02-06:明日に備えて1
釘を打てそうなくらいにカッチカチの干し肉。
リアはげんなりした気持ちでそれを削ぐ。普通にナイフで削ろうとしたが無理だった。戦闘態勢でもないのに【強化】を掛けて削るようなシロモノを、一体誰が食べるというのか。
だからと言って、柔らかくなるまでしゃぶっている、というのもぞっととしない。削りながら欠片を口に入れてみたが、柔らかくなるにつれて獣臭さが強調されるのだ。人が食べて大丈夫なものなのかという疑念さえ湧いてくる。
「なんだかなぁー」
ここはピッキオ村の空き家。
依頼で来る冒険者の宿代わりにと用意されただけあって、廃屋と言うほどに汚れてはいない。定期的に掃除をしてくれていたのだろう。埃が積もっているなんてこともなかった。
だが、家具のない古い家は間延びしたように広く、どことなく陰惨な印象がある。一人で居るから尚更そう感じるのだろう。
リアが干し肉を削っているのは、夕飯のためである。
冒険者の食事、特に宿もないような場所での食事は様々だ。
収納袋を持っているパーティなら魔石コンロや調理器具、日持ちのする食材を持ち歩くというところもあるらしい。反対に余裕がなければ現地調達を心がけ、堅焼きパンや干し肉・ナッツなど素のままでも保存が効くものを予備に持ち歩く。
迷宮攻略組などは何日間も死ぬほど不味いと評判の石パンだけ、ということも珍しくない。
では“魔物狩り”はと言えば、何十日とか何ヶ月単位の依頼は受けたことがないらしい。クレメンテ辺境伯領の南部には迷宮があり冒険者も多いので、基本的には北側――アルカクからそう遠くない距離の依頼を受けて数日以内で戻る。普通の堅焼きパンを持っていくだけでも間に合う日数だ。
ただし、堅焼きパンは「これ一つで必要な栄養が全て補える」を売りにしている石パンほど優秀ではない。そのため“魔物狩り”では補助として干し肉と塩、緊急時用に石パンを携帯している。
リアも今朝、集合した時にこの四点セットを渡された。
今現在リアが削っているのも、支給された干し肉だ。
肉を食べられる魔物とお会いしなかったのだから仕方がない。キラースネークの肉はレオナに断固拒否されてしまったし。
「よっこいせ、と」
削った干し肉を入れて鍋に水を注ぎ、フレッドが採集してきたノビルを加えて火にかける。本当は油とニンニクで炒めてから使いたいのだが、贅沢は言うまい。
次は小瓶でオリーブ油を持ってこよう。
救いは女将さんが貸してくれた“野営キット”に大きめ鍋だけではなく香辛料がいくつか入っていたことと、マッドウルフ討伐のために寄ったパナンで依頼者から野菜を貰えたことか。
それが無ければ干し肉と呼ばれている悍ましい物体を食むしか無かった。
心の中で二人に感謝を捧げつつ、リアは鍋を火にかける。
「パンと肉と塩……まぁ、何日かなら良いんだけどね……」
リアは二件の依頼を振り返りながら、削った干し肉とタマネギを炒める。
印象的だったのはベル村で村長の息子が怯えていたことだが、次に行ったパナンの町でも依頼主である農場主のおじさんは警戒心を顕にしていた。リアという冒険者っぽくない相手が交渉相手だったこと、倒したマッドウルフを「死体の処理を任せたい。売れる部位は手間賃として」と渡したことで態度は軟化したが。
ちなみにパナンでのマッドウルフ討伐はすぐに終わった。
出没しそうな場所まで行けば、フレッドが謎の小瓶を使って鼻を刺すような悪臭を振り撒いた。悪臭に耐えてじっとしているだけで、臭いに誘われたマッドウルフが出てきたのだから楽なものだ。
しかも、名誉挽回とばかりにレオナが双剣を振り回し一人で仕留めてしまった。
農場主にマッドウルフの死体を渡したのは善意ではなく、売却可能部部位全てを合わせても一五〇ペンド程度だからだ。皮剥ぎはキラースネーク以上に手間であり、内臓や肉の処理という問題もある。ギルドが近ければそのまま持ち込むが、時間をかけて解体してまで持ち帰りたいものではない。
『安い依頼も受けてくれるから、ありがたがられている』
『魔物の部位の一部を譲ることもあるそうだ』
女将さんがリアに教えてくれた“魔物狩り”の評判についての真相も分かった。
処理が面倒くさかったから渡したというのが実情であり、厄介を押し付けたようなものだ。しかし、嬉しそうに笑ってお礼を言ってくれた農場主の顔を見る限り好意的に取られていることは間違いない。
ピッキオ村に行くと言えば夕飯にとキャベツとタマネギをくれたし。
二件の依頼主の姿を見て、リアはギルド職員ヨアンナが「素行の悪い方を避けたい」と言っていた意味がわかった気がした。わざわざ来てやった、と酒や食事を要求する冒険者もいるようなのだ。ザイード曰く、女性に食事の世話や酌を要求する冒険者もいるらしいから、強請りや野盗の類と思われても仕方がないのかも知れない。
