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02-07:明日に備えて2

 興奮して戻ったフレッドが夜に光る草――ホーリーグラスについて語っている間に、スープには良い具合に熱が通り、ザイードも戻って来た。

 とりあえず夕食である。

 リアとしては食べられないものが食べられるものになった、くらいの感覚だったが“魔物狩り”の面々はきっちりと鍋を空にしてくれた。


 食事中の話題は今日の反省が主。

 食べ終わるとアルスは村長から聞いた情報の伝達をザイードに任せ、洗い物を持って外に行ってしまった。席を外して問題ないのは自分かザイードのどちらかだという主張は正しいが、喋るのが面倒だったのではないかとリアは疑っている。


 そして今。

 思い思い寛ぐメンバーの前で、ザイードが村長から聞いた話を報告している。


「――んで、ナイトベアってヤツは北の山裾あたりをウロウロしているらしい。村人はまだ襲われてないが、放していた牛が一匹喰われてる。村に向かう気配は、今のところ無しだとよ」


「ふぅーん、被害が牛一匹って意外と温厚じゃない? 隊長は何だって?」


「さすがに村長の前では言えねぇし、別々に戻ったから知らねぇよ」


「まっ、見つけやすいなら良いけど」


 投げやりな口調で言うレオナは眠たげだ。

 フレッドだけは心ここに在らずという様子でホーリーグラスに見入っている。聞いているのか心配になるが、何か言えばホーリーグラスの話に強制転換されそうな予感がする。


「ちょっと気になることがあンだけどよ。嬢ちゃん、ナイトベア知ってるか?」


「えっと、C級で……って、ヨアンナさんの説明と同じになっちゃいますね」


「毛皮とか、肩甲の色は分かるか?」


「本では全身グレーの体毛、となっていたはずです」


「だよな? オレが確認した魔物図鑑もそう書いてあった。だけど村長が言うにはシルバーらしいんだ。グレーでも光の当たり方でシルバーに見える時はあるだろうが、もっとギラギラしているみたいな言い方でよ」


「……村長さんもナイトベアを見たことがあるわけではないんですか?」


「パナンの冒険者ギルドに依頼を出した時に、特徴を言ったら職員が教えてくれたってよ」


「それって――」


「どう思う? オレも分からねぇんだけどよ」


 ううん、とリアは首を捻りつつ考える。ザイードの言うようにシルバーとグレーという表現は曖昧だ。だが、ギラギラと表現されるような色合いならば魔物図鑑に単にグレーと表記するだろうか。光沢がある、銀に近いなどの説明が加わらないか。


「ナイトベアの特徵は甲羅のような両肩ですよね。これを肩当てに見立てて騎士熊(ナイトベア)と命名された訳ですし。ギルド職員がナイトベアと判断したって事は、この特徵はあるんですよね?」


「あぁ。そこは間違いねぇ」


「私も実物のナイトベアを見たことはないですし、魔物のすべてを知っているわけではありません。でもが、私が知っている中では、熊系で特徴ある肩をしている魔物はナイトベアだけです。ただ……」


 毛色が違うという言葉で思いつく事はある。

 口に出しそうになったが、ありえない、と思い直して言葉を濁した。


「間違えたって文句言ったりしねぇよ。思った事を言ってくれ」


「もしも毛の色が違うなら……変異体、という可能性は無いでしょうか?」


「やっぱりそこに行き着くよな……。オレもそうじゃねぇかと思ったんだ。可能性は低いけど、ゼロとは言えねぇのが怖いとこだろ?」


「え? 何、変異体って?」


 ザイードとリアの間に重苦しい空気が漂ったことで、眠らそうにしていたレオナが目を見開いた。助けを求める様にフレッドの方を見るが、残念ながら彼の視線はホーリーグラスに釘付け。取り憑かれているのか、取り憑いているのかと心配になる目付きである。

 レオナはそっとヤバイ男から目を逸らして、無言でリアに訴えかけた。


「でも、ゼロに限りなく近いはずです。変異体が出るのは特殊な環境がほとんどで、それだって相当珍しいはずですよね。村長さんの見間違えとか、知らないだけで亜種がいるって可能性の方が高いんじゃないかと」


 必死に記憶を掘り返しているリアもレオナの視線に気づくことはない。


「他にも魔物が湧いているって話は無かった。そもそも、山から降りてくる魔物は少ないらしい。じゃなきゃ村なんか作んねぇよな。だけどよ――爺さんはまず光ったって言ったんだ。最初はギラギラ光っていて姿なんか分からなかった、ってな。グレーの毛に光が当たったとして、そんな金物みたいな光り方するか?」


「だからって変異体というのは――」


「だから変異体って何だよぉォォォ!」


 置いてきぼりにされたままのレオナが立ち上がり叫ぶ。


「あっ、えーと、変異体は……時々出てくるちょっと変わった魔物ですかね?」


「こんな普通の環境なら出ねぇはずなんだが」


 猟師にせよ漁師にせよ冒険者にせよ、変異体という存在は皆が知っているものだと思っていた。改めて説明しようと思うと難しい。自分はルミナからなんて教えてもらったんだっけ、と考えるも、リアが変異体を知ったのは幼い頃だ。全く思い出せない。


