02-13:大事な話をしよう1
夕飯兼お裾分け用の魔物を仕留めた帰路のこと――。
リアは真剣な目をしたザイードに呼び止められた。
「聞きたいことがある。まぁ、ソコ座ってくれよ」
多分そうなるだろう、とは思っていたのだ。
あのタイミングで自分を連れ出すのならば、聞きたいことがあるのだろうと。
「俺が戻った時、嬢ちゃんは倒れてた。センセェは疲れて寝たんだろうと言っていたが、違うよな? あれは、魔力切れだろう?」
「そう、ですね……」
魔物を探している間は、互いにほとんど口を開かなかった。ザイードはリアにどう問いかけようかと悩んみ、リアはリアで何を話すべきかをずっと考えていた。
聞き取りにくい黒ローブの声。
何度も邪魔をするから殺す、そう言ったような気がする。しかし、邪魔をするどころか黒ローブと会ったのは初めてだ。あの瘴気とはまた異なる強い恐怖感と不気味さは、一度目にすれば忘れようがない。
「フレッド先生は、私の事以外で、何か言ってましたか?」
「やっぱり、このナイトベアは変異種ですね。平気そうでしたがリアの疲れたんでしょうね、ってよ。けど、オレが分かれた時には先生の袖なんか破れてなかった。あの辺りには袖を引っ掛けるような木もねぇ」
フレッドの袖と言い、リアの魔力切れを見破った事と言い、よく見ている。
「それを聞いたりは?」
「したさ。でも口を割らねぇし、隊長達とギルドのクソ野郎が来て打ち切りだ。なぁ……オレは別に嬢ちゃんを責めようとか、嬢ちゃんがセンセェを襲ったなんて考えてねぇんだよ。ただ、何があったか知りたいんだ」
「襲撃されました。……多分、人間だと思います」
「どういう事だよッ! 知ってるヤツか?」
「いえ……少なくとも、私は初めて見ました。ですが、言われたことを考えると私だけの問題でもないのかなと思っています。フレッド先生は別のことを考えているのかもしれませんが……私は“魔物狩り”全員に関係しているかもしれないと思っています。だから、全員揃ってから話したいです」
何度も邪魔をするから殺す。
リアは“何度も”に当てはまる部分を掘り下げて考えていた。
考えつくことは一つある。
だが、リアが出した結論通りならば“魔物狩り”全員が関係していることになる。むしろフレッドは巻き添えに近い。だからこそザイードだけではなく“魔物狩り”全員に伝えるべきだろうと感じていたのだ。
はぐらかす気は無いことが通じたらしい。
ザイードは頷きとりあえずピッキオ村へと戻ることになった。
そして今――。
村の人達からお礼にと貰ったおかずを囲んで“魔物狩り”は円形に座り込んでいる。
フレッドに目配せすると、小さく頷かれた。
リアが秘密にして下さいと叫んだから、それを守ってくれたのだということはザイードの話から分かっている。フレッドの反応は、どこまで話すのか任せるから自分で話しなさいという意味だろう。
「皆さんに、聞いて欲しいことがあります」
全員がじっとリアを見つめ無言のままに続きを促していた。
「ナイトベアの死体を運んで、ザイードさんが村長を呼びに行ってからなんですが。フレッド先生と私は、黒っぽいローブかマントかを着た人に襲われました。接近されるまで全く相手の存在にには気付けず……」
「私もそうですね。気付いた時には肝が冷えるっていうんでしょうか、ナイトベアよりも余程危ない魔物かと思いましたよ。突然湧いたのでなければ、あれだけの距離まで悟らせなかっただけでも恐ろしい」
「……何かあったとは思ったが」
「えぇッ! あのナイトベアよりって、それじゃ……」
顎に手を当てたまま俯き沈思するアルス、青ざめた顔で隣に座るリアの腕を掴んだレオナ。先に少しだけ情報を知っていたザイードはレオナほど大仰な反応こそ示さないが、ナイトベアよりも危険という言葉に顔を顰めている。
「相手はいきなりナイフで刺そうとしてきて、フレッド先生が攻撃しても、私の矢が刺さっても怯みませんでした。痛みを感じないんじゃないか、中身が空っぽなんじゃないかと思ったくらいです。言葉を話していましたが、その声も、やっぱり、人間っぽくないと言うか。剣と剣をこすり合わせたような声で」
「中身はありましたよ、脹脛を思いっきり蹴った時にはバランスを崩しましたし。人間――いや、人類であることは間違いないでしょう。ダメージを与えられたかは全く自信がありませんけど」
リアはフレッドに聞き間違いなら訂正して下さい、と断ってから続ける。
「私には“ナンドモ邪魔スル、殺ス”、何度も邪魔をする相手だから殺してやると言っているように聞こえました。その後は殺すとか死ねとか、そんな言葉を連呼していたように思います」
「偽リノ神ヲ奉リシ者ニ死ヲ」
「……は?」
「なんだそれ?」
「リアが言ったこと以外に、そうも言っていたんですよ。偽りの神を奉る者、おそらくは異教徒は死ねということじゃないかと。何らかの宗教系の、狂信者なのかなぁと考えていました」
「でも、そうなるとリアの邪魔をする奴は殺すってのとズレない?」
「だよなぁ。異教徒だから殺してやるってのと、邪魔するから殺すってのは、大分違うぜ」
「そうですよねぇ。リアは、そのあたりをどう考えていますか?」
