かれて進めば、不思議と人にぶつからずに先へと進める。


 レオナが軽い動きの双剣遣いだからか、都会の歩法なのか。

 真剣にリアが悩むほど滑らかに人を避けて歩けているが、フレッドに追いつけるほど早くはない。

 早足で進みながら、レオナはリアが聞きたかった解答をやっと教えてくれた。


「華屋横丁の近くに孤児院があるんだ。そこがザイードのお目当ての場所。……この街は、この国の中では良いところだけど、全員が満ち足りてお幸せに生きているわけじゃないからさ。アイツは孤児院に差し入れしてるんだ。院長さんへの下心もあるにはあるんだろうけど」


「へぇぇー……」


 孤児院は院長と呼ばれている、若い女性が一人で切り盛りしている。

 何年か前に彼女が家を買い、持てるもの全てを投げ売って数人の孤児を保護していたのが始まりらしい。今では金銭面ではクレメンテ辺境伯家をはじめ商会や冒険者などからの援助が、人の手という意味では近所の人が手伝いをしている。

 しかし、受け入れる孤児の人数も増えた。

 手伝いが居ない日もあるし、それでも育ち盛りの子どもを何人も育てるのは大変なことである。


 どこで知り合ったのかは“魔物狩り”の誰も知らないが、ザイードはその院長に惚れている。報酬の一部を寄付しているだけではなく、時間がある時にはヤンチャな子どもたちの遊び相手として過ごしているらしい。面倒見の良いザイードは子どもたちの人気者なのだそうだ。

 お目当ての院長には良い人としか認識されていないらしいが。


 そんなレオナの説明を聞いているうちに目的地に近付いた。


「――実家から足りないものが無いか聞いてこいって言われていますし」


「そうかよ。よぅ、嬢ちゃん、とレオナもか」


 ザイードとフレッドが話していたのは、家の前。

 アルスの家よりも少し大きそうな作りだが、相当に年季が入っている。廃屋の数歩手前という風情の家ではあるが、誰かが住んでいることによる雑然さと、人の手の入った温もりが感じられる。はしゃぐ子供の声も聞こえてくるから、ここが目当ての孤児院なのだろう。


 入り口で照れたような顔をしているザイードは、リアがすっぽり入れそうな大きな袋を抱えていた。お金ではなく食料を寄付しようということか、カボチャやタマネギが覗いている。


「あっ! ザイードだぁ」


 扉からひょっこりと顔を出した小さな女の子がザイードを指差して叫ぶ。すると中から聞こえる声が一際大きくなり、わらわらと子どもたちが玄関前に集合し始めた。遊び相手として人気というのは本当のようだ。


「ザイード、あそぼ」

「おかしちょうだい」


 彼ら、彼女らは口々にザイードに何らかの欲求を伝えている。みんな一斉に喋るせいで、何を言っているのかが分からないほどだ。中には勝手にザイードの体をよじ登る子や、背中にしがみついている子も居る。

 子どもたちの面倒を見ている女性が好きということだが、子どもも嫌いではないのだろう。大きな声で何かを言われたり、足にしがみつかれたりしているザイードは嬉しそうだった。

 目尻を下げて屈託なく笑いながら、子供の頭をクシャクシャと撫でている。


「そんな大騒ぎしちゃダメよ。お客様が困ってしまうでしょう?」


 子どもの声よりも落ち着いた、低めの女性の声が近付いてくる。

 この辺りではさほど珍しくない、レオナよりも暗めで灰色がかった金色とも薄茶色とも言える髪が揺れた。


 緩やかに束ねた髪に囲われた、小ぶりな鼻と柔らかい目元が特徴的な美人。

 年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 化粧っ気も飾り気もない、アルカクでは地味な部類に属す方だろう。しかし、それが逆に彼女の素材の良さを存分に発揮していた。清楚やお淑やかという言葉が似合う女性である――のだが、柔らかい顔立ちの下には予想外としか言えない、二つの大きな膨らみが揺れていた。


 スタイルと良い雰囲気といい、女神様の如き女性である。

 いつぞやかのフレッドの発言が気になって、こっそりとリアはザイードの顔を見てしまった。残念ながらニヤけて女性の一部分を注視したりすることはなかった。それどころか、しかつめらしい顔をして女性を見ている。


「あのよ、これ」


「ザイードさん……いつも、ありがとうございます」


「前に野菜の買い出しが大変って言ってたから、日持ちしそうで重そうなもん持ってきたんだ」


 という二人の会話を聞いて、リアは“じれったい”を理解した。


(アルス隊長かよ!)