「普通じゃないってのは分かるよ。リアが前に持ってたレッドグースみたいなモンだろ? ちょっと毛の色が違って買取額が変わる的な」


「……嬢ちゃんのアレは違うよな?」


「グース類の色違いは品種で、ビッグラビットとホーンラビットが亜種だったはずです。変異体は、えーっと、変種とも違くてですね……出現時の姿から()()()()()()()()()()()()って感じでしょうか。元よりも強くなるんです。噛み付くだけのはずが魔術っぽいものを使ってきたり、硬さがケタ違いだったり」


「うぅわ……」


「でも、変異するに値する時間と環境が必要なので普通は居ません。居ないはずなんです。出現してから討伐されずに生き残り続け、かつ魔素の強い場所に居続けるっていうのが定説のはずだから……」


「変異体がどうやって変異体になるかは分かってねぇんだよ。けど、魔物ってのは魔素が集まって実体化するって言われてんだろ? だから嬢ちゃんが言うように魔素が濃いことが関係しているはずだ。この辺りの魔素が濃くなっているなら、普段より魔物が多く湧くとか、何か予兆があるはずなんだが……無いんだよなぁ」


 変異体の部位が売りに出されたという記録があるのは少なくとも十年以上前、迷宮以外での討伐例があるのは更に昔の話だ。こんな平和そうな村に出現するとは考えにくい。村長からの情報だけではなく、リアの体感でも魔素が異様に濃いという印象はない。


「そんなあり得なさそうな話に、何で二人はビビってんの?」


「万が一に変異体だったとすると、難易度が上がるからだよ。当たり外れはあるみてぇだが、少なくとも元より弱くなるって事はない。ナイトベアは元々Cだろ、下手すりゃA級になるかも知れねぇ」


 A級と言いたレオナの顔が思いっきり強張った。

 現状で“魔物狩り”は平均Cランク。D、C、B、Aと一つ一つのランクの間には深すぎるほどの溝があり、冒険者の大半はDランクもしくはCランク止まりである。

 Aランクパーティでやっと倒せるA級魔物など、一般人にとっては災害にも等しい存在だ。軍隊で討伐に当たったとしてもおかしくない、いや、高ランク冒険者が居なければそう対処するしか無いほどの脅威なのだ。


「ヤバイじゃん、それ」


「まさかとは思うけどな。でも用心するに――」


「最悪の事態を想定して動くべきだと思う」


 落ち着いた声でそう発言したのはアルスだった。

 片手に全員の椀を入れた鍋をぶら下げているが、その顔は極めて真面目。


「隊長! 行く気ですか?」


「ギルド職員がナイトベアだと判断したんだ。降りるにしてもナイトベアでは無いという証拠が要る」」


「隊長と先生でも、A級なんて無理だろ……」


「ん? A級?」


「あ、変異体だったらって話ッスよ。最悪、Cの二ランク上でA」


「……なるほど。フレッド、話は聞いていたか? どう思う?」


「そうですねぇ。A級と戦ったことは一回だけですけど、明らかに格上なら分かると思いますよ。全身がザワザワして、離れていても死んだ気になりましたから」


 A級の魔物と戦闘経験があることは勿論だが、ホーリーグラスに見入ったままフレッドが話を聞いていた事が驚きである。びっくり顔で自分をまじまじと見ているリアに気付いて、彼は微笑みながら続けた。


「ですが、ご覧の通り生きていますので。A級イコール即死でもないですよ」


「幸い、ナイトベアがいる辺りは見通しが良いらしい。目撃した村長も無事だ。気付かれないように姿を確認するのを第一目標として動こう」


「村長がシルバーと言った、だけではギルドも納得しないでしょうしね」


 アルスとフレッドが頷き合う。

 それから全員を見渡し、アルスは確認とでも言うように口を開いた。


「皆もそれで良いだろうか?」


「不安はあるけど……そういう事なら」


「が、頑張ります」


「ヤバかったら即撤収して、ギルドに文句言いましょうや。センセェの言うザワザワが分かるかどうかを考えると、全員で動いたほうが無難そうッスね」


 拒否するメンバーはゼロ。

 具体的な行動案を出したザイードに軽く頷き返して、アルスが口を開く。


「ザイードの言う通りだな。変異種という可能性が否定出来ない以上、警戒しすぎくらいで丁度良い。違和感なり嫌な予感なり、何か感じたらすぐに言うようにしてくれ。では、明朝までは各々自由に」


「私達はこちらで寝ますから、奥の小部屋を女性二人で使ってください。変異種だって決まったわけじゃないですから、今からそんな緊張しないでしっかり休んでくださいね。眠るのも仕事のうちですから」


 余裕さえも感じられる微笑みを浮かべているフレッド。

 年長かつ上位ランク者の言葉に、顔を引き攣らせていたレオナも渋々頷いた。



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