02-15:ギルドからの呼び出し
アルカクに戻ってから四日後。
“魔物狩り”は冒険者ギルドに集合していた。場所はカウンターでもブースでもなく、二階にある個室である。機密性の高い話をする時、冒険者に対する調査の際などに使われることが多い。
リアが個室に入ったのは、ラボルで誰かにチンチラもどきを捕ってもらっているという疑惑をかけられた時だけだ。良い思い出はない。
今回の個室呼び出しは、四日前の依頼報告が原因だった。
依頼は全て完遂、ナイトベアは変異種の可能性があるためパナンの冒険者ギルドに預けた。連絡を取り調査結果について確認して欲しい。
淡々とアルスによって語られる報告に冒険者は騒然とした。
調査の連絡についてはすぐに認められたが、ナイトベアの支払いは詳細が判明するまで延期とされた。パナンにあるナイトベアの買取金だけではなく、ナイトベア討伐の依頼報酬までもである。
ナイトベアの討伐報酬は最も高額だったというのに――。
だから、昨日ギルドから招集がかかった時、真っ先にリアが思ったのは早く報酬をくれということだった。もちろんナイトベアが変異種だったのかも気になるが、報酬が出ないと矢の補充と補修が出来ない。そちらのほうが問題である。
「お待たせいたしました」
そう声をかけて扉を開いたヨアンナの後ろには、身なりの良い男性が二人。ひとりは髪の半分くらいに白いものが交じっており、もうひとりはフレッドと変わらないくらいの青年である。親子ほどに年が違う。
「紹介させていただきます。こちらはクレメンテ辺境伯領総括、アルカク本部ギルドマスターのバイロン。こちらは……カルヴィンさん、です」
年上の方――バイロンがギルドマスターであるのは皆が納得した。
特権採用組ではなく叩き上げで間違いない。リアの三倍くらいは生きていそうだと言うのに、その腹や背にたるんだところはない。ピンと伸びた背筋や厳つい筋肉質の体、鋭い目元、どこからも老いているという言葉が浮かばない男だ。ギルドマスターとなった今も鍛錬を怠ってはいないことが窺える。
不可解であるのは何の役職も付けられていない、カルヴィンという若い男の方だ。紹介する時にあった戸惑うような間、一瞬だけ泳いだヨアンナの目を見るていると、ギルドマスターの付き人というわけではないように思える。
職員なら職員と言うはずだし。
そう思いながらリアが上目遣いに様子を見ていると、カルヴィンと紹介された若い男はニッコリと軽やかに笑った。リアよりも少し明るい、ソラマメのような色の目が印象的だ。反対に髪はリアよりも濃く、ザイードよりも少し明るい焦げ茶色。
「似てるね、目と髪の色」
挨拶も抜きに、自分を指差しながら妙に明るい声で言う。
あまりにも突発的に過ぎる言葉に全員がポカンとカルヴィンを見たが、気にもせずにニコニコしている。固まった空気の中で、フレッドは頭痛がするとでも言うように額を抑えて呻いていた。
「……色々すっ飛ばして、いきなりソレはないでしょう」
額を抑えたまま、フレッドは普段の彼らしくない苦々しい声を出した。
「いいじゃない。彼女もそう思ってただろうし」
「それでも、です」
「ふーん……君はリアちゃんだよね。僕はカルヴィン、気軽にカルって呼んでくれても良いよ。アルカクの街と“魔物狩り”はどうだい? こんな感じで良いかな?」
良く言えば都会らしい軽やかさ、悪く言えば馴れ馴れしい口調。
リアは目を白黒させつつ、半笑いを浮かべてしまう。
「そうそう、フレデリックに虐められてない?」
「えーと……」
「コイツだよ、コイツ。フレッドの名前はフレデリックさん」
「あっ、そう言えば……。ハイ、良くしていただいています」
最初に会った時に聞いた気もするが、フレデリックと呼ぶ人がいなかったから忘れかけていた。
当のフレデリック――フレッドは大きく溜息を吐いていたが。
「そもそも何で貴方がいるんですか」
「別に暇つぶしに来たわけじゃないから、そんな怒るなよ。そもそもお前は――」
「うぉっほん! 本題を話しても良いか? 良いな?」
ギルドマスターがじろりと威圧するように二人の顔を見れば、掛け合いを始めようとした二人がぴたりと口を噤んだ。それにリアは心の中で盛大な拍手を送る。
流石はギルドマスター。人を黙らるコツを心得ているらしい。
「まぁ、座ってくれ――それで、だ。パナンから連絡が来た。君たちが倒したナイトベアだが、変異種と断定はされていない。だが通常のナイトベアとは異なる点が幾つか指摘されている。現時点での有力な見解は“変異種になりかけの個体”ということだそうだ」
「……よく分かりませんけど、報酬は貰えるんスよね?」
「勿論だとも。それにアルカクの研究室が調査のためにナイトベアの死体を買い取ると言っている。価格は一万五千。通常ならば五千くらいだから、悪くない話だろう?」
互いに目線を交わして意思を確認する。
予想していた値段よりも高い。なら良いんじゃないか。