フレッドが自分へと問いを投げてきた意味は、リアだけに伝わった。
あの言葉の後、黒ローブの持っていたナイフが光って魔術――のようなものが発動し始めたのである。そこを語ってしまうと、どうやって凌いだのかにも話が向く。リアがフレッドに秘密にしてくださいと願った部分だ。
リアの秘密をバラさずに話すには、嘘や誤魔化しを混ぜ込まなくてはいけない。だからと言って相手を特定する要素になる可能性がある言葉を秘したり、再び襲われた時のために役立つ情報を捏造したりするのも気分が悪い。そんなフレッドの葛藤が感じられる物言いだった。
以外なところで気遣いを見せたフレッドに少し頭を下げ、リアは続ける。
「順番があるんです。近寄って来て最初に言ったのが“ナンドモ邪魔スル、殺ス”で、フレッド先生と戦っている最中に言ったのが“偽リノ神ヲ奉リシ者ニ死ヲ”です。だから、私達に攻撃してきた理由としては、邪魔をされたと思ったからではないかと。それで、考えたんです。あの黒ローブの人の邪魔をしたかなって」
「邪魔も何も、嬢ちゃんは初対面なんだろ?」
「ですが、思い当たる事が一つあって。……私の推測、妄想かもしれませんが、話しても?」
全員が頷いたのを確認して、リアは束の間目を閉じる。
ザイードに聞かれる前も、聞かれた後も、ずっと考えていたこと。しかし、何度考えても確証が得られない懸念。自分の考えすぎであって欲しいと思いながらも、関係があるはずだと思ってしまっていることを語る。
「アルス隊長。初めて私が皆さんと一緒に狩りに行った日、メタルベアと戦った時の事を覚えていますか?」
「うん?」
「あの時、黒い布端を見つけましたよね」
「……っ。なるほど、黒ローブの一部とも言えなくないか。共通点はそれと中級魔物、いや、どちらも普段湧くことがないような魔物か。ここの村長も生まれてこの方、あんな魔物は見たことがないと言っていた」
「はっ? メタルベアと戦った時にそんなモンあったっけ?」
アルスの言葉にレオナが首を傾げる。
この場でメタルベア戦に参加していないのはフレッドだけ。だが、誰かが居たかもしれないと捜索したのはアルスとリアだけだった。彼女にとっては見たことのない魔物がいた、それだけだったはずだ。
「お前たちが休憩していた時に、リアと俺が少し離れただろう? あの時に黒い布の端切れ、数本の糸が固まったようなものが引っかかっているのを発見したんだ。メタルベアに関係するのかは分からなかったが……」
「なるほど。貴方達の言うことが本当なら、アレが私を素通りしてリアに向かおうとしたのも納得できます。後衛を先に潰そうとしているのかと思いましたが、私は初めて姿を見た相手で、何度も、の対象では無かったと」
「ということは、フレッド意外は知らぬ間に恨みを買っているわけか」
「仲間外れにしないで下さいよ。私だって今回の件で目をつけられた可能性が高いんですから」
と述べるフレッドは飄々とした笑みを浮かべている。アルスも相変わらずに表情を大きく崩してはいない。しかし、張り詰めた空気が彼らの内心を物語っている。
部屋の中で最も素直に心情を表しているのはザイードである。
苦虫を噛み潰したような顔で彼はぽつりと零した。
「……それで、その狂信者が言った神がどーたらっつー戯言は何なんだ?」
「相手は狂信者ですから――」
「呪文、もしくは詠唱のようなものだと思います」
フレッドの声を遮ってリアが断言する。
「そういった直後にソレが持っていたナイフの刃が青白く光りました。全体が光ったわけではなく、何かの模様のような感じで。それから……それから、黒ローブの人がナイフを振ると、魔術で出来たような半透明の刃が飛んできたので」
「ま、待ってくれ。リアが見たのが本当だったとして、魔術を使う時ってさ、もっと、こう……“レオナの名によって命じる、炎よ、我が刃に宿り相手を燃やし尽くせ【火剣】”とか言うんじゃないの?」
(それは物語の演出上のセリフでは?)
レオナの芝居がかった言葉にリアは首を傾げている間に、
「普通はね。ですが、魔術か魔道具かは分かりませんが、私もナイフに魔法的要素があったように思います。達人級になれば剣を振った衝撃で遠くのものを切り裂けるなんて話もありますけど、あのローブの中身は剣の嗜みなど無いでしょう」
とフレッドが後押しする。
「ちょっ、どういう事だよ。センセェなら素人なんざ一発だろ?」
「もちろん技量を隠している可能性も否定できませんが……私が感じた限り、動きはずぶの素人でした。速度と耐久力は圧倒的でしたが。もしもレオナほどの技量があれば、私は殺されていたでしょう。あの攻撃――仮に魔術攻撃としておきましょうか。魔術攻撃を次々に繰り出された時には死を覚悟しました」
苦い微笑みでフレッドが吐き出した言葉で、ザイードが絶句した。
ザイードだけではない。Bランクに恥じない実力をフレッドが持っていることは“魔物狩り”皆が認めていることだ。その彼が死を覚悟する――戦慄を覚えるのにそれ以上の理由は不要だ。共に戦っていたリアもまた、フレッドが死を感じていたという事実に心臓を掴まれたような気分になった。




