02-05:いざ、キラースネーク退治2
先程までキラースネークが陣取っていた木の方へとリアが近付けば、傍に突っ立っていたアルスは軽く片眉を上げることで仕事の終了を伝えてきた。
心なしか面倒そうな、嫌そうな顔をしている。
「……キラースネークは、皮が売れるんだったよな?」
低い声で呟かれた言葉と、視線の先を見れば納得する。
見本のように綺麗に首を飛ばされたキラースネークがのたうち回っていた。ちなみに頭はアルスの足元に落ちている。うんざりするような生命力の強さは、リアにとって見覚えのある光景だ。
「一撃で仕留めるのは難しいと君は言ったが、どうすれば一撃で止められるんだ……」
「こ、細切れにするとか、焼き尽くす、とか? 皮が取れなくて勿体ないですけど。皮も銅貨七枚……七〇〇ペンドくらいと厄介さの割に高くはないので、やっちゃう人もいますけど」
「皮を剥がなくて良いなら、今すぐにでも」
生理的嫌悪感というやつだろうか。
アルスは暴れまわるキラースネークの胴を忌々しそうに見ている。
頭と胴が離れてもうねうねバシバシとのたうち回る姿は、見ていて気持ちの良いものとは言えない。それは分かるのだが、せっかく綺麗に倒せたものを切り刻むなんて勿体ない事は止めていただきたい。
「そ、それは止めて! ちょっと待っててください」
叫ぶように言って、リアは大急ぎで太めの枝を探す。
見つけた枝でキラースネークの体を突けば、グネグネと巻き付いて枝を締め上げてくる。枝がミシミシと嫌な音を立てている中、急いで吸血虫の針を刺して離れる。すぐに枯れ枝は圧し折られてしまうだろうが、少しの間キラースネークの不気味なダンスを止めることには成功した。
「……動いていても死亡判定はされるのだな」
眉を寄せたままアルスが呟く。
吸血虫の針にしろ万能針にしろ、生きているものには使えないという制限がある。アルスはのたうち回っているキラースネークを見て万能針を使えるタイミングなのか迷ったのだろう。
近付きたくなかっただけかも知れないが。
「頭が飛んでますから大丈夫ですよ。生きている間にも有効だと、もっと便利なんですけどね」
「……随分怖いことを考える。暗殺に使われそうだな」
「あぁ、そっか。悪用されちゃいますよね。アルス隊長、その頭、出来れば潰してから埋めて下さい。噛まれないように気をつ、け――」
言っている傍から、アルスは頭を潰した。
踵で、思いっきり踏み潰していた。一瞬だけ膝下に【強化】を全力でかけたのか、踝の上まで地面にのめり込んでいる。ペシャンコになって色々溢れ出ているだろう姿は想像したくない。
「て……埋めてもらえますか」
ずぼっと引き抜いた足で土をかける。
唖然としているリアを見て、アルスが少しだけ眉を寄せた。
「もっと深い方が良かったか?」
「イエ、問題アリマセン」
「あっちは、まだ動いているか。……こういう処理を思うと、迷宮の冒険者が羨ましくなるな」
持ち帰らない魔物は埋めるか燃やす、もしくは害なく分解を早めるアイテムとセットで置いておくというのが魔物を狩る際のマナーである。
息絶えた魔物は、数日かけて干からびたようになった後、骨の一つも残さずに消えてしまう。その際にひどい悪臭を放ったり、毒が漏れ出したりする可能性があるからこそのマナーだ。
ちなみに、なぜ剥ぎ取った素材が消えないかは解明されていない。
迷宮内に出現する魔物だけが特殊である。
息の根を止めると、即座に空中分解するように消えていくそうである。残されるのは魔物の強さに見合った魔石と、人間が利用することの出来る部位、通称ドロップアイテムのみ。解体する手間が要らないため、取り出すことのが困難な毒などの入手にも嬉しい。しかし――。
「でも、迷宮で岩熊を倒して魔石だけだったら悲しくないですか?」
迷宮の難点。
ドロップアイテムは一定確率でしか残らないということ。運が悪ければ、倒した魔物の魔石だけがその日の稼ぎになってしまうのである。
ずっと倒した魔物の素材を剥ぎ取ってきたリアとしては、目の前で高級素材が分解されていくのを平静に見ていられる気がしない。
絶対に、宙へと溶けていく皮や肉の値段を数えてしまう。
その場面を想像しただけでリアの顔には切ない表情が浮かぶ。本人は気付いていないが、リアの切なそうな顔は目の前でエサを届かないところまで持ち上げられた小動物のような雰囲気がある。
思わず笑みを漏らしてしまってから、アルスは暴れる力が弱くなったキラースネークの胴を掴み上げた。
「……そろそろ行くか」
顔を上げたリアが目にしたのは、アルスの腕に巻き付くキラースネーク。どうせ死ぬなら道連れに絞め殺そうと思っているのかもしれないが、血流を止めきるだけの力は残っていないらしい。
それにしたって片腕に蛇を巻き付けながら平然と歩いていくのは如何なものか。
(似合っちゃってますけど、ものすごく悪魔、いや、魔王っぽいですよ)
リアは決して心の声が漏れないように唇を噛みつつ、アルスの後を追った。
少し進めばすぐに道に出て、空が広くなる。
