02-16:狼の片思い1
気付けばアルカクに来てから三ヶ月以上経っていた。
“魔物狩り”と一緒に仕事をするようになってからは約一ヶ月。それでもヘロン亭の手伝いと一人で狩りを行っていた二ヶ月からすると、何倍にも濃縮された時間だったとリアは感じる。
まだ五番月、春と呼ばれる季節であることが不思議なほどだ。
夏が歩み寄ってくるのを感じる空気の中、リアはアルカク下区を歩いていた。
フレッドの馴染みだという武器屋の帰りである。
「矢って弓とか腕の長さによって違うんだね」
面白そうな顔をしているレオナの言う通り、矢を買いに行ったのだ。
リアは先の依頼で矢を数本失っていた。いや、失う前から矢が傷んでいたことは気になっていた。失わなくとも手入れをする予定ではあったのだが、失ったことで優先順位が上がったのである。
二泊三日の仕事でリアが手にした報酬は一万七千ペンド以上。
パーティ資金分を除いても、一万五千ペンド近く残る。
アルカクでは一ヶ月あたり一万五千ペンドもあれば、庶民の中でもマシな一人暮らしが出来る。家賃が安い自由区外れの長屋に住む、服などを買わずに節約する、などであれば一万ペンド以下でも生きていけるくらいだ。
その報酬を手にして、矢の補充しようとリアは意気込んだ。
しかし、一人でささっと買い揃えようという目論見は、お財布担当のザイードに見透かされていた。ギルドで別れ際に、矢の金の半分は出すから領収書貰っとけ、と言われたのである。
こんな時のために報酬の一部を集めているんだからよ、とも。
「私も知りませんでした。あの頑固親父の機嫌が良かったから、リアが正しいんでしょうねぇ」
十分な報酬を得られたし、依頼を受ける前から傷んでいた矢もある。そうザイードに遠慮申し上げているところをレオナに聞かれ、アルカクで生まれ育ったフレッドに武器屋を紹介してもらおうという流れになったのだ。
結果として、下区に数度しか入ったことのないリアとしては大変助かったのだが。
「案内して下さってありがとうございます。費用の方も……」
「そんな気にすんなよー。リアだって徴収されてたし、これからもされるんだから」
「こういう時のために集めているんですから。それに、私もアルスからグローブかナックルを買えって言われていますしね。貴方の矢より大きい額ですよ?」
「私も前にベストの代金、半分出して貰ったしさ。矢が消耗品なのはみんな分かってるって」
結局、矢の費用も三分の一を“魔物狩り”が負担してくれることになった。
彼らにとってはリアの矢の費用を負担することは当たり前。軽口半分に文句を言ってはいるが、パーティ全体の資金として報酬の一部を必ず出している。それが当然であるという顔で。
実のところ、こんなパーティは珍しい。
冒険者というのは何があるかわからない、命がけの仕事だ。
もしもの時の為に金を貯めておいて死んだらどうする、という方向に思考が行く者の方が多い。死ねば丸損、それなら今手元にある金で楽しもう――そう考える方が冒険者としては一般的なのだ。
特に先が見えない低~中ランクの冒険者にとっては。
共同資金イコール上位者への上納金になっているパーティも珍しくない世の中である。“魔物狩り”のように助け合い精神に基づいてやりくりしているパーティは、全体の三割以下くらいではないだろうか。
滅多にお見掛けしない気前の良さを見せつけられると、リアとしては申し訳なくなってしまう。
だが、遠慮のしすぎは失礼になることも弁えている。
だから仕事で返すことを誓いつつ、甘えさせてもらった。
「ありがとうございます。お二人は、この後は?」
「私は剣を研ぎに出したから用は済んだな」
「私も特に。……他に行きたいところは? 折角ですから分かるところは案内しますよ? 女性向けの店だとレオナの方が詳しいかも知れませんけど」
フレッドに目を向けられて、レオナは困ったように笑った。
すれ違った女性から華やいだ声が聞こえたが、それを咎めるのは酷だろう。完全プライベートの際には田舎のおばちゃん風に変装して歩いているレオナも、今日は行く店が店だからか違う。仕事に行くときと同じ様な装い――リアが最初に物語の王子様と感じた姿――なのだ。
「私に女の標準を聞くのか、先生?」
「両手に花のつもりで歩いていますよ」
「ウソつけ。片手は棍棒か物干し棒だと思ってるだろ?」
「ハハハ、バレましたか」
フレッドもリアの第一印象が“都会っぽい人”だったように、気張っているわけでもないのに洒落ている。顔立ちだって好みはあるが良い部類であることには間違いない。
二人が並べば視線を集め、じゃれ合っていれば黄色っぽい声が聞こえてくる。
(私は小動物か珍獣のお供ってとこだろうね)
そんな心の声をリアは無視し、頭の中で鼻歌を歌う。
揃えたわけでもないのに“魔物刈り”は見た目のレベルが妙に高いのである。異物感満載な自分を認識したって凹むだけだ。深くは考えない方が良いことも世の中にはある――そう信じている。
ぼんやりとアルカクの雑踏を眺めていたリアの目に、見慣れた黒っぽい頭が飛び込んできた。ほとんど黒に見える髪色も珍しいが、何よりも人々の頭から顔半分が飛び出している。ふとした拍子に顔の向きを変えれば、やはり、見慣れた狼のような目元が一瞬だけ見えた。
「ん? ザイードさん?」
「あ、本当だ」
「昨日の今日ですもんねぇ」
リアの声に反応した二人。
特にフレッドは顎を擦りながら人の悪そうな笑顔を浮かべている。その笑みか言葉かに思い当たる事があったのだろう。徐々にレオナの顔にも人の悪い笑いは伝染し、良いことを思いついたとでも言うように瞳を輝かせた。