 心の叫びを口から出さなかった自分を褒めたい。

 現在のザイードは表情の硬さと言い、素っ気なさと言い、もう少し口調を改めたならばアルスにそっくりである。ザイードは元々が野性味溢れるくっきりとした顔立ちだ。持ち前の明るさと愛嬌を無くしてしまうと、強面、かつ威圧感がある。優しそうなお姉さんが怯えてしまわないかと不安になるレベルで。


 しかし、リアの心配は杞憂に終わった。

 ザイードの答えを聞いた彼女はふんわりと微笑んだのだ。


「ごめんなさい、催促したみたいだったわね。そんなつもりではなかったんですけれど、でも、嬉しいです。いつも気にかけて頂いて感謝のしようもありません」


「い、良いってことよ! 俺は、俺も、孤児だったから。アンタの凄さが分かるし、子どもには腹いっぱい食わせてやりたくてだな……いや! 別に今食事が足りてないって思ってるわけじゃなくて――」


「こんにちは、キャロルさん」


 アルスモードを盛大に振り切ってしどろもどろのザイードの横から、ひょいと顔をのぞかせてフレッドが声をかける。突然のフレッドの登場に女神の如き女性――キャロルは驚いたようにパチパチと瞬きをした。

 子供たちもザイードザイードと連呼していたし、彼女の真正面には壁のようにザイードが立ちはだかっていたから見えていなかったらしい。


「こんにちは。フレッド先生と、レオナさんと……?」


「ご無沙汰してます。彼女はウチのパーティに新しく入ったリアです。アルカクの街を案内していたところで、こちらも紹介させていただきたいと思って。私達は手ぶらなので申し訳ないのですが」


 余所行きの言葉で話すレオナ。

 キャロルはそんなレオナに見惚れることも熱い視線を向けることもなく、ただ優しく笑った。


「そんな事は気にしないで。思い出して紹介してくれたことが嬉しいわ。はじめまして、リアさん。私はここで子供たちと一緒に暮らしているキャロルと申します。いつも皆さんにはお世話になっているの。良ければ気軽に遊びに来て下さいね」


「リ、リアです。ありがとうございます」


 見惚れたのはリアの方である。綺麗な人に優しい笑顔で話しかけられると、同性でなくともドキドキするという事をリアは知った。恋心を抱いているらしいザイードであれば如何程のものか。


「そうそう、不足している薬はありませんか? あれば伝えます」


「前に頂いたものがまだあります。先月は本当に助かりました。お礼をお伝えするのが遅くなってしまって……」


「いえいえ。春先はどうしたって体調を崩しやすいですからねぇ。もし足りないものがあれば、私や兄ではなく、ザイードに言ってくれても伝わりますから。ザイードの方が顔を合わせる機会も多いでしょうし、言いやすいでしょう?」


 飄々と告げられたフレッドの言葉ではあったが、キャロルは僅かに頬を染めた。

 彼女は肯定も否定もしなかったが、その反応で十分だ。


(ザイードさん。頑張れば見込みありますよ!)


 リアとレオナは目線交わしながら、二人で満足気に頷く。

 フレッドは良い仕事をしてくれた。

 最も気付くべきザイードは気付いていないが。


 これ以上お邪魔虫するのも、と別れを告げようとした時、リアのキュロットがぐんと引っ張られた。目線を下げれば五、六歳くらいの女の子が真ん丸のお目々でリアを見上げている。

 自分に子どもの興味が向くとは――リアは予想外の自体に固まった。子どもが嫌いなわけではないが、どう接して良いか分からないのだ。硬直したまま、レオナに目線で助けを求める。

 だが、幼女はリアの困惑などお構いなしだった。


「おねーちゃん、大人になったらボウケンシャになるの?」


「も、もうなってますよ……」


「ボウケンシャはじゅーごさいからだよ?」


 キュロットの裾をガシッと掴んだ幼女に再度問いかけられて、リアは完全にフリーズした。



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