(冒険者がみんな悪人ではないと思いたいけど……)
キャベツを大きめにザクザクと切って投入。
味見をしてみれば、干し肉から良い出汁が出てはいるものの少々獣臭い。
女将さんに感謝しながら少量のブラックペッパーを振れば、臭みが消えて風味が格段に良くなった。干し肉の塩っ気が溶け出しているから、塩は要らないだろう。
味見をしながら一人リアは頷く。
思っていたよりは美味しく出来た。
「食べられる魔物がいればベストだったんだけどなぁ……」
「確かに」
「ほぇっ!」
予期せぬ相槌を打たれたリアは飛び上がった。
赤面しながら振り返れば、目を見開き困ったような笑みを浮かべるアルスがいた。いつもよりもはっきりとした表情を浮かべているあたり、リアの驚きっぷりにアルスも驚かされたのだろう。
「す、スイマセン。一人だと思っていて」
「驚かせてすまない。それに食事の支度も任せてしまって……感謝している」
感謝されるに値する食事だろうか、と横目で鍋を見ながらリアは真剣に悩んだ。
料理というのもおこがましい。具材を切って煮込んだだけの、鍋ともスープとも言えぬ代物である。
「そんな、大したことでは……。正直、食事まで頭が回りませんでしたし」
「俺達は、食べられる魔物を狩れなかった時はパンと干し肉だけだった。温かいだけでも十分に有難い。それに、その鍋は一人用じゃないだろう。全員分のボウルまで――」
「これ、ヘロン亭の女将さんがまとめて貸してくれたんです。“野営キット”だそうで」
「大荷物だと思っていたが……持たせっぱなしにして悪かった。手に入る素材次第になってしまうが、明日は交代で持とう。体は大丈夫か?」
「はい。このままナイトベアと戦えと言われたらキツイですけど、ご飯食べて寝るだけなら問題ありません。鍋は私の荷物ですし、お椀は重なりますし」
「いや、荷物の振り分けは後で考えよう。パーティ全員で使うものは分担すべきだと俺は思う」
静かな人だな、とアルスの声を聞きながらリアは思う。
会ってすぐ彼から瘴気のような感覚を感じたことがある。それは束の間の出来事ではあったが、リアにとって警戒する理由としては十分なものだった。瘴気を放つ人間は暴力的で、人を傷つけることに享楽を見出す魔物のようなものだから。
しかし、何度か共同で狩りに行った時も、今回キラースネークを探しに森に入った時も、アルスは凪いだように落ち着いている。老境というには若すぎるが、そういった類の安定感があるのだ。
最初はいつ剣を向けられるかとヒヤヒヤしっぱなしだったものの、今となっては警戒するほうが馬鹿馬鹿しく感じられる。自分の知る瘴気持ちとは違いすぎる。
瘴気のようなものを感じるということを抜きにして考えると、アルスは優れた人だと思う。一緒に動いていればパーティ内に厳格な上下関係はなくとも、彼がリーダーとして認められていることが分かる。
特にザイードとレオナはアルスを慕っている様だ。隊長と呼んでいるのも渾名感覚であると同時に、信頼や尊敬の気持ちが若干は込められているのだろう。
平等で、冷静で、強い。
理想のリーダーもしくは上司像と言えるだろう。
リアの恐怖感を増長させていた感情表現の薄さも、慣れれば結構分かるものである。親しくなったせいもあるかもしれないが、常に淡々としているアルスが居るからこそ上手く回っている部分もあるように感じられる。
礼儀正しく見せかけて自由過ぎるフレッドの手綱を握れる人など、そうそう居ないだろうし。
「……ん?」
「あっ、いや。村長さんとのお話、どうでしたか?」
ベル村の人々と比べれば、ピッキオ村の人々は最初から好意的だった。怯えているような様子も無かったから、空き家に案内された後にアルスとザイードの二人が代表として依頼内容を聞きに行っていたのだ。
ちなみにレオナは水浴びに、フレッドは光る植物を探しに行っている。
「ナイトベアが目撃されたのは村よりも少し北に行った辺り。広範囲には動いていないそうだから、探すのは苦労しないだろう。……あぁ、そうだ。ザイードは壁を直してから戻る」
「カベ?」
「緩んだ部位があったのか、風が吹く度にカタカタ煩かったんだ。自分なら梯子や台が無くても手が届くから、応急処置で良いなら留めてやる、と」
その光景が目に浮かんで、リアは思わず微笑んだ。
野性味溢れる雰囲気で若干強面のザイードではあるが、見た目や口調で決め付けずに話せば怖いという印象は抱かないはずである。案外、孫を見るような目で村長夫婦に見られているような気がする。
「君に聞きた――」
「ただいまー!」
「見てくださいッ! やっぱりココにありましたよ、ホーリーグラス」
何かを言いかけたアルスの言葉はレオナとフレッドの声でかき消された。