腕にキラースネークを絡みつかせたアルスの背を追って進めば、あっという間に木々は疎らになり平原と言った方が良いような景色になる。ザイード、レオナ組と分かれた辺りである。
「きぃゃぁぁぁ! 嫌ァァァッ!」
迎えてくれたのは、甲高いレオナの叫び声。
「た、ただいま戻りました」
「なんで平気なの! あっ、た、隊長、こっち来ないで!」
レオナの姿が見えたと思えば、顔面蒼白である。頬が引きつっている。
アルスから距離を取ろうと横移動している姿は、王子様ではなく年相応の女性に見えた。男顔というわけでなく、凛々しい立ち振舞いが男性っぽく見えるのではなかろうか。
知り合ってから初めてと言える、完全に狼狽え切っているレオナの姿を見てリアはそんな事に気付いた。今のレオナは純粋に可愛らしい美人さんである。蛇系でも虫系でも平気なリアからすると微笑ましく感じられる。
ほのぼのと眺めていたい気もするが、涙目になっていることに気付いてしまった。
「レオナさん。どうしてこっちに?」
「あっ、あっちにも蛇が出て……!」
「これと同じものか?」
「ヒッ!」
腕ごと差し出されたキラースネークに怯えるレオナ。
その様子にアルスもまともな答えは期待できないと悟ったらしい。腕を引っ込めると、何も言わずにずんずんとザイードの方に向かって進んで行ってしまった。
「苦手なら、さっきの場所に居た方が良いんじゃないですか?」
気を使ってリアがそう言っても、涙目のレオナはプルプルと首を振る。
(可愛すぎかっ!)
リアを心の中で絶叫させるほどにその姿は猛烈に可愛らしいことになっているのだが、本人は気付いていないらしい。普段は周囲の男を色褪せさせるほど格好良いのに、ギャップがすごいとな密かに感心するほどだ。だが、本人は必死なのだろう。笑ってはいけない。
斜め後方にレオナをくっつけた状態でザイードの方へ向かおうとした、その時――。
「だっはっはっは! 隊長、魔王みたいッスね!」
「ぶっ……!」
堪えていたリアも、ストレートすぎるザイードの大声には勝てなかった。
吹き出しながら思う。やっぱり魔王に見えるんだな、と。
笑おうとピクピクしている腹筋と、怯えてビクビクしているレオナを引き摺るようにして進む。すると案の定というべきか、アルスを指差しながら腹を抱えているザイードが居た。
笑われているアルスは何故かキラースネークを巻きつけた腕を掲げている。
意外とノリが良いのか。
「……同じ魔物の様だな。二体いたのか」
魔王風のポージングを決めていたというわけではないらしい。
ガッカリしつつも安心したリアはザイードに目礼すると、置いておいた荷物の側に座る。警戒心の強すぎる獣のような動きでレオナもリアの隣に座った。膝を抱えて丸まっていることは誰も触れない。
「依頼書に数は書いてねぇから報酬は五千のままかぁ。弱かったから良いけどよ」
見れば、ザイード達が陣取っていた方に引き寄せられたキラースネークは頭をペシャンコに潰されていた。間違いなくザイードの手によるものだろう。弱かったという感想通り、アルスに切り捨てられたキラースネークと同様に呆気ないほど簡単に始末されたことが見て取れた。
キラースネークは推奨D級。
リアはしつこいくらいに自分の知識を再確認する。D級魔物はDランク冒険者四人、もしくはCランクならば一人で倒せる程度の強さ。とは言え、Cランクに上がって間もないアルスやザイードがE級魔物かのように倒せるのは釈然としない。
DランクとCランクの溝は深く、同ランクないし同級でも上下差は激しいと分かっていても、だ。
もしかすると“魔物狩り”の面々は、一般的に言われているCランクよりも能力が高いのだろうか。そう思い至るに当たり、リアは冒険者におけるランクと技量の基準が分かっていない自分を殴りたいような気分になった。
ずっと一人で活動をしてきたから人間の比較対象がない。
最も身近な比較対象とも言える自身のことについても、リアは深く考えたことがない。
フレッドが “自分を基準に考えない方が良い”と述べていたことを考えると――。
「イヤぁぁ! う、動いた」
「レオナうるせぇ! 死んでるっつーの」
「皮は諦めて火の中に入れないか? 早く死ぬだろうし、普通に食えるぞ?」
「あー、隊長も食ったクチか。まぁ、意外と食えるよな」
「ムリムリムリムリッ! 二人共頭オカシイヨ」
「んだと、こら」
考えるのは止めた。
冒険者ギルドが勝手に決めた基準と、目の前にいる人達とを比較して何になる。
リアが組んでいるのは平均的なCランクパーティでもBランクパーティでもなく“魔物狩り”なのだ。ならば、Bランクの基準はフレッド、Cはアルス達三人の優れている部分にすれば良い。
冒険者ギルドの基準など知ったことではないと割り切って、リアは笑う。
「レオナさん。ヘビ肉、結構いけますよ?」
「リアの裏切り者ぉぉぉ……」
フレッドは未だ戻らないが、誰も心配していない。
自由過ぎる男がニコニコしながら森から戻ってきたのは、キラースネークが動かなくなり、レオナがやっと落ち着きを取り戻した頃であった。