「それで構いません。ですが、ギルド側の対応は? 村長はきちんと毛が銀色に見えていた事を伝えていらっしゃった。それを単なるナイトベアと断定しCランク依頼にしたのは単にパナンの職員の手落ちですか、ギルドのご都合主義ですか?」
ザイードに変わって“魔物狩り”を代表して口を開いたのはフレッド。
挑発するような言葉をギルドマスターは苦みばしった笑みで迎えた。クレメンテ辺境伯領内の冒険者ギルドを総括している男だ。自分の言葉がどのように受け取られるのか、どう影響するのかまで考えないわけがない。
「色の見え方、言い方は人それぞれだ。ギルド職員を責めるのは酷だな――」
「ギルドは悪くない、と?」
「まぁ、聞きなよ坊主。お前らが危険な目に遭ったことは否定しねぇ。パーティによっちゃ怪我で済まなかった可能性があることも、な。だが、今回は互いに運が良かった。お前らはピンピンしている。一万二千の上乗せで六万。この報酬で手打ちに出来ないか」
命の値段としてはあまりにも安い。
しかし、誰も怪我さえもしなかったのだ。冒険者には怪我も戦死も付き物、依頼内容が間違っていても死ねば終わりである。依頼地に着くまでに目的以外の魔物に襲われることだってある。
だと言うのに賠償を要求するというのも強請っているようで居心地が悪い。
「……それは、ギルド側で出すのだろうな?」
ずっと黙りこくっていたアルスがギルドマスターをひたと見つめていた。
それだけのことで部屋の気温が下がったように感じられる。ヨアンナやカルヴィンは一瞬顔を強張らせたが、冷気を向けられている当人は動じない。
ギルドマスターの心臓には毛が生えていると疑いたくなるほどだ。
「もちろんだ。というか、ギルドの取り分をほぼ報酬に加えたのが六万だな」
「分かった。俺はそれで構わない、あとは他のメンバーに聞いてくれ」
「私達も強請りをしようって訳じゃありませんから、妥当なところですね。こちらへの補償だけではなく、依頼内容を精査するよう指導していただきたい。命がけの商売ですから」
「うむ。では、討伐依頼と買取、合わせて七万五千を支払わせてもらおう。均等に五人に分けて渡せば良いか? ヨアンナ」
「はい、用意しておきます。失礼します」
ヨアンナが個室から出ていくと、ギルドマスターの態度はぐっと砕けたものになった。
鋭い目元は変わらずだが、目尻や唇の端が緩んで威圧感が薄くなっている。
「……にしても、前のメタルベアと言い、今回と言い、おめぇら運悪過ぎだろ。しかも全身黒い布で覆った、気味の悪い野郎に襲われただぁ? クソ坊主のことだ、女神像に変な薬でもぶっかけたんじゃねぇか?」
「しませんよ。それに野郎か女かも分かりませんって」
「そうだった、そうだった」
ワハハと笑うギルドマスターの顔を見ながら、フレッドの親戚のおじさんみたいだ、とリアは思った。良くも悪くもギルドマスターらしくない。飲み屋にいるガラの悪い冒険者の如き姿である。
意外と親しみやすい元冒険者のギルドマスターはざりっと顎を撫ぜ、けどな、と続けた。
「おめぇらが当たった案件だし、現物もあるから納得したがよ。草原でメタルベアに遭遇したとか、迷宮でも魔素溜まりでもない場所で変異種が出たなんて眉唾もんだぞ」
でしょうね、と心の中で同意する。
どちらも完全にあり得ないことだとは言えない。しかし、かなり珍しい自体であることは間違いない。二度も立て続けに存在するはずのない魔物に遭遇するなんて、雷に打たれるくらいの確率だろう。
目撃談だけなら相手にされなかったはずだ。
「そうそう、フレデリックは本当に何にもしてないの? 黒い布を被った奴の正体が実はお前だったとか」
「……くどい。そもそも、なぜ貴方がいるんですか?」
「その話をしに、だよ。今まではあり得ないと言われていたことが、あり得ることになっていたら手を打たなきゃいけないだろう? 襲撃してきた相手ってのも気になるしねぇ」
「貴方の仕事じゃないでしょうに」
ツンケンしているフレッドを見てリアは首を傾げる。
この二人が知り合いであることは間違いない。
最初はカルヴィンがギルド関係者なのだろうかと思っていた。今回のように依頼書に書かれている等級と釣り合わない魔物が多く出れば、ギルドの信頼にも関わるだろう。その調査員ではないかと。
しかし、カルヴィンの態度を見る限り冒険者ギルド職員とも思えない。どちらかと言えばギルドマスターが一歩引いているように見えるし、フレッド以外の“魔物刈り”はどことなく緊張感を漂わせている気さえする。
「誰の仕事とか言い始めちゃうと、手遅れになるまで誰も手を付けないからね。……あぁ、君たち、そんなに身構えなくて良いよ。今日は異常だと思われる二件の話を聞きたいだけだから」
己の高い鼻を指差して笑う男は、どう見ても気さくで明るい青年。
ほんの少しだけ首を傾げながら、リアはぼんやりとカルヴィンを眺める。さっさと報酬を受け取って帰りたいが、彼の質問に答えるまでは個室から出られないらしい。