「先生。アルカクの街を案内するなら、華屋横丁は定番だよね?」
「そうですねぇ。リアはどうでしょう? 行ってみたいですか?」
申し合わせたように同時に視線を向けられると困ってしまう。
ハナヤヨコチョウという観光スポットがあると聞いたことが無い。有名な観光名所でないならば、音の響きから何となく想像はつく。ザイードを見る二人の笑顔からも、やっぱり想像出来るものはある。
宿屋で三年間下働きをしていたのだからら、一応は。
「……それって、私とレオナさんは行けない場所では?」
頬を赤くして眉尻を下げたリアの言葉に、二人は唖然とした顔で停止した。鳩が豆鉄砲を食らったとしてても、もう少しまともな顔をするのではないかという表情である。
レオナに至っては口まで半開きになっているが、幻滅したような声が周囲から聞こえてこないのは――元が良すぎるからだ。レア顔を拝見したと自慢する娘さんが出てくるかも知れない。
「……多分、貴方の想像しているような場所とは違います」
「えぇっ!」
気まずそうに頬をポリポリと掻くフレッドの横で、リアは頬だけではなく耳まで真っ赤に染めて悶える。頭の天辺から湯気が出ても、耳から煙が出ても、不思議には思わない赤面っぷりである。
狼狽えるリアの姿に湧き上がる笑いを噛み殺す、レオナもまた百面相を披露している。
「……じゃあ、本当にお花屋さんが並んでる横丁ですか?」
「あぁ、う―ん、そういう訳でもないですけど。それよりは貴方が思う方に近いですけど」
フレッドの説明によると――。
アルカクにもリアが想像したような、色街と呼ばれている一角は確かにある。あるどころではなく、都市の大きさに見合って大規模で存在している。
しかしながら、王都を筆頭とした他の都市のような、淫靡な雰囲気が漂う隔離された一角という訳ではない。貿易都市、商人の町と呼ばれるせいか、アルカクのそれは開放的である。
『望んだ職でトップに立った人間が持て囃されるのだ。望まぬ職に放り込まれてなお、それを極めた人間であれば更に褒め称えられるべきだろう』
何代か前のアルカクの領主様――クレメンテ辺境伯――がそう公言し、言葉通りに振る舞った結果だという。当時の領主には彼女たちを職だけで判断し蔑むものこそが下劣である、との信念があったそうだ。
人の美徳を忘れた者のように称されがちだが、実際に望んでその職に就く者は少ない。売れらた者が大半であり、何のことか分からぬほど幼い頃から将来を決められた子も多い。それでも仕事をやり遂げるている人を何故蔑むのことが出来るのか、と彼は臆面もなく言い放ったらしい。
働くこと自体が下賤――そう見做す貴族の中では異端と言っても良い言葉だ。
現在もクレメンテ辺境伯領に彼女たちを見下す人間が居ないわけではない。
男にとっての楽園である場所が、女性にとっての苦界であることにも変わりはない。
しかし、現在のクレメンテ辺境伯も先祖の信念を受け継いでいる。
そのためアルカクではAランク冒険者やスター闘技士と同じ様に、色街トップクラスの女性もまた優れた職業人として扱う方針が貫かれている。美貌やその他諸々を駆使して女の頂点に上り詰めた人は、女性にとって憧れの対象ともなっているのだ。
「元々、華屋横丁は色街の女性に贈るものが売られていたそうです。ですが、私が幼い時には既に女性の聖地になっていましたね。高級遊女達が身につけたものや化粧品はもちろん、彼女たちの意見を取り入れた商品も売られています。この街の、もしくはこの国の美の頂点と言える女性達が使っているものや考案したものです。欲しがる方は多いんでしょう。一部は彼女たちの収入になりますから、互いに良いんですよ」
生粋のアルカクっ子であるフレッドは、そう締めくくった。
「美味しいお菓子から、綺麗な服や小物までが沢山ある、女の夢の国って感じだよ。デートで行ったり、恋人へのプレゼントを買いに行く男も多いんだって。先生も奥さんへのプレゼント買いに行ったことあるんじゃない?」
女性の願望を物体化したようなレオナではあるが、彼女は可愛いらしいものが好きなのだ。美味しいものも甘いものも大好物だから当然行った事があるのだろう。
だが、残念ながらリアが気になったのはそこではない。
オクサン、とリアは口の中で小さく呟いてみた。
何かの聞き間違えかとも思ったが、奥さん、結婚相手という意味の言葉しか思いつかない。
「先生、結婚してんだよ」
「え……」
「妻は妻で各地を巡っているので、お互いに独身時代とあまり変わりはありませんけどね」
「で、プレゼントは何を買ったんですか?」
「首飾りと、指輪は買いましたかね」
恥ずかしがる素振りも見せず、つらっとフレッドが答える。
わぁっと華やいだ声を上げるレオナはどう見ても乙女である。顔を見ればもっと詳しく聞きたいと思っていることが分かれる。
レオナは可愛いや甘いものだけではなく、おそらくロマンチックな話も好きなのだ。王子様感を求められるのは意外と辛いんだろうな、と嬉しそうな横顔を見ながらリアは思った。
「私のことは良いでしょう。ザイードですよ、ザイード」
「先生、先生なんだからアドバイスしてあげなよ」
「人の恋路に口を挟むのは野暮ですよ」
「でもさぁ、気付いてもらえてないぜ、あれ」
「人のペースはそれぞれですよ。リアもそう思いますよね?」
いきなり聞かれても困る。
興味がないと言えば、嘘になるけれど。




