02-04:いざ、キラースネーク退治1
鼻歌交じりに背負い袋を漁っていたフレッドが取り出したのは、片手で握り込める大きさの遮光瓶が二本。ラベルが貼られているが、書かれているのは文字にも絵にも見える“何か”。異国の文字ですと言われても、暗号ですと言われても納得してしまうそうな柄。
本人以外に即座に読める人がいるのか怪しい代物だ。
『エリクサーの失敗作なんですよ、若干寿命は伸びますけどね』
赤毛の狐がニコニコしながらお金持ち相手に遮光瓶を売りさばいている光景が思い浮かんで、咄嗟にリアは唇を噛んだ。それでも唇のムズムズは止まらない。
小鼻をヒクヒクさせながらリアが真面目な顔を保っていると、不意にフレッドは赤錆のような液体を地面にぶち撒けた。
「ちょっと加工した兎の血です。魔物の血は抜いて処理するだけですけれど、獣の血は食材として使う方も居ますからね。こっそりお願いしておけば簡単に手に入るんですよ」
もう一本の瓶の中身も同じように撒きながら、フレッドが呟く。
ほんの少し遅れて、甘ったるくも鉄臭い血の臭いが微かに香った。
「これを餌、というか罠にするという事ですか?」
「さすが元猟師、話が早くて良いですね。蛇は鼻が良いので上手くいくかなと思ったんですが、どうでしょう?」
「先生、それってキラースネーク以外にも蛇系が出るんじゃ……」
「肉食獣やら魔物が来る可能性もありますし、来ない可能性もありますねぇ」
キラッと目を光らせて語るフレッドとは反対に、レオナは顔色が悪い。
「……ならば森に入る組と、ここで待つ組に分けた方が良いな。ザイード、レオナ、お前たちはここで待機。リアには森をお願いしたい。フレッドはどうする?」
「ちょっと散策してきますよ。浅いので掘り出し物は無いでしょうけど」
「別口で動く、と。では俺がリアと組もう。森に入る方は、収穫がなくても二時以内に戻ること。フレッド、気をつけてくれよ?」
ひらひらと手を振りながら、無防備にフレッドは木々の中に入っていった。
アルスが支持を出している間に荷物の中から小さめの袋は取り出していたが、大半は置きっぱなしだ。しかも、武器は何も持っていない。両手とも手ぶら、近所に散歩にでも行くような後ろ姿である。
「俺達も行こう。準備は良いか?」
「はいっ!」
「探すのは君のほうが上手そうだな。前と後ろ、どちらが良い?」
「え……」
リアは弓専門、立ち位置的には後衛である。
万が一、いきなり頭上からキラースネークが落ちてきたら困る。
リアの弓の威力であれば余程上手く狙わないと一撃でキラースネークの動きを止めることは難しい。故郷の森で遭遇した時には矢で木に縫い付けて、短刀で首を切って、更にしばらく放置した記憶がある。
アルスの言う通り探すのは得意だが、それは魔力を放出しつつぼんやりするという独自の方法だ。リアが出来ることとアルスが求めていることは違うような気がする。魔術適性があるとバレたくないから、あまり人前でやりたいものでもない。
(どうしようかな……)
リアが悩んでいると、アルスは喉の奥で小さく笑った。
「可能性が高そうな方向があれば教えてくれないか? とりあえずは、並んで進もうか」
「わ、わかりました。とりあえず少し進んでみましょう」
森奥の方へと続く、獣道に毛の生えたような小道を行く。
リアの見立て通り、アルカク付近で森と呼ばれている場所よりも木々が深い。小道の奥が暗いことからそれが分かる。だが、生まれ育った山と比べれば――浅い。
強い魔物は居ないという証言だけではなく、圧倒するような植物の生命力と魔素が無い。
黙々と歩きながら、リアはアルスの様子を窺いつつ微量の魔力を放出していた。空気中に漂う魔素と絡み合いゆっくりと広がっていくそれを、目の裏側で感じようとしてみる。
(やっぱり歩きながらは難しいな)
アルスが魔力に気付いた気配はない。
目を細めてリアはぼんやりすることに集中する。そうして魔物特有の澱んだような印象。本来は見かけないはずの魔物という、違和感を感じ取ろうと足掻く。
「こっち側、行ってみて良いですか?」
幸運なことに、引っ掛かりを覚えたのは村人の目撃談と同じく左側だった。
アルスはただ軽く頷いて同意を示し、二人で黙々と歩く。
歩きながらリアは不甲斐なさを感じていた。
魔力を使うのは仕方ないにしろ、意識を何かに集中するほどに周囲と一体になるような感覚は遠のいてしまう。自分の身くらいは守れるからと、今まではぼんやりした状態で待っていた。
しかし、一人でなくなった今、両立できるようにすべきだろうと思う。
歩きながら、喋りながらでも出来ないと役に立たない。それは分かっているが、何をどう鍛えたら良いのか分からずに悶々とする。
(いや、考えるのは後。今は出来る限りの事をやるしかない)
「……少し、時間を下さい」
リアはそう断ってから立ち止まり、感覚を広げようと試みた。
今までの自分のやり方に近い形で、重く澱んでいるような、一部分だけ歪んでいるような違和感を探す。
これだと断定できるほど明確な違和感は――無い。
だが、気になる場所はあった。
「前、少し右の方に何か居るような感じがします。多分、木の上」
「了解」
じっと目を凝らし、耳を澄ませながら、ゆっくりと進む。
今リアの少し後ろにはアルスが居る。完全に信用しきっているわけではないが、自分の身を守るために割く集中力が少なくて良い。このことは誰かと組む利点と言えるかも知れない。
そんなことを考えながら、視覚が違和感を訴えてくれるのを待つ。
「あれ、か……?」
後ろからアルスの呟きが聞こえる。
リアが振り返れば、指で方角を示された。
「あそこの木の股。瘤のようになっている所が蛇に見えないか?」
「あっ! わかりました!」
ナイトベアと戦った後にも思ったが、アルスは目標物を見つけるのが上手い。探査能力に優れているのだろう。“魔物狩り”の中で出来ることを増やすなら、今より、いやアルスに負けないくらいに周囲探査能力を高めねば。
密かに心に誓いながら、リアはキラースネークと思われる黒い塊を眺め――。
「……結構高いですね、あれ」
「俺じゃ届かないな……」
キラースネークが陣取っている場所はかなり高い。ザイードと棒ならば何とかなったかもしれないが、アルスの剣先であればやっと届くくらいに見える。本人も分かっていたのだろう、苦笑しながらそう呟いていた。
リーチ外――特に高所に位置取られるとキラースネークは厄介だ。
D級ではあるが、キラースネークの速さと顎の力はC級下位に匹敵するという評もある。尾の部分を巻き付けた状態で体を瞬発的に伸ばして噛み付き、急所を逸れれば矢を放った後の弦の如く元の位置に戻る。完全なヒットアンドアウェイタイプだ。
死ぬものではないが、一定時間相手を麻痺させる毒もある。
一対一の場合であれば、とりあえず噛み付いて毒を流し、相手が動けなくなるのを待てば良いのだ。致死毒持ちなら間違いなくC級判定だっただろう。
「私の矢だと、一撃で仕留めるのは難しいです。すいません」
今いる位置に突き刺して固定することは出来る。
しかし、アルスが剣を伸ばしたとしても切っ先が辛うじて届くか否かという距離だ。もたついていればキラースネークが強靭な筋肉を生かし、身をくねらせて矢をへし折る未来しか見えない。
かと言って、両手で剣を持っているアルスが木登りしながら十全の攻撃を出来るとも思えない。
「弓と剣の役割は違う。謝る必要はない」
「ですが……」
「挑発出来れば十分、地上に下りて来るよう誘導してくれると有り難いが」
「それなら多分、できます」
「俺は下りてきたらすぐに斬れるように近付いておきたい。合図したら頼む」
人によっては無造作にすぎると感じられる歩み方でキラースネークとの距離を詰めるアルスを、リアは弓を構えつつ見送った。ビッグラビットを狩った時にはやる気がなさすぎると思ったが、今、余裕を持って見れば彼の動きは無造作でも無防備でもないと分かる。
例えば、リアが後ろから射掛けたとしても反応するだろう。そんな隙だらけのようで油断できない背中は、あっという間にキラースネークの木に程近い場所まで移動していた。
ちらりとこちらを見て、アルスは顔見知りに挨拶でもするように軽く手を挙げた。
そこから先は、ほんの短い間の出来事だった。
リアはキラースネークへ、貫かないよう弱めに矢を放つ。
そこまでは良かった。よほど運が悪くない限り、キラースネークは反撃すべき相手を見つけて下りてくるだろうと思っていた。リアにとって予想外だったのはキラースネークの速さだ。
矢が届いたか定かではない時点で、赤い目を光らせたキラースネークはC級に匹敵すると言われる瞬発力を発揮したのだ。
瘤のような塊は一瞬にして解け、太い幹を這い降りる蛇になる。
ぬるりとした動きでありながらも素早い動きは、生理的嫌悪感さえ覚えるほどだった。
リアには自分の矢が当たっていたのか分からなかった。
アルスに頼まれた役目は果たしたが、待ち受けているのが彼一人で大丈夫なのかと不安になるほどの速さだ。息を詰めたまま、あっという間に木から地へと降下したキラースネークを目で追い続けていた。
長い身体の半分ほどが地に着いた頃だろうか。
尾を引くような銀色の光が見えた。刹那、黒い塊が弾け飛ぶ。
辛うじて、アルスがキラースネークを斬ったのだという事が見て取れた。
「はやっ! 怖っ!」
リアは乾いた笑いを浮かべながら、思わず驚きを口に出していた。
これがCランクの標準だと言われたら困ってしまう。彼らと一緒に冒険者として動き、生計を立てる。財布に若干の余裕を持って都会ライフも満喫する。そんな目標が少しだけ揺らいだ気がした。
(私の場合、魔術を解禁しても大したことないし。弓の訓練をし直すべきなんだろうな……うん、レオナさんの気持ちがわかったよ)
すごすごと尻尾を丸める気はない。
気合を切れたリアが見たのは、抜いた剣をだらりと下げたまま一点を見据え動かないアルスの姿だった。